3話 山林エリア 4
ペトロボア。野生のイノシシと比べれば遅く、小回りがきかない。
しかしながら、その破壊力は圧倒的な化け物だ。
私はペトロボアの進行方向から逃れるように、左右への移動を多めにしながら逃げていく。
箙から矢を三本引き抜いて、手のひらで二本をストックしながら、一本をペトロボアに向かって放つ。
カン、と全身を覆う岩鎧に弾かれてしまい、傷一つつけることができない。
これが弓の限界なのだろうか。…いや、武技という攻撃方法があったはずだ。
けれど私には武技の使い方はわからない。
今はペトロボアを疲れさせて、あの冒険者たちが戦える土台を作れるよう、今は努めよう。
ストックしていた矢を弓に番え、今度はペトロボアの眼を狙って射ち放つも、閉じられた目蓋によって防がれてしまい効果がない。
こういう状況になると矢の回収ができないから、大切に使わないといけない。
そして、弓矢の課題が見えてきた。
魔法より手数を出せるかもしれないけど、矢は有限で、武技が使えなければ硬い相手に有効打がない。
もしかしたら、武技があっても有効打がないのかもしれないけど、そこまで不遇だとは思いたくないね。
ストックしていた最後の一本を番えようとした私は、意味のない攻撃だと若干の躊躇をしたものの、ペトロボアの矛先を私に向け続けるために、眼を狙って矢を放つ。
箙に残っている矢の本数は二本。
矢筒にはまだ残っているけれど、走りながら箙に移すのは難しい。矢筒から直接取り出してもいいけど、そういう使い方をする道具ではないから、少し手間取るだろうし、矢をばら撒けたら終わりだ。
私が『弓が得意だ』と語った際の、面接官たちの冷たい表情が脳裏によぎる。
そんな気落ちしそうなことを考えていると、私の耳に大きな声が届く。
「こっちは大丈夫だ!!」
「ペトロボアも若干疲れているように見えるから、合流するぞ!!」
「よく頑張りました、後は任せてください!!」
さっきの冒険者たちだ。
彼らは武器を構え、私に力強い視線を向けており、囮を買ってでた価値があったのだと思わせてくれた。
胸に込み上げる達成感と、小さな勇気は鼓動へと変わっていき、弓を握る手に力がこもる。
脳裏にひとつのイメージが沸き起こる。
それは手がかりのようでいて、既に手中に収まっているかのような不思議な感覚だ。
その感覚が冷めないまま、私は冒険者たちの方へと向かって走りながら、後方のペトロボアを確認する。
坂を登らせたからか、ペトロボアの足回りが弱くなっている気がする。ちょっかいをかけるならこれが最後かな。
私は鹿体の背を丸めて力を蓄積し、後ろ足が地面を掻く瞬間に放出する。
すると私の身体は木々を飛び越えそうなほどに強く跳ねた。そのまま空中で箙から矢を手に取り、弓に番えながら木の幹を蹴って空中での姿勢を変えて、鏃の先をペトロボアに向けた。
「一発くらい、喰らえってのッ!」
弦から指を離す。
そうすることで弓に蓄えられた力は、矢を押し出し加速させる。
空を穿ち、ペトロボアに向かった矢は、木々に体当たりし岩鎧が剥げた胴体へと突き刺った。
この程度、何の意味もないことは理解できる。
効かないとわかっていても、一矢報いたかったんだ。
着地した私は、ペトロボアを最大限翻弄するため、木々にぎりぎり当たらない程度にジグザグに斜面を下り、冒険者たちと合流する。
「ペトロボアはかなり疲れてますし、くだり坂で足元が覚束ない状態です。対処できますか?」
「最高の仕事だぜ、ヒッポフォロスのお嬢ちゃん」
エラフォロスなんだけど、訂正するのは終わってからでいいかな。
「私にやることはありますか?」
「攻撃は通ってないし、俺たちに任せてくれていい」
「不安に思われるかもしれませんが、冒険者歴はそこそこあるんで、大丈夫ですよ」
「わかりました」
いざという時のために、再度囮をできるよう備えておこう。
疲労が蓄積したペトロボアを待ち構えていた冒険者たちは、盾持ちが先頭に立ち、相手の攻撃を突進を受け止める。
「受け止めるぞ『ブルワーク』!!」
アントロポスとペトロボアでは身体の大きさが違いすぎるため、一人の力と盾では受け止められないかと思っていた。
それなのに、盾持ちはペトロボアの突進を完全に受け止めている。…いや、むしろ攻撃を防がれた反動で、ペトロボアの方が痛手を負っているようにも見える。
「ウオオオ『ヘヴィスラッシュ』!!」
完全に動きを留めたペトロボアに向かって剣士が接近し、側面から剣を振るうと、岩鎧ごと断ち切る強烈な斬撃を繰り出す。
「今だ、傷口を燃やせ!!」
「はい!『ファイアランス』!!」
「――――!!!」
冒険者の連携により、ペトロボアは大きなダメージを負い、苦しそうな叫び声を上げていた。
武技に魔法。
このルーシッド・エデンで活躍し、配信映えするためには必須の技術。
私にも武技があれば、ペトロボアに対して強烈な一撃を与えることができたのだろうか。
鎧をも砕き、貫けるような一撃があれば。
そう、私は考えた。
「くっそ、こいつまだ死なねえのかよ!」
「暴れるんじゃねえ!!もう耐えきれねえぞ!!」
「もうちょっと待ってくれ、もう一撃あれば――」
「うおあっ!?」
剣士が追撃を加えようとした瞬間、ペトロボアは勢いよく首を振り、太く強靭そうな牙を振るって剣士を消滅させた。
ここでの死は、ルーシッド・エデンからの退場を意味する。つまり彼が戦いに戻るのは無理だ。
「悪い、お嬢ちゃん!失敗だ失敗、手に負えないから逃げるぞ!!」
「さっきみたいに全員で散りましょう!!」
頼もしいと思えた冒険者たちが、血相を変えて逃げ出していく。落胆したわけではない、遠くの敵というのはそれほどに恐ろしいということだ。
ルーシッド・エデンにそこまで詳しくないが、この周辺はフェラルドッグっていう弱いモンスターの生息地だ。
それを狩る冒険者というのも、私のような初心者だと思う。
じゃあペトロボアが放たれたら?
ルーシッド・エデン内では死ぬことはない。
けれど、意味もなく他の人に被害を出していいわけではない。
ここまで関わってしまったのだから、最後まで力を尽くそう。
弓を握る手に力がこもり、右手が自然と箙の方へと向かっていき、一本の矢に指を絡める。
四本の足を広く構えて、姿勢の安定性を確保し、弓に矢を番える。
ドクン、とペトロボアの鼓動が聞こえた気がした。
どんな生き物であろうと共通の弱点がある。…そこに届くのであれば、必殺の技になるはず。
鎧すら意味をなさない貫通力があれば。
「貫き穿て『啄鎧矢』!!」
ドクン、とペトロボアの鼓動を感じた私は、その場所を狙い矢を放つと、世界の空気が止まってしまったような感覚があった。
その後、私の身体には大きな反動と強烈な疲労感が襲いかかる。
細めた目に映るのは、ペトロボアの首にある鎧を貫通し、体内を突き進んでいく矢の軌跡。
そして、耳をつんざくほど大きなペトロボアの悲鳴が耳に届く。
ペトロボアの身体は左右に大きく揺れて、そのまま倒れる。
そう思ったのだが、現実はどうやら違うみたいだ。
口から大量の血を吐き出したペトロボアは、怒りの形相で私を見つめ、もう一度悲鳴のような声をあげる。
「拙い、逃げろお嬢ちゃん!モンスターの瘴動が来るぞ!!」
「とれい、つ?」
「モンスターの使う武技みたいなもんだよ!!」
冒険者の方へと振り返り、足を動かそうとしたのだが、足は痺れて言うことを聞かない。
ペトロボアの蹄が地面を掻く音を聞いた瞬間、私の身体は吹き飛ばされ、意識が途絶えた。
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