22話 逃げ水の後に 3
アタシ、ノクサラは休日ということもあり、身体を鍛えながら、リアルタイム配信やアップロード映像のチェックを行っている。
「ルーシッドキャストの配信許可範囲が変わるってのはマジなのかねぇ、やっぱ」
大手クランの配信物を眺めていると、現在主流のボス級攻略系から外れていた配信者たちが、手頃なモンスターを倒しながらの雑談配信を多く行っている。
ルーシッドキャストは、その時代に合わせて配信枠を定めていて、ここ最近は配信枠が上限に達することがなくなってきた。
それもこれも冒険者人口が増えて、高純度魔石の供給が太くなってきたからだろう。
呼び込みも顕著で、祖父さんの時代と比べたら獲得スコアも上がっているらしい。
世界的に魔導具が普及すれば、相応に高純度魔石の需要も増えていくってことだ。
多くの人材を抱える最大手クランであり、アタシの古巣『シュトラーレンゾンネ』。そこに所属しながら、うだつの上がらなかった面々が順位を伸ばし始めてる。
「ルーシッド・エデン内でモンスターと交戦しない配信か、ルーシッド・エデン外での配信が許可されるのか。…どっちにしろ、競合が増えるってことか」
アタシはコハクと一緒に、ライバー冒険者として上位を目指す。
…プロデュース側でも良かったんだが、コハクに怒られちまったし、アタシも頑張るしかないな。
今更、弱音なんて吐けないし、吐きたくもない。コハクに引っ張られている以上は、アタシはしがみついていくのみだ。
アタシは、独りのままだったら自堕落に生きて、死んでいったんだろう。
ルーシッドキャストが変われば、アタシたちも変わらないといけないかもしれない。
けどコハクなら『それでも』なんて言って、祖父さんや親父がやってきたような攻略系の配信者を目指すんだろう。
遠回りかもしれないが、コハクと一緒に歩く未来は――
「――楽しそうだ」
にしても、アザレアがやる気を出してたのが意外だったな。
別にやる気がなかったと言いたいわけじゃないが、家や周りの都合で動きにくそうにしてたわけだし。
マジでやるってんなら歓迎だし、コハクの助け…いや『アローズ』の戦力になってくれるんなら、ちっとくらい期待しとくか。
―――
わたしアザレアは、アーケイン・プロキシの魔導核を取り出し、属性と方向性の調整を行う。
スケルトンを相手にする場合、炎の魔法や雷の魔法のような属性に偏った魔法は通じません。
いえ、そのほとんどが軽減されるだけで、わずかに通じているようですけど、現状の構成では戦いにならないことは変わりませんね。
ですからわたしは、氷魔法や岩魔法のような、物体化して殴れる魔法を主軸に変更していこうと思っているのです。
現在の氷魔法による妨害はそのまま、炎と雷を担当していたアーケイン・プロキシの内容を変更していくのですが。
「数を増やして、コハクさん専用のアーケイン・プロキシも用意しましょうか。…コハクさんが持ち歩いてくれるなら、移動分の魔力消費を他に使えますし…。…魔法発動までのタイムラグを…」
アーケイン・プロキシの調整は昼過ぎに終わり、遅めの朝食としました。
家を飛び出して三年ほど。一人での食事のときに、配信や映像を眺める癖がついてしまい、なんとも行儀の悪いものだと思うばかりです。
編集作業を請け負うようになってから、映像に対する見方が変わってきて、可愛い女の子以外にも観るべき点が増えてきた気がします。
というより、夢中になれる相手を見つけたから、自然とほかの場所に目が向くようになったのでしょうか。
なんにせよ、コハクさんは可愛いということです。
昼食を終えると同時に、家の呼び鈴がチリンチリンと鳴る。
わたしの家を訪ねてくるような知り合いはいませんので、アーケイン・プロキシを携えて玄関に向かうと、しばらく聞いていなかった声が扉越しに聞こえてきました。
「アザレア、いるかな?」
ルベリオ・セルヴィーノ。わたしの父の声だ。
わたしは居留守をしようとも考えたが、物音を立てずに少しの時間を過ごすのも面倒だと感じ、返答をすることにしました。
もちろん、扉を開けることはありません。
「なんでしょうか、お父様?」
「少し会話をしたいと思ってな。玄関を空けてくれるか?」
「お断りします。…それに、会話というのは言葉のやりとりのことを指します。自分や家の都合のいいように、指示を出すだけの言葉は、命令というのですよ?」
「……ゲートに圧力がかかってしまったことは、こちらとしても反省している」
「なんで不本意そうな言い方をするのですか?わたしに結婚をさせたいお父様が、やったことではないのですか?」
「……。」
返事はありません。都合が悪くなったのでしょうか。
「これ以上何もないのであれば、さっさとご帰宅なさり、セルヴィーノ家のために仕事に打ち込んではいかがでしょうか?」
「…私は、アザレアの幸せを願って、両家との結婚を勧めているのだ。だから」
「お父様は押しつけがましいのですよ。…わたしは…お父様の紹介してくれた方々に興味が湧きませんでした。もっと言いますと、男性相手にそういった感情は持てない気がします」
「…え?」
「今のわたしは、やりたいと思えそうなことが見つかりそうで、一緒にいたいと思える方を見つけました。ですから、わたしの邪魔をしないでください」
「…そう、か」
扉の向こうの声は、少しばかり萎んだような雰囲気を纏っている。そんな気がしました。
三年前であれば声を荒らげ、わたしの行動の全てを指図しようとしたことでしょう。
父にも心境の変化があったのではないかと、考えが脳裏を過ぎりますが、窮屈を強いてきた父を気遣う義理はありません。
「これ以上、お話しすることはありません。お帰りください、お父様」
「……。」
返事はありませんが、遠ざかっていく足音が耳に届く。
父の言う『わたしの幸せ』は、世間的に見れば間違っていないのでしょう。
けれども、わたしにとっては何の魅力もなく、わたしを縛りつけるだけの鎖にすぎません。
他者からすれば、贅沢で愚かなことだと憤慨されるかもしれませんが、わたしにも譲れない部分はあるのです。
…コハクさんとずっと一緒にいられるかはわかりませんし、こういった感情を受け入れてもらえるとも限りません。
ですが、その時が来てしまうまでは、わたしはコハクさんと共に過ごし、彼女の夢を支えてあげたいと思うばかりです。
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