7話 稜線を越えて 3
十八匹目のクラッグホーンを倒し終えた私が、ノクサラさんの方へと振り返ってみると、距離が結構開いてしまった。
ノクサラさんは、自分に迫ってくるクラッグホーンを倒すだけで、基本的には自己防衛しかしていない。
蚊柱を払うような、面倒くさそうな雰囲気を醸し出しながらも、振るわれる拳は鋭く、手を抜いているわけではなさそうだ。
「そこで、待っててくれ。…はぁ、山登るの、しんど」
「わかりましたー」
山の稜線までは後少しだが、ノクサラさんが待つように言うのなら待っていよう。
周囲にクラッグホーンがいないことを確かめてから、なだらかになっている地面へと腰を下ろし、足を畳んでリラックスする。
不快感のない、少し強めな風が心地良い。
こういった高山に登ったのは、二年くらい前になるのかな。お母さんの作ったお弁当を持って、お父さんとお兄ちゃんと、散歩がてら山を登ったんだっけ。
確かあの日は、ライノトリの雛を見つけたはず。元気に大きくなってるといいな。
「…呑気なこって、はぁ…」
「ノクサラさんも休みましょう」
「そうする。…なんか面白いことでもあったか?」
「父と兄と、山登りしたことを思い出していたんです。ライノトリっていうキジの仲間の雛を見つけまして、とっても可愛かったんですよ」
「狩って食べたのか?」
「ライノトリは食べませんよ。山の高いところにだけ生息していて、私たちを見守ってくださっているんですから」
「あー、神様なの?」
「いえ、神様ではないです」
「よくわかんねえな」
ノクサラさんは、私の近くを浮遊していたファミリオグラフを手に取り、撮影を終わらせる。
そして、ファミリオグラフを指で操作すると、空中に映像が投影され、クラッグホーンを狩る私の姿が映し出された。
「おぉ!私が映し出されてますよ!」
「そりゃそうだろ、撮ってたんだから」
「すっごい綺麗な映像ですね、私が知ってるのだともっとこう…映像が荒かった気がするんですがね」
「別におべっかなんていらねえよ、こんなん今じゃ型落ち品なんだから」
「おべっかではないのですが…」
「いいから集中しろ」
映像の中の私は、綺麗な姿勢で弓の構えを維持しながら、身体がブレることなく射撃を行っている。
自画自賛になってしまうが、この映像を村の子どもたちに見せれば、どういう姿勢で、どのタイミングに矢を放つのかを伝えやすいはずだ。
この映像、譲ってもらえないかな?
「どう思った?」
「村の子どもたちに向けた、奔射のお手本にしたいなって思いました。立射と歩射も撮っていいですか?」
「……はぁ」
どうやら不正解のようだ。
「姿勢もタイミングも完璧じゃないですか?しっかりと頭に命中させてますし、矢の回収も問題なく行えてます」
「…いやさ、他の大手冒険者とか、リアルタイムライバーとかの映像と比べて、コハクの戦闘どうかって言う話。編集とか演出とかもあるんだけど、それを抜きにした見栄えっていうか」
「そういうことですか、『銀眼』のシュタールと比べてっていうことなら、やっぱり」
「待て」
「はい?」
「コハクが、いつのアレを観てたかは知らんが、直近でも二〇年近く前のが最新だぞ?もっと直近の、今活躍している冒険者と比較しろよ」
「私、彼しか知りませんよ?」
「はぁ…?………はァ!?!?」
「そのぉ、本当に面接とか、パラデイソポリスで生きていくことに追われてまして、宿にある共用のモニターっていう魔導具の使い方も、まだ聞けてないんです」
「まじかぁー……」
ノクサラさんは脱力し、地面に横たわってしまった。
…悪いことをしてしまった。
大きなクランに入って、ライバー冒険者になることが近道だと思っていたけど、私はものすごい遠回りをしていたのかもしれない。
「コハクさぁ、どうやってライバー冒険者を知って、クランに面接を受けようと思ったんだ?」
「魔導力船の船乗りさんたちに、『銀眼』のシュタールみたいになりたいのですが、どうしたらいいですかって聞いたんです。色々と親切に教えてくれまして、スフル・デュ・クラージュに辿り着き、そこでもちょこちょこと話を伺い、面接に挑んでいました」
「スフルの連中は…いや、あいつらは忙しいだろうし、構ってる余裕もないか。…なんか、年寄りになった気分だ」
「ごめんなさい」
「別に謝ることでもねえよ。…まあいいや、最近流行りのライバー冒険者は、あとで見せてやる。それじゃあ、コハクの戦闘に関するおさらいだ」
「はい」
「まず、コハクの戦闘には乙張っていうのがないように見える」
「えっと」
「大丈夫だ、言わなくてもわかる。矢を放つときは、射撃の直後の、振動が腕に伝わる前に射って、接地による安定性の確保と、移動の勢いを殺さない射撃だって言いたいんだろう?」
「はいっ!」
「ただ、それを素人が見て理解し、『すげ〜』ってなると思うか?……さっき言ってた、村の子供が理解できるかを考えてみろ」
「難しいかもしれません」
「だろう?配信っていうのはエンターテインメントだ、多くの視聴者が楽しめるように、広い入り口があったほうがいい」
「なるほど…」
「例外として、ニッチな武器や戦法で活動を行うライバーってのもいるが、そういうのは知る人ぞ知るってやつで、コハクが目指すものとは違うだろ?」
「そうですね。はい、そうです」
腕鎧を外したノクサラさんは、頭を掻きながら私の映像を食い入るように何度も再生する。
「…別に派手な動きをしろってわけじゃない。そんなことをすれば、コハクのいい部分は全部消えちまう。…大きな課題だ」
「具体的に、何がどうダメなんですか?」
「動きに溜めがなさすぎて、どこを見ていいかわからない。気づいたら矢が飛んでいて、クラッグホーンの頭を射抜いてる。…んで一匹倒したら、間髪入れずに次を倒しに行くだろ?視聴者が置いてきぼりになっちまうんだ。そういう意味で、乙張がない」
「ありがとうございます」
「お、おう…」
ノクサラさんは、自分のことのように私のことを考えてくれている。
初対面の酔っ払いな印象とは大きく異なり、配信文化に詳しい先輩冒険者といった感じだ。
ノクサラさんも同じ夢を追っているのだろうか?
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