13話 晩酌 3
「んで、コハクの役割だが。キング・ヴァーダントトードが動けなくなった時に、啄鎧矢で心臓をぶち抜け。それ以外は注意を引きすぎない程度の射撃だ」
「わかりました!」
「アザレアは、アタシの近くで魔法で攻撃して、相手を追い込む。これで倒せるんならそれでもいい」
「かしこまりました」
「ノクサラさんがキング・ヴァーダントトードの注意を引きつけて、攻撃の対処をするんですよね?」
「そう。これでダメなら作戦を練り直して二四時間後に再戦すればいい。小屋の到達者がいなかったんだから不人気そうだ、今期中は誰も来ないだろう」
冒険者の足は人気の場所に向くようで、人気がないところは踏破報酬目当ての冒険者が向かうのだとか。
段丘湿地はエリア七四と設定され、報酬は三〇〇カルタ。一人一〇〇カルタとなった。
エリア十八の隣が七四なのは意外だったが、飛び番号は珍しいことでもないらしい。
「んじゃまあ、酒でもパーッと飲んで、明日の英気を養うとするか」
「ほどほどにしてくださいね」
「バカいえ、一人だけじゃないんだからほどほどで済むわけないだろ」
これ以上ないほどにご機嫌なノクサラさんは、ビンの蓋を素手で豪快に開けたのだが、しっかりとコップに注いで飲み始める。
なんというか、ところどころで真面目な人だ。
「コハクさんはこちらをどうぞ」
「これは?」
「桃酒です。口当たりがまろやかですし、度数も高くありません。おすすめのお酒ですよ」
「ありがとうございます」
軽く匂いを嗅いでみると、桃の芳醇な香りが鼻をくすぐり、つんざくような刺激はない。
一口飲んでみると桃の風味が喉と鼻を通り抜けていき、その後に身体の温まるような感覚が押し寄せてきた。
「でさぁ、コハクってどんなところから来たんだ?」
「どんなところ、ですか?」
「アタシは生まれも育ちもパラデイソポリスで、ここしか知らんの。異国ってのはどんなものかって聞いていきたいじゃん」
「そうですねぇ。明蝉国は、ここから東にずぅーっと行った場所にあるんですけど、その中の不語仙郷という郷に、故郷の榾火の村があります」
「郷ってのは?」
「パラデイソポリスでいうと区ですね。榾火の村は、山の麓に位置した村でして、山に入れば豊かな自然と絶え間ない鳥のさえずりが出迎えてくれて、山から流れてくる川では釣りをしたり水遊びしたりできるんですよ。なんだか…もう懐かしく感じちゃいます」
「のどかなところなのですね」
「お二人からしたら、退屈な場所かもしれませんが、私にとってはとても楽しく過ごせる故郷なんです」
「別に悪く言うつもりはねえよ」
「そうなんですか?古代人っぽいとか言いそうじゃないですか、なんちゃって」
お酒の影響か、身体がぽかぽかとしてきて少し暑い。服を少し緩めてみた。
「そういやさ、コハクってコハク・ホタビノだったよな?力のある家の出身なのか?」
「力があるかって言われたら微妙ですけど、祖父ちゃんが村長をしてまして、村長の孫ということになります。ですけど、明蝉国では家名を名乗れるのは当主だけなので、私はただの恋白なんです」
「入国する際にファミリーネームを付けたのですか?」
「そうです。親切な入国検査官さんに、不利になるからって教えてもらいました」
「そうだな、ここじゃ名前のみのやつは白い目で見られちまう。まあでも、コハクがどうやって海を渡ってきたかは分かった」
「大きいお家でないと、長い船旅は難しいですよね」
どうやら、村長の孫だからお金があると思われているらしい。
「ちょっと違うんですよ」
「ん?」
私は胸に飾ってある玉鈴の真珠飾りに手を置き、郷守様を思い出す。
丸いお顔をした綺麗な狸人のお姉さん。
「私は、えっと…こっちでいう…神官に近いお仕事をしていまして、任期の終了と、一度も失敗せず神事と催し物を成功させた功績から、郷を治める郷守様に旅費の多くを出してもらったんです。祖父ちゃんも出してくれましたけど」
「は?」
「神官ですか…?」
「少し前後することがあるんですけど、私は九歳から一六歳までの七年間を、少女巫という神職に就いていました」
お二人は意外そうな顔をした。
「大忙しだったというわけではなく。年に二度だけ、神饌を整える竈殿のお掃除を任されていたんです。…まぁ三日間の断食は大変でしたが」
「何言ってるかよくわかんねえけど、コハクはすごいやつだったってことだ」
「異文化といいますか、異なる国の信仰というのは難しいですね」
どう説明したものか、と私は考えてみるも、遠い異国のことならしょうがないと、あいまいに笑って話を流した。
それからは私の思い出話を交えながら、お酒の席で雑談をし、気づかぬうちに眠ってしまっていた。
―――
アタシ、アザレアは机に突っ伏して眠るコハクを眺めながら、コップに注がれた最後の酒を飲み干す。
「なあ、アザレア」
「なんですか?」
「コハクが神官だったって、マジだと思うか?」
「コハクさんって自分の素性とかは隠さないじゃないですか。というより隠す必要がないと言いますか」
「まあ、そうか」
幸せそうな寝顔を見せるコハクは、故郷でやることをしっかりと終えてから、パラデイソポリスにやってきて、夢を追いかけている。
立派な話だ。
「だいたいのクランはアタシが誰だか知れば、親父や祖父さんとのパイプを持ちたいってすり寄ってくる」
「貴女の古巣である『シュトラーレンゾンネ』は、最大手クランですからね。わたしの実家も…ジャンルは違えど遠からずといったところですけど」
「だから、アタシたちがコハクについてって、何処かに所属するってのは…難しい」
「そうですね」
「だからさ、コハクが受け入れてくれるかはわからないが―――」
アタシはアザレアに提案を持ちかける。
「三代目『銀眼』のノクサラ・シュタールが、なぜコハクさんにそこまで入れ込むのですか?」
「コハクは、あのキング・ヴァーダントトードに挑み、情報をもぎ取ってくるような大馬鹿だ。…堅苦しいクランとか、一匹狼とかじゃなくて、馬鹿をやってみたくなったんだよ」
「ふふっ、それじゃあわたしも馬鹿になりましょうかね」
「助かる」
アザレアのことはあんまり好かない。
それでもこいつはコハクを、コハクとして見ている気がした。
お互いに出会って間もない間柄だが、コハクのダークブラウンな瞳に射抜かれたのかもしれない。
…厄介なもんだ。
「んじゃ、アタシはコハクを部屋に運ぶから、食器の片付けよろしく」
「はっ!?わたしが先にコハクさんと同衾するのですが?!」
「…いや、アザレアじゃコハクを持ち上げられないだろ。多分…アタシよりちょっと軽い程度だぞ?」
「コハクさんって、そんなにしっかりとした体格なのですか…?」
「下半身がほら、鹿だから」
「あぁ…」
コハクを運ぼうとしたアタシは、エラフォロスどう担いだらいいか分からず苦戦し、最後はアザレアにコハクの頭を支えてもらい、二人がかりで運んだ。
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