21話 廃城塞の陽炎 5
そのモンスターは私を見下ろしていた。
いや、本能的にモンスターと呼ぶのは憚られる気がする。
理由は簡単で、私を映している黄金の瞳が、まるで太陽のように眩しく、灼熱を帯びて私を焼き焦がそうとしているかと錯覚したからだ。
私は少女巫として神事を執り行い、明蝉国で信仰されている主神様に仕えてきた。
私たちの信仰する主神様は麗天様と仰り、太陽や月を瞳の代わりとして使い、地に生きる私たちを見守ってくれている。
だから私は、対峙する相手に畏敬の念を抱き、弦から指を離せないでいた。
「…ふぅ、はぁ」
けれどここはルーシッド・エデンであり、麗天様は地上に赴くはずもない。
私は流れる冷や汗を振り払い、距離を置いてから相手の全体像を確かめる。
大鎧の中にいたのは、三バシスを優に超える巨人の女性。
身体は筋骨隆々に鍛え上げられており、露出した肌には炎のような模様が揺らめき、動いている。
そして首元の傷から滴り落ちていたはずの血液は、湯気のように霧散していっているではないか。
…この相手は、人の形をしていながら、人ではないのだと思わせる姿をしている。
「……、っ!」
巨人が視線を反らし、地面に転がっている長巻きを取ろうとした瞬間、相手の頭に狙いを定めて矢を放ち、足を動かして走り出す。
そう簡単に倒せるような相手だとは思えなかったからだ。
予想は見事に的中した。
頭を狙った矢は、巨人の手の平によって防御され、ただ手に突き刺さるだけで終わったのだ。
巨人が、矢の刺さった手で握り拳を作れば、矢は黒焦げになり、最後は灰となって宙に舞っていくばかり。
揺らめく炎の模様。湯気のように霧散する血液。灼熱を帯びた黄金の瞳。
この巨人は、炎に関するモンスターなのだろう。
二の矢三の矢と続けざまに射撃を行うが、それらが頭部に命中することはなく、軽々と手の平で受け止められて、灰となって消えていく。
…武器を手に取るまで、短期間で決着をつけることは叶わなかった。
こうなった以上は相手の出方を窺いつつ、攻撃を差し込む必要がある。
「…えっ、ちょっ?!うわぁあ!!」
私やノクサラさんの使う加速移動。それに類似した移動を使用し、距離を一瞬で詰めてきた。
距離を詰められた直後、長巻きでの横薙ぎ攻撃が行われ、私は咄嗟の判断で空中に跳び退いたものの、このままでは追撃を食らって終わりだ。
私は狙いなど定めないで弓を引き、空中で矢を放つことで身体に回転を加え、そのまま地面へと身体を叩きつける。
案の定というか、私がいた場所には長巻きでの追撃が振られており、何もしていなかったら退場していただろう。
地面に叩きつけられた痛みを無視し、揺れる視界のまま走り出す。
…混乱する頭の中を片付け、箙から矢を引き抜きながら、巨人の位置を確かめる。
この距離なら加速移動で一瞬だ。
逃げ切り隙を突くのは、私も同様の移動をする必要がある。
巨人が地面を蹴り、距離を一瞬で詰めるのと同時に、私も加速移動を使って距離を開ける。
これを繰り返せれば、まだ隙を突くことができるかもしれない。
「―――え?」
本来であれば、上昇を取っ払った無理やりの跳躍で、巨人との距離が開けているはずだった。
しかし、私の視界は下に向いていくばかりで、加速移動が行えた実感がない。
視線を後方に向けてみると、私の後ろ足は巨人によって切り落とされており、何もかもが失敗したのだと理解させられる。
「あはー、流石に一人じゃ厳しいかぁ…」
とはいえ、そのまま退場するのも癪だと私は考えた。せめて、一矢報いたいと。
地面に身体が叩きつけられる寸前、私の内に巣食っていた何かが、一つの言葉となって溢れ出る。
「跳ね喰らえ『飛貪矢』!」
その武技は、どうやっても巨人に命中することはなかった。本来なら。
地面に命中した矢は、水切りの石のように地面を跳ね返り、まるでバッタが飛び跳ねるような挙動で巨人めがけて飛んでいく。
巨人もこんな挙動は予想していなかったのだろう。なんなら、私もしていなかった。
だがその影響もあり、防御が間に合わず、脇腹への命中を許したのだ。
たかだか矢の一本。しかし一矢報いることができた私は、小さな達成感を胸に抱きながら、巨人からの追撃で退場した。
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