19話 罠 1
アタシたちは今日の冒険を終えた。
スコアを現金に変えれば、そこそこの額面となり、これが続くのなら酒代と生活費に困ることはないだろう。
基本的にはソロやフリーのが気は楽だが、パーティは場所を選びにくいから稼ぎは安定する。
コハクのことを考えれば不思議でもないが、こいつを面接だけで落としたクランはもったいないことをした。
…いや、これだけの実力を紙面と面接だけで判断するのは難しいんだろうな。
なんせ本人は『走るのが速く、ジャンプと弓が得意!』なんて、魅力を感じられない自己アピールをしてるんだから、仕方なさもある。
…アタシとアザレアは、そんなコハクが離れていかないために碌でもない罠を仕掛ける。
この後ろめたさは、罪悪感ってやつなんだろう。
罵倒されたり、嫌われたりする可能性があっても、アタシはコハクと一緒にいたいと考えている。
アタシをノクサラという一人の人間として見てくれて、他人から『落ち目』のシュタールなんて言われようとも、一緒にいてくれるコハクに…執着してしまってる。
あまり踏み込んでこない性格というのもあるし、気遣ってくれているのかもしれないが、『それでも』と思えるのは気に入ってしまっている証拠なんだろう。
「それじゃあ今日は解散ですね、お疲れ様でした」
「はい、お疲れさまです」
「おう、お疲れ」
「帰宅し次第、映像のアップロードを行いますが、チャンネル名はどうしましょう?パーティ名を使うのが無難ですけど、わたしたちってパーティ名ないですよね?」
「ヴァン・フェール第一みたいな感じですか?」
「あぁ、そうだ。コハクがリーダーだし、チーム・コハクとかでいいんじゃね?」
「さすがにそれはちょっと…恥ずかしいかもしれません」
「安易ですね」
アタシの提案は蹴飛ばされる。
少し傷付いた。
「ブレオンヌ帝国の偉人が残した言葉に、『一本の矢では脆く折れてしまうが、複数を束ねることで丈夫になる』というものがあります。それになぞらえて『アローズ』というのはいかがでしょうか?」
「おお、なんかカッコいいです」
「…いいじゃん」
アザレアのことだ、事前に考えてきていて、アタシを出しに使ったようだ。
勝ち誇った顔がムカつくが、今回の勝ちは譲ってやる。
「えへへ、私たちの活躍が誰かに見られると思うと、ちょっと緊張しますね」
「そうですねぇ」
緊張すると言いながらも、期待に瞳を輝かせるコハクの表情がアタシの胸に刺さるが、もう決めてしまったことだ。
目配せをしてきたアザレアに、小さな頷きを返す。
「ではでは、わたしはお先に失礼しますね」
「はーい、お気をつけて」
帰っていくアザレアを見送り、アタシはコハクに声をかける。
「…なあコハク、ちょっと時間をもらえるか?」
コハクに真実を伝えるため、場所を移すことにした。
―――
適当に街を歩き、前に一度来たことのある公園に辿り着いた。
あの時からアタシは、コハクを見続けている。
「あー…なんだ。アタシもアザレアもさ、悪いと思ってるんだ」
「何がですか?」
「映像のアップロードの件」
コハクは首を傾げている。説明もしていないのだから、当然の反応だ。
「アタシとアザレアが映像に映ってて、それがアップロードされるってのは、コハクにとって大きなデメリットになるんだが、それを知らせずに今までいた。…コハクを騙すためにな」
少しばかり考え込んだコハクだったが、やっぱり首を傾げて口を開く。
「騙すためなんて意外ですね」
あっけらかんとしているコハクに、やや肩透かしな気分だが、まあいい。説明していこう。
「今後、映像に多くの視聴者がついていけば、今まで素っ気なかったクランが揉み手擦り手で近寄ってくる」
「スカウトというやつですか」
「そうだ。ただな、アタシとアザレアが映像に映っちまってる以上、スカウトの大半はコハク目当てじゃなくなっちまう」
「…お二人の家系などに関係することですか?」
「そうなる。全てがそうとは限らないが、シュタール家やクラン『シュトラーレンゾンネ』との繋がりを持つために、アタシを利用しようってやつが現れるだろう」
クラン同士の協力関係や、メインライバーとのコラボ企画、そういった利益を産めるだけの縁を、アタシに見出すことができる。
アザレアは、セルヴィーノ家のことをコハクに話してないから、アタシの口からは何も言うことはない。ただ、あれはあれで面倒だ。
「無名のまま埋もれちまうよりはマシかもしれないが、コハクは添え物として扱われるし、…最悪の場合、所属したクランから除け者にされるかもしれない」
「難しい話ですね。…ふむ」
少し意外だった。
アタシたちは、コハクの未来への道を狭めて、夢に対しての迂回を強いたんだ。
激怒されるか、軽蔑されるか、それこそ縁を切られる可能性も考えていた。
言い訳や代替案なんかも用意したんだが…。
「えーっと、ノクサラさんとアザレアさんの目的ってなんなんですか?」
「それは……コハクと、一緒に冒険者をしたいからだ」
顔がじわりと熱を帯びる。もしかしたら真っ赤になっているのかもしれない。
だが、想いを伝えないのはフェアじゃないし、そのためにここにいる。
「アタシやアザレアは面倒な立場にいる。もしもコハクが、どこかのクランに所属することになったら、アタシたちは解散する他ない。…一緒にいて気苦労がないし、アタシを『ただのノクサラ』として扱ってくれるコハクと、…一緒にいたいんだよ」
「…」
コハクは目を瞬かせながら、アタシの銀の瞳を見つけている。
自分の弱味を曝け出し、縋るような言葉を吐いたのは初めてで、否定的な言葉を投げつけられたら、もう立ち直れない気がする。
目を伏せてしまいたい。そんな気持ちが膨れ上がってくるが、コハクのダークブラウンの瞳がそれを許してくれない。
「最初からそう言ってくれればよかったのに」
「えっ?」
「ライバーって、クランに所属しなくても有名になれます?」
「…クランからの後押しとかサポートがない分、立場的に弱くはなるが、不可能ではない」
「なら近道がなくなっただけで、私はお二人と一緒にライバーになれるということじゃないですか。もぅ、最初から言ってくれれば、こんなドキドキすることもなかったんですよ、まったく」
コハクは、その小さな口から吐息を漏らした後で、満面の笑みを浮かべている。
用意してきた文言を全て吹き飛ばしてしまうような明るい笑顔に、アタシの心は救われたような気がした。
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