29話 天空大陸 1
私、ラバン・シュタールは、娘の顔を思い浮かべながら、一枚の紙面を眺める。
シュタール家の運営してきたシュトラーレンゾンネと、老舗クランであるスフル・デュ・クラージュのエキシビションマッチの紙面だ。
娘は、このエキシビションマッチに顔を出すだろうか。
『アローズ』というパーティのリーダーは、ヒッポフォロスのコミュニティに所属しているエラフォロスという種族だ。
少しばかり前に、ヒートヘイズなる新たなユニークボスを倒したことで知名度が上がり、実力を示したばかり。
エキシビションマッチに足りない人数を補うには、ちょうどいいパーティであろう。
そうすれば、ノクサラも引っ張り出されるはずだ。
ほとぼりが冷めれば、我が家に戻ってくるとばかり思っていた。
剣は苦手かもしれないが、独自の技術を磨いてきた娘だ。世間をしっかりと見てきて一皮むければ、その実力をシュトラーレンゾンネで発揮できるとばかり思っていた。
だがしかし現実はといえば、コハク・ホタビノという配信者の影に潜み、主役の座を明け渡してしまっている。
なんとももったいない。
「はぁ…」
私がため息を吐き出すと同時に、扉がノックされ男の声が響く。
「ジークヴィンです」
「入れ」
入ってきたのは、装飾を多く身につけた若者、ジークヴィン。
ノクサラとは同い年で、彼女としのぎを削りあっていた実力者だ。
「…本当に現場に、ルーシッド・エデンに出られるのですか?」
「ああ、もちろん。エキシビションマッチで無様は晒せん」
「リーダーは…五〇手前ですし、現場を離れてしばらく経ちます。今回は後方での指揮を担当し、現場は私たちに任せてはいかがでしょうか?」
「…。」
「わかりました、わかりましたよ。…曇った『銀』を磨くってなら、私も力を貸します。あいつはもっと輝くべきですから」
「…ふっ、では行こうか」
「え?二人でですか?」
「身軽な方がいいだろう?」
「…マジかよ、はぁ…」
ジークヴィンは小さく悪態をつきながらも、私の後を追ってくる。
「ところでアローズの映像は見たか?」
「見てますよ、全部。…さっさと戻ってくりゃ、もっといい環境で配信者になれるってのに、頑固なもんですね」
「ああ、本当に頑固だ」
―――
私たち『アローズ』が小屋を出ると、ゲートの外側よりも多くの人数がたむろしており、少しばかり窮屈な印象を受ける。
ただ、それ以上に新シーズンのルーシッド・エデンは、私にとって新鮮な場所であった。
「空が近いですね」
「空が?あー…今回って」
「……、おーっ」
アザレアさんの言葉を理解するため空を見上げると、手が届きそうな場所に雲が浮いている。この感覚は、高い山に登った時の感覚に近い。
周囲の木々も地面を這うように伸びていて、風もそれなりにある。
ただ、高山なのかと聞かれると、地面は平らに広がっていて、山頂かと問われれば首を横に振らなければならない。
「フィールド『天空大陸』。名前の通り、地面から浮いた大陸がアタシたちの稼ぎ場になるんだ」
「浮いた大陸、ですか?」
「まぁ、実際に見てもらったほうが早いと思いますよ。移動しましょうか」
「はいっ」
人混みを避けながら足を進めると、地面には端があった。
崖なのかと思い、外界への繋がりを探してみるも、どうやら本当に浮いているらしく、地上に繋がっている箇所は見つからない。
それに、前を見つめてみれば、いくつもの島が浮遊しており、それらは雲海に影を落としている。
「不可思議な世界ですね」
「ルーシッド・エデンには色々なフィールドがあるが、天空大陸は特に変わった場所だな」
「落下した場合は、有無を言わさず死亡判定となりますので、気をつけて冒険しないといけませんよ?」
「そうですねぇ。…お二人は落っこちたことは?」
「ありませんよ」
「…一回だけ。マジで怖いぞ?」
「ノクサラさんをもってしても怖いとは、なるべく落ちないよう気をつけますっ」
「そうしろ」
改めて天空大陸を見渡してみる。
前回のフィールドは、外の世界と同じような風景だったし、私にとっても戦いやすい場所だった。
けれど今回は勝手が変わってくる。
弱くない風と、落ちたら問答無用で退場させられる空は、私にとって有利とは言い難いだろう。
最大限注意を払うのは前提として、ノクサラさんとアザレアさんと協力しながら攻略していこう。
「今期も頑張りましょう!!」
「声デッカ…」
「うふふ、頑張りましょうね、コハクさん」
私たちは地面の端から離れて、攻略するための道を考えることにした。
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