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ルーシッド・エデン ―ライバー冒険者の面接に全落ちした私は、実績作りのためにダンジョンを攻略する―  作者: 野干かん
烏銀に映るもの

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12話 段丘湿地エリア 4

 私の放った矢は、キング・ヴァーダントトードの眼球を後ろから貫き、刺さるはずだった。


 しかしその矢は、キング・ヴァーダントトードの体表に現れた薄い水の膜を滑るようにして、受け流されてしまう。


「…何が」


 声が自然と漏れる。

 けれど放心している余裕なんてない。

 私の位置が知られた以上、先ほど見た跳躍からの押し潰しに備えないといけない。

 再び裏に回ろうと足を動かしたが、小さな違和感を覚える。


 ぎょろりとした瞳を私に向けたキング・ヴァーダントトードは、跳躍をするような素振そぶりを見せていない。

 言葉にできない危機感が首筋を伝い、速度を上げようとした瞬間、キング・ヴァーダントトードの口が開き、目で捕らえられないほどの速さで舌が繰り出されたのだ。


「うわっ、べろぉ!?」


 キング・ヴァーダントトードの口から放たれた舌は、私に命中することはなく地面を抉って、土と草を巻き込んで口内に収める。


 あれに捕らえられたら食べられてしまう。

 先ほどの攻撃は運よく外れたが、次にしっかりと避けられるかは分からない。

 一旦距離を取りたい。そう思った瞬間にキング・ヴァーダントトードの纏う空気が変わり、口を膨らませる。

 なんとなく理解できる。これは瘴動トレイツ、モンスターの使う技だ。


 呑気に構えている余裕はないのだが、思った以上に速度が出ない。泥濘んだ地面は蹄の間に詰まり、足丈の草々は足に絡まろうとする。

 ここは私が万全の状態で走れる場所じゃないのだ。


 それでも、と足を動かしノクサラさんとアザレアさんの方へと走り続けると、キング・ヴァーダントトードの膨らんだ口からは、先ほど口に含んだ土や草が礫となって勢いよく吐き出された。


「――――ッ!??」

「コハク!?」


 広く撒かれた礫弾の多くを躱した。だが、その内の一つが私の右肩を貫き、一瞬の強烈な激痛の後に右腕が消滅していく。


 脳内に強烈な警鐘が鳴らされると、キング・ヴァーダントトードの口がモゴモゴと動き始め、舌による攻撃が準備されている気がした。


「クソったれ、アザレアは先に入ってろ。『ヴァッサーフェアツァウベルン』、『シュラムシュトローム』!!」

「うわぁぁ!?」


 ノクサラさんは、アザレアさんを放り投げ、二つの武技アーツを順に使用する。

 一つは腕と脚の鎧に波模様と薄い水の膜を作り出す武技。

 そしてもう一つは、地面を力強く踏み鳴らすことで強烈な振動を発生させ、キング・ヴァーダントトードの体勢を崩して転ばせた。


「早く来いコハク!」

「はいっ!」


 ノクサラさんの作り出してくれた隙を使い、私たちは三人で小屋からルーシッド・エデンを後にした。


―――


「ふはっ!…死ぬかと思いました」


 乳白色の泉から飛び出した私は、第六ゲートのロビーに座り込み、右腕が生えていることを確認してから、胸を撫で下ろす。


「アホたれ…肝を冷やしたぞ」

「…すみません、調子に乗りました」

「あーいや、別に文句を言いたいわけでも、叱りたいわけでもない。なんせ今回は得られるものがあった」

「そうなんですか?」

「相手の動きがいくつか見れたのは大きい。…ただまあ、ヤンチャするのは程々にしてくれ」

「はーい」


 叱咤を受けるとばかり思っていた私は、安堵しつつも反省をする。

 今回は無事に帰ってくることができたが、次に同じことをすれば退場させられることもあるだろう。

 だから私は、ノクサラさんが口にした『肝を冷やした』という言葉を胸の内にしまい込む。


「それじゃあ明日は、キング・ヴァーダントトードの討伐ですね!」

「そうしたいところだが…アタシたちには情報の精査が必要だと思う」

「ノクサラって、見た目や口調の割に真面目ですよね」

「ですね。私はその、初対面が初対面だったので、もっとガサツな人かと思っていました」

「……しばくぞ、アホども」

「怒らないでくださいよ〜」

「そうですよ、ノクサラさん。私たちはノクサラさんがしっかりしているんだって、褒めているんですから」

「なんで年下から褒められなきゃならないんだよ」


 ノクサラさんは呆れと疲労の色を露わにしつつ、肩をすくめて歩き始めてしまった。


「それで情報の精査ってどういうことをするんですか?」

「まずはアタシたちができること、持っている技術の確認がしたい。…まぁ、コハクのことは大概わかるが、アザレアに関する情報が足りなさすぎる」

「そうですね。わたしからしましてもノクサラの情報は多くありませんし、今後の連携を考えるのなら話し合いはしたいですね。…そういうのも込み込みで、夕食でもご一緒しませんか?」

「おっ、いいじゃん。どこで飲む?」

「コハクさんは…お酒を飲めますか?」

「甘酒なら飲んだことがありますよ」

「甘い酒か?……まあ、そういうのが好きそうな雰囲気は、あるか」

「ただ、宿で夕食をお願いしてしまっているので、どこかでお食事というのは難しいです。女将さんの料理を無駄にできませんし」


 …なんだろう、ノクサラさんとアザレアさんからの視線が、子供を見るような目に変わった気がする。

 ちょっと不服だ。


「それじゃあ、わたしたちが途中で食事を買って、コハクさんの宿で女子会っていうのをしません?お部屋って空いてそうですか?」

「お部屋の数は空いていますけど、私が泊まっている宿はヒッポフォロス向けなので、すんごい広いんです。三人でお泊まりしませんか?」

「……おと、まり…っ!」

「出会って数日の、理由の分からん女二人を、部屋に入れるべきじゃねえよ?…特にアザレアみたいなのは」

「何を言うんですか!?わたしは潔白ですよ!」


 私は、こういう風に三人でわちゃわちゃするのが好きだ。今日そう思った。


 故郷で友達がいなかったわけじゃない。

 それでも少女巫おとめみことしての立場があって、ほんの少し壁があった気がしなくもない。

 だから、これくらいの距離感が楽しいのだ。


「女子会っていうの、してみませんか?」


 ノクサラさんは呆れて、アザレアさんは満面の笑みを浮かべた。


「仕方ねえな」

「喜んで!」

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