34話 深淵からのジネストラ 1
エキシビションマッチの練習が始まってから十日ほどが経った。
参加メンバーが全員揃うのは五日に一度で、後は自由参加となっている。
今日の私は休みを取り、ジェルブ・ドールのお手伝いをしたり、自室の掃除をしていた。
エキシビションマッチの練習が始まってから、ノクサラさんとアザレアさんが私の部屋に泊まっていくことが多くなり、少しずつお二人の私物が増えてきている。
元々殺風景だった部屋に訪れたちょっとした変化を、私は楽しく思いながら、手早く掃除を終える。
時刻は一〇時ちょっと前。女将さんのために御赤飯を炊き始めるにはいい時間だ。
私は福兎鈴商会からお借りした釜と材料を手にして、厨房へと向かう。
「こんにちは、コハクちゃん」
「こんにちは、女将さんとマルグリットちゃんっ」
「ほら、コハクお姉ちゃんだよ」
「……。」
女将さんの背に乗っているマルグリットちゃんは、私の声に反応して顔を向け、私が顔を近づけると愛らしい笑みを浮かべる。
とても可愛い。
女将さんの背に揺られて心地よくなっていたのか、少しお眠な表情をしている気がする。
「なにかお手伝いできることがあったら、気軽に言ってくださいね」
「ありがとう。でも、宿のことを手伝ってくれるだけでも、大助かりだよ」
「そうですか。…えへへ、マルグリットちゃん可愛いですね」
お手々を触ってみれば、つるつるスベスベ。
馬体の毛並みは綺麗で、しっかりとお手入れをしてもらっているようだ。
「コハクちゃんは結婚への興味はどうなの?」
「私はちょっと難しいんですよね」
「信仰している神様と結婚しているんだっけ?」
「はい。私は少女巫になった時から、麗天様の伴侶となっていますね」
「けど、人とも結婚できるんでしょ?」
「そうなんですけど…神職に就く、就いていた者の伴侶は、もれなく麗天様の伴侶と同等の扱いを受けまして、死後は私と一緒に麗天様にお仕えすることになっちゃうんですよ」
だから私は、信仰の異なる人と婚姻の契を結ぶのは難しい。
まあ、夢を追うために故郷を離れた以上、そういったことを望めない可能性は考えていた。
少し寂しい気はするが、周りの人と仲良く過ごすことにしよう。
「あの二人も大変だね…」
「どのお二人ですか?」
「なんでもないよ。…ところで、それが出産祝いのオセキハンって料理なの?」
「はい、今から炊くところです。食べられそうですか?」
「全然問題ないよ。皆が気を使ってくれるから、体調もすこぶる良いからね」
「そうですかっ!では期待しててください、甘くてもちもちのお米料理ですんで!」
マルグリットちゃんが眠ってしまったので、女将さんは起こさないように自室へと戻っていった。
そして、お昼に御赤飯を食べた女将さんは、随分と不思議そうな表情を浮かべていた。
甘味やデザート的なものだと思われていたらしく、お塩をかけた際には目を丸くしていたのが特徴的だ。
もしかしたらお口に合わないかとも思ったが、『こう言っては失礼かもしれないけれど、意外と美味しかったよ。機会があったらまた食べたいくらいにね』というお言葉をいただけた。
またどこかで作ろうかな。
―――
私は自室で卓上モニターを操作して、ルーシッドキャストのチャンネルを探す。
「えーっと、『ジネストラ・フォム・アープグルント』さん」
ここしばらくは練習に集中していたため、私を宿敵だと言ってくれていたアープグルントさんを調べられていなかった。
敵情視察も兼ねて、どういう冒険者なのかを知ろうと思う。
ペタペタとモニターの表面を触って動かしていくと、アープグルントさんのチャンネルが見つかる。
アープグルントさんはどうやら女性のようだ。
伸ばされた黒い髪、ひらひらがたくさん付いた真っ黒な服装、そして真っ黒な剣と魔導具を一つずつ握っている。
アコアさんもだが、このひらひらな服で機敏に動き回り、武器を振るう姿には感心を覚える。
私なら、動いたり弓を引いたりするのに邪魔にならない格好で、ルーシッド・エデンに挑みたい思うからだ。
けれどきっと彼女たちは、このひらひらな衣装こそが戦闘服であり、信念として掲げるものなのかもしれない。
『ワーッハッハッハ!我輩はシュトラーレンゾンネでも最強なのだ!この程度のボスなど恐るるに足りずだ!』
映像が途中から始まってしまう。
これは…リアルタイム配信というやつだろうか。巨大な鳥のようなモンスターが消滅し始めており、もう少し早く見始めれば戦っている姿も拝めたかもしれない。
いや、それは投稿映像を視聴すればいいかな。
『我輩の戦いっぷりはどうだったかな、観測者諸君?』
〈相手が弱かったな〉[五〇カルタ]
〈いつも通りでは?〉[一〇〇カルタ]
〈ちょっと手を抜いてる?〉[三〇カルタ]
〈というかエキシビションマッチだっけ。イベントの準備しなくていいの?〉[五〇〇スコア]
支援金と共にコメントが表示される。
リアルタイム配信だと、コメントもすぐに見れるようだ。
『目が肥えたな、観測者共!我輩という絶品高級料理を日々目にしているのだから当然ではあるが!ワーッハッハッハ!』
コメントを確認しているのか、アープグルントさんは黄色い瞳だけを動かしている。
『…ふぅむ、エキシビションマッチに対するコメントが多いな。あのイベントに関しては期待しているのだが、我輩の本業は観測者諸君を楽しませてやることだ』
〈ルーシッド・エデンの公式イベントなんだからそっちに集中してよ…〉[一〇スコア]
〈俺たちのこと大好きかよ〉[二〇〇カルタ]
〈照れるなぁ〉[一〇〇カルタ]
『まぁ、我輩にとっての宿敵を見つけたからな、本番を楽しみにしてくれ!ハッハッハ!』
アープグルントさんは配信業と練習の両立をしているようだ。
私も映像の撮影、投稿をしたいところだけど、助っ人として全力を発揮しないといけないし、複数を同時にこなせる自信もない。
アローズの一人として、スフル・デュ・クラージュの助っ人として全力で挑むとしよう。
さて。
私たちの映像にコメントと支援金をいただいてしまったから、お返しをしておこうかな。
ここから入力するのかな。
〈こんにちは、アローズのリーダー、恋白と申します。先日はコメントと一緒に、『白き死の姫』という異名をいただけたことを光栄に思っており、そのお礼とお返事に参りました。また、まだ新人たる私たちを見つけ、宿敵として見いだしていただけたことに心よりの感謝を――――
少しばかり堅苦しいコメントになっている気がするが、気軽な態度をしていい相手にも思えないので、礼節はしっかりと尽くすことにする。
折角のライバルだ。嫌な気持ちなどなく、本番に挑みたい。
―――映像をたくさん投稿されているみたいなので『深淵からのジネストラ』さんのことは、そちらで学ばせていただきます。それでは本番で干戈を交えられることを楽しみにしております。『白き死の姫』〉[五〇〇スコア]
よし、これでいいかな。
後は投稿されている映像を視聴して、アープグルントさんの戦い方を理解しよう。
アープグルントさんは多種多様な魔導具を、相手によって使い分け、使いこなす冒険者らしく、なかなか手強そうな相手だった。
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