20話 でーと 4
わたしアザレアは、瞳を輝かせて海老を食べるコハクさんを見つめて笑みをこぼす。
美味しそうに食事をする姿はとても愛らしく、わたしの心を揺らし続けていました。
しかし、そんなトキメキの中でも胸の内に渦巻く、不安という感情は、身体という薄い膜を突き破り、外へと溢れ出てしまいそうで、こんなわたしがコハクさんと一緒にいていいのでしょうか。
先ほど『頑張りましょうね』と伝えた言葉は嘘ではありませんが、わたしの目標はスター配信者というわけでもない。
コハクさんの語る『夢』というものを、逃げるためだけに生きていたようなわたしは、未だに持てずにいます。
視線をゆっくりと動かし、窓の外を眺めてみると、セルヴィーノ家と繋がっている魔導具店の一つが視界に入ってしまう。
わたしの生まれたセルヴィーノ家は、ルーシッド・エデンから採掘できる高純度魔石を用いて財を築いた、パラデイソポリスでも上位に位置する名家です。
そして父は、わたしを家の備品や道具のように扱い、全ての行動を指図してくるような人でした。
窮屈な人生に嫌気が差し、家を飛び出したのが三年ほど前。
冒険者という形で一人暮らしをし、冒険者としての繋がりで、ゲートに就職することができたのですが、父はわたしがゲートに就職することが気に入らないらしく、圧力をかけて退職に追いやってきました。
…碌でもない親です。
なぜ冒険者でいるときは、何もしてこなかったのか。そして『アローズ』に対して何か行動を起こすのかはわかりませんが、こんなわたしが一緒にいていいのかは…考えたくありません。
夢がない、厄介な親がいる。
こんな不良債権は、いつか捨てられてしまうかもしれませんね。
不安のトゲは、心という薄膜を刺激する。
それはそれとして、今日のコハクさんめちゃくちゃ可愛いですね。普段のメイゼン国の衣服も素晴らしいのですが、あえてパラデイソポリスの服を着ることで俗世というスパイスが加わり、精霊が遊びに姿を現したかのような別ベクトルの神秘性が加えられています。
しかしジェルブ・ドールのヒッポフォロスですから、…ヴァン・フェールや裏方の女性陣でしょうが、なかなかに良いセンスをなさってる。
体格的に見れば愛らしい子供なのにも関わらず、コハクさんの意思や年齢を尊重して、体格相当の可愛らしさを控えめに、大人っぽさを加える選択は流石と言わざるを得ません。
やはり大手クランとなれば、配信者を飾り立てるだけのメイク技術や服飾の管理を行える人材も必要ということでしょうか。
―――
私、恋白は大変美味だった料理の数々に舌鼓を打ち、お茶のおかわりをもらってから一息つく。
「食休みを終えたらどこへ行くんですか?」
「また店を見て変わったりする感じでいいんじゃね?それとも映像館でも行くか?」
「映像館ってなんですか?」
「スクリーンっていうデカい魔導具に映像が映し出されて、それを眺めるんだ」
「おぉ!」
「人気になった映像をルーシッドキャストでは観れなくし、映像館でのみ鑑賞できるようにするという方針もあるはずです」
「ルーシッドキャストって昔の映像は見れないんですか?」
「今の、冒険者なら誰でも配信できる形態になる前のは無理だな。この辺は法律とか、ルーシッド・エデンの方針とかがあるから、ちと面倒なんだわ」
「ルーシッド・エデンと関係ない映像はアップロードできませんし」
「なるほど…」
映像の撮影、そして配信活動には制限や決まり事が多いようだ。
「あーでも、最近はルーシッド・エデン外での映像需要が高まっているというか、色んなものを観たいっていう消費者の要望があるから、そっち方面での変更がありそうなんだよ」
「難しい…お話ですね」
「まーな。コハクをメインに据えて、キャラ売りしてくってのも手だが、そうなると面倒な視聴者層が付きそうで嫌なんだよな」
「そういえば昨年に、ストーカーからの傷害事件が騒がれましたよね」
「あったあった。削除される前に映像とか配信を漁ってみたけど、女をその気にさせて貢がせるような嫌な奴だったよ」
「そっち系ですか…」
「まぁ、人気を稼げてなんぼの水物商売だから、わからなくもないんだが。…いいかコハク、金や人気に目を眩ませて、アコギなことをするんじゃねえぞ?」
「はいっ、わかりました!私が不適切な発言をしてたら、指摘いただけると助かります」
「気をつけとく」
「編集の段階で気がついたら報告しますね」
私はもう、ライバー冒険者や配信者と呼ばれる立場なんだ。
…こういったことを思ってしまうのは、お二人の言葉を軽んじてしまうのかもしれないが、私が夢の舞台に上がったのだと思わせてくれる。
けれどその舞台に立ち続けることは、私一人じゃできない。
「まだまだ私は未熟ですし、お金の面でも十分とは言えないかもしれません。…私に協力してくれているお二人のため、私も尽力しますので、これからもよろしくお願いします!」
「おう」
「よろしくお願いしますね、コハクさん」
「いざ金に困ったら、コハクの部屋に転がり込むのも悪ないがな。部屋広いし、綺麗に掃除されてるし」
「あっ、その手がありましたか」
「アザレア、お前…」
「…何のことですか?」
三人で同じ部屋に暮らす、それはとてもいい案に思えた。
ヒッポフォロス向けの部屋は私にとって広いもので、夜を一人で過ごすことに、最近寂しさを覚えている。
だから私は、一つの提案をしようと思う。
「そのぉ…今日はお泊りに来ませんか?」
お二人は快諾してくれて、夜まで賑やかに過ごすことができた。
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