9話 追うもの 4
キンキラ男の言葉を思い返せば、ノクサラさんがどういう人なのか、断片的に理解できてしまう。
でもそれは、ノクサラさんが望む理解ではないはずだ。
記憶に蓋はできないけれど、意識の外側に置くことはできる。
ノクサラさんを追って第六ゲートの建物を飛び出した私は、左右を確認して彼女の姿を探すと、車道をものすごい速さで駆け抜けていく様子が見て取れた。
戦闘中に使うことのある、爆発的な加速力。それを連続で使っているのかもしれない。
武技ではないようだ。
歩道を進む通行人たちは川の流れのようであり、通り抜けるのに苦労しそうで、その分だけノクサラさんから引き離されてしまうことになる。
あんまりお行儀が良くないけど…飛び越えさせてもらうよ!
「すみません、失礼ッします!!」
助走をつけなくても、本気を出せば人の頭上を跳び越えるくらいできる。…足の腱が痛むけど。
車道に着地した私は、大急ぎでノクサラさんを追うように駆け抜けていき、距離を詰めていく。
なんとなく、会えなくなってしまう気がして足を止めることはできなかった。
―――
そろそろ追いつきそうになった頃、ノクサラさんはへとへとの足運びで公園へと入っていく。
時刻はそろそろ夜。薄暗くなった公園は、夜の山のようで少し不気味に感じられたものの、私の足は自然と進む。
ノクサラさんを探して歩いていると、ベンチに座った彼女が銀の瞳をこちらに向けて、煩わしそうにしていた。
「…はぁ、なんで来たんだよ」
「追わなかったら会えなくなっちゃいそうで」
「話、聞いてたろ」
「はい」
「アタシが…『銀眼』のシュタールの孫だから追ってきたのか?」
「関係なくっても、追いかけますよ、私は」
初めて会ったときのような、苛立ちを含んだ視線。
出会って間もない、ただの冒険者としての知り合いだ。信用はできないかもしれない。
「憧れの人と銀の瞳が似ていると思ってしまったことがあるので、説得力はないかもしれません。でも私は…“ただのノクサラ”さんを追いかけてきたんです」
「めんどいよ」
「私も同じことされたら、似たことを言いそうです」
「…。」
「…。」
足を進めた私は、ベンチの横の芝生に腰を下ろし、うっすらと姿を見せ始めた星々を見上げる。
「正直に言うと、追いかけてきたのはいいんですけど、どういう言葉をかけていいか分からないんです」
「…は?」
「宥めたり慰めたり、話を聞いて心を落ち着かせたりするのが、定番なんだろうなって思いますし、他の人にならそうしたと思います」
「……。」
「邪魔が入る前に、聞こうとしていたことがあるんです。『どうして私に親切にしてくれるんですか?』って」
「気まぐれだよ、気まぐれ」
「それじゃ私も、気まぐれで声をかけたということで」
「…。」
私はノクサラさんのことをほとんど知らない。
ご機嫌取りをしたいわけじゃないけど、下手なことを言って関係が終わってしまうのは嫌だ。
現金な話だけど、教えてもらいたいことがたくさんあるし、親切にしてもらった以上のお返しをしたい。
「誰かを好きになるのには理由がありますし、同じように、嫌いになるだけの理由があるんだと思います」
「…そんなこと言ってたな」
「きっと、嫌いな相手には意地悪なことを言いたくなるのが、人なんでしょうね」
「コハクはないのかよ」
「そうですねぇ…さっきのキンキラ男さんでしょうか」
「キンキラ男って…。…嫌いになるのに理由なんてないのかもしれねえよ、そいつが何もしなくっても、誰々の子供だから、孫だから。それこそ、気まぐれで嫌いになるかもしれねえ」
「そういうものですか?」
「多分、人なんてそんなもんだ。配信を始めりゃ、嫌でも目についてくる」
きっとノクサラさんは大手クランで活躍していた、ライバー冒険者なんだろう。
私が目指しているようなスターになるはずだった、もしくは前はスターだったのかもしれない。
「私は、カッコいいスター冒険者になりたいです」
「ヤブから棒に…。…それは、『銀眼』に憧れてるからだろ」
「はい。ですがそれだけではありませんよ、送り出してくれた村の皆と郷守様の許まで、私の名前を届けたいからです」
「禄に魔導具もない、田舎の村にか?」
「そうです。むしろ魔導具を導入して、村の外を知れるきっかけになるかもしれないんですよ?」
「夢のあるお話だ」
ノクサラさんは呆れている。
でもさっきまでの曇った雰囲気はなくなり始めていて、綺麗な銀の瞳は私に向いている。
「…スター冒険者になるんで、私だけを見てください。そうしたら周りの雑踏なんて聞こえなくなっちゃいますし、気にならなくなっちゃいますよ」
「はぁ〜…自信過剰な田舎者なこって」
「自信なんてありません」
「…?」
「でもやるんです。郷守様と祖父ちゃんが工面してくれたお金は、無駄にしたくありませんし、せっかく掴んだ夢の尻尾は、しっかりと私の手の中にあります。だから!」
「コハクだけを見てろってか」
「はい!」
「何も知らないくせに、めちゃくちゃだよ」
「何も知らないからめちゃくちゃなんですよ。…教えたくないことは胸の内に隠してくれて構いません、…私も聞きませんし…憧れの人のことは口に出しません。だからパーティメンバーとして、冒険者のことと、ライバーのことを教えてください」
顔を背けてしまったノクサラさんは、顎を掻きながら考え込んでしまう。
けれど、ノクサラさんが再び私を見たとき、銀の瞳は綺麗に輝いていた。
「酔っ払った拍子に…碌でもない奴に絡んじまったアタシは、ド級の馬鹿者だよ」
差し出された冒険者証明書は裏向きではなく、ノクサラ・シュタールと記された表側だった。
私は急いで冒険者証明書を取り出して、上に重ねる。
「よろしくお願いしますね、ノクサラさん」
「……うっせえ」
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