第11章 二学期 第379話 巡礼の儀―⑯ 諦めちまった方が楽なんだよ、お嬢
《フランエッテ 視点》
「さて……街に入ったは良いものの、やはり巡回の騎士が多くいるようだな」
そう言って、マイスは建物の物陰―――狭い路地に隠れながら、街の中を歩いている聖騎士たちを見つめる。
正直に言うとこの状況……マイスやオリヴィア、ジークハルトがいて助かったと、妾は思っている。
妾だけじゃ、この先、どうしようもないからのう。
はっきり言って、剣聖や剣神クラスの敵が出てきては、戦闘面では役に立ちそうもない。いや、妾も一応剣神なのじゃけどね……うむ。
「……今頃、師匠も、ロザレナも、グレイレウスも、ルナティエも……みんな戦っておるのじゃろうな……」
果たして……妾はこのままで良いのだろうか?
妾だって、箒星の一員じゃ。あの三人の弟子と同じ門下生じゃ。
何か……何か、妾も、自分が成すべきことを探すべきなのでは……。
「ブラックアリアの姫君。申し訳ないが、鳩を飛ばして周囲を確認してくれないか? 安全に進めるルートを知りたいんだ」
「……」
「フランちゃん?」
「あ、な、なんじゃ?」
ぼーっとしていたら、オリヴィアが心配した様子で妾の顔を覗き込んできた。
妾はすぐに気を引き締めて、オリヴィアに顔を向ける。
「マイスくんが鳩を飛ばして周囲を確認して欲しいそうなのですが……大丈夫ですか? 何処か体調が悪いとか?」
「だ、大丈夫なのじゃ! うむ! 鳩を飛ばせば良いのじゃな! 任せよ! すぐに―――――――」
「おやおやおやおや、いけない子供たちですねぇ」
妾たちは、すぐに、声が聞こえてきた背後に視線を向ける。
するとそこには、ハット帽を被った黒髪の騎士が立っていた。
その騎士は、妾の顔を見つけると、口の先を釣り上げる。
「おや? おやおや? そこにいらっしゃるのは【剣神】フランエッテ・フォン・ブラックアリア様じゃありませんか! これはなんたる喜び! このフォルター! 貴方に不意打ちで気絶させられてからというもの、貴方との再会を心待ちにしていたのですよ!!」
「ゲッ! あの男は……いつだったか、妾が足を滑らせて落下した拍子に、頭突きをかましてしまった聖騎士の男……!」
妾は表情を引き攣らせる。こんなところで会うとは思ってもみなかったからだ。
「私はあれ以来、事あるごとにリーゼロッテに嫌味を言われるようになりましてねぇ。フフッ……ゴーヴェン様の右腕を争う身としては、これ以上のない屈辱でしたよ。ですが……今日こうして貴方と出会えた! これは好機! 私も貴方から剣神の座を奪い、リーゼロッテと同様に、ゴーヴェン様の右腕となりましょう!」
「な、ななな、何を言って……」
妾が慌てていると、マイスとオリヴィアが前に出た。
「悪いが……ブラックアリアの姫君だけに戦わせはしない。相手はリーゼロッテと並ぶ、ゴーヴェンの両腕の一人……ロザレナがリーゼロッテを倒し、俺たちが君を倒せば、ゴーヴェンの手駒はいなくなる。はっはー! 我らとしてもまたとない機会だ!」
「ロザレナちゃんを狙う敵は、私たちにとっても敵です。私は……完全に、お父様と敵対します。ここで貴方を倒します、フォルターさん」
「まったく……王位継承権を剥奪された王子も、ゴーヴェン様のご息女様とも、私は戦う気はないのですがねぇ……。私が興味あるのは、剣神フランエッテのみです。ですが……向かってくるのならば、容赦はしませんよ」
そう言って、不気味な笑みを浮かべるフォルター。
この男は、妾だけを狙っている……?
なら、妾がやるべきことは―――――――――――――。
「部下を連れていないとは、間抜けも良いところだ。この隙に……行くぞ! 断罪の剣よ、我に力を与えたまえ……【アタックエンハンス】!!」
ジークハルトが、先立って、走って行こうとする。
そんな彼に向けて……フォルターは、懐から取り出した銅貨を親指で弾いて投げた。
「……!? ジーク!! 避けろ!!」
咄嗟に叫んだマイスのその声に、ジークハルトは瞬時に顔を逸らす。
ジークハルトの剣に銅貨が触れた瞬間……「ドォォォォン!!」と小規模な爆発が起こり、周囲に土煙が巻き起こった。
「ジークくん!?」
オリヴィアがそう声を発すると、土煙が開け、そこには……地面に膝をついて座り込む、ボロボロのジークハルトの姿があった。
彼の手にある剣は、中央から先が熱で捩じ切られたようになっていた。
「はぁはぁ……!! 何だ、今のは……!! 何が起こった……!?」
「なんていうことはありません。私が持つ【破裂の加護】の効果です」
「加護の継承者か……!!」
フォルターを睨みつけるジークハルト。
そんな彼に、フォルターは笑みを浮かべる。
「ええ、その通り。加護とは、強力な力ではありますが、常時発動するもの故、その身に受け継いだ者の人生を蝕むこともある。それは貴方が一番理解していらっしゃるでしょう? オリヴィアお嬢様」
「……っ!!」
「私もね、この力を持って生まれた時は、他者と関わる、触れ合うなんてことできませんでしたよ。だって、私、生まれた直後に母親の胎内を破裂させて誕生してしまいましたしね。幼い頃から私が触れたものは、即座に、内側から破裂しました。人間も同じです。私が触れた瞬間、ただの肉塊と化す」
そう口にして「ヒヒヒ」と笑みを溢した後。フォルターは再度、口を開く。
「私の力は、触れたものの空気を一気に圧縮させて……破裂させる能力。レティキュラータスの呪い【飢餓の加護】と並び、バルトシュタインに伝わる負の遺産です」
「え……? あ、貴方……まさか、バルトシュタインの血を……?」
「その通りですよ、オリヴィアお嬢様。私は、英雄ゴルドヴァークが外で作った女との間に生まれた息子です」
「お、お爺様の……!!」
苦悶の表情を浮かべるオリヴィアに、フォルターは指を横に振る。
「あぁ、いえいえいえいえ。別に同情などしていただかなくとも結構ですよ。私は己の加護も、己の出自にも、特にこだわりは持っていませんので。むしろ、この力を使いこなすことができて、毎日がとても楽しいです……!! これも全ては、私に力の使い方を教えてくださった、ゴーヴェン様のおかげ……!! あの御方は、我が神なのです……!!」
フォルターはそう言った後、両手を広げて、楽しそうに笑みを浮かべた。
「さて……!! この狭い路地裏で、私が大量のコインを放り投げたら、貴方たちはいったいどうなるのでしょうか!! ハハハハ!! 貴方たちは……私に触れることなく、瓦礫の山に飲み込まれ、息絶えることでしょうね……!!」
「貴様……ッ!!」
フォルターを睨みつけるジークハルト。
緊張した面持ちでフォルターを見つめるマイスとオリヴィア。
妾は、ゴクリと唾を飲み込んだ後……魔法を唱えた。
「我が身を鳩へと変えよ……【トランス・ピジョン】!!」
いったい何の魔法が来るのかと、身構えるフォルター。
妾は身体を無数の鳩に変えた後……上空へと舞い上がり、付近にある建物の屋根の上へと降り立った。
そして日傘を肩に置き、片目に手を当てて、ポーズを取る。
「フハハハハハハ! フォルターとやら! この剣神……【変魔剣】……じゃ無かった……最強の魔法剣士にして、最強の吸血鬼! 箒星の四番弟子、【邪龍冥王剣】フランエッテ・フォン・ブラックアリア様が相手をしてやろう!! かかってくるが良い!!」
「……前に名乗っていた二つ名と違わないか?」
ジークハルトを無視して、ポーズを取り続ける。
するとフォルターは目を細めた。
「……ヒヒヒ。私を惹きつけて、仲間を救おうとしているのですか?」
ぎくっ。こやつ、アルザードとは違って頭が回るのじゃ。
「そのような見え透いた誘いに、このフォルターが、引っかかると――――」
「ほう? 妾を怖がって虚勢を張っておるのかのう? 下等な人間じゃものな。無理も無い」
「フフフ。そうですねぇ。オリヴィアお嬢様を除いた、この者たちを惨殺して貴方の前に放り出してやるのも――――――――」
「ぺっ! 唾でも吐いてやろう! ぺっぺっ!」
屋根の上から唾を吐くと、何と運が良い(?)ことに、妾が吐いた全ての唾が、こちらを見上げているフォルターの顔に落ちていった。
唾で顔をべしょべしょにしたフォルターは、笑みを浮かべたまま硬直している。
よ、よし。あとひと押しなのじゃ……!! え、ええっと、あやつが怒りそうなこと、怒りそうなこと……。
「ゴ、ゴーヴェンなんて、何か黒幕面しているけど、いっつも部下にばっかり任せてふんぞり返っているだけのオッサンなのじゃ。所々で暗躍しまくって!! 良い加減しつこいのじゃ!! あんな奴、妾の師に比べたら、全然、すごくな―――――」
「殺しますッッッ!!!!!!!!!」
フォルターは剣を抜くと、地面に向けて剣を振り上げる。
「爆ぜよ!! 【爆裂剣】!!」
その瞬間、フォルターの足元が爆発し、彼はその爆風に乗って……妾のところまで跳躍してきた。
「ぬ、ぬおわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!!」
「【剣神】『変魔剣』フランエッテ・フォン・ブラックアリア!! 貴方は、我が神を愚弄した!! よって、ここで私が貴方を殺します!!」
「何で『変魔剣』の方で覚えているのじゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!! というか、何で妾はいっつも、逃げることばっかりなんじゃぁぁぁぁぁぁ!!!! いっつもいっつも、似たような変な奴に追いかけまわされてばかりなのじゃぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
妾は全速力で、屋根の上を疾走して行く。
するとその後を、怒り狂ったフォルターが追いかけてきた。
「フ、フランちゃん!? どうする気なのですか!?」
屋根の下で、オリヴィアがそう声を掛けてくる。
妾は下に視線を向けながら、叫び声を上げた。
「わ、わらわがっ! この変な奴を何とかするのじゃ! だから、みんなは、やるべきことをやって欲しいのじゃ!! みんなで、必ず……奴らを街から追い出してやるのじゃ!!」
「私たちにオフィアーヌ家の人間を解放させるために、自ら囮役になったということか……まぁ、問題はないだろう。奴は腐っても剣神なのだからな」
「い、いや、ジーク。多分、彼女は――――――」
「あ、あとは、妾に任せるのじゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!! 妾はこれでも箒星の一員なのじゃ!! ロザレナたちに引けは取らない……って、ぬぉわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!! 背後が爆発したのじゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!! 死ぬぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!」
「……泣いてますね、フランちゃん。大丈夫でしょうか……」
こうして妾は、みんなを助けるために、フォルターと戦う(逃げる)ことになってしまったのだった。
師匠、ロザレナ、グレイレウス、ルナティエ……わらわ、がんばってるよ。だから、早く助けに来てね。割と本気で。いや、ガチで。わらわ、死んじゃうから。
「フランエッテェェェェェ!!!!」
「ぎょえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!! 師匠ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
《ディクソン 視点》
「…………本当、この世界ってのは、理不尽なものなのさ……。お嬢。あんたもそれは分かってるんだろ?」
周囲を取り囲んでいる冒険者たちの剣を、懸命に回避していくルナティエとその従者、アルファルド。
俺はその光景を見つめながら、過去の光景を思い返した。
『……元フレイダイヤ級冒険者……ディクソン・オーランド、ですわね』
『なんだぁ? お前さん?』
三年前。聖騎士団本部の地下牢屋の中で居眠りをこいていた俺の前に、金髪ロールのお嬢さんが現れる。
彼女は鉄格子の前に立つと、腕を組み、偉そうな様子で開口した。
『貴方に質問致しますわ。最上級冒険者にまで上り詰めた貴方が、何故、冒険者たちの御法度である仲間殺しをしたのですの?』
『ハハハ! 直球で聞いてくるとは、面白いねぇ、お嬢さん。何、単純な話さ。俺は……現実ってモンを知ったのさ』
『現実……?』
『そうさ。俺はな、元々、そこまで剣の腕もないし、魔法因子も特段恵まれていない、ただの凡人だった。だけど、馬鹿なことに、ガキの頃に夢を見ちまった。自分でも、何かを成し遂げられるんじゃないか、ってな。大森林の向こう側にあるものを、この目で見られるんじゃないかって……分不相応な夢を見てしまった』
夢ってものは、本当に残酷なものだ。
自分に叶えられる才能が無いって分かっていても、追いかけることをやめることができないのだから。一種の呪いのようなもんだ。自分が特別な奴なんだと、錯覚しちまう。
『十代のうちは努力しまくったさ。俺みたいな実家が貧乏な一般人は、騎士学校なんて入れはしないからな。金が無い人間が剣士として上を目指すには、冒険者になって仕事をこなすしかなかった。おっと、俺は別に、お前たち貴族を恨んじゃいないぜ? 人間ってのは、産まれた時に配られたカードで勝負するしかないのだからな。そこのところはちゃんと分かってるから、安心しな』
『配られたカードで、勝負するしかない……』
『見たところ、お嬢さんも……俺と同じクチだろ? 自分の限界を思い知った。現実というものにブチ当たった。あんたのその暗く沈んだ目は、俺と一緒だぜ?』
『……貴方と一緒にしないで欲しいですわね。わたくしは、人殺しなんてしていませんわよ』
『ハッハッハッハッ! そりゃあそうだな! 失礼した!』
大笑いした後、俺は再度、口を開く。
『そう、俺は配られたカードを駆使して、懸命に夢へと向かって走って行った。幸運なことに、俺は武芸はからっきしだったが、頭と審美眼は良い方だった。だから、まだ才能が表に出ていない新人冒険者たちを集めて、最高のパーティーを作ったんだ。剣士エルゼルク。重戦士ドール。魔法使いメディ。修道士ラグライズ。そして……パーティーを指揮し、先行してダンジョンを調査するレンジャーの俺。本当に、すげぇパーティーだったぜ。仲間全員で最高位のフレイダイヤ級に上り詰めた時には、みんなで喜び合ったっけな。最強の冒険者パーティーと言われたこともあった』
『……』
『だが……俺は所詮、凡人。全員でさらに上の領域へ進むには、パーティーのお荷物でしかなかった。仲間達が大森林の深層に向かうその背中を、追いかけることが叶わなかった。体力の限界だったんだ。今まで仲良くやってたってのに、ついていけなくなった俺の姿を見て、あいつら……なんて言ったと思う? 『レンジャーは別の人間に変えよう』だってよ。ハハハハ……俺が立ち上げたパーティーだってのによ……ふざけんじゃねぇぞ、畜生が……』
『……』
『それで、仲間を暗殺して、俺はこの通りお縄ってワケだ。俺は結局、自分の目で大森林の向こうを見ることはできなかったんだ。己の能力の限界に気付いた時に、悟ったよ。才能のない人間に、夢を追いかけることはできないってな。結局、どこまでいっても、天才たちにしか夢は叶えられないのさ』
『……わたくしは……それでも……』
『何だ?』
『それでも、どんな手を使ってでも、夢を……』
『やめとけ……と、言いたいところだが、やりようによっちゃ、俺みたいに、頂点にはいけないがその付近に行くことはできるかもしれないぜ。天才ども相手に正々堂々なんて、やめとけよ。俺たちみたいな凡人が勝つには、回り道するしかないのさ』
『……貴方、わたくしの従者となって、わたくしと共に騎士学校に通いなさい。わたくしは……何としてでも、騎士学校で級長となり、リューヌという少女に勝たなければなりませんの。そのためならば、元犯罪者だろうとも結構。お金を積んで、ここから出してさしあげますわ』
『かったるい……と、言いたいところだが、また剣を振る場を用意してくれるのなら、良いぜ。どうやら俺もまだ、夢というものを諦めきれないらしい。ふざけたことにな』
俺と同じ業を背負ったこの少女の行く末が、ただ単純に気になった。
それくらいのものだ。俺がルナティエの従者になった理由など。
本気で自分がまた冒険者に戻れるとは思っていなかった。だから、ただの暇つぶしだった。
しかし――――――――――。
『【覇王剣】!!!!』
あの驚異的な力を持っているメイドに敗北し、俺は情けなく、騎士学校から逃げ去った。
凡才とはいえ、俺はフレイダイヤまで上り詰めた剣士だ。
故に、騎士学校で無双できる自信があった。学生相手など、造作もないと思っていた。
だが……俺は、アネット・イークウェスに完全に敗北した。
あのような力を持つ剣士など、見たこともなかった。
格が違った。絶望的なまでに、才能という壁を思い知った。
崩れゆく倉庫の中。俺は、もう、夢を追うことを諦めた。
騎士学校でもまた、俺は上へは行けないと悟り、逃げたのだ。
―――――――回想を終え、目を開ける。
「そうさ。結局は、諦めちまった方が楽なんだ。強いものに巻かれて、そこそこ金を稼げるポストに付いて、そこそこの女を抱いて、良い酒を煽る。好きなように生きる。それが、俺たち凡人に許された生き方って奴だ。リスクのある夢なんて抱くのは馬鹿げているのさ。所詮、俺たち凡人は上には行けないのだから。賢く生きようぜ、お嬢」
「はぁはぁ……!!」
ルナティエは荒く息を吐きながら、剣を構える。
「ちっ。良い加減、理解しろよ、お嬢。ロザレナのことを諦めるんだったら、お前たちを縄で縛って一定時間拘束するだけで済ませるって言ってるんだ。別に、お前さんたちを痛めつける理由はこちらにはないんだよ。良いじゃねぇか。あの女は、お嬢が目の敵にしてた奴だろ? 入学の時にも負けて、剣王試験でも負けたって聞いたぜ? あいつさえいなくなれば、お嬢の経歴に塗られた敗北という歴史も無くなるんだ。良いことずくめじゃねぇか。なぁ?」
「……それも含めて、わたくしの歴史、ですわ……!!」
「あぁ?」
お嬢は、斬り掛かってきた男の剣を弾くと、後方へと下がる。
しかし、すぐに、背後に待機していた冒険者がお嬢に剣を向けた。
お嬢は……その剣をギリギリでレイピアで受け止め、歯を食いしばった。
「良いですか、ディクソン! 確かに過去のわたくしは貴方と同じで、敗北を恐れてきましたっ!! 卑怯な手を使ってきたのも、自分が弱いということを知っていたからですわ!! 限界を認識していた!! ですが今のわたくしは、これまで負けてきたことを全て恥じてはいませんわ!! ロザレナさんに負けたのも、今のわたくしを構成する歴史の一部!! 悔しさがあるからこそ、また前へと進むことができるのです!! わたくしはそれを……師から教わった!! 限界は、自分で決めるものではないのだと、師から進むべき道を教えていただいた!!」
「虚勢を張るなよ、お嬢。確かにあのお嬢が剣王まで上り詰めたことは、賞賛に値することだぜ? 俺だってお嬢が剣王になれるなんて思ってなかったし、アネット・イークウェスの教えがすごいというのも認める。だけどな……お嬢の才能じゃ、ここから先、ただ絶望するだけだ。俺はお嬢のことを思って言ってやってるんだ。そんな青臭い理想は捨てろってな。その先にあるのは、地獄しかな―――」
「分かっていますわよ!! この先にあるのが、地獄だということも!! ですがわたくしは信念は曲げるつもりはありません!! 絶対に!!」
そう叫ぶと、ルナティエはレイピアに闘気を纏い、銀等級冒険者の剣をブチ折った。
その光景に、周囲を取り囲んでいる冒険者たちは唖然として、硬直する。
そんな彼らに、ルナティエは声を荒げた。
「貴方たち!! 冒険者だというのに、このようなことをして恥ずかしくないのですか!! 冒険者とは!! 魔物を狩り、市政の平和を守り、未知の秘境を探索する勇敢な者たちなのではなくって!? 人質を取り、たった二人を多数で相手取る!! これが冒険者の在り方だというのですかっ!!」
「な、何を……!!」
「な……なぁ……本当に俺たちは正しいことをやっているのか……? 寄ってたかって、ガキ二人を虐めて……これって、冒険者がやることなのか……?」
「た、正しいに決まっているだろ!! だってこいつらは、災厄級の因子を庇った大罪人なんだぞ!!」
「で、でも、俺たちは魔物を狩って人々を守る、正義の味方なはずだろ? それが、こんな……」
凄まじい気迫を見せるルナティエに動揺する冒険者たち。
俺は舌打ちをすると、怒鳴り声を上げる。
「安い挑発に動揺してんじゃねぇよ!! お前たちは災厄級の因子を討伐するために、この地に来たんだろうが!! さっさとガキ二人を始末して、ロザレナを討伐しに行くぞ!! それでゴーヴェン陣営が勝利して俺がギルド長になったら、お前らを高ランク冒険者にしてやる!! いつまでもアダマンチウム以上に行けなくて絶望していたからこそ、俺について来たんだろうが!! ここが夢を叶える最後のチャンスなんだぞ、お前ら!! しゃんとしやがれ!!」
「そ……そうだ……!! 俺は、何十年もシルバープレートのままなんだ……!! これが、上へ行く最後のチャンスなんだ……!!」
「万年銅等級の俺は、これしか、上に行くチャンスがない……!!」
「冒険者が女子供を集団でリンチするなんて、情けないが……夢のためなら……!!」
そうだ。夢という呪いのためなら、何だってやる。それが、凡人の行き着く先。
天才たちはあっという間に壁を乗り越えて進んでいくが、凡人はそうじゃない。
その壁を何年も掛けて、乗り越えようとする。中には、乗り越えられずに脱落する者もいる。
結果、俺たちは天にいる天才たちを底から見上げ、羨ましいと、何でそんな少ない努力で乗り越えられるんだと、嫉妬の怨嗟を上げる。
何とかフレイダイヤまで上り詰めたが、俺だってそうだ。
俺自身に力さえあれば、俺は今頃、大森林の奥へと行くことができたかもしれない。夢を叶えることができていたのかもしれない。こんな、腐った大人にならずに済んだのかもしれない。
結局、夢を持つことで、凡人は苦しむんだ。一生、苦しみ続ける。
だから―――――――だから。俺は、それでも尚進み続けようとするお嬢を否定する。否定しなければならない。凡人の行き着く先は、皆一緒でないと、俺は俺を保つことができないからだ。
「やれ!! お前ら!! その女を全員で囲んで本気でリンチしろ!! ここを乗り越えれば、俺たちは、上へ行くことができるんだ!!」
「う……うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
咆哮を上げ、ルナティエに襲いかかる冒険者たち。
そんな彼らに、ルナティエはため息を吐き、口を開く。
「くだらないですわね。人から提示された夢を掴んで、何の意味がありますの? わたくしは、何千回、何万回と敗北しようとも、たったひとつの勝利を目指して進み続ける。どんな状況であろうとも、諦めることはしない。夢は、自分の手で手にいれるもの。敗北を恐れる貴方たちとは……違う。勝者とは!! 常に、敗北を恐れぬ者にだけ、手に入るものですわ!!」
「はっ! なら、ここで負けても良いってことかい、お嬢! 勝負を捨てるなんてらしくな――――」
俺はそこで気付く。ルナティエ・アルトリウス・フランシアという少女は、誰よりも勝利にこだわる人間だ。どんなに勝ち目の薄い戦いでも、素直に敗北することはけっしてしない。それは、元従者であった俺が一番、よく知っていたこと。
周囲を冒険者たちに取り囲まれても、余裕な様子。そこから導きだされる答え。
(お嬢は、既に何か策を打っている? いったい何を――――――)
そこで、俺はあることに気付く。
(!? あの従者――――――――――!!)
先ほどまで従者が立っていた場所に目を向けると、そこには誰もいなかった。
ルナティエが目立って話していたせいで、全員、アルファルドを見逃している。
「おい、お前ら……!!」
すると、その時。何者かの笑い声が聞こえてきた。
「キヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!! 敢えて挑発して、自分に意識を集中させる、か。流石だな。オレ様から注意を外してくれるとは、間抜けな連中だぜ」
声が聞こえてきた方向に目をやると、そこには、ジェシカを人質に取っていた男の背後を剣で切りつけた、アルファルドがいた。
「ぐぎゃっ!」
倒れ伏した男の手から逃れたジェシカは、落下して、地面に激突する。
しかし彼女はまだ、花提灯を浮かべて眠っていた。
「人質が……お前ら!!」
「とりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁですわぁぁぁぁぁっっっ!!!!」
人質が解放された瞬間、ルナティエはレイピアに水を纏い、回転することで周囲に斬撃を放つ。
「【水流・烈風裂波斬】!」
周囲に飛んでいった水の刃は、彼女を取り囲んでいた冒険者たちに命中し、全員……付近にある建物の壁へと激突していった。
「なっ……!!」
「さて……今度こそ! 本気で行きますわよ!! ディクソン!!」
ルナティエは瞬く間に姿を掻き消す。
「速剣型の歩法か……!!」
俺は即座に剣を横にして構えた。
すると、予想通り、目の前に姿を現したルナティエは俺に向けて剣を突いてきた。
キィィィィンと音が鳴り響き、ぶつかり合う剣と剣。
お互いの剣は、闘気を纏っている。
……さっきも驚いたが……いったいどういうことだ。
何故、お嬢は、全ての型で攻撃することができている……!! 俺が知っているお嬢は速剣型だったはずだが……!!
「たぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!」
ルナティエは剣を弾くと、咆哮を上げて跳躍し、俺に向かって回し蹴りを放ってくる。
俺は顔の横で腕を縦にしてそれを闘気ガードしてみせるが……その威力に、後方へとよろめいてしまった。
「ちぃっ……!!」
俺は剣に闘気を纏い、ルナティエの顔に向けて横薙ぎに振り放つ。
ルナティエはそれをしゃがみ込んで避けてみせた。
そして彼女は俺へと接近すると、腹部に向けて掌底を放とうとする。
「さっき受けた、闘気の流れをめちゃくちゃにするわけのわからない技か……!! そいつはまずいな……!!」
俺は即座に後方へと下がり、魔法を唱える。
「彼の者の守りを弱体化せよ――――――【ディフェンスウィークン】!」
妨害属性中級魔法。相手の闘気による防御力を弱める魔法、【ディフェンスウィークン】。
その魔法を宿した右手で、俺は、ルナティエのまっすぐと伸ばした腕を掴んだ。
そして、全力で、お嬢を……空中へと放り投げた。
「おらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!」
空中へと放り投げられるルナティエ。
俺は即座に、爪先立ちになり、地面を高速で二度叩く。
「【縮地】!」
空中で、ルナティエの目の前に現れた俺は、剣に手を当てて魔法を唱える。
「我が剣に竜殺しの加護を与えよ……【ドラゴンキラー】!!」
竜属性特攻の魔法剣のため人にはそこまで威力はないが、剣に刃を宿すことで多少攻撃力も上がる魔法剣。
剣に竜属性特攻の赤い刃を宿すと、俺は上段に構え、ルナティエに向けて振り下ろす。
「終わりだ!! お嬢!!」
ルナティエはレイピアを横にしてその剣を防ごうとするが……デバフ効果が効いているのか、俺の放った剣の威力に耐えることができず。そのまますごい勢いで地面へと落下し、近辺にあった建物の屋根に激突していった。
ドゴォォォォォォォンと盛大な音を響かせ、家屋は倒壊していく。
俺は地面に着地し、目の前に広がる土煙を睨みつけた。
「まさか……お嬢が俺と同じ、器用貧乏なオールラウンダーだったなんてな。驚きだ。だが、同じ型だからこそわかるはずだ。俺たちに未来はない。凡人のオールラウンダーなんて、ひとつの型に打ち込める凡人よりも才能がないからだ。広く浅く? それができて何になる。ひとつの型を極めることのできない人間に、未来なんてないんだよ」
そう声を掛けて、俺は鞘に剣を納める。
「終いだ。お前ら、ロザレナを狩りに―――――――」
「言い訳はそれで終わりですの?」
「……何だと?」
振り返る。するとそこには、ボロボロになりながらもこちらをまっすぐと見つめて立つ、ルナティエの姿があった。
彼女は額から流れる血を拭い、ふぅと短く息を吐く。
そんなルナティエに、他の冒険者たちと戦うアルファルドが声を掛けた。
「キヒャヒャヒャヒャヒャ!! 交代するかぁ、クソドリル!!」
「うるっさいですわね。貴方は貴方のやるべきことをしなさい、アルファルド。ジェシカさんをまた人質に取られてみなさい。貴方を無能だと罵って差し上げますわ」
「……何で、まだ立ちやがる」
俺がそう言葉を投げると、ルナティエは不適な笑みを浮かべた。
「ディクソン。貴方なら分かっているでしょう? わたくしは、どんな状況であろうとも、情けなくとも、勝利だけを求めて追いかけ続けます。貴方……さっきわたくしと自分が同じだと仰いましたけど、全然、違くってよ」
「何だと……?」
「わたくしの剣は、色とりどりの色彩を描く剣……【色彩剣】ですわ。色彩には決まった色はなく、無限の可能性が秘められている。わたくしは師が名付けてくださったこの剣が、大好きです。貴方とわたくしが違うのは、わたくしは自分のこの剣を認めているという点です。確かに、他の剣士と比べれば、使いにくいところもあるでしょう。ですが……それでも良い。わたくしはわたくしのままで、剣の頂点を目指すと、そう、決めましたから」
「だから、何だって言うんだ? それこそ言い訳だろ。器用貧乏なオールラウンダーには限界があるという点から、目を背けているだけだ。俺たちは上には行けない。それは、神によって定められている決定事項だ」
「いいえ、違います。わたくしは、自分の剣を認め、そして、共に戦う相棒だと認めている。ですが貴方は、自己否定をして、諦める方が楽だからと逃げている。確かに、夢を追うのは辛いことですわ。何度も失敗を重ねて、惨めになることもあるでしょう。ですが……自身が重ねてきた敗北や失敗を否定する者が、前に進めるはずがありません。自分を認めない人間が、強くなれるはずがありません。神によって決められている決定事項? そんなものクソ食らえ、ですわ。そんな神様がいるのならば、斬り伏せてやるまでです」
そう言ってルナティエは俺に向けてまっすぐと剣を差し向けてきた。
「ディクソン。貴方は……ただ、自己正当化の言い訳をして、逃げているだけです。わたくしはけっして、自分を諦めたりはしない!! 才能が無かろうと何だろうと、無我夢中で前に進んでやりますわ!!!! 頂点へと届く、その日まで!!!!」




