35話 準備時間 2
私たちが開会式のエリアに向かうと、そこには数人の冒険者がいる。
種族の割合は人間種が殆どだが、ところどころに二足獣人が混じっているのが見て取れる。
その筆頭がアープグルントさんだろうか。
アープグルントさんのひらひらの多い黒い服…たしかアザレアさんがゴスロリと言っていた服は、黒を基調としているのは変わらないが、銀糸で細かな意匠の模様を拵えており非常に豪華な印象を受ける。
ただ、私が興味を引かれたのは衣装ではない。
彼女の握る武器である、漆黒の翼のような派手派手な装飾をあしらった長弓だ。
私が映像を確認した中に、弓を主として扱っているものはなかったので、今回のために用意したのだろうか。
なんにせよ、こういった場で普段とは異なる武器を使うというのは、勇気のある行動だ。
「やあ待っていたぞ、我が宿敵の『白き死の姫』!」
いきなり私が挨拶をしていいのだろうかという疑問が浮かび、フロランさんに視線を向けると、『どうぞ』といった身振りをしてくれた。
あくまでこの顔見世は、本番前のひと時ということで、そこまで畏まった場ではないのだろう。
「直接お会いするのは初めてですね、『深淵からのジネストラ』さん」
「お、おぉ…!聞いたかジークヴィン、コハク・ホタビノさんは我輩のことを真名で呼んでくれたぞ!おい、聞いてるのか?!」
「うるせえっての。社交辞令みたいなもんだろうに」
ジークヴィンと呼ばれた男性冒険者は、キンキラ男さんだ。今日もキンキラな装飾を身にまとっている。
「今日のアープグルントさんは、いつもより豪奢な衣装に身を包んでいますけど、勝負服というやつですか?」
「クックック…よくぞ聞いてくれた!これは漆黒き深淵より出でし我輩の正しき姿であり、真なる力を発揮するための戦闘装束である!」
そういう意味で勝負服と言ったわけじゃないのだが、楽しそうにしてくれたから良しとしよう。
「おぉー、それも魔導具ということですか。数多くの魔導具を使いこなすアープグルントさんならではの衣装ということですね」
「如何にも!この衣装『永遠を司る翼』について語り合いたいところではあるが、全てを知ってしまっては興醒めであろう?本番までの楽しみに残しておくとよい。ワーッハッハッハ!」
「はい、楽しみにしてますね」
アープグルントさんは、くるりくるりと独楽のように回転して衣装を見せてくれた。
私は、アープグルントさんの全身を見たことで一つの疑問を覚える。
それは箙や矢筒といった、矢を収めるための道具を装着していないことだ。
手に持っているのは弓であり、それから放たれるのは矢である。
衣装のため一時的に外しているのであれば、納得もできるのだが、なんとなくそういうことをしなさそうな方だ。
衣装に合わせた箙などを入手し、装着しそうな印象である。
「クックック…さては疑問に思ったな、コハク・ホタビノさん」
「コハクでいいですよ」
「じゃあ我輩のこともジネストラで頼む」
「はい、わかりました、ジネストラさん」
「よろしくな、コハクさん。…クックック。そう!我輩には矢を納める道具がないのだ!これに関しても詳しくは語れないが、我輩はコハクさんと鎬を削り合い、高みを目指すために弓という新たな選択肢を創り出したのだ!…世間では弓は地味だという評価らしいが、魔導具の申し子たる我輩を以てすれば、その程度の評価の払拭など容易いもの。コハクさんとは別アプローチで挑ませてもらうぞ。ワーッハッハッハ!」
弓形の魔導具ということなのだろう。
どういう攻撃をしてくるかは未知数だが、これだけの自信があるというのなら心して挑まなければならない。
「ぶつかり合いましょうか、本気で!」
「クックック…ワーッハッハッハ、アーッハッハッハ!!それでこそ我が宿敵『白き死の姫』!!戦場での我輩を楽しみにしているといい」
「はいっ!」
ジネストラさんが手を差し出して握手を求めてきたので、私はその手を取り固い握手を結ぶ。
「満足したか?帰るぞ、ジネストラ」
「ああ、大満足だ!」
どうやらジネストラさんは私に挨拶をしに来たらしく、既に満足したようで数歩下がってはフロランさんに目配せをした。
順番を譲ったらしい。
「ラバン・シュタールよ。今回はこのような場に、我らスフル・デュ・クラージュを呼んでいただいたこと、心よりの感謝を申し上げる」
「こちらの方こそ、申し出を受け入れてくれたこと、感謝の意を表そう。スフル・デュ・クラージュとシュトラーレンゾンネは現在の方向性こそ違えど、始まりは同じ時期にまで遡ることのできるライバルクランだ。長く続くクランの歴史に、どちらがより強者であるかを示そうではないか」
チラリとノクサラさんの方に視線を向けたラバン・シュタールさんだが、ノクサラさんは顔を背けたままである。
ただ、ラバン・シュタールさんの方は、これといった表情や態度を変える風はなく、なんとも判断に困る関係だ。
ラバン・シュタールさんは、さっきの言葉で全てを伝え終えたのか、フロランさんと握手を交わした後に、一足先に戻ってしまった。
「…なんも言わないのな」
ノクサラさんから漏れた寂しさと不安の独り言。
それらを和らげるように、私はノクサラさんの手を握る。
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