31話 福兎鈴商会 4
アタシ、ノクサラは、アザレアと第六ゲートでコハクを待っていた。
普段ならもういてもいい時間なのにも関わらず到着していない。
アタシじゃあるまいし、二日酔いで寝坊しているとは思えない、魔導力車と事故でもしたのか?
「どうする?」
「どうしましょうか。コハクさんであれば心配はいらないと思いますが、一日ここで待ちぼうけなのは困りものですね」
「とりあえず…ジェルブ・ドールに行ってみるか。休みなら休みでいいし、ジェルブ・ドールで酒盛りをしてもいい」
アタシが笑っていると、アザレアは呆れたような表情を露わにした。
そもそもアザレアと二人っきりというのも少しダルい。
嫌いってわけじゃないが、アローズの柱はコハクであり、コハクがいないとアローズは走り出さないんだ。
「行くか、ジェルブ・ドール」
「ですね」
―――
私恋白は夢を見ている。
これは一〇歳の夏に、神事に参加した時の夢だろう。
神事というのはお腹が減る。
前後の二四時間ずつを、神事に関わるものは食事をしてはならないという決まりがあるのだから、お腹が減って当然だ。
明蝉国では、狸人、狐人、熊人、人鹿の四つの種族から一人ずつ集まって、主神たる麗天様に神饌を捧げる神事を、一年に二度行う。
私たち人鹿の役割は、少女巫として神饌を整える竈殿を清めることだ。
「おぉ〜、チビちゃん半年ぶりじゃな」
「こんにちはっ!今回もよろしくお願いしますっ!」
「はい、よろしくね」
「腹が減る時期だ…」
私たちは神事の段取りを話し合い、麗天様に失礼のないように、しっかりとした準備を行う。
「チビちゃんは神事の後に催し物にも参加するんじゃったか?」
「はい。弓が得意なんで、犬追物にも参加しようかなって」
「芸事まで捧げるなんて、信心深い若者じゃな。ほほほっ」
私には目的があった。
ただ神事に私情を持ち込むのは、麗天様に失礼だと思ったし公言はせずにいたが。
九歳の時。神事が終わった後のご褒美として、郷守様に『銀眼』のシュタールの映像を見せてもらい、私もあんなスターになってみたいと考えたのだ。
それを郷守様に伝えたところ、少女巫として神事の任期を終えられたら、往復の渡航費を用意してくれると約束してくれた。
結果、私はパラデイソポリスで冒険者をしており、知らないことを多く知り、本来なら関わることのなかった人たちと多く関わることができている。
お金を出してくれた郷守様やお祖父ちゃん、私の夢を否定することはなかった村の皆、そして夢を追う機会をくれた麗天様。その全てに私は感謝したい。
「今回も力を合わせて頑張りましょうかっ!」
誰かに声をかけられている気がした。
そちらに意識を向けると、懐かしい夢は風に吹かれた霧のように消えていってしまう。
―――
「コハクちゃーん、パーティメンバーが来てるよ。おーい、コハクちゃーん」
「はーい…」
頭がぼんやりとする。
…昨日は、女将さんの出産を手伝い、忙しくしていた。
眠りに就いたのは深夜で、今日は―――。
「―――寝坊したっ!??!」
「おはようさん、パーティメンバーが来てるよ」
「はいっ、起こしてくれてありがとうございます!」
「いいよ。昨日はお疲れさん、事情はパーティメンバーに伝えといてやったから、急がなくてもいいんじゃないかな」
「そうですか。…ありがとうございました」
「どういたしまして」
スフル・デュ・クラージュのスタッフさんは、私にウインクをしてから部屋を後にした。
部屋の時計を確かめると時刻は一〇時過ぎ。
普段は五時頃起きているので、五時間の寝坊である。
「はぁー…。早く着替えて、謝らないと」
―――
「おはようございます。…寝坊してしまい、本当に申し訳ないです」
「問題ありませんよ」
「いいよ別に。ヒッポフォロスのお産を手伝ってたんだろ?」
「起きれなかったのは私のせいなので」
ノクサラさんとアザレアさんは、私の寝坊を許してくれるようだが、私は頭を深く下げて謝罪をした。
「んじゃ謝罪は受け取っとくよ」
「わたしも遅刻しないよう気をつけますね、うふふ」
頭を上げながら、改めてお二人に視線を戻すと、机の上にはおつまみとお酒が置かれており、昼酒を楽しんでいる。
「…お酒?今日はルーシッド・エデンに行かないんですか?」
「いやだって、寝坊するほど疲れてるんだろ?」
「お休みを一日追加するくらい問題ありませんよ。コハクさんもなにか、お食事をとるべきですね」
お二人がそういうのなら、お言葉に甘えてしまおうか。
実際、昨日の疲れが身体に残っている気がする。
「じゃあ遅めの朝食を持ってきますね。おつまみの追加とかいりますか?」
「いや、足りてる」
「わかりましたっ」
厨房に入ってみるも従業員さんは誰もいない。
皆さんもお疲れなのだろう。
手早く朝食を用意すると、パラデイソポリスに来てから随分と魔導具の扱いにも慣れてきたのだと、実感させられる。
難しい料理はそもそも無理だが、簡単な料理や軽食程度だったら、もう困ることはないだろう。
これなら女将さんのための御赤飯も問題なく作れるはずだ。
今度ノクサラさんとアザレアさんにも、私の故郷の味を楽しんでもらおうかな。
「あっ、そうだ」
お二人のために贈り物を用意したんだった。
私は部屋に戻って、福兎鈴商会で購入した贈り物を手に取り、お二人の許へと向かう。
―――
「実はノクサラさんとアザレアさんに贈り物があるんです」
「贈り物?」
「まあっ、嬉しいです!」
小さな箱の蓋を開くと、そこには三つの耳飾りが収まっている。
「星産貝の耳飾りです。イヤリングなので、穴を開ける必要はありませんから、お揃いで着けられるかなって思いまして」
「へぇ貝の耳飾り。結構いいセンスしてんじゃん」
「真珠層の輝きが美しいですね」
「ふふん、星産貝は面白い性質がありまして、暗いところで魔力を流すと、ほんのりと光模様が現れるんです」
一つを手に取り、手の平の中に収めて魔力を流すと、薄明時の星のような、淡い光がぽつぽつと輝き出す。
「アローズの証っていうには関連性がありませんので、…ユニークボスのヒートヘイズを倒せた記念にってことでっ!」
「あいよ。それじゃあ、ありがたく着けさせてもらうよ」
「ありがとうございますコハクさん。大事にしますね」
お酒の影響だろうか。頬を紅潮させたお二人は、箱に収まっていた耳飾りを手に取り、一切の躊躇なく耳に着けていく。
星は、麗天様が我々を見守る瞳の一つ。
その星を冠した名前を持つこの貝には、魔除けとしての役割があるのだが、これを他者に送る時は少し意味合いが変わる。
『どんな暗闇でもお互いを見失うことがない』。親愛の証だ。
「それでは、朝食を―――」
いただこうと思った時、女将さんとフラレールさんの部屋の方からマルグリットちゃんの泣き声が聞こえて、私は大急ぎで駆け出していた。
「…自分の子供でもないのに、忙しそうだな」
「そういうところがいいんじゃないですか。…コハクさんからの贈り物、わたしはなんて幸せ者なんでしょう」
結局、朝食は昼食になってしまった。
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