第11章 二学期 第383話 巡礼の儀―⑳ あたしは前へ進むためだったら……何だってやってやるわ
《ロザレナ 視点》
「――――――――――たぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
あたしは雪の上を駆けながら、リーゼロッテへと向かって突進する。
そんなあたしを見て……リーゼロッテは目を細めた。
「何度向かって来ても同じことだ。お前の【縮地】では、私のスピードを超えることができない――――――――【蛇影剣】!」
リーゼロッテは、無数の刃をワイヤーで繋いだ剣を振る。その瞬間、刀身が掻き消える。
また、あの……伸縮自在の鞭のような剣が……あたしに向かって放たれた……!!
あたしは即座に、意識を集中させた。
「【心眼】!」
意識を集中させ、神経を研ぎ澄ませる。
すると、周囲の時がスローモーションのようになった。
あたしの目と鼻の先にあるのは、刃の切先。
【心眼】を使っても、リーゼロッテの剣の速度を見切ることは、ギリギリの状況だった。
集中力が途切れ、【心眼】が解除される。
再び時が動き出した直後。あたしは即座に、顔を横に逸らした。
すると、あたしの頰に切り傷が生まれ……ワイヤーに繋がれた刃が、あたしの顔の横を通り過ぎていく。
「なんて速さなのよ……!!」
はっきり言って、あたしとは相性が悪すぎる敵だわ……!!
確かにグレイレウスと戦った時はすごく戦いにくかった気がするけど、まさか、上位の速剣型と戦うのにこんなに苦戦させられるだなんて思いもしなかった……!!
これが、剛剣型と速剣型の相性の悪さ……というわけなのね……!!
「鈍い」
「え? ……あぐっ!?」
突如、目の前に現れたリーゼロッテが、あたしの身体を蹴り上げる。
ゴロゴロと雪の上を跳ねながら、吹き飛ばされていくあたし。
あたしは即座に起き上がると、大剣を雪に突き刺して、ザザーッと滑りながら動きを止めた。
そんなあたしに目掛けて……リーゼロッテは容赦無く剣を伸ばす。
まっすぐと伸びてくる剣の切先。
膝立ちでしゃがみ込んでいるこの体勢では、避けるのは、難しい……!!
――――――――――しかし。
「一人で突っ走るのはやめなさい!! 【ストーンウォール】!!」
あたしの目の前に、石壁が姿を現す。
その石壁に亀裂が走ったのを確認したあたしは、即座に、しゃがみ込む。
石壁がスパンと斬られ、あたしの頭上を、高速で剣が通っていった。
「……」
リーゼロッテは何も言わずに剣を伸縮させて、自分の手元へと戻す。
あたしは起き上がると、大剣を構えながら、後方へと下がった。
あれから何度試してみても……リーゼロッテの側に近寄ることができていない。
あたしはゼェゼェと荒く息を吐きながら、頰から流れる血を腕で拭い取る。
すると、背後に立つシュゼットが、声を掛けてきた。
「良いですか、ロザレナさん。このようなことを言うのは非常に不本意ではありますが……あの女を倒すには、私や貴方個人の力では、恐らく不可能です。協力し合わなければ、倒すことはできない……そういう相手です」
「らしくないわね、シュゼット。あんた、誰かと手を組むような性質じゃないでしょ」
「ええ、そうですね。ですから、不本意と言っているのです。私には……オフィアーヌ家の人間として、この地を守る責務があるのです。あの子にも、屋敷を出る際に……託されましたから。なので、何としてでも勝たなければいけないのですよ」
そう言って、シュゼットは手に持っている杖をギュッと握りしめる。
あたしは肩越しにその姿を見つめて、思わず首を傾げてしまった。
「あの子って誰よ? というか、その杖、何? あんた、杖なんて持ってたっけ? 極力ギリギリの状態で戦闘を楽しみたいって理由で、いつも敢えて射程距離の短い扇子を使ってたんじゃなかったかしら?」
「私も、今回は本気で戦わなければいけないということですよ。……良いですか、ロザレナさん。私のこの杖は、オフィアーヌの神具【毒蛇王の宝杖】というものです」
「え……? 神具……? それって、確か、ここに来る時にアネットが言っていた……レティキュラータスの【狼の牙】と同じ、絶大な力を持っている武器って……どわぁ!?」
突如、あたしに目掛けて、剣の鞭が飛んでくる。
あたしは即座に身体を逸らして、ギリギリでその剣を避けてみせた。
「お喋りは終わったか?」
「……っとに、休む暇もないわね……!! それで、シュゼット!! その杖がなんだって言うのよ!!」
「私も、この神具の詳しい能力は知りません。今のところ、扇子を使っていた時よりも魔法の射程範囲が広がったというくらいで、特段、目立った力は発揮されていませんから。ですが……何となく、使い方は分かってきました。これは恐らく……魔力を最大までチャージして放つことで、特級魔法を放つことのできる神具です」
「特級魔法……って、確か、最上位の魔法よね? 使ってる奴、子供の頃に会ったジェネディクトくらいしか見たことないけど……」
「貴方が何故剣神ジェネディクトの能力を知っているかが気になるところですが……そこはひとまず置いておきましょう。ロザレナさん。私は、魔力をチャージし終えるまで、極力魔力の消費を抑えるために貴方のサポートに徹します。貴方はその間、リーゼロッテの攻撃に耐えてください」
「はぁ? なんであたしがあんたの前座をやらなきゃいけないわけ? ふざけんじゃないわよ」
あたしのその言葉に、シュゼットはキツネのように目を伏せて、笑みを浮かべながら口を開く。多分、相当怒っている。
「剛剣型である貴方では勝ち目が薄いから、私がトドメを刺してあげると言っているのですよ。今この場においては、私こそが、あの女を倒す力があるということを理解してください。立場というものが分かりましたか? 脳筋さん?」
「まだ勝ち目が薄いかどうか分からないでしょうが!! そもそも、その能力が不確かな神具って奴で、リーゼロッテを倒せる確証がないじゃない!! なんでその杖に全部賭けなきゃいけないのよ!! たとえ本当にものすごい威力の魔法を使えるのだとしても、外したら終わりじゃない!! 腹黒キツネ目女!!」
「クスクス……この私が、魔法を外すと思っているのですか? 相変わらず腹が立つ人ですね。こんな女が主人とは、我が妹の気苦労も相当なものでしょう。可哀想なアネット……今度、胃薬でも持っていってあげましょうか……」
「何でアネットの周りには、自称姉面する女が多いのよ!!」
「心外ですね。自称ではなく、本物の姉なのですが。どこかのイカれたバルトシュタインの女と同じにして欲しくはないものです」
「とにかく!! あの女はあたしが倒すから!! あんたは引っ込んでいなさい、腹黒女!!」
「話を聞いていましたか? 脳筋さん? 貴方は盾役になれと、そう言っているのですが――――――――――」
「じゃれあいはそこまでにしろ」
その時、リーゼロッテが、あたしたちに向けて剣を振ってきた。
「ちっ!」
あたしは舌打ちをすると、シュゼットの腕を掴み、跳躍して横に飛ぶ。
すると、先ほどまであたしたちが立っていた場所に、上段から剣が振ってきてー――――――ドシャァァァァンと、大地を真っ二つに破り、土煙が巻き上がった。
地面へと着地した後、シュゼットはあたしが掴んでいた手を弾く。
「ちょ、あんた! 助けてやったのにその態度は何よ! あんた、闘気も歩法も使えないでしょう!? 当たったら終わりじゃない!!」
「助けてやった? 誰も助けて欲しいなどとは言っていませんが?」
「協力しろって言っている割には、相変わらずの唯我独尊ぶりじゃないの……!!」
「……ロザレナさん。では、こういうのはどうでしょう。お互いを利用し合い、どちらが先にあの女に一撃を与えるか……競争という形で協力関係を結ぶ……というのは?」
「……あぁ、それなら確かに構わないわ。じゃあ、あたしがあいつにガンガン攻めていくから、あんたはその間にせっせと魔力でもチャージしていなさい。あたしが倒し終わった後にチャージが完了しても、仕方ないけどね」
「クスクス……速剣型相手に手も足も出ない貴方が、私のサポートなしで、あの女相手に生き残ることができるとは思いませんけどね……」
「はぁ? 何を言って――――――」
「ロザレナさん。私が次に『飛べ』と言ったら、即座に跳躍してください。この私が補助してさしあげましょう」
「? どういうこと……?」
「行きなさい。次の一撃が来ますよ」
「……分かったわよ!!」
再び、リーゼロッテの剣が飛んで来る。
あたしは瞬時に横へと駆け出し、その剣閃を避けてみせた。
「追え、【蛇影剣】!!!!」
地面に突き刺さった鞭のような剣が、雪と土砂を撒き散らしながら地面を切り裂き、あたしの元へと追いかけてくる。
「くっ!」
あたしは即座に【縮地】を使用して逃げてみせるが……どんどんと、背後から、地面を裂いて蛇のような剣が迫って来る。
ここに来て、【縮地】の速度不足が仇となってしまっていた。
あたしが【瞬閃脚】を使用できたのならば、また話は違うのだけれど……あたしは【剛剣型】で【速剣型】じゃない。だから、グレイレウスやルナティエよりも、速剣型の歩法を会得するのに時間がかかってしまうのは避けられない。
(今から【瞬閃脚】を覚えろっていうのも無理な話よね……本当に困ったわ。剣速も速度も相手の方がかなり上。どうやって、リーゼロッテにあたしの攻撃を当てたら良いのか……剣神クラスの敵には威力のある剣だけじゃダメってことね……)
そう考え込んでいると、急に剣が速度を上げて追いつき、あたしの背中に目掛け突進してきた。
その光景に、あたしは、思わず驚きの表情を浮かべる。
「まずッ……!!」
「飛びなさい!!」
「!!」
あたしは即座に地面を蹴り上げた。
するとそれと同時に、足元に四角い石壁が現れる。
ジャンプ台のようになった【ストーンウォール】を足場にして、あたしは、空高く跳躍する。
「……なるほどね。盾じゃなくて足場にしたというわけ。やるじゃない、シュゼット」
あたしは空高く背面跳びを決めた後。クルクルと旋回し態勢を整えて、大剣を上段に構える。
「空中を飛んだから何だと言うんだ? むしろ、狙いやすくなったぞ!!」
リーゼロッテは手元に剣を戻すと、すかさず、空中へ向けて鞭の剣を射出した。
「喰らえ!! 【蛇影剣】!!」
「……さぁて!! やってやるわッッ!! 【覇剣】!!!!」
大剣を振り下ろした、その瞬間。
下方にいるリーゼロッテに向かって、大きな斬撃が飛んでいく。
その光景を見て、リーゼロッテは目を見開き、驚きの表情を浮かべた。
「そ、その技は……っ!!!!」
斬撃が自分に直撃する寸前で【瞬閃脚】を発動させたリーゼロッテは、姿を掻き消した。
それと同時にドゴォォォォンと巨大な音が鳴り響き、大爆発が起こった。
あたしはその光景を見て舌打ちした後、地面へと降り立つ。
「素早いわね……!! 当たれば一撃で倒せるのに……!! どうやったらあいつを倒せるのかしら……!!」
「ロザレナさん!!」
シュゼットのその叫び声と共に、あたしは横に飛び退く。
すると、顔の横を、剣が走っていった。
土煙の中から剣を伸ばしたリーゼロッテは……無傷。やはり、【覇剣】は当たっていない。
しかし彼女は先ほどとは変わり、動揺した様子を見せていた。
「……少しだけ、驚いたぞ。まさかお前が……【覇王剣】のような剣技を使えるとはな。だが、あのメイドに比べてお前の剣は威力も速さも大きく劣る。避けることなど、容易いことだ」
「……そんなこと、分かってるわよ。あたしの剣が……まだ全然、あの子には追いついていないことくらい……」
学級対抗戦であたしとルナティエがシュゼットと戦っている裏側で、アネットはリーゼロッテと戦っていた。
詳しいことは知らない。でも、きっと……あの時のアネットは、余裕でリーゼロッテに勝利してみせたのだろう。
なのに、あたしは、こいつに手も足も出ない。
これがあたしとアネットの差。強くなったと思っても、全然まだまだ、あたしが目指す境地は遠い。
「だからと言って……挑戦を諦める気はしない!! 貴方を倒せば、あたしはまた一歩、夢へと近づくことができるのだから!! あの子の背中に近づくことができるのだからっ!!!!」
「夢だと? それは……先ほど言っていた、剣聖のことを言っているのか?」
「そうよ!!」
「確かにお前やシュゼットは天才だ。お前たちに敵う生徒など、学園中どこを探し回ってもいないだろう。だが……お前たちは所詮、学園の中で最強なだけ。本物ではない。本物の天才というのは、お前たちの年齢で既に剣神へと到達した者を指し示す。剣聖リトリシアや、剣神ジャストラム、元剣神メリッサ……首狩りのキフォステンマといった、天才児たちのようにな。私もかつては若い頃、剣神の座に幾度も挑戦したものだが……そういった本物たちに打ち負け、何度もチャンスを逃してきた」
リーゼロッテは自身の右手に目を向け、ギュッと、握り拳を作る。
そしてこちらに顔を向けると、リーゼロッテは目を細めた。
「無論、今の私は、剣神の座などに拘り続ける気はない。我が剣は、ゴーヴェン様に捧げたもの。故に……私は災厄級であるお前を片付け、任務を遂行するだけだ」
「なによ、それ。あんた……ただの言いなりの操り人形なだけじゃない」
「……何だと?」
あたしがそう口にすると、隣に立ったシュゼットが口を開いた。
「そうですね。私たちは、それぞれ自分の願いや想いを持って戦っている。ですが……貴方の根底にあるのは、ゴーヴェンの命令だけ。偉そうにご高説を賜るのも結構ですが、貴方のような空っぽな人間に何を言われても、私たちには一切響きませんよ? フフフフ……そろそろ引退してその席を譲ったら如何ですか? 今は私たち若者の時代ですよ、おば様?」
「……」
「まぁ、引退したところで、貴方の愛しのゴーヴェンは貴方を使い捨てにするだけでしょうがね。だってあの男は……友人であった私の父を、簡単に切り捨てた男なのですから。まさか……あの男に愛されているとでも思っていたのですか? フフッ、だとしたら、おめでたい話ですね。あの男に愛情なんて感情、ありませんよ」
「……シュゼット。あんた、相変わらず人を煽るのが上手いわよね……。あたし、あんたくらい相手を馬鹿にするのが上手い奴、リューヌくらいしか見たことないわ……」
「心外ですね。私とあのピエロを同じにされては困ります。私は、アレとは違い、殆ど嘘なんて吐きませんから。私の言動は常に本心です」
今、気付いた。きっとシュゼットは、敢えてリーゼロッテと会話をすることで、杖に魔力をチャージする時間を稼いでいるんだ。
あたしが今まで見てきた敵の中でも、シュゼットはルナティエと並んで頭が良い人間だった。まぁ……ルナティエよりは劣るとは思うけどね。シュゼットって、案外、挑発に弱いところあるから。思ったよりも結構短気だし。あと、時間稼ぎなのに煽っちゃってるし。
(……こういうところを見て、学んでいかなきゃいけないわね。シュゼットやルナティエは、常に考えて戦っている。あたしも剣王試験を経てから多少、考えるようにはなったけれど……まだまだだわ)
あたしが隣に立つシュゼットの横顔を見つめていると……突如、リーゼロッテが笑い声を上げた。
「フ……ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!」
「び、びっくりしたぁ!! 何よ、あれ。シュゼットに煽られて、頭でもおかしくなったわけ!?」
「……ふぅ。無論、知っているさ。私が、ゴーヴェン様にとって、使い捨ての道具であることくらいはな……」
「え……?」
その時。あたしに向けて、目に見えない速さで剣の鞭が振られた。
「飛びなさい!! ロザレナさん!! 【ストーンウォール】!!!!」
シュゼットの掛け声と共に、足元に出てきた石壁を使って、宙へと舞い上がる。
しかし、その瞬間――――――――下方に立っていたシュゼットの胸に、ワイヤーで繋がれた刃の一部が、突き刺さってしまった。
「シュゼットッッ!?!?!?」
そのまま鞭はフワリと上方へと上がり……再び下方へと下がり、刃に突き刺さったままのシュゼットを地面に叩きつけた。
「かはっ!!」
胸から刃が抜けたシュゼットは、雪の上をゴロゴロと転がっていく。
そして……付近にある大木に激突すると、大量の雪が、シュゼットの周囲に落ちていった。
「あたしだけ助けて……何やってんのよ、あんたぁぁぁぁぁッッ!!!!」
「悪いが……先ほどからシュゼットがロザレナのサポートに回りつつ、コソコソと隙を見ては杖に魔力を貯めていることは無論、気付いていたぞ。シュゼットを潰せば、お前に勝機はなくなる……これで終わりだ、ロザレナ」
「なん……ですって……!?」
あたしたちの行動に……気付いていたというの!?
地面に着地すると、すかさず、あたしに目掛け剣が飛んでくる。
速すぎて、何処を狙っているのかまるでが分からない。剣と闘気で身体の何処を防いだら良いのかが判断できず……あたしは思わず逡巡してしまった。
「ど、どうすれば……!!」
「はぁはぁ……飛びなさい!! ロザレナさん!!」
「ッ!!」
あたしは即座に跳躍し、足元に現れた斜めの【ストーンウォール】を足場にして、横に飛んで行く。
すると、あたしが向かう方向にも、【ストーンウォール】が現れた。
あたしはすぐに【縮地】を発動させて、新しくできた足場を飛んでいく。
そして……リーゼロッテの周囲に無数にできた石壁を使いながら、足場にして、駆け抜けていった。
速剣型の歩法、【縮地】や【瞬閃脚】は、何回も発動する度に速度が上がり続ける技だ。
シュゼットはそれを理解していて……あたしに足場を用意してくれたんだ……!!
シュゼットの方に視線を向けてみると、あいつは木の側で血だらけになりながらもこちらに向かって杖を伸ばしていた。周囲の雪も、血で真っ赤に染まっていた。
あいつ……あんな怪我で無茶をして……!!
「何やってんのよ、シュゼット!! あんた、そんな傷のままで戦い続けたら、出血多量で死ぬわよ!!」
「黙っていなさい、ロザレナさん!! この私が……シュゼット・フィリス・オフィアーヌが!!!! この程度で死ぬとでも思っているのですかッ!!!! 馬鹿にするのも大概にしなさい!! 貴方から串刺しにして殺しますよ!!!!」
「……ふん。いいわね。やっぱりあんたのそういうところ、嫌いになれそうにないわ。いくわよ、シュゼット!!」
「貴方こそ、必死になってついてきなさい!!」
あたしたちはそう会話を繰り返し、シュゼットは石壁を作り出し、あたしはその石壁を使って高速でリーゼロッテの周囲を駆けて行く。
その光景を見たリーゼロッテは無表情のまま、ヒュンと円形状に剣を振った。
すると、一瞬にして、周囲にある無数の石壁が真横に切り裂かれて、崩壊していく。
だが……高速の見えない剣だとしても、壁を利用すれば、切り裂かれる瞬間がわかると言うもの。
あたしは駆けながら、石壁に亀裂が入る瞬間を見逃さず……即座に頭を下げて、剣閃を避けてみせた。
頭上を通っていくワイヤーの剣。よし。これなら、目で見て、避けることができ―――――――――――。
「は?」
しゃがんで避けたはずなのに、何故かあたしの肩が切り裂かれ、血が吹き出していた。
その光景に意味がわからないと硬直していると、リーゼロッテの声が聞こえてくる。
「やはり……お前は、アネットとは違うな。あのメイドはこの剣の仕組みにすぐ気付いていたぞ?」
何かに引っ張られて、空中に浮かび上がる。そこで、あたしは、気付く。
あたしの肩に……目に見えない何かが刺さっているのだということに。
「死ね。災厄級の因子。お前は……剣聖になど、なれはしない」
目に見えない何かに引っ張られると、あたしはそのまま……ラオーレの街を囲んでいる城壁へと叩きつけられた。
「あがっ!! あぐっ!! ぐぁっ!! いっ!! やめっ!! きゃあ!!」
何度も。何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。
15回ほど壁に叩きつけられたあたしは、肩に突き刺さっている見えない何かを握りしめた。それと同時に、手のひらに痛みが走り、血が滴り落ちる。
やっぱり……あたしの肩には、何か刺さっている。
あたしは思いっきり、肩に突き刺さった目に見えない何かを引き抜いた。
「くっ……うがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああッッッ!!!!」
すると、ブシャァァァと、肩から鮮血が吹き出した。
そしてあたしは落下していき……ドサリと、城壁の下へと横たわった。
口の中に鉄の味がする。背中と肩と手のひらが痛い。痛くて痛くて仕方がない。
朦朧とする意識の中、あたしは顔を上げて、リーゼロッテを睨みつける。
「ゼェゼェ……あんた……その剣……柄から2本……生えているのね……? 目に見えているのは陽動で、後から、魔法で透明化した2本目の剣が襲いくるってわけ……してやられたわ……」
「ほう、そこまでは理解できたのか。むしろ、誇ると良いぞ。私は最初から、お前たちにこの2本目の剣を使う気はなかった。だが……お前たちは予想以上のコンビネーションを見せてきた。故に、少々、本気を出してしまったというわけだ。私は速剣型と魔法剣型だからな。万が一お前に近づかれでもしたら、ひとたまりもない」
そう言って、リーゼロッテは雪の上を歩いて、あたしの元まで向かって来る。
「お前は、今まで一度も負けたことがないと聞いているぞ、ロザレナ。これで、理解したか? これが……敗北だ。これが、剣神と剣王の間にある、超えられない溝というものだ」
身体が……動かない。
夜空から、音もなく、あたしに向かって雪が降り注ぐ。
なによ、これ……あたし、本当にこれで終わりなの……?
動いてよ……動け動け動け動け動け動けッッ!!!!
動いてよッ!!!!! 今までだって、どんなに苦しい状況でも立ち上がって、勝ち残ってきたじゃない!!!! そんなに、リーゼロッテとあたしのレベルが、違うわけ!? どうすれば良いって言うのよ!!!!
なんで……なんでなのよぉ……!!
やっとここまで来たんじゃない!! 剣王になって、あとは剣神で……!! あともうちょっとで、あたし、剣神の座に行くことができたじゃない!!
そうすれば、アネットの背中だって……!!
(あ……)
こちらに向かって来るリーゼロッテの背後に……見慣れたメイド服の少女の姿が見える。
(あれは……アネット……? 助けに来てくれたの……?)
あたしがそう心の中で呟くと、アネットは後ろを振り向き、あたしに背中を見せてきた。
(待って……!!)
必死に手を伸ばす。
だけど、アネットはそのまま……何処かへ去ろうとしていた。
(待って……待ってよ!! 待ってよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!)
分かっている。あれは、幻影だ。あたしの心が生み出した幻。
あたし、今……アネットに助けを求めてしまったんだ……。
それは、剣士の在り方じゃない。剣士は誰かに助けを求めたりはしない。だから、あたしの中にあるアネットは、何処かに行こうとしている。
(お願いだから、行かないで!! あたしは……ずっと、ずっと、貴方の背中を追いかけてきたの!!!! 貴方があたしの全てなの!!!!)
あたしの剣は、全て、アネットから始まったもの。
ジェネディクトを倒したあの子の背中を、あたしは今でも、追いかけ続けている。
……ただ、欲しかった。アネットの側に立って、アネットと同じものを見る権利が。アネットと肩を並べて、同じ世界に立つ権利が、欲しかった。
あたしは、アネットが……アネットの全てが欲しかったんだ。
だって……アネットは多分……あたしのこと、好きじゃないから……。
一度も、愛しているって言ってもらったこと……ないから……。
だから……あたしはアネットが欲しいんだ。力で屈服させて、振り向いて欲しかったんだ。
「終わりだ」
あたしの前に、リーゼロッテが立つ。
その諦念の宿った暗い瞳を見て、何故か……この人に、親近感が湧いた。
多分、この人、あたしと同じだ。
振り向いて欲しい人がいるから、剣を握ったんだ。
だけど、いくら剣を極めても、その人は振り向いてくれない。
でも……諦めきれないから……ずっと剣を振っている。
なによ、それ。あたし……アネットが好きだから、剣聖を目指したの?
本当にふざけた動機。グレイレウスやルナティエとは違った、不純な動機。
だけど、そんな夢も……もう、ここで――――――――――――。
「たぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああッッッ!!!!!!!!!」
その時だった。突如、咆哮が聞こえてくる。
リーゼロッテと同時にその声の元へ視線を向けると……そこには、杖を構えて、とてつもない魔力を身に纏っているシュゼットの姿があった。
その光景を見たリーゼロッテは、あたしから飛び退いて離れ、剣を構える。
「貴様……何をする気だッッ!!!! シュゼットッッ!!!! その魔力の渦はいったい何だッ!!!!」
「フフフフ……ハハハハハハハハハ!! 準備は完了しました!! ここでオフィアーヌの神具を使い……貴方を吹き飛ばしてさしあげましょう!! リーゼロッテ・クラッシュベル!!!!」
「なっ……神具、だと……!?」
動揺するリーゼロッテ。そんな彼女に笑みを浮かべたシュゼットは、杖を天空へと掲げる。
「させるかッ!!!!」
リーゼロッテは即座に剣を伸ばした。
しかし――――――――シュゼットの詠唱の方が早かった。
「我はここに呼び寄せる、破滅の星を!! 大地は焦げ、灰となりて、全ては焦土と化すであろう!! ―――――――――――――――――――――――――地属性特一級魔法……【メテオフォール】」
次の瞬間……シュゼットの身体が、斬り裂かれた。
もう既に限界に近かったであろうシュゼットは、斬られたのと同時に、その場に倒れ伏してしていく。
「コレット……私……は……オフィアーヌを守ると言う貴方の願いを……叶え……フフッ、これで……今までの私の行い……許して……くれますかね……アネット……私……家族を、大事に……」
「あ……あ……あぁぁ……っ!!」
あたしは上手く声を発することができず、倒れ伏すシュゼットをただ見つめ続ける。
リーゼロッテはヒュンと鞭の剣を振り、刀身に付いた血液を振り払った。
「危なかった……神具の能力は、ゴーヴェン様でさえ畏怖を抱く代物だからな。完全に魔法が発動する前に止めることができたのは幸運だったと言えるだろう。まったく、馬鹿な女だ。我らに刃向かわなければ、ここで死ぬこともなかっただろうに――――――――……何だ?」
突如、周囲が暗くなり、リーゼロッテは頭上を見上げる。
すると遠く離れた空の奥には――――――雲を裂き、この場へと落ちてくる、巨大な隕石の姿があった。
その光景を見て、リーゼロッテは目を見開き、呆然と立ち尽くす。
「なん……だ……これ……は……?」
あたしも思わず、驚き、固まってしまう。
あんな魔法を……今までで一度も見たことがなかったからだ。
(あれが……神具の力だって言うの……?)
一目見ただけでも分かる。あの隕石には……とてつもない力が宿っているということが。
まるで、アネットの【覇王剣】を初めて見た時と似た気分。
しかし――――――――――――――――。
(どこか……不安定に見える……? あれ……もしかして、完全な状態で放たれた魔法ではないんじゃ……?)
あたしがそう思った、その瞬間。
隕石に亀裂が入り、粉々の破片となって、無数の隕石の欠片が周囲に降り注いでいった。
「くっ……!!」
リーゼロッテは慌てて【瞬閃脚】の体勢を取る。
あたしは城壁にもたれつつ、何とか身体に闘気を纏って……倒れ伏すシュゼットを見つめた。
(シュゼット……!!)
次の瞬間。辺り一面に、無数の隕石の破片が降り注いでいった。
ドゴォォォォォン、ドシャァァァァンといった巨大な音と共に、とてつもない衝撃が大地を揺らす。
視界の全てが、土煙に覆われる。
5分ほど続いた落石の後。周囲は、静寂に包まれた。
あたしはなんとか、隕石の直撃を免れた。
あとは、シュゼットが無事だったら良いのだけれど……。
土煙が収まり、視界が開ける。
シュゼットを見ると、彼女は幸運なことに、落ちてきた隕石の隙間に横たわっていた。直撃を、免れていた。
その光景に、あたしはホッと息を吐く。
(よ、良かった……!! あとはリーゼロッテが、この隕石に潰されているのを祈るばかり――――――――――)
あたしは視線を前へと戻して、思わず、絶句してしまう。
何故なら……落ちてきた隕石の上に、ボロボロの状態で立つリーゼロッテの姿があったからだ。
彼女は額から流れ落ちる血を拭うと、荒く息を吐き、シュゼットを睨みつけた。
「まさか……まさか、こんな力を使えるとは思っていなかったぞ!! シュゼット!! これが神具の力……そして、神代の力とされる特一級魔法の力か……!! いや、今のは不完全なもののようだったな。恐らくは、ロザレナが殺されそうになったのを見て、急いで魔法を発動させてしまったといったところか。ふん……思ったよりも甘い奴だ。いや、変わったと言うべきか。入学当初のお前であったのなら、ロザレナを庇うような真似は絶対にしなかっただろう。弱くなったな、シュゼット」
あの……馬鹿……っ!! なんであたしを助けるような真似なんか……っ!!
あんたはそういうキャラじゃないはずでしょう!!
なんで……あたしを……っ!!!!
「このままでも自然に死ぬとは思うが……シュゼット、現状この場で一番の脅威であるお前は、ここで完全に仕留めさせてもらう。神具を使いこなせるお前は、ゴーヴェン様の脅威となり得る存在だ」
そう言って、リーゼロッテは、シュゼットの元へと歩いて行った。
あたしは何とか身体を動かそうとしてみるが……びくともしなかった。
(動け!! 動け動け動け動け!!!! このままじゃ、シュゼットが……シュゼットが、殺される……!!!! もう嫌なのよ!!!! お父様の時のようなことになるのはッッ!!!! 目の前で何かを奪われるのは、もうたくさんだわ!!!!)
どうすれば、あたしは、もう一度立ち上がることができるというの?
どうすれば、あたしは、もっと強くなることができるというの?
今までは何とか勝つことができた。
何とか、試練を乗り越えることができていた。
でも、今のあたしは……力がない。ここが、己の限界点だということを察してしまった。
今のままじゃダメということはわかったわ。
あたしには、足りないものがある。
だったら、それは――――――――――――何?
何が……足りないというの……?
『お前には……まだ、使っていないものがあるはずだろう?』
脳裏にあの声が過ぎる。
使ってないもの? それって……。
『お前は、自身に枷を課している』
(枷?)
『力を求めるのならば、どんなことでもしろ。既に分かっているはずだ。ここから先、上へ行くには、己の鎖を断ち切ることが必要なのだと』
(……力を求めるためだったら……もしかしてあたしは……どんなことでも、しないといけないの……?)
これ以上、力を求めるためには、何かを欲しなければいけない。
でなければ、あたしは、上へ行くことができない。
『……そうだ。今のお前はリーゼロッテと同じ、操り人形だ』
誰かが、そう口にする。
『力を求めよ。強くなりたければ、己の意思で、力を求めよ』
あたしには……まだ、使っていない力がある。
でも、良いの? それって、アネットに、使わないように言われていたんじゃ……。
『強くなりたくば、使えるものは何でも使え。でなければ……お前はこれ以上、強くなることができない』
(……)
『お前は、アネット・イークウェスに……勝つことができない』
あたしは……無理やり身体を動かし、起き上がる。
リーゼロッテは足を止めると、振り返らずに口を開いた。
「お前は後だ、ロザレナ・ウェス・レティキュラータス。無理に身体を動かしたところで、お前がもう死に体だということは分かっている。お前たちは敗北した。もう、未来はない」
「……あたしは……どんな手を使ってでも……上を目指し続けなければいけないのよ……うぐっ」
あたしは再び、膝を付いた。
リーゼロッテは無視して、進んでいく。
……悔しい。悔しくて、仕方がない。
拳に力が入る。
深く深呼吸をする。
ここがあたしの限界なのだとしても。あたしは……進み続けると決めた。
あの背中に……届くまで。あの瞳の向こうを知るため。
どんな手を使ってでもッッ!!!! 頂点の座へと立つッッッ!!!!!!!
あたしはッッッッ!!!! たとえ怪物になってでもッッッ!!!!
剣聖の座へと上り詰めてやるッッッッッ!!!!!!!!!!!!!
そしてあたしは……再び立ち上がり、魔法を詠唱した。
「―――――――――【闇夜の衣】」
その瞬間。あたしの身体に、闇のオーラが漂い始める。
その異様な気配にリーゼロッテは振り返ると、眉根を寄せた。
「なんだ……それは……? 魔法……?」
あたしの足元にある雪が溶けて消え、その下にあった土の水分が消えて乾き、雑草が枯れて砂になっていく。
これは、生命エネルギーを奪う魔法。
あたしは、この世界に生きとし生ける者から、闘気と魔力を奪い続ける。
そう―――――――――――これが、本当のあたし。
「【縮地】」
あたしは姿を掻き消すと、周囲に落ちている隕石に身を潜ませながら、リーゼロッテへと突進して行く。
「何度来ようとも、同じことだ」
リーゼロッテは剣を振り、周囲一帯を瞬時に切り裂いてみせる。
地面に突き刺さった隕石が粉々に砕かれる中。
あたしは剣に手を当てて、魔法を唱えた。
「……黒き炎よ……燃え上がれ……【黒炎剣】」
学級対抗戦の時にシュゼットを倒すために使った、【黒炎剣】。
元々あたしは魔力が少ないため、魔法剣を使ったら最後、魔力枯渇ですぐにフラフラになっていた。そのため、今まで魔法剣は封印してきた。
だけど……今、この周囲にあるのは、全て魔法による産物の隕石の破片。
闇属性魔法を全身に纏っていれば、周囲から魔力を取得するのは容易いこと。
あたしは大剣に、燃え盛る黒炎を宿す。
すると同時に、リーゼロッテが切り裂いた隕石の欠片が闇のオーラに触れて……消失していった。否、あたしの魔力へと変換されていった。
「……なんだ、その魔法は? それに、黒い炎だと?」
「【縮地】」
再び姿を掻き消し、リーゼロッテの周囲を駆け巡る。
あたしの姿を目で追いながら、リーゼロッテは口を開いた。
「確かに、魔法剣は速剣型の弱点だ。魔法剣の中には広範囲攻撃が多く、速剣型の歩法を停止させたり、妨害属性魔法で幻影やデバフを発動したりと、速剣型の苦手とする戦法が多いからな。しかし、根っからの剛剣型であるお前に……果たして私を止める能力があるのか?」
リーゼロッテは、ヒュンと、剣を振る。
次の瞬間―――――――――――あたしの目の前にある隕石に、亀裂が入った。
あたしは即座に大剣を構え、軌道を予測し……リーゼロッテの剣を受け止めてみせた。
キィィィィィィィィンと激しい金属音が鳴り響く。
その衝撃に、あたしはザザーッと滑り、後方へと下がって行く。
「ほう? 受け止めてみせたか。だが、たった一度防いでみせたからと言って……ッ!?」
闇の炎を纏った大剣に触れたリーゼロッテの鞭の剣から……魔力を吸い取る。
すると、透明になっていた2本目の剣が……可視化された。
あたしは、遅れて振られた2本目の剣を、難なく避けてみせる。
「なっ……何故、私の剣の、幻影魔法が解除されたんだ!? 剣に装着されている魔法石は別に壊されたわけでもないのに、何故……!?」
「……」
あたしは左手に闘気を纏うと、鞭の剣を握りしめる。
そして、それを力一杯に引っ張り……自分の側へと引き寄せた。
「何ッ!?」
「捕まえてしまえば、こっちのもの」
そう口にして、あたしは……こちら側へと引っ張られたリーゼロッテに向けて、大剣を横薙ぎに放った。
「ちっ……!! 舐めるなぁぁぁぁッ!!!!」
リーゼロッテは剣を持っていない左手を使い、懐から3本の針を取り出すと、指の隙間に嵌めて、あたしに目掛け投擲してきた。
「……!!」
あたしの膝に針が3本突き刺さり、あたしは思わずよろけてしまう。
その隙にリーゼロッテはあたしが振った大剣の下を滑って通って行き……あたしの左手に向けて高速で蹴りを放った。
その衝撃であたしの左手から剣が離されたのを見ると、リーゼロッテは即座に剣を伸縮させて、自分の手元へと戻す。
そんな彼女の頭上に向けて【黒炎剣】を放とうとしたが……リーゼロッテは即座に【瞬閃脚】を使って、後方へと下がった。
ザザッと雪の上を滑り、着地すると、リーゼロッテは鞭の剣を構える。
お互いに距離を開けながら、武器を構えて、睨み合うあたしとリーゼロッテ。
先程と違い、リーゼロッテの顔には、明確な焦りの色が浮かんでいた。
「やはり……剣神クラスの速度相手にはどうしようもないわね」
あたしはそう言って自身の手を見つめると、グーパーと手を開いては閉じてみる。
闇属性魔法は確かに強力な力だけど、速剣型相手には攻めというよりは受けに回る力。
結局……あたしの攻撃が相手に届かないと、意味はない。
それに、闇属性魔法も無限ではない。魔力を奪い続けなければ、この魔法はすぐに効果が切れてしまうだろう。
一人考え込んでいた……その時。リーゼロッテが、口を開いた。
「なんだ……お前のその、身体に纏っている不気味なオーラは……!!」
そう、動揺した様子であたしを睨みつけるリーゼロッテ。
あたしはただ無表情で、リーゼロッテに目を向ける。
「あたしはもう……出し惜しみはしない。全ての力を使って、あんたを倒す」
あたしは瞳孔を開き、大剣を上段に構えて、続けて開口した。
「あたしは――――――――どんな手を使ってでも剣聖へと上り詰める。絶対に。ここであんたを仕留めて、必ず上へ行く。たとえ、人道に反した『悪』と呼ばれる行為をしなければいけないのだとしても……」
何かを奪うことに躊躇などはない。
もとよりあたしは―――――――――生まれた時から、欲してきたのだから。
あの狭い病室の中で、自由を。命を。そして……今は、剣の頂に立つ彼女を。
「あたしは、剣の頂に辿り着くまで、進み続ける。そのためだったら……なんだってやってやる」




