9話 追うもの 2
癖で矢を手に取ろうとしてしまった私は、しばらくは必要がないと考えて手を引っ込める。
ペトロボアの目の前に飛び出した私は、相手の鼻に向かって土を巻き上げて駆け出す。
思惑通り、ペトロボアは私を狙って走り出した。
注意を引けたのなら、あとは石柱に体当たりをさせるように動き回り、疲労の蓄積と石鎧の剥離を狙うだけ。私はペトロボアにとって動きにくい場所ばかりを選んで、石林エリアを駆け抜ける。
舐めてかかれっていう言葉の真意は理解できないけど、やれることをやっていけばわかることかもしれないから、私はペトロボアを倒すんだ。
―――
体感で四分弱、私はペトロボアから逃げ回り続けていた。
振り返って様子を窺えば、頭部を中心に岩鎧の多くが剥がれ落ちており、胴体は何度も石柱に身体を打ち付けられた結果、多少出血している。
私は箙から矢を三本手に取り、一本を番えながら、二本を親指と手のひらでストックする。
どこを狙うべきなんだろう。
出血のある胴体は、毛皮の一部を失っていることを考えると、体内への攻撃手段となるはずだ。
けれど心臓の位置を考えると、少しばかり厳しそうでもある。
足回りを打ち抜いて機動力を完全に削ぎ落とし、安全を確保して対処するという選択肢は…少し微妙だ。
走り回っている相手の脚を狙うくらいなら、もっと確実な手段があるはず。
「やっぱり、頭を狙おうかな」
石鎧がないのなら、頭蓋を打ち抜いて倒せる可能性はある。
目標は定まった。ならば、あとは手段だけ。
私は真後ろへの射撃を得意としない。上半身を後ろに捻ってしまうと気道が捻れ、息が苦しく集中力が途切れてしまう。
加えて体勢的に弦を引く力が弱まってしまうのだ。
かといって、側面からの射撃を許してくれる相手でもないはず。
「やらない選択肢なんて、ないよね」
私は石柱に向かって真っすぐに走っていく。
今までは石柱を寸前で避けていたのだが、今回は違う。
弦を引き絞るように、下半身に力を溜め、勢いよく放つことで三バシスを有に超える跳躍を行って石柱の中ほどに飛び乗った。
走ってきた分の衝撃が足に伝わるものの、それらは身体を通すことで簡単に逃すことができる。
前足の蹄で小さな足場をしっかりと踏みしめた私は、後ろ足で石柱を蹴り、時計回りで身体の上下を反転させた。
全体重が前足にかかってしまい、小刻みな震えを生んでしまうが、今はそんなことはお構いなし。
石柱へと突撃しようとしているペトロボアに狙いを定める。
まずは一射は左目を潰す。
その痛みによって軌道が左に逸れたペトロボアは、右側面を石柱に強打して、強烈な反動とともに地面を転がっていく。
私は石柱を伝ってくる振動が届く前に、石柱を離れながら二射目を放てば、運よくこちらに向いていた頭部へ命中。貫通こそしなかったものの、脳天に突き刺さった。
最後に三本目の矢を弓に番え、着地と同時に、二射目の矢が突き刺さった場所に狙いを定め、弦から指を離す。
風切り音を立てて進む矢は、先に刺さっていた矢に命中し、先の矢をペトロボアの脳天に押し込んでいく。
「ブギャァアアア!!」
悲痛な叫びとともにペトロボアは身体を震わせ、ピクリとも動かなり、そのまま消滅した。
「…はぁ、上手くいった」
ペトロボアは相性のいい相手ではないのだろう。
それでも私一人でも倒せると証明できた。
他の冒険者ならもっと楽に倒せるのかもしれないけど、苦手を苦手で終わらせなかった私は、確かな一歩を進んだ気がする。
「お疲れさん」
「ありがとうございます!私の戦い方、どうでしたか?」
「なんつーか…予想以上?」
「おお!」
「予想以上だけど、ずいぶんと遠回りな戦い方だな」
「遠回り…ですか?」
「舐めてかかれって言ったろ?」
「はい」
「…まあ、答え合わせは見た方が早いか」
ノクサラさんは足元の小石を拾い上げ、離れた場所のペトロボアに向かって投げつける。
命中した小石に憤怒したペトロボアは、ノクサラさん目掛けて突き進んでくるのだが、今までの戦闘のように腕を振り下ろして動きを止めた。
本来ならここで回転蹴りを繰り出すのだが。
ノクサラさんは軽い威力の連撃を、石鎧の剥がれた場所に浴びせ続け、ペトロボアを消滅させてしまった。
「…え?」
「攻撃さえ通っちまえば、的確に急所を狙う必要はないんだ。ここはルーシッド・エデン、外とはまた違った法則が働いている」
「舐めてかかれって、そういうことだったんですね」
「まあ…そうだ。いいヒントだと思ったんだがな」
「じゃあ、次はそのやり方で挑んでもいいですか?」
「おう、やってみろ」
その後、石鎧の剥がれた胴体に矢を射ち続けた私だが、先に矢が尽きてしまい、ノクサラさんは難しそうに首を傾げていた。
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