第11章 二学期 第384話 巡礼の儀―㉑ 【覇帝剣】のロザレナ
《ロザレナ 視点》
「……ふん。どうやらその黒いオーラに随分と自信があるようだが……私の剣の透明化を解いたからと言って何になる? お前は私よりも剣速も速度も劣っている。どう足掻こうが、私の勝利は揺らがない」
そう言って、リーゼロッテはヒュンと剣をしならせた。
……あいつの言う通り。あたしの闇属性魔法【闇夜の衣】は、闘気と魔力を奪うことはできるけど、相手の速度を低下させるような能力はない。
【闇夜の衣】は、魔術師と剛剣型にのみ特化した力と言えるだろう。
故に……速剣型に対しては、あまり効果を発揮しないのは分かりきっているということ。
(あの女を倒すには、ここで、弱点である速剣型を倒す術を身につけないといけなさそうね)
あたしはそう言って、太ももに刺さっていた3本の針を抜き、投げ捨てる。
すると、その時。
リーゼロッテが、目を細めた。
「それに……お前は私と戦う以前に、既に、詰んでいる」
「え……? うぐっ!?」
突如ドクンと心臓が脈打ち、あたしは、フラリとよろめいてしまった。
そんなあたしを見て、リーゼロッテは口を開く。
「ようやく、毒が回ったか。通常であれば音切り針が身体に刺さった時点で、即座に身体が麻痺する毒薬を針に塗ったのだが……お前はタフだな。致死量の毒を受けても、数分間余裕で立っていられるとは」
グワンと頭が揺れる。大量の汗が、頬をつたって顎から流れ落ちる。
毒……ね。確かに、そんなものは、闇属性魔法でも防げないわね。
「私は、速剣型の暗殺者だ。覚えておくと良い。暗殺者を相手にする時は、常に隙を見せてはいけないと。……いや、お前にこの先は無かったな。教師だった時の悪い癖だ。忘れろ」
そんな、リーゼロッテの声が聞こえてくる。
相手は格上。そしてあたしは毒にかかってしまった。治癒できる信仰系魔法など、当然、あたしは使えない。誰が見ても分かる絶望的な状況。
「だからと言って……あたしは、進む足を止めない」
グニャリと歪む視界の中……あたしは剣を持っていない左手で拳を握ると、思いっきり、自分の額へと打ちつけた。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッッ!!!!」
咆哮を上げ、何度も何度も、額に拳を打ちつける。
そんなあたしを見て、リーゼロッテが、何処か引いた様子で声を上げた。
「な、何をやっている? 気でも触れたのか?」
一頻りガンガンと殴りつけた後。
額からダラダラと血を流したあたしは、ふぅと息を吐き、大剣を構えた。
「とりあえず……視界だけは何とか取り戻せたわ。痛みはあるけど……これくらい乗り越えなきゃ、あたしは剣聖にはなれない。毒? そんなものは知ったこっちゃないわね。あんたをここで倒すッ!! そのことに、変わりはないッ!!」
「……どんな執念だ。お前は間違いなく、激痛で立ってはいられないはずだ。お前をそこまでして突き動かすものとは、いったい何なんだ……?」
「【剣聖】の座……ただ、それだけ」
ヒュゥゥゥと、冷たい風が、あたしたちの間を通っていく。
あたしとリーゼロッテは剣を構えて、無言で睨み合う。
最初に動いたのは……リーゼロッテだった。
「【蛇影剣】!!」
ヒュンと、高速で振られた伸縮する剣が伸び、あたしに向かって飛んで来る。
「【心眼】」
あたしは【心眼】を発動させ、一瞬だけ、体感時間をスローモーションにさせる。
既に顔面へと飛んできている剣の切先。遅れて飛んできている2本目の可視化された剣。
【心眼】を解除すると、あたしは初撃を大剣で弾いてみせた。続いて二撃目も剣で弾こうとするが、一歩タイミングがずれ、あたしの肩が切り裂かれた。
「くっ!!」
だけど、強く足を踏み込み、退くことはしない。
あたしはここで、自分の限界を乗り越える!! 絶対に!!
「……いい加減、諦めらどうだ? お前に、勝機はない」
「あたしは、ここであんたを倒すッッ!!!!」
「なら……今度こそ、絶望を見せてやる。お前の夢ごと、粉微塵にして斬り裂いてやろう!! 唸れ、【八岐大蛇】!!」
手元に手繰り寄せると、リーゼロッテは続けて剣を伸ばしてくる。
その剣を、【心眼】を使用しながら、あたしは寸前で何とか弾いていく。
だが……連続して振られる剣の速度が、どんどんと上がっていった。
「神速の突きだ!! 剛剣型であるお前には絶対に避けられはしない!!」
高速で突いてくる無数の蛇……否、蛇影剣が、あたしに襲いかかってくる。
あたしはその全ての剣を防ぐことができず、身体中を切り裂かれ、血だらけとなってしまっていた。
「たぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
剣に闘気を纏い、何とか数撃を弾いていく。
そして、一歩ずつ、着実に、前へと進んで行く。
怖いのは死ぬことなんかじゃない。一番怖いのは、自分の夢が潰えることだ。
このままじゃあたしは間違いなく、剣聖にはなれない。剣神にもなれない。
アネットと交わした約束が、叶えられない。
それはあたしにとって……死よりも怖いこと。
きっとこの先は、狂気に身をおかねば、上へは行けない。
ならば……あたしは自分の剣を【狂剣】へと鍛えよう。
狂気の中でしか強くなれはしないのなら、あたしは……迷いなく、その中へと飛び込んでやる!!!!
「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!!!」
血だらけになりながらも、必死に剣速に追いつこうと、大剣を振り続ける。
目の下が切られた。頬が切られた。首元が切られた。腹部が切られた。太ももが切られた。足首が切られた。
関係ない。あたしは、進み続ける。目の前の標的を食うまで。
「イカれているのか……お前……なんだ、その紅い目は……」
剣を弾きながらまっすぐとリーゼロッテを見つめていると、あたしの姿に気圧されたのか、リーゼロッテは眉間に皺を寄せた。
「馬鹿な……徐々に、弾く回数が上がっているだと……!?」
あたしは、懸命に、無我夢中で神速の剣を弾いていく。
正直、リーゼロッテの速度に追いつけている気はしない。
だけど、何となく……その剣の動きを読めるようにはなってきた気がする。
「もう少し……あと、もう少しで……」
すると、その時――――――――あたしの大剣に、ヒビが入った。
「なっ……!!」
無理をさせすぎたせいか。あたしが長く愛用していた【黒炎龍の大牙】が悲鳴を上げていた。
「はははははははっ!! どうやら、ここまでのようだな!! 少し驚かされたが……このまま押し切らせてもらう!!」
さらに激しさを増す、無数の蛇たち。
あたしは奥歯を噛み、眉間に皺を寄せた。
(お願い……あともう少しだけ……耐えてちょうだい……っ!!!!)
あたしがそう心の中で願うと、脳裏に、謎の光景が過った。
大きなツノが生えた、初老の龍人族の大男。
彼の前には、若い龍人族の男、そして彼の妻と思しき龍人族の女性が、どこか見たことのある顔の幼い赤子を抱いていた。
初老の大男は、若い夫婦と孫娘を、暖かく自宅に招いていた。
―――――――場面が切り替わる。
……先程とは異なり、大男が住んでいた村は、焼け野原となっていた。
そして大男は、丘の上へと行き、二つの墓の前で膝をついた。
地面に両手の拳をぶつけ、号泣する大男。その顔には……深い憎悪が宿っていた。
―――――――場面が切り替わる。
大男の身体には、闇のオーラが漂い始めていた。
そして、皮膚には鱗が生え、目は黄色く濁り、彼はどんどんと……人ではないものへと変化していった。
村の龍人族は彼を恐れ、嫌悪していた。
そんな村人たちを無視して、男は、倒壊した自宅へと帰る。
家の中に入ると、ベビーベッドでは、幼い孫娘がスヤスヤと眠っていた。
彼はそっと孫娘に触れようとしたが……ふいに視界に映った壊れた鏡に映る自分の姿を見て、その手を止める。
何故か、彼の気持ちが手に取るように分かった。
彼は、自分が、これから理性のない怪物となることを理解していた。
だから……孫娘には触れられない。
きっと自分が怪物と成り果た後、孫娘は同族からも忌み嫌われる忌み子として扱われる。それが、彼にはひどく辛いことだった。
――――――――――しかし、人族にこの憎悪をぶつけなければ、息子夫婦の仇が打てない。闇の意志に身を委ねなければ、剣聖には勝てない。
口惜しい。口惜しい。口惜しい。
息子を殺した剣聖アレスが、許せない。
何の罪も犯していない亜人を殺す、人族たちが許せない。
怒りが、その身に宿る闇の意志を増大させていく。
―――――――場面が切り替わる。
完全に巨大な黒龍と成り果てた男は、王都を襲っていた。
彼はけっして消えない黒炎を吐き、多くの生命を奪っていった。
そんな黒龍の前に……一人の青年が姿を現した。
青年は不適に笑みを浮かべると、跳躍し、一閃――――上段の剣を放った。
『【覇王剣】ッッ!!!!』
世界を崩壊させる一太刀。アネットと同じ剣。アネットと重なる姿。
災厄級、【憤怒】の黒炎龍は、こうしてここで死に果てた。
―――――――場面が切り替わる。
真っ白な世界。あたしの前に、巨大な漆黒の龍が立っていた。
彼は無表情で、口を開いた。
『……我が主人よ。我が孫娘の戦友よ。ここまでの旅路、共に戦うことができてよかったぞ。貴様が闇の炎を剣に灯したことで、我の意識が一時的に戻った。礼を言う』
「あんたは……もしかして……」
『我が今日ここまでお前に付き従ってきたのは、あの女を倒したかったからだ』
「リーゼロッテを……?」
『そうだ。あの女の祖父ハルクエルは……我が息子の妻……メリアの母を捕らえ、異端審問にかけて殺した仇。我は……憤怒の災厄級の魂。家族を奪ったものへの怒りのために、こうして未だに現世を魂のみで生きながらえている。あの女は、聖騎士、ハルクエルの意思を継ぐ者。殺さなければ、気が済まない』
そう言って、龍は、あたしを指差した。
『お前の中にもあったはずだ、【憤怒】の心が。それは、我を持った影響により増幅したもの。父を殺されかけたお前は……怒りを発露させた。まぁ、どうやらお前は我以外の災厄級にも、魅入られているようだがな』
「……」
『ここまで連れて来てくれた礼だ。黒き炎の力の使い方を教えてやる』
意識が戻り、リーゼロッテの剣を高速で弾き飛ばしている現実へと帰る。
――――――――――その時だった。
あたしの大剣……【黒炎龍の大牙】に宿っていた炎が……さらに強く燃え上がり始めた。
『龍人族に宿る【憤怒】が持つ厄災は、黒き炎。対象者の魂までも燃やし尽くす、漆黒の炎を放つ力だ。その名を――――――――』
「【冥焔】」
あたしは、黒く紅く燃える炎を纏った剣を振り、リーゼロッテの剣を弾く。
すると、リーゼロッテの剣に……黒い炎が燃え移った。
「なんだ……これは……っ!!」
驚きの声を上げるリーゼロッテ。
「もっとよこしなさい!! 黒炎龍!!」
さらに剣に纏う炎が轟々と燃えていく。
そうして、あたしの大剣に当たる度に、リーゼロッテの剣は徐々に炎に包み込まれていった。
「ちっ……!!」
リーゼロッテはあたしの剣を弾くと、鞭の剣を振り、燃え盛る炎を消そうと試みる。しかし――――――――――。
「な、なんだこの炎は……!! 何故、消えない!?」
「くっ……!!」
その光景を捉えた後、あたしは膝をついてしまう。
そして大剣に宿っていた炎が弱くなり、刀身に深く亀裂が入った。
魔力が底を尽き、剣も、身体も、限界に差し掛かっている。
だけど、あたしは何とか【闇夜の衣】を解除せずに、立ち上がった。
「ここで――――――――――――――決めてやるっっ!!!!!」
あたしは地面を蹴り上げ、跳躍し、上段に大剣を構えた。
闇属性魔法と黒い炎、そして闘気。
その全てを……この剣に込めて、あたしは……リーゼロッテに向けて剣を振り下ろした。
「――――――――――――――――――【覇帝剣】ッッ!!!!」
そう。これは、アネットの剣じゃない。あたしの剣だ。
あたしは、アネットとは違う道を征く。
『王』道を征くアネットとは違い、あたしは……他者を斬り殺し、自分が欲するがままに歩いていく『帝王』の道を進む。
剣は人殺しの道具であり、誰かを救うものなんかではない。
何人たりとも……容赦はしない。
あたしは【剣聖】になるまで……進み続ける。
あの背中に、届くまで。あたしは、手を伸ばし続ける。
「なん……だ……この剣……は……ッッ!!!!」
リーゼロッテは、自分に向かって来る巨大な漆黒の斬撃を見て、意味がわからないと顔を青ざめさせる。
「これでは、まるで……あの時の、アネットの……!!」
「あたしは……進み続ける。【剣聖】の座へと到達する、その時まで」
「【八岐大蛇】ッ!!!!」
鞭の剣を振り、漆黒の斬撃を斬ろうとするリーゼロッテ。
しかし……漆黒の斬撃は、消えない。ものすごいスピードで、リーゼロッテへと向かって飛んでいく。
「な、ならば!! 【瞬閃――――――――――」
「【ストーン・バレッド】!!」
その時。倒れ伏しているシュゼットが、血を吐き出しながらも杖を構えて……石の破片を飛ばした。
特級魔法のダメージが残っていたのか……石が足に当たり、よろめくリーゼロッテ。
「シュ、シュゼット……!! き、貴様、死に損ないの分際でぇ……ッ!!」
「消し飛べぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッッッ!!!!」
あたしはその隙に、大剣に力を込めて、全力でリーゼロッテへとぶつける。
逃げようとしていたリーゼロッテは……瞬時に剣を構えて、その斬撃を受け止めてみせた。
「ぐっ!! なんだ……これ、はぁ……!!」
漆黒の斬撃を剣で受け止めて、後方へと押されるリーゼロッテ。
すると、その瞬間……剣が闇の斬撃に飲み込まれていった。
「なっ……!?」
鞭の剣が消し炭となり、消えていく。
「何なんだ、この魔法は……? 触れた瞬間、消えていく……?」
同時に、リーゼロッテの腕も、消えていく。
「……そんな、馬鹿な……何なんだ、この剣は……」
リーゼロッテは飲まれていく腕を見ながら、絶望で顔を歪ませた。
「私は……まだ、こんなところで死ぬわけには……ゴーヴェン様……私は、貴方のことを――――――――――」
――――――――――――ドシャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンッッッッ!!!!!!!!!!
巨大な爆発が発生し、大地に、鋭利な斬撃跡が残る。
斬撃跡には、黒い炎がメラメラと、燃え上がっていた。
その光景を見つめていると……パリンと、大剣が粉々に砕け散る。
その時。粉々になった大剣から、紫色のモヤが出て、あたしの中へと入っていったように見えた。
「……今までありがとう。お疲れ様……メリアのお爺ちゃん」
そう口にした後。闘気も魔力も使い果たしたあたしは、雪の上へと静かに落下していった。
そして、ドサリと、雪の上へと倒れ伏す。
身体がまったく動かない。指先すらまともに動かせない。
じんわりと、身体中にある傷跡から、温かい血が溢れていく。
視界に映るのは、空からゆっくりと降ってくる雪と、遠くの方で倒れゆく、シュゼットの姿。
あたしは掠れた声で、シュゼットに言葉を投げた。
「……はぁはぁ……ほら、見なさい。倒してやったわよ、シュゼット……」
「…………がはっ……何を言っているのです。私のアシストが無ければ……倒せなかった癖に……」
「痛いところ……突くじゃない……」
その通りだ。
今回の戦い、シュゼットがいなければ、あたしはリーゼロッテには勝てなかった。
特級魔法で弱らせてくれなければ、【八岐大蛇】という大技を使わずに逃げ回り持久戦に持ち込まれて負けていたかもしれないし、最後の一撃だって、【瞬閃脚】を使われていたら、あたしの敗北は必至な状況だった。
大手を降って……あの女から、剣神の称号は奪えたとはいえない。
まぁ、どっちみち、称号ごと消し飛ばしてしまったんだろうけどね。
「あたしは……このままじゃ……強くなれない……」
シュゼットの神具の力を思い出す。
あの力が、あたしにもあったら……あたしは、もっと強くなれるだろう。
剣神相当とはいえ、恐らくリーゼロッテの強さは、ジェネディクトやジェシカのお爺ちゃんに比べると、大分劣ると思う。
剣神の下位クラスでさえ……あたしはシュゼットがいないと、手も足も出なかった。封印していた闇属性魔法を使ってもこの体たらくだ。
リーゼロッテの言う通り……剣王と剣神の差というのは、今までと比べて大きな隔たりを感じる。
このレベルの相手を一瞬で倒したであろうアネットとの差に、思わず絶句してしまう。
「……ロザレナさん」
その時。倒れ伏しているシュゼットが、荒く息を吐きながら、自分の小指に嵌めていた銀の義指を取り……あたしの元へと投げてきた。
眼前へと投げられた小さな義指を見て、あたしは、疑問の声を上げる。
「なによ……これ……」
「貴方への借りを……ここで返します」
「はぁ? 借り?」
「その義指の中には、上位薬草の解毒剤が入っています。リーゼロッテが何の毒を使ったかはわかりませんが……その中にある錠剤を飲み込めば……大抵の毒は解毒できるでしょう……」
「あんた……」
「フフフ。覚えていますか? この指は、学級対抗戦で、貴方に食い千切られた箇所です。私はその義指を見る度に、貴方への再戦の闘志を燃やしたものですが……今回、貴方に力を貸したことで、特別にその借りをチャラにしてさしあげましょう。私には、他に、やるべきことがありますので」
「ゼェゼェ……意味わからないわよ……勝手に恨み抱いて、それを勝手に清算してんじゃないわよ……」
「……ロザレナさん。貴方は、未だ、剣聖を目指しているのですよね?」
「当たり……前……でしょ」
「そうですか…………フッ。貴方は出会った時から、ブレませんね。いつも夢に向かって真っ直ぐに進んで行く。私は最初から貴方のそういうところは、嫌いではありませんでしたよ」
そう言って笑った後。シュゼットは、小声で口を開いた。
「今まで、私たち家族の代わりにアネットの側にいてくれて……ありがとう」
「はぁ? あんた今、何か言った?」
「いいえ、何でもありません。……言っておきますが、貴方に我が妹はあげませんよ? 貴方がアネットに邪な気持ちを抱いていることくらい、わかっているのですから。私は、あの子の、姉として……」
目を閉じ、杖から手を離して、意識を失うシュゼット。
そんなシュゼットに、あたしは笑みを浮かべる。
「うるさいわね、自称姉。あたしの勝手でしょうが」
あたしはそう言って、義指の中にある解毒剤を口で開けて、何とか飲み込んだ。
すると、同時に……意識が薄れていく。
「死ぬんじゃ……ない、わよ……シュゼット……あんたが死んだら……アネットは……悲しむんだから……」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「……ぐふっ、ジェシカ……強く……なった、な……」
腫れた顔のまま、ばたりと地面に倒れ伏すアレフレッド。
そんな彼の前には、両の拳を握りしめ、咆哮を上げるジェシカの姿があった。
周囲には、止めに入る冒険者数十名と、満足した表情で倒れるアレフレッドの姿。
その光景を見て、樽の側に隠れていたクローディアは、ブルブルと体を震わせていた。
「お、恐ろしい……回復しか取り柄のない表の私じゃ、あんなのと戦えません……かと言って、夜だと、裏の自分に身体の所有権を渡せませんし……というか、渡したくありませんし……うぅ、私、本当はロザレナさん討伐なんてどうでもいいのに、何でこんなところに連れて来られてしまったんだろう……いいえと言えない自分が悲しい……鬱だ……死にたいです……」
クローディアは顔を俯かせ、ブツブツと何かを呟く。
そんな彼女の頭に、小石が当たった。
「あいたっ」
クローディアは頭を撫でながら、小石が投げられた方向へと目を向ける。
するとそこには、看板裏に隠れ、首を横に振るラピスの姿があった。
「ラ、ラピスさん……!」
ラピスは口を動かし、クローディアに、言葉を伝える。
「ええと……たいきゃくするよ……ですか。ええ、私もそう思っていたところです。正直、私、ロザレナさんをどうこうする気なんてありませんし。剣聖や剣神たちの勝手な決定に振り回されたくもないですし。というか……アレフレッドくんが勝手に決めたことですしね。彼が倒れた以上、これ以上付き合う必要はありませんよね」
そう言った後、クローディアは「あれ?」と、首を傾げた。
「ラピスさん、どうして、喋らないんだろう? ……って、あぁ、そっか。喋ったらジェシカさんにバレてしまいますしね。なるほどです」
そうして……クローディアはこっそりと、退却していったのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
《マイス 視点》
「ふむ。大方の聖騎士は、背後から気絶させることができたな」
そう言って俺は……マイスは、パンパンと手を叩いて、周囲にいる倒れ伏している騎士たちを眺める。
そして、路地に隠れている二人に向けて、声を掛けた。
「出てきて良いぞ、バルトシュタインの姫君、ジーク」
俺の声に、オリヴィアとジークが通りに出てくる。
オリヴィアは倒れている騎士たちを恐る恐るとみながら、俺に声を掛けてきた。
「マ、マイスくん、すごいですね……背後から聖騎士たちの首に手刀を当てて、あっとうまに気絶させてしまうなんて……」
「はっはー! あらかた、色々な戦闘技法は王宮で学んでいたからな。グレイたちにも遅れは取らないさ。それよりも……厳重に守られていた様子を見るに、ここから先が……」
「オフィアーヌの屋敷だな」
ジークは隣に並ぶと、厳重な門の先に続く階段の上……丘の上にある大きな屋敷を見上げる。
俺は頷くと、二人に言葉を返した。
「良いか、二人とも。オフィアーヌの姫君……シュゼットさんの話では、屋敷には結界が貼られているそうだ。その結界を作り出している魔道具を壊し、オフィアーヌ家の皆を救い出すことが、俺たちの役目なわけだが……」
「説明されなくとも分かっている。早く行くぞ。俺たち以外の皆は、各々強敵と戦っているんだ。早く加勢に向かうためにも、オフィアーヌ家当主を解放するぞ」
「はっはー! やる気があるではないか、ジーク!」
俺の声を無視して、ジークは、門を通っていく。
門の外にも倒れている騎士の姿を見て、ジークは口を開いた。
「……マイス。お前は何故、こいつらを殺さなかった?」
俺は微笑を浮かべて、言葉を返す。
「何を言っているんだ、ジーク。幼い頃、お前が言ったんじゃないか。剣のいらない世界を目指したい、って。俺は、人は殺さないさ。お前のその夢を、目指したいからな」
「甘えたことを言うな。剣は、人を殺すために作られたものだ」
「ジーク……」
「私はお前と違って、王宮に残って一人見てきたんだ。腐った王族や貴族たちや、変えられないこの国の非情な現実を。剣のいらない世界なんて、作れるはずがない。人から武器を……無くせるはずがない」
そう口にして、悔しそうに拳を握りしめるジーク。
そしてジークは、歩みを進めた。
その背中を見つめていると……心配そうな様子でオリヴィアが声を掛けてくる。
「あ、あの、マイスくん……大丈夫ですか?」
俺は背後にいる彼女に向けて、首を横に振る。
「いつものことさ。さぁ、俺たちも行こう、バルトシュタインの姫君」
「は、はい……」
そうして、俺たち三人は石で造られた階段を登り、丘の上を目指した。
周囲を警戒しながら数分程階段を登っていると……途中、開けた場所に出る。
すると、突如、前を歩いていたジークが足を止めた。
「どうした? ジーク?」
「人だ」
「何?」
俺はジークの視線の先を辿る。すると、そこには、しゃがんで蹲っている少女の姿があった。
ラオーレの街の住民は、皆、どこかに監禁されている様子で、一人も見かけなかったのだが……。
「民間人か? 大丈夫か?」
少女に駆け寄り、声を掛けるジーク。
少女は顔を上げる。その顔は、過去、王宮晩餐会で見かけたものだった。
「オフィアーヌ家現当主……コレット、か」
俺がそう声を発すると、ジークは一度こちらを振り返った。
「何!?」
驚きの声を上げたジークは、少女の肩を掴んだ。
「お前がオフィアーヌ家当主か! もう大丈夫だぞ! 俺たちはお前を助けに来たんだ!」
「……っ!!」
コレットはコクリと頷いて、立ち上がる。
ジークは彼女を安心させるように笑みを浮かべて、先導して歩こうとする。
「さぁ……屋敷へと案内してくれ! 残りの囚われているオフィアーヌの一族を、共に助けに――――――――」
「ッ!? ジーク!!!!」
俺は咄嗟に前へ出て、ジークを突き飛ばした。
その瞬間……俺の腕が、ばっさりと斬られ、血が吹き出した。
「なっ……!? 何をやっている、マイス!?」
「え? え?」
突然の出来事に混乱するジークとオリヴィア。
俺は、ナイフを手に持つ少女を睨みつけ、腰の鞘から剣を抜いた。
「なるほどな……妨害属性の幻影魔法、か。姿形を全て変えるなんて、相当な腕前だな」
コレットは無表情でこちらを睨みつけると、抑揚のない単調な口調で口を開いた。
「……マイスウェル・フラム・グレクシア。お前は、契約を破ったな。巡礼の儀に参加した時点で、お前とジークハルトは、死ぬ運命となった」
「契約のことを知っている……? お嬢さん……かどうかわからないが……君はいったい何者なのかね?」
コレットは手を高く上げると、パチンと、指を鳴らした。
その瞬間、彼女は瞬く間に、白銀のドレスを着たエステルへと変貌した。
エステルは笑みを浮かべて、首を傾げる。
「僕だよ、マイス。久しぶりだね」
「馬鹿を言うな。エステルが俺に笑みを浮かべるわけがないだろう。それに……未だに俺が生きている時点で、契約を破ったことがエステルにはまだバレてはいないことが察せられる。故に、お前は間違いなく、エステルではないと断言できる」
「……酷いことを言わないでくれ。マイス、僕はもう、戦うことに疲れたんだ。これからはずっと君の側にいるよ。何でもするからさ……見捨てないでくれ」
眉を八の字にすると、腕を横にして、胸を強調する扇情的なポーズをするエステル。
俺はそんな偽物に……思わず、怒りの表情を浮かべる。
「我が友を愚弄するなよ、幻影使い。エステルは絶対に俺には媚びない。彼女の気高さは、俺が一番、よく知っている」
「ふぅん、そっか。悲しいね、マイス王子。意中の人が絶対に自分には振り返らないということを、そこまで理解しているんだ。女性に弱いとは聞いていたけど、逆に意中の人にはそこまで性欲が働かないって感じなのかな? 健気だね」
俺が剣を構えてエステルを睨みつけていると、背後にいるジークとオリヴィアが声を上げた。
「マイス、契約とはいったい、何のことだ!?」
「契約がバレたら死ぬって……いったい何のことなんですか、マイスくん!!」
「……」
二人には……特にジークには、俺とエステルが交わした契約のことを話すわけにはいかない。
自分を守るために俺が道化になったことを知れば、ジークは確実に、傷付くからだ。
「マイス。巡礼の儀に参加したのは、弟であるジークハルトのため? それとも、愛しのエステル王女を止めるため? どちらなんだい? 僕に教えてくれよ。友達だろう?」
「何故、正体を隠しているお前にそんなことを言わなければならない?」
「暗殺者っていうのは、正体を隠して動くものさ。違うかな?」
「……」
「あー、分かったよ。それじゃあ特別に、僕の正体を見せてあげるよ」
そう言って、再び指を鳴らして、姿を変える謎の人物。
次に見せてきたのは―――――――緑色の髪の美少女だった。
「これが私の本当の姿。どう? 白銀の乙女に負けず劣らず、綺麗でしょう?」
その姿を見て、ジークは声を張り上げる。
「お前は……黒狼クラスの……ルイーザ!?」
「正解。久しぶりね、鷲獅子クラスの級長、ジークハルトくん」
ルイーザという女子生徒は、俺も一応知ってはいた。
領地を持たない密偵の家系の末裔であり、代々時の権力者の暗殺者として働いてきた貴族……アダンソニア家の息女。
危険人物候補として、学園で目をつけていたうちの一人だ。
「私、ゴーヴェン陣営に付いたの。私の実家は、代々時の権力者に支えてきた……だから、勝ち馬であるバルトシュタイン家に付いたってわけ」
「それで……私たちを殺しにきたというわけか……!」
「その通り」
クスクスと笑みをこぼすルイーザ。
俺はそんな彼女に、疑問を投げる。
「いいや、それはおかしい。お前は最初、俺に、契約のことを言ってきた。そのことを知っているのは、俺が話した最も信用できる二人と、契約を交わした本人しか知らないこと。俺の仲間が、誰かに話すとは考えられない。よって、お前は……ゴーヴェン陣営ではなく、エステリアル陣営の人間であることが察せられる」
「どうして? ゴーヴェン陣営が知っている可能性も、ゼロではないんじゃない?」
「ゼロではない。だが、俺はお前がゴーヴェン陣営の人間だとは思えない。恐らくは……その姿も、本物ではないのだろう?」
「私は、ルイーザよ。それは、嘘じゃない」
「はっはー! 生憎、俺は君と同じ嘘吐きなものでね。目の前のものをそのまま信じることはしないのさ」
「ふぅん?」
「お前の目的はこの混乱に乗じてジークハルトを殺すこと。誤算は、俺の存在だった。だが、俺のことは後でエステルに報告すれば、簡単に殺すことができる。お前は邪魔な俺を排除し、ジークを始末したい。そんなところだろう? 今の会話も、油断を誘うための罠だな」
「……」
「ルイーザに扮したのも、ゴーヴェン陣営がラオーレを占拠していたことから、王子殺しの罪を全てゴーヴェンやルイーザになすりつけるためのパフォーマンスか。よくやるものだ。この脚本を書いたのは、君かね? それとも裏にいるエステルか?」
目を細めるルイーザ。どうやら、今言ったことは真実だったようだな。
「分かったわ。じゃあ、取引はどうかしら。貴方のこと、エステルには言わないでおいてあげるわ。弟と引き換えに、命は助ける―――ってのは、どうかしら?」
「そんな誘いに、このマイスが乗るとでも思っているのかね?」
俺は【縮地】を発動させて、ルイーザの元へと接近する。
そして、彼女の首に向けて、剣を振った。
「きゃあっ! や、やめてっ! やめてくださいまし、マイス様!」
瞬きの間にアリスへと姿を変え、怯えた表情を浮かべる暗殺者。
俺は一瞬、剣を振り下ろす手を鈍らせてしまう。
「……やっぱり、女に弱いんですわね、マイス様」
俺は即座に後方へと下がる。すると、胸が浅くナイフで斬られた。
「マイスくん!? 何をやっているのですか、貴方は!! 私のお友達を傷つけないでくださいっ!!!!」
オリヴィアが拳を構えて、暗殺者へと突進する。
しかし、連続で放った拳を、全て紙一重で避けられてしまっていた。
「くっ……!」
「……やめてくれ、オリヴィア……」
「え? お、お兄、様……?」
突如ヴィンセントの姿を変えた暗殺者に、オリヴィアは身体を硬直させる。
「避けろ! オリヴィア!」
俺はオリヴィアの手を引っ張り、暗殺者が振ったナイフから遠ざけた。
「あ、ありがとうございます、マイスくん……!」
「気をつけるんだ。奴は恐らく、俺たちの大事な人間の姿となり、カウンターをとってくる」
「私……馬鹿ですね。お兄様だったら、絶対に、やめてくれなんて言わないのに。むしろ、操られたのだとしても、自分を攻撃しなかったことに怒る人ですよ、あの人は」
オリヴィアは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべて、ヴィンセントを睨みつける。
ヴィンセントは目を伏せ、「ククク」と笑みを溢した。
「相変わらず未熟だな、オリヴィア。だからお前はダメなのだ」
「……ッ!! お兄様と同じ見た目で、同じ口調で喋って……最悪ですっ……!!」
俺とオリヴィアがヴィンセントを睨みつけていると、ジークが前に出た。
「卑怯な手ばかりを使って……!! 貴様!! エステリアルの配下ならば、名を名乗れ!!」
ジークハルトがそう口にした瞬間……ヴィンセントは、妙齢の女性へと姿を変えた。
黄色いドレスに身を包んだその女性は、今は亡き――――俺たちの母だった。
「マイス、ジーク。苦労をかけたわね。王子という身分に貴方たちを産んでしまったこと……ひどく後悔しているわ。本当にごめんなさい」
「は、母上……?」
硬直するジーク。そんな彼に、王妃は両手を広げた。
「いらっしゃい、二人とも。抱きしめてあげるわ」
震えた手を伸ばそうとするジーク。
俺はそんなジークよりも先に前へと出て……王妃を剣で切りつけた。
「剣を切りつけた瞬間に一歩下がって、致命傷は免れたか。やるな」
右肩から左脇腹まで斬られ、鮮血を流す王妃。
彼女は傷口に手を当てながらよろめくと、こちらに無表情の顔を向けてきた。
「マイス王子は……女性は斬れないと、聞いていたのだけど?」
「あぁ、最悪な気分さ。しかも実の母の幻ときた。こんな地獄を作り出すお前のモノマネには、感服したよ」
「……モノマネではないよ。私の加護の力は、【夢の中の仮面舞踏会】。幻影魔法で、直に会って見たことのある人間なら、自由に姿形を変えることができるんだ」
そう言って、王妃は……ポニーテールのメイドへと姿を変えた。
メイドは箒を肩に乗せると、不適な笑みを浮かべる。
「こんなふうに、です。驚きましたか? マイス先輩」
「アネット……ちゃん……」
口元に手を当てて、絶句した様子を見せるオリヴィア。
俺はその姿を見て……目を細めた。
「お前は……メイドの姫君にも、会ったことがあるというわけか」




