22話 逃げ水の後に 1
視界が晴れると、見慣れた内装が目に入り、ゲートに戻されたのだと理解する。
武技『飛貪矢』を射ち放ったあと、私は長巻きによって斬り裂かれ、退場させられたのだ。
擬似的な死の感覚は慣れない…いや、慣れたくないし、気分のいいものではない。
「ふぅー…」
呼吸を整えてから周囲を見回すと、ラウンジの席でノクサラさんとアザレアさんが談笑をしている。
お二人は、私がいないときはどういう会話をしているのだろうか。少し気になるが、余計な詮索はしないほうがいい。
「お待たせしました」
「おう、おかえり」
「おかえりなさい、コハクさん」
「んで、相手は何だった?」
ノクサラさんは、興味を帯びた視線を私に向けながら、お菓子を食べていた。
「説明が大変ですし、映像を観ませんか?…あれ、撮れてますよね?」
「コハクさんに追従していましたか?」
「はい、最後まであったと思います」
私を撮影していたファミリオグラフは、私がゲートに戻るのと同時に、アザレアさんのカバンに収まったようだ。
アザレアさんは慣れた手つきで操作し、ファミリオグラフの映像を投影する。
「うわぁ、アタシら一瞬で死んでんじゃん」
「これ、何が飛んできたのですか?」
「このあとに映ってると思うんですけど、二五〇バシコンくらいの大きい矢です」
「は?」
「弓も四バシスくらいありましたし、防ごうと思って防げる攻撃じゃなさそうなんですよね」
巨人と戦った感想を交えながら、お二人に状況を説明していき、私が断ち切られたところで映像は終わった。
「このモンスターが何かって、お二人はわかります?」
「いや、見たことないな」
「では…ユニーク系のボス級モンスターでしょうか?」
「っぽいなぁ。この廃城塞エリアは、スケルトンだけで複数種が存在してるから、こんなわけのわからんモンスターが、ポンと出てくるとは考えにくい」
「ユニーク系っていうのは、ワールドノーアーみたいなボス級ですよね?」
「そ。下級分類のない、ボス級のみが存在するモンスターだ」
「じゃあ、あのボス級を倒せたら、私たちの知名度も上がるかもしれないってことですか?」
「どうだろうな。ユニーク系っていってもピンからキリまでいるし、ちっと珍しいだけで発見済み討伐済みの可能性もある」
「相手次第と言ったところなんですね」
あの巨人は確かに強かった。
けれど圧倒的な絶望感というものは感じられず、三人で力を合わせれば、渡り合えるのではないかと思えるほどだ。
「プライム・ヴァーダントトードって、日を跨いだら回復してましたよね?」
「あー、してたな」
「ボス級って、それが基本なんですか?」
「相手次第だな」
「短期間で回復してしまうボス級や、それこそ戦っている最中に回復してしまうボス級から、倒されるまで傷が残っているボス級まで様々ですね」
「なるほど。再戦をする際に、あの射撃を防ぐのは難しそうだなぁと思いまして」
お二人は考え込んでから、諦めの表情を浮かべた。
「ヴァッサーシュピーゲルで受け流すのは…無理か」
「フローズンブルワークは簡単に貫かれてしまいそうです」
「じゃあ次は…お二人には外で待っててもらい、先んじて弓の弦を切りましょうか?」
「射撃が来ない状況が好ましいのですが、モンスターとの戦闘位置を考えますと、わたしたちでは合流に時間が必要となります。それだけの間、持ちこたえることが可能ですか?」
「あー、そうですね。どれくらいで合流できますか?」
「何バシスくらいある?」
「三〇〇バシスくらいですね」
「アタシだけなら三〇秒くらいで合流できるが、アザレアの援護は時間がかかるか」
「頑張っても一分と少しは掛かると思います」
「なるほど。…転倒させられれば、それくらいの時間は稼げそうですが再現は、難しいと思います」
弓の弦を狙って切るのは可能だろう。
けれど、暴発した力が転倒に繋がるかは不明だ。
「なんとなくそうなるとは思ってたんだけど、再戦するのが前提なのな」
「え?あー…お二人は嫌でしたか?」
「別に嫌じゃなねえよ?けどまあ、一回殺された相手には、挑みたくないって奴もいるしな」
「わたしたちは一瞬で退場しましたので、トラウマになる以前の戦闘でしたが、コハクさんはしっかりと戦った上での敗北ですから」
「そういうこともあるんですね。けど私は別に怖いとかはありません。三人でどう挑んだら勝てるかと考えてばかりですっ!」
恐怖心はない。
それは必ずしも良いことではないのだろう。
私の胸を駆け巡っているのは、後退るための気持ちではなく、前に向かうための血潮なのだろう。
「正直、今回の敗北を悔しいと感じました。…前にも一度、…初日にペトロボアに負けたんですけど、右も左も分からない状況でしたし、悔しく思うほどの余裕がなかったのかなって」
ノクサラさんとアザレアさんという、大切なパーティメンバーに恵まれたことで、苦手な相手でも弱点を補い合って戦うことができる状況だ。
そんな私たち『アローズ』が、十全の力を発揮することなく敗北したことを、非常に悔しく感じる。
「…一緒に再戦しませんか?」
「…別に嫌なんて言ってねえし。コハクがやりたいってなら、アタシは止めねえよ?」
「可愛っ…コホン、わたしも同意見です。コハクさんが挑みたいのであれば、止める理由なんてありません」
「えへへ、ありがとうございますっ!でも、ダメなときはしっかりとダメだと言ってくださいね」
「それは大丈夫だ。コハクを完全に自由にしようものなら、どこまでも走って行っちまうだろうからな。行方不明になられても困るんだ」
「なんか…けなされていませんか?」
「ははっ、どうだろうな?」
ノクサラさんに不服の表情を向けてみるも、ただ笑い声が返ってくるばかりで、笑い声に流されてしまった。
―――
そして二四時間の猶予が明けた後、第十九区画に足を運んだ私たちは、巨人モンスターと出会うことはなく、弦の切れた弓と、砕けた鎧の破片が転がっているばかりだった。
「誰かに倒されちゃいましたかね?」
「この先の扉が空いてないし、他の冒険者を見たことなんてないぞ?」
「この廃城塞エリアのモンスターは、他の区画に移動しようとしませんけど、特例なモンスターなのでしょうか?」
肩透かしを食らった私たちは、改めて作戦会議を行い、周囲も区画をくまなく捜索することにした。
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