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ウィルフォードの婚約者

 婚約者、とフィルは口の中でつぶやいた。まあ兄であるファビアンだってグラスリーのお嬢様と婚約しているわけだし、同じく領主の子である弟に婚約者がいてもおかしくはない。

 おかしくはない、けれど。


 フィルの困惑をよそにヴァレリスが続ける。


「彼女が、来月ウィルの見舞いと親交を深めるために風領にやってくる。だが現状、属性の色を失っているウィルは他領の者と会わせられる状態ではない」

「それがウィルフォード殿の影武者を必要とする理由ですか?」


 エルンの問いにヴァレリスがうなずく。


「あの……」


 フィルは恐る恐る口を挟む。


「発言してもよろしいでしょうか、その……」


 ヴァレリスがフィルを安心させるように笑った。


「仮にも息子になってくれと頼んでいるのだ。そんなに畏まらなくてもいい」

「領主殿もこうおっしゃってますし、フィルが気になる事はどんどんお尋ねなさい」


 エルンにも後押しされ、フィルは背筋を伸ばす。


「お話をさえぎるようで、恐縮、なんですが。属性の消失ってまずいんですか? あ、魔力熱が起きやすくなるってのは分かるんですが、現状ではウィルフォード様は大丈夫なんですよね?」


 ヴァレリスがちらりとエルンに視線を投げる。エルンが苦笑した。


「まず、魔力に属性があることは知っていますね、フィル」

「はい。風、火、水、土ですよね」


 学校で、他ならぬ目の前のエルンに教わった内容だ。


「属性については色々な研究がされていますが、ひとまず観察や経験からわかっていることとして、魔力そのものが、今フィルの挙げた属性を帯びる性質があります。風の魔力といえば、風の属性を持った魔力のことですね。そしてもう一つ、この国の生き物は種族差はあれど、みな魔力の影響を受けています。そして生き物の個体も魔力のそれと共通する属性を帯びています」


「えーと……」


「例えばあなたの家で飼っているルッカは、風領の固有動物です。風の属性を強く持っていて、風領の風の魔力を取り込み利用している」

「はい。ルッカの毛の魔力は空気を留める性質があります。ですからルッカの毛織物は保温や保湿に優れてます」


 フィルの答えにエルンがうなずいた。


「先ほど話に出た凪咲花(なぎさきばな)。あれも風の属性を持っています。開花の際に周囲の風の魔力を取り込むので、魔力過多の際には魔力を吸わせるのに用いますね」

「凪咲花が咲くときに風が止むのも、魔力を吸うからですよね?」

「そうです。そして人間は、住んでいる土地に合わせた属性を持っている。いえ、属性に合わせた土地に住むという方が正確でしょうか。それがなぜかはわかりますか?」

「えっと、属性の違う土地でずっと暮らすと、体調不良を起こすからです」


 だから他領との行商は、フィルの家族のような属性混じりが重宝されるのだ。フィルたちでも長期間水の領で暮らすとなれば不調が起きるかもしれないが、純粋な風属性だったり水以外の属性混じりの人間よりは、長く水領に滞在できるはずだ。

 と、引っ掛かりを覚えた。


「あの、レイネシア様ですか?ウィルフォード様のお母上も水の領の出身だって……」


 水の属性を持ちながら、風領で長く過ごすこともできるのだろうか。


「フィルさんのひいお祖母さんはどうされていたかご存知ですか?」


 セリウスが尋ねる。そういえばそうだ。レイネシアより身近に水領の出身者がいた。


「ええと、何年かごとに里帰りをしていたって聞いてます。それでその時ひいおじいちゃんも一緒に行って、向こうで商売をしてたって」


 セリウスがうなずく。


「貴族間の他領との婚姻でも同じです。定期的に里帰りをします」


 エルンが後を引き取る。


「属性と違う魔力は循環させにくく、体に溜まりやすい。体調不良につながりますので、属性地でしばらく過ごしたり、神殿で魔力を抜くこともあります」

「それも魔力熱なんですか?」

「体の中で起こっていることはほとんど同じです。原因が環境魔力と生体属性の違いによって起こるもので、属性地に戻ると症状が落ち着くことが多いので、特に懐郷病と呼ばれたりします」

「ええと、それじゃ火領のお姫様とウィルフォード様が結婚したら、お姫様はどこに住むんですか?」


 ヴァレリスが渋い顔をした。


「……極端な話、領の力関係によるところがある。うちにしろ火領にしろ、統承を持つ貴族は本来外に出すものではないのでな」

「前例では年の半分ずつ互いの領を行ったり来たりということもありますね。あと、お子が産まれるときは母親側の領に行くことが多いです」


 フィルは瞬きをする。


「それじゃ貴族の方が他領の方と結婚するのに利点ってあるんですか?」


 フィルの家が水領との販路を持つように、領の間でも、親戚関係があれば物事が円滑に進むとかはあるのかもしれないが、それだけにしては、属性違いの他領に移動する人の負担が大きくないだろうか。エルンがうなずいた。


「そうですね……フィルは水領から戻ってきたところでしょう。領を越えるときに気づいたことはありませんでしたか?」


 言われて、フィルは記憶を呼び起こす。


「……水の領は、水脈に沿って町や街道が作られてます。大きな町には水場がありますし、領境に向かう道にもずっと近くに川がありました」


 いったんフィルは言葉を切る。


「でも、風領に向かうにつれて、風がすごく強くなりました。単に強風ってだけじゃなくて、風の吹き方がめちゃくちゃっていうか、こっちの風と全然違う暴れ方っていうか。でもそれが境の岩場を登って、川と逸れて、ルッカの駅のあたりになると風がすとんって落ち着いて。帰ってきたなって思いました」


 フィルの言葉にエルンと、それからヴァレリスとセリウスもうなずいている。フィルはなんだか気恥ずかしくなった。


「フィルが気づいたように、領の境では異なる属性が混じり合い、ぶつかり合うため魔力の流れが乱れます。領主方にはお役目上、その地の属性が強いことが求められますが、領を跨いだり天神殿での仕事をする上では属性混じりの方が仕事をしやすいのです」

「えーと、つまり火領のお姫様とうちの若様が結婚して子どもが産まれると、その子は風の領でも火の領でもお仕事ができるということですか?」

「はい。領境の管理をできる魔力の強い子を得るというのは、他領との婚姻に期待されることの一つではありますね」


 エルンがそう言ってヴァレリスの方を見た。ヴァレリスもうなずく。

 なるほど、と思ったフィルは、そこで、はたと気づいた。


「……それじゃ、属性がなくなったら、結婚はどうなるんです?」

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