40話 最終マッチ 5
アタシ、ノクサラは、父であるラバンと対峙する。
親父の一撃目は左手から繰り出される隙の少ない剣撃。
アタシの肩を切り落とそうとするその一撃は腕鎧で受け止め、剣を押し退けるように一歩踏み込む。
槍ほど顕著じゃないものの、剣には剣の間合いがある。それは近づきすぎても遠すぎてもダメだ。
そして徒手空拳の間合いは剣の間合いの内側に入れる。
親父が追撃を諦め一歩退いたことを確かめたアタシは、更に距離を詰めながら拳を振るうのだが、親父は器用なことに剣でアタシの拳を受け流しつつ、更に距離を空けようと試みている。
今は押し時だ。
けれど親父相手に踏み込みすぎるのは良くない。
親父は現役を退いた後、後続の育成もやっていた。
人との戦いは、アタシ以上に熟知しているはずだ。
「…。」
「…ッ!」
アタシが攻撃の手を緩めて距離を置こうとした瞬間、親父は的確な間合いでアタシの首を刎ねようと剣を薙ぐ。
咄嗟に両腕で防御しようとした瞬間、もう片方の剣がアタシの腹めがけて振るわれる。
しかし、アタシの腹は斬り裂かれることはなく、親父の腕と足には茨が巻きついていた。
「ナイス、アザレア!助かった!」
「踏み込みすぎですよ!」
『ヴァインドメイン』。アザレアの使う、緑色のアーケイン・プロキシから放たれる魔法だ。
親父の視線がアーケイン・プロキシに移り、腕と足に絡まる茨を振り払おうとしているので、アタシは姿勢を低くして足払いをする。
その攻撃は当たらなかったものの、親父はアーケイン・プロキシへの攻撃を諦めて、茨を斬り裂くだけに行動を収めた。
この戦闘、アタシだけじゃ勝ち切れない。
アザレアの支援を潰されるわけにはいかないんだ。
「準備運動はこれくらいでいいだろ、本気で来いよ親父。『ヴァッサーフェアツァウベルン』!」
「ああ、準備運動は終わりだ。『ヴァッサーフェアツァウベルン』」
アタシと親父は、互いの得物に水属性を付与して構えを取るのだが、空気を読まずに矢が三本飛来する。
親父は的確に矢を払い除け、コハクの方へと視線を向けたものの、コハクは既にこちらを見ておらず、ジークヴィンに攻撃を仕掛けていた。
その後に轟音が響き渡り、ジークヴィンが『アウフブリッツ』を使ったのだと悟る。
ジークヴィンはアウフブリッツという、不確定な結果を招く武技が嫌いだ。
けどそれを引き出されたということは、それだけ余裕がないということだろう。
へっ、いい気味だ。
…なんか、コハクのケツから煙が立っている気がするが、見なかったことにしよう。
さて、コハクが作ってくれた僅かな隙をアタシは見逃さない。
親父の視線が戻ってくる前に、アタシは武技をぶち込む。
「『シュラムシュトローム』!」
地面を力強く踏み、泥濘みに変えながら濁流を引き起こす武技。
アタシと同じ水属性付与だからこそ、対応しにくい攻撃というのは理解できている。
親父が対応できるかできないかで、アタシの次の行動を変える必要があるが…まあ対応できるか。
泥濘みが差し迫った瞬間、親父は縮地で抜け出そうとする、それは想定内だ。
だからアタシはその進路になり得る場所に拳を置いて、次の行動を潰そうと思ったのだが、親父の縮地の速度が遅かった。
コハクは、親父の電光石火を『遅い』と言っていた。
ほんの僅かな速度差で、事前に言われてなければ気付くことができなかっただろうが、生憎とうちのリーダーには看破されているんでな。
移動に無理がない挙動で、足場は問わず、次の攻撃に活かせる最終地点は――。
「――ここだよなぁ!?」
「――?!」
完全に目で追えているわけではない。
そんなことをやってのけるのはコハクぐらいなもんだ。
けどまあ、空中での姿勢の調整くらいは見て取れる。
アタシが親父の顔面に向かって拳を振るったのだが、親父は剣を地面に突き刺して無理やりに勢いを殺し、やり過ごされてしまう。
とはいえ、この状況はこちらの有利。アタシはアザレアに視線を送った後に、一歩踏み込んで拳をねじ込む。
「くっ」
攻撃を脇腹に受けた親父は、自身で地面に突き刺した剣を足場に電光石火を使用。そのまま距離を空けるのだが、もう逃がしてやるわけがない。
「『フローズンフィールド』!」
アザレアの青色のアーケイン・プロキシによって、周囲の地面が凍結し、親父は足を滑らせて姿勢を崩す。
アタシは縮地を使い、氷を踏まないように跳躍をし、親父に向かって拳を叩きつける。
「『ファルベッケンシュトース』!!」
「ふっ」
親父が笑みを浮かべた瞬間、アタシの背筋に悪寒が走る。
…よく考えたら、この状況は良いとは言えない。
アタシは空中で拳を構えており、次の行動が固定されているが、親父は体勢を崩しながらも辛うじて行動を選べる状況だ。
「娘の武技から着想を得るというのは、些か大人気ないと思うのだが、ここまで追い込まれたのなら、温めてばかりもいられまい」
「はぁっ?!」
「『ヴァッサーシュピーゲル』」
親父の剣先がアタシの拳に当たった瞬間、まるで氷の壁にでもぶち当たったかのような感覚を味わいながら、アタシ自身の軌道が逸れていく。
「クソ親父、テメェ!?」
アタシの武技をパクりやがったのか!?
相手の攻撃を受け流す防御用の武技『ヴァッサーシュピーゲル』。
武器が違うのにも関わらず、そしていい歳したオッサンなのにも関わらず、親父はアタシの武技を見て、萌芽させやがったのだ。
驚きとともに危機感が全身を駆け巡ったところで、アタシは既に身体の制御ができない。
親父は既に次の攻撃を準備しており、アタシは自分の迂闊さを嘆きたくなった。
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