24話 来客
五五区画にて出入り口小屋を見つけ、周囲を探索し終えた私たちは、残すところ崩れたお城に足を進めるのみとなっていた。
そんなわけで、ボス級がいるかもしれない崩れたお城に向かう前日。私は弓の手入れと、矢の新調をしている。
ルーシッド・エデンの中で壊れた道具は、外に出る際に元に戻っているので、矢が消耗品にならない。
それでも毎日のように矢筒に収めて運搬しているので、走っている最中に擦れたりして、少しずつ劣化してしまっている。
特に矢羽根の状態は顕著だ。
「やあコハクさん、僕が手配した道具たちはどうかな?」
「どうも、フラレールさん。おかげさまで新しい矢を用意できそうです」
ヴァン・フェールで、アルセルさんと弓使いをしているヒッポフォロスの男性であるフラレールさん。
彼に矢の新調について相談したところ、素材や道具の手配をしてくれたのだ。
「矢師に頼んで、短弓用の矢を作ってもらっても良かっただろうに。手作りだなんて凝り性なんだね」
「フラレールさんたちが使う長弓とは勝手が違いますので、今回はとりあえず私自身で作ろうと思いまして」
「へぇ〜。まあ、いつも妻がお世話になっているから、なにか必要なことがあったら、なんでも言ってくれ。僕、いや僕たちヒッポフォロスはコハクさんの隣人であり友人だ」
「ありがとうございますっ」
フラレールさんは、ジェルブ・ドールの女将さんと結婚しており、この宿はフラレールさんのお家で運営されてきたらしい。
そして、クラン『スフル・デュ・クラージュ』創設時から、クランメンバー用の宿として貸し出しているのだとか。
「そういえば…廃城塞エリアだったか?そこの攻略は順調かい?」
「明日にボス級がいそうな区画に入る予定です」
「そうかそうか。素晴らしい仲間に恵まれて、順調に歩みを進められているようなら、これ以上のことはない。…僕たちもコハクさんに協力できたら良いんだけど、今は色々と忙しくってね」
「いえいえ、格安でお部屋とお食事を用意してもらってるだけで十分ですよ。いつもお世話になってます」
「ははっ、コハクさんは謙虚だね。色々と方針が定まったら、パーティ『アローズ』に声をかけるかもしれないから、その時は僕たちの提案を聞いてくれると嬉しい」
「提案、ですか?」
「悪いね、今はまだ話せることが少ないんだ。それでは、矢作りを頑張って」
「あっはい」
女将さんの許へと向かっていったフラレールさんを見送り、私は作業を続ける。
―――
弓矢の作業と、宿のお手伝いを終えた私は、日向ぼっこをしながら午後を過ごしていた。
ジェルブ・ドールの庭には、だいたいいつも誰かが寛ぎながら楽器を演奏したり、お昼寝をしていたりするのだが、今日は他に誰もおらず私の貸切だ。
うとうととしていると、ジェルブ・ドールの前に一台の魔導力車が停まった。
ヒッポフォロスの多く暮らすキュクロリムニ区では、魔導力車という乗り物は珍しい。
どんな人が降りてくるのかと伺っていると、赤色髪に羽毛の混じる鳥系のテリアントロポスの男性で、少しくたびれた顔つきのオジさんといった印象だ。
魔導力車から降り、居住まいを正した男性は、ジェルブ・ドールをぐるりと見渡してから、私に視線を向けた。
「寛いでいるところで悪いのだが、君はパーティ『アローズ』のリーダー、ホタビノ殿だろうか?」
「え、あっはい、そうですけど。んんっ〜…ふぅ〜…、何か御用でしょうか?」
私は伸びをしてから姿勢を正し、男性に話を伺うことにした。
「実は私、ルベリオ・セルヴィーノと申しまして、アローズのアザレア・セルヴィーノとは親子の間柄でして」
「アザレアさんのお父さんですか」
そう言われてみれば、髪の赤い鳥系のテリアントロポスだ。
「はい。…その、アザレアのことで少しばかり伺いたいと思い、ホタビノ殿の許に参った次第にございます。名刺と、手土産をどうぞ」
「どうも、ありがとうございます。…えっと、セルヴィーノ総合魔導社の総取締役ですか?」
「はい、そうですが…アザレアから伺っていないので?」
「アザレアさんはご自身のことを多く語りませんし、私も必要以上のことは聞かない主義ですので」
「なるほど……」
セルヴィーノさんは、椅子に座る許可を求めてきたので、私が快諾すると腰を下ろし、少しの間、一人で百面相をしていた。
「アローズの活動は、ルーシッドキャストでの映像で伺っていますが、アザレアが映ることが非常に少なく…まぁその、元気にしているかどうかを尋ねたいと思い、ホタビノ殿の許に足を運びました。アザレアは、いかがでしょうか?」
「アザレアさんは元気ですし、アローズのために精一杯頑張ってくれてますよ。魔導具のこととなると、私やノクサラさんはあまり得意とは言えませんから、そういった部分でのサポートと、戦闘では多彩な魔法を使って器用で的確に私たちを支援してくれるんです。心の底から信頼できる、素晴らしい方ですね」
「…信頼ですか。ホタビノ殿は、他者に対して踏み込まないようにしていると仰っていましたが、相手を知らずに信頼などできるものなのですか?」
「一緒に過ごしていれば、自然と為人は見えてきますし、過去や家庭のあれこれなんて些細なものだと、私個人としては思います」
そういった価値観は人次第だ。
私は、ノクサラさんとアザレアさんを信頼しているし、背中を預けられる仲間だと思っている。
「そういう姿に、娘は惹かれているのでしょうか。…ありがとうございました、ホタビノ殿」
「どういたしまして?」
先ほどまではくたびれた印象のあったセルヴィーノさんは、そこはかとなくスッキリとした表情に変わっており、椅子から立ち上がった。
「短い間でしたが有意義な会話ができたと、私は思います」
「それなら良かったです」
「…私がホタビノ殿の許に訪れたと知れば、アザレアは憤慨するでしょう。本日のことは、ホタビノ殿の胸に秘めていただけると助かります」
「わかりました、私の方から伝えるようなことはしません。ただ、アザレアさんから聞かれた場合は、答えてしまうと思いますが」
「……ホタビノ殿は、秘密主義なのではないのですか?」
「他人に押し入らないだけで、私の門扉は常に開けてますので」
「そうですか。まぁそれでもいいでしょう。それではアザレアのことを、よろしくお願いします」
「わかりましたっ。私の方がご迷惑をかける立場なんですけどね」
セルヴィーノさんは小さく吹き出してから、待たせていた魔導力車に乗り込み、私を一瞥してからジェルブ・ドールから去っていった。
セルヴィーノ家とセルヴィーノ総合魔導社。アザレアさんが打ち明けたくない理由が、この名刺の中にあるのだと思うと、これ以上の詮索はするべきでないのだろう。
アザレアさんとノクサラさんのことを知りたくないわけではない。
けれど、お二人のことを知る時は、お二人が自分から話してくれる時でありたい。そう、私は思っている。
「さぁて、明日に向けてもうちょっとゆっくりしようかな〜」
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