第11章 二学期 第380話 巡礼の儀―⑰ たとえ、この先が地獄だとしても、わたくしは進み続けますわ
《ルナティエ 視点》
「ディクソン。貴方は……ただ、自己正当化の言い訳をして、逃げているだけです。わたくしはけっして、自分を諦めたりはしない!! 才能が無かろうと何だろうと、無我夢中で前に進んでやりますわ!!!! 頂点へと届く、その日まで!!!!」
わたくしは額から血を流しながら、レイイアをまっすぐとディクソンへと突きつけ、そう声を張り上げる。
わたくしはもう自分を見限ったりはしない。自分を否定したりしない。
これまでの努力も、これまで重ねてきた敗北も。
全てが、今のわたくしを構築している一部なのだから!!
わたくしの剣に、不可能はありません!!
だって、わたくしが最も尊敬している師が、わたくしのこの剣を【色彩剣】と、そう名付けてくださったのですから!!
この先にどんな地獄が待っていようとも!! 何度膝を折ろうとも!!
この名が、わたくしを導いて、勇気付けてくれる!!
どんな暗闇の中でも!! わたくしは無限の色彩を描く剣で明日を切り開く!!
だから……!!!!
「わたくしは――――――――必ず、剣聖になる!! 何度敗北したって良い!! 何度惨めになったって良い!! 天才との差に絶望する? なら、その壁を乗り越えるまでトレーニングするのみです!! 自分の限界を自分で決めている人間に、成功は掴めませんわ!! 敗北を恐れている人間に、成功は掴めませんわ!! あなた方はただ、挑戦することに逃げているだけです!! わたくしは、何度負けたって構いません!! たったひとつの勝利を掴むためならば、一億回負けてやりますわぁぁぁぁぁぁ!!」
剣王試験でロザレナさんに敗北した時、わたくしは、絶望の淵に追いやられました。
アレが、たった一度きりの、ロザレナさんを倒すチャンスだと思ってしまったから。
ロザレナさんは本物の天才です。彼女はこれから先、必ず、剣聖へと上り詰めるでしょう。
これ以上強くなってしまったら、わたくしの能力上、ロザレナさんを追いかけるのは難しい。そう思ってしまいました。
ですが……今は違います。そうはさせない。
あの時、わたくしに【色彩剣】と名付けてくれた師匠は、わたくしに限界はないのだと、示してくださいました。ならば……わたくしは、ロザレナさんやグレイレウスに負けるわけにはいかない!! 才能がなくとも夢は叶えられると証明するのだと、決めたのですから!!
「……なんか、あの人……すごいな……一億回負けても構わない、か……」
「俺たち……本当は、こんなことするために冒険者になったんじゃないよな……。最初は、ただ、まっすぐと夢を追いかけていたよな……。未知の世界を追い求めるために、冒険が……したかったんだよな……」
「どんなに努力しても上へ行くことができず、同期で入った奴らはどんどん出世して行って、結婚なんかしたりして……なのに、俺たち低級冒険者たちは一生低賃金のまま働き詰め。才能のない人間に未来に希望なんてない。でも、小さい頃から見ていた夢は諦めきれなくて……今までの努力を無駄にすることができなくて、冒険者から離れることができなかった。だから、ディクソンの話に乗ったけど……そんな方法で上へ行っても、仕方ないよな……」
わたくしとアルファルドを取り囲んでいた数名の冒険者たちは突如、剣を落とし、戦闘態勢を解いた。
その光景を見て、ディクソンは口を開く。
「馬鹿か、テメェらは!! 最上級冒険者であるフレイダイヤを目指して、ここまでやってきたんだろう!! これが上へと上がれるラストチャンスなんだぞ!? ルナティエに触発されてんじゃねぇ!! あいつは、ただ運良く剣王に上り着くことがだけの、俺たちと変わらない……凡人なんだ!! あの女が剣聖になんかなれるわけねぇだろうが!! 乗せられてんじゃねぇ!!」
「――――――ハッ! テメェは何も分かってねぇな!! ディクソン!!」
アルファルドは、自分に斬りかかってきた冒険者の男を剣で切り伏せて、笑みをを浮かべる。
「オレ様たちは、確かに、お前の言う凡人かもしれないけどなぁ!! テメェらみたいに情けなくウジウジと自分の才能の無さを嘆く暇はねぇんだよ!! オレ様は、ルナティエが剣王で終わるタマじゃねぇって、信じているぜ!! いや……そんなところで終わる気ならば、ブッ殺してやるぜ!! 仮にもこのオレ様の上に立とうって女が、剣王程度で満足するようなら、オレ様が取って変わってやる!!」
「お前……アルファルドとか言ったか? 俺は、お嬢のためを思って言ってやっているんだ。お嬢は俺と同じ、才能のないオールラウンダーだ。俺は、お嬢の先にあるものを知っている。俺たち才能のないオールラウンダーには限界があることを知っている。だからこそ……忠告してやっているんだ。盲信的に自分を信じてるだなんて言っていたら、この先確実に壁にブチ当たり、精神が折れてしまうぜ。それでも良いのか」
「くだらねぇぜ!! 諦めてしまったお前が、諦めていないあいつの未来を勝手に語るなよ!! ……って、ぐはぁっ!?」
アルファルドは付近にいた冒険者に腹部を蹴られ、後方へとよろめく。
だけどわたくしは心配の声なんて掛けてやりません。あの程度であの男が折れないことなど、理解していますから。
アルファルドは口から血を流しながらも、膝を折ることはせず。
背後にいる眠っているジェシカさんを庇いながら、剣を構えました。
そんな彼に対して、ディクソンが怒りの声を上げる。
「お前はそれでもお嬢の従者か、アルファルド!! 俺が従者のままだったのなら、絶対にお嬢をあんなふうな痛々しい姿にはさせてねぇぞ!! くそっ!! お前にも怒りを覚えるし、師であるアネット・イークウェスにも怒りを覚える!! 何故、彼女をあんなふうにした!! あのメイド……自分が天才だからって、凡人に不確かな期待を持たせて、弄んでいるのかよ……!! あいつは悪魔か何かか……!!」
「貴方がわたくしのことを思って言ってくれているのは、理解していますわ。ですが……」
わたくしは【縮地】を発動させて、ディクソンの側へと接近する。
そして、レイピアを突くと、ディクソンはそれに合わせて剣を振ってきた。
キィィィィンと音を鳴らし、交差する剣と剣。
するとディクソンは、わたくしに向けて声を放つ。
「お嬢!! 俺はお前の未来の姿だ!! 無鉄砲に夢を追いかけるのはやめろ!! 剣聖になるだなんて大層な夢を持つな!! 良いじゃねぇか、今のままでも!! 剣王って言ったら、俺たち冒険者でいうフレイダイヤとほぼ同じ価値のある地位だぜ? そこまで行くことができたのなら、念願だったおフランシア当主になる夢だって、叶えられるだろう!! リューヌとかいうガキにだって、遅れは取らないだろう!! これ以上欲するな!!」
「……」
わたくしは連続で剣を振り続ける。それを、ディクソンは華麗な剣捌きで、防いでいった。
「最初にも言ったが、俺は別に、お嬢と敵対する意思はねぇんだ!! ただ、ロザレナを狩りたいと言っているだけだ!! 現実を見ろ!! お前たちがロザレナを庇って何になる? どうせこの巡礼の儀で勝利するのは、ゴーヴェンかエステリアルだ。なら、どちらか強い方に巻かれた方が得なのは明白だろう!? 俺の口利きで、お嬢にも良いポストを用意してもらえるように、ゴーヴェンに話を通してやる。だから……!!」
わたくしは剣を振る腕を止め、剣を下げる。
するとディクソンは、ホッとした様子を見せた。
「分かってくれたか。そうだ。それで良いんだ。楽な方に逃げて、何が悪い。お嬢の選択は何も間違ってはいないぜ。だから―――――――」
「……ゴーヴェンに話を通してやる? 貴方……わたくしをみくびるのにも大概にしなさい」
わたくしはレイピアに全力の闘気を纏い、振り上げる。
そして……ディクソンの剣を、中央付近でバキリと、切断してみせた。
「なっ……!」
カランと音を立てて落ちる折れた剣。
続けてわたくしはレイピアを横薙ぎに振り放つ。
その剣をしゃがんで避けたディクソンは、後方へと飛び退き、部下の冒険者の元へと着地した。
「おい! お前! 剣を貸せ!」
「……」
「何を惚けている!! 早くよこせ!!」
「は、はい……!!」
ディクソンは、部下の冒険者から剣を奪い取る。
そして、彼はそこで気付く。取り囲んでいる冒険者のほとんどが、わたくしとアルファルドに向けて、剣を向けていないという事実に。
「何をやっている……全員で、ルナティエとアルファルドを倒せ、お前ら!! ボーッとしてんじゃねぇ……!!」
「……ディクソンさん。俺たちは……あの少女の戦いを、邪魔したくありません……」
「はぁ!?」
「俺たちは魔物を狩る冒険者です。人を傷つけるために剣は持ちたくない」
「甘えたこと言ってんじゃねぇよ!! 凡人が、手を汚さずに上へ行けるとでも思ってるのか!!」
「……一騎打ちにしてくださるのなら、こちらも好都合ですわ」
わたくしはディクソンに向かって走って行く。
するとディクソンはチッと舌打ちをして、【縮地】を発動させて、近くにある建物の上へと跳躍した。
わたくしも跳躍して、建物の屋根の上へと飛び乗る。
剣を構えて向き合う、わたくしとディクソン。
ヒュゥゥゥゥと、風が吹くと共に、雪が舞っていく。
「……先に言っておく。俺は、お前よりも上を行っているオールラウンダーだ。つまり、お前の弱い点も理解しているということ。言いたいことは……分かるな?」
「弱点を知っているが故に、わたくしには絶対に負けないと、そう言いたいんですの?」
「そうだ。俺は、才能のないオールラウンダーが上へ行くことができない理由を知っている。悪いが、俺は今からお前を完封する。最後通牒だ。俺の言う通りにしろ。ロザレナを明け渡せ」
「ロザレナさんを倒すのはこのわたくしですわ。貴方ではありません」
睨み合うわたくしとディクソン。
そして、次の瞬間、わたくしは剣に闘気を纏い、ディクソンに斬り掛かった。
「……才能のないオールラウンダーが上に行けない理由。それは……剣神以上は、二つの以上の型を習得しているという事実。そして……剣神以上の天才たちは、俺たちのような付け焼き刃の技ではなく、本物の一流だということだ」
わたくしが剣を振り下ろした瞬間……ディクソンは剣の刃を表に持ち替え、流れるような剣捌きで、青い剣閃を描き……横薙ぎに振り放った。
「【燕返し】」
わたくしの剣が、先んじて振られた高速の剣で、弾かれる。
「なっ……!!」
「今のは速剣型の剣さ。闘気を纏った剛剣型に特化した、カウンター型の剣術だ。お嬢の放ったあの掌底と同じで、闘気の流れを返す、剛剣型を殺すために作られた剣だ」
「ちっ! ならば!!」
わたくしは、剣に手を当て、水属性魔法を宿す。
そして、高速で剣を振り、水の斬撃を放った。
「【水流・烈風裂波斬】!!」
「今度は、速剣型と魔法剣型の融合技か」
ディクソンは慌てた様子もなく、右手をまっすぐと、斬撃に差し向ける。
そして、魔法の詠唱を唱えた。
「―――――雷鳴の如く轟け……【サンダーボール】」
すると、その瞬間、ディクソンの手のひらから雷の球が射出される。
その雷の球が斬撃に当たった瞬間、斬撃に宿っていた水属性魔法が、霧散して消えていった。
「なっ……!」
「水属性魔法の弱点は、雷属性だ。これで斬撃の威力は半減された。そして―――――」
ディクソンは剣に闘気を纏う。
「速剣型の底威力の技は、基本的に剛剣型の闘気で打ち破ることができる」
難なく、闘気を纏った剣で【烈風裂波斬】を切り裂いてみせるディクソン。
半分に分かれた二つの斬撃は、ディクソンの背後で爆発していった。
背後で土煙が舞う中。ディクソンは剣を下げて、諦念が宿った目でこちらを見つめてくる。
「これが、現実だ。才能がないオールラウンダーが強いのは、ひとつの型しか極められない格下相手にだけ。二つ以上を極めた格上相手には、相手の弱点を突かれてすぐに終わる。俺たちは、広く浅くしか、能がないからな。剛剣も、速剣も、魔法剣も。威力の低い低級のものしか扱えない。上級の技を使える剣士に、勝てるはずがない」
「……なるほど。わたくしの使った技の、弱点となる技を後出しで使ったのですわね。剛剣、速剣、魔法剣は、三竦み。それぞれの型の弱点を上手く突いてみせた、と……流石ですわね。戦闘の知識が随分と豊富じゃありませんの。褒めてさしあげますわ、ディクソン」
「…………何故、そんな冷静でいられる? お前の技を俺は全て、防いでみせたんだぞ?」
「貴方に防ぐことができるのなら、わたくしにもできるということですわ。自分と同じ型と戦う……これも良い好機。貴方の技を盗み、わたくしは更に飛躍してみせます!」
「チッ。何なんだ……何故、理解できない!! 俺とお前は同じだ!! 同じなんだよ!! 俺は、冒険者の頂点に立って、自分の限界を思い知った!! 自分の能力がこれ以上成長しないことを思い知った!! 上には行けないんだよ!! 俺たちは!!」
「【縮地】!!」
わたくしは【縮地】を発動させて、姿をかき消す。
すると、ディクソンも【縮地】で姿をかき消した。
「まだ分からねぇのか、馬鹿がっ!!」
わたくしの前に現れたディクソンは、足に闘気を纏い、わたくしの顔を蹴り上げる。
わたくしは後方へとよろめくが……鼻血を腕で拭い、即座にレイピアでディクソンを斬り付ける。
「【燕返し】!!」
またしても、闘気を纏ったレイピアが、剣の腹で返された。
わたくしは苦悶の表情を浮かべながら、手のひらに闘気を纏う。
「【心月無刀流】、一の型、『断崖絶――――――」
「そいつはもう既に一度無効化しただろうが!!!!」
そう叫び、ディクソンは、わたくしが伸ばした腕を掴んでみせた。
「彼の者の守りを弱体化せよ――――――【ディフェンスウィークン】!」
先ほどと同じように、闘気による防御力を低下させられるデバフ……妨害属性魔法を掛けられる。
ディクソンに腕を掴まれた瞬間、身体の中にある闘気が、出しにくくなったのを感じる。
「【回転連撃】!」
わたくしにデバフをかけた後、ディクソンは剣を振り回し、回転する。
レイピアを横にしてすぐに攻撃を防ごうとしてみるが……上手くレイピアに闘気を纏うことができず。わたくしはその剣の威力に為す術もなく、吹き飛ばされてしまった。
「……ッ!!」
建物の上から落下していくわたくし。
そんなわたくしを見下ろすように屋根の淵に立ったディクソンは、まるで過去の自分でも見ているかのように……苦虫を噛み潰したような表情を浮かべてぼそりとつぶやいた。
「だから、言っただろうが。俺は、未来のお前だ。お前に、俺は倒せない。だって俺は……自分が何故上に行けないか、知っているのだから。頼むから、もう立つなよ……お嬢。これ以上……俺の弱さを改めて見せつけてくれるな」
そしてわたくしは隣にある家の屋根に激突し、ドシャァァァァァンと盛大な爆発音を鳴らしながら、地面へと転げ落ちていった。
妨害属性魔法で闘気を弱体化されてしまったせいで、ダメージをダイレクトに受けてしまったのか、身体の節々が痛い。
……強い。明確に、ディクソンの方が、わたくしよりも格上の相手ですわ。
元々剣士ではなかったリューヌや、強力な加護を持ちながらも本体性能が高くなかったルクスとは違う。
お婆様以来の……明確な、格上の相手。
だからこそ、わたくしは解せない。何故、ディクソンはこれほどまでに強い力を持っていて、諦めてしまったのか。
……分かっています。彼は、わたくしよりも先に上へ行き、気付いてしまったのでしょう。
己の限界を。天才たちとの才能の差を。
確かに……彼の言う通り。きっと、ここから先は……剣神より先の世界は、付け焼き刃のオールラウンダーでなんて戦っていくのは難しいのだと思う。
ロザレナさんも、速剣型の技を徐々に習得していっていますし、なんだかんだ言って彼女は魔法剣も使用できます。
もしロザレナさんがオールラウンダーとして覚醒した場合……きっとわたくしは歯が立たないでしょう。
ロザレナさんだけじゃない。多分、剣神たちは、二つ以上の型を完璧に極めることができている剣士たちなのだと思う。
そんな彼らに付け焼き刃のオールラウンダーの技で挑んだところで、上位の弱点となる技を放たれて終了だと予想できます。
ディクソンはきっと、今、わたくしに、その先に起こる未来を提示してくれている。
器用貧乏なオールラウンダーに未来はないということを、示している。
「……良いか! お前ら! 分かったか! これが、俺たち凡人の未来だ! 俺たちは真っ向からじゃ上に行くことはできない!! だったら……邪道を進むしかないんだよ!! でなきゃ、俺たちは一生、天才たちの踏み台だ!! やられ役だ!! 端役だ!! あんな青臭い理想に傾倒するな!! 頂点を目指そうとするな!! 自分の本分を知らない人間が、成功を掴めるはずがない!!」
ディクソンのその言葉に、冒険者たちがゴクリと唾を飲み込む音が聞こえてくる。
ディクソンは言っていた。自分は、未来のわたくしだと。
でも、それは少し、違うのかなって思った。
きっとディクソンは……師匠と出会わなかった未来の、わたくしなのですわ。
「おい、小僧。お前の主人は負けた。さっさと抵抗をやめて、軍門に降れ」
ディクソンのその言葉に、アルファルドが馬鹿にしたように鼻を鳴らしたのが分かった。
「ハッ。誰が……負けたって?」
「見て分からないのか?」
「お前……あいつの従者だった癖に、まだ分からねぇのか?」
わたくしは瓦礫を蹴り上げ、立ち上がる。
その光景を見て、ディクソンは驚きの声を上げた。
「……なんだと……?」
「あのクソドリルは、こんな程度じゃ諦めねぇよ。何たってあいつは……今まで何回も負けて、その度に立ち上がってきたんだからな。……才能がなくても夢を叶えられることを証明する。それが、あいつの夢だ。今のうちに覚えておきな、ディクソン。あいつは……いつか剣聖になる女だぜ」
わたくしは衣服についた砂埃を払うと、ふぅと息を吐いた。
デバフの効果は切れていた。案外、短いようですわね、あの妨害属性魔法。
「良いウォーミングアップになりましたわ。なるほど。我が師はどちらかというと剛剣型ですから、わたくし、オールラウンダーの戦い方がいまいち掴めなかったのです。相手の弱点を後出しで突く……なるほどですわ。この戦い方を覚えれば、きっとわたくしはさらに、強くなることができる……!!」
「お嬢……あんたの頭なら理解できたはずだ。この先にある絶望を。天才たちにしか上ることを許されない大きな壁を……! 何故、それが理解できない!! お嬢は、アネット・イークウェスに狂わされているんだ!! あいつのあの全てを吹き飛ばす剣を見ただろ!? あんなものは、人間の技じゃない……!! 目を覚ませ!! 現実を見ろ!! 俺たちが、あんな連中に敵うはずがないだろうが……!!」
「ディクソン。確かに、貴方とわたくしは似ていますわ。もしかしたらわたくしも、貴方のように現実に絶望して、夢を諦めてしまっていたかもしれません」
「だったら……!!」
「きっと……わたくしたちのような人間が、天上にいる怪物たちと戦っていくには、何か代償が必要なんだと思いますの。わたくしはそれを……覚悟だと思っていますわ」
「覚悟、だと……?」
「ええ。貴方、この先にあるのが地獄だと、そう言いましたわよね?」
「あぁ。お前は絶対に、この先に進めば、後悔をする。自分は一生、上に上がることができないと、同じところで延々と回ることになる。下手をしたら、今よりも下の……谷底に落ちる可能性だってある。そして最終的に、今までの自分の努力が無駄だったことを思い知る。これが凡人の行き着く先だ」
「だったらわたくしは……その地獄を、大いに楽しんでやりますわ」
「は……?」
意味が分からないと言った様子で首を傾げるディクソン。
そしてその後、彼は、慌てた様子で口を開いた。
「楽しめるものか!! 成果のない努力の果てに待ち受けるのは、後悔と絶望だけだ!!」
「オーホッホッホッホッ!! 誰にものを言っているんですのぉ? わたくしは、フランシア家きっての美貌と実力を併せ持つ、完璧美少女……ルナティエ・アルトリウス・フランシアですわ! 努力の天才であるわたくしの色彩剣に……不可能はなくってよ!」
あんぐりと口を開け、唖然とするディクソン。ちょっとギャグっぽくて面白いですわね。
「お、おい、アルファルド!! お前はそれで良いのか!! 従者であるお前も、地獄に道連れになるんだぞ!!」
「キヒャヒャヒャヒャ!! 上等だよ!! オレ様はお前やルナティエよりも才能がない雑魚だが……覚悟はある。良いじゃねぇか。天才どもはその過程をすっ飛ばせるんだろう? だがオレ様たちには特別に地獄というコースがあるらしい。神様がせっかく用意してくれたコースだ。目一杯楽しもうぜ? ヒャハハハハハ!!!!」
「狂っている……!! お前たちは狂っている……!!」
下唇を噛み、嫌悪感を露わにするディクソン。
そんな彼に向けて、わたくしはレイピアを構え、突進して行く。
「ディクソン!! わたくしはここで貴方を超えて……貴方が逃げ帰ったという、地獄に足を踏み入れますわ!! そして……その先にある頂点を目指す!!」
「夢見てんじゃねぇぞ、ガキどもが!! 現実ってものを受け入れない馬鹿どもが!! 地獄を超えるだと? そんなこと……できるわけねぇだろうが!!!!」
わたくしは剣に闘気を纏う。そして、ディクソンに向けて放とうとした。
「何度向かって来ても同じことだ!! 【燕返―――」
わたくしは剣に纏った闘気を解除して、水属性魔法を宿した。
「フェイント、だと!?」
「後出しで効力を発揮するというのであれば!! こちらも後出しすれば良いだけのこと!! 【水流・烈風裂波斬】!!」
水の斬撃を受けて、闘気を返す【燕返し】は中断させられる。
キィンと弾かれる剣。ディクソンは眉間に皺を寄せて、声を張り上げた。
「そんな小手先だけの剣で!! この俺に勝てると思っているのなら大間違いだ!! 俺は一時的とはいえ、英雄の領域に足を踏み込んだ男!! お嬢よりも何年も長く剣を握ってきたんだ!!」
「【縮地】!」
わたくしは、ディクソンの背後に現れる。
そして、剣に闘気を纏い、ディクソンを切りつけた。
「くっ……!」
わたくしの次の一手がフェイントか迷った挙句、ディクソンは剣に闘気を纏い、相殺して防ぐことを決める。フェイントだった場合【燕返し】を使えば、大きなリスクを負いかねない。懸命な判断ですわ。ですが……その迷いで一手を防げだだけで、わたくしの思惑は上手く動いでいる……!!
ぶつかり合う、剣と剣。周囲に、衝撃波が巻き起こる。
「読み合いで、運ゲーにでもする気か!? お嬢!?」
「フェイントを挟むことで、この戦いの主導権は、わたくしが握りましたわ!! 見たところ、貴方とわたくしの闘気の差はやや貴方の方が上ですが、ほぼ同格!! 闘気での殴り合いに持ち込めば、お互いダメージをまともに与えられずに、どちらが先に剛剣型の弱点である速剣型を使うかの賭けになりますわね!!」
「……チッ!! 余計に戦いを長引かせやがって……!! 言っておくが、手数はこちらの方が上だ!! お嬢の技は、【心月無刀流】【水流・烈風裂波斬】【縮地】【闘気操作】くらいのもんだろうが!! 手数で圧倒すれば、俺の勝ちだ!! ―――――――――【回転連撃】!!」
そう言って、ディクソンは、剣に闘気を纏い……回転し始める。
先ほども見た技。恐らくは、剛剣型と速剣型の複合技ですわね。
剛剣に強いのは、速剣。速剣に強いのは、魔法剣。
つまり―――――――速剣と魔法剣の複合技が、弱点であるということ!
「【水流・烈風裂波斬】!!」
回転して迫ってくるディクソンに向かって、わたくしは後方に飛び退きながら、レイピアを逆手に持って……無数の水の斬撃を放つ。
水の斬撃がディクソンに当たった瞬間、彼の回転は止まった。
ディクソンは剣を持っていた手が痺れたのか、苦い顔をしている。
「……の野郎!!」
「貴方が教えてくれたことではありませんの。オールラウンダーは、後出しが全てだと。オーホッホッホッホッ!!」
「【焔剣・双追十字斬】!!」
ディクソンは魔法を唱え剣に炎を宿すと、二回、十字を切るように空中を切り付ける。すると二つの十字の炎の斬撃が、わたくしに向かって飛んできた。
「初めて見る魔法剣……ですわね」
わたくしはその剣を避けるために、地面を駆ける。
すると、十字の炎が、背後から追尾するように追いかけてきた。
自動追尾効果のある魔法……ということですか。
「ならば、炎熱属性の弱点である水属性魔法を使用して消し去れば良いだけのこと……!! 【水流・烈風裂―――――」
「炎を見れば、水を剣に宿す。その瞬間を待っていたぜ。読み合いは……まだ、俺の方が上だな」
ディクソンが、背後に現れる。
そして彼は、剣に魔法を宿した。
「雷雲の精よ!! 我が剣に雷を宿せ……【雷剣】!!」
わたくしの背中に向けて放たれる、雷属性魔法を宿した剣。
水属性魔法を発動したわたくしが受ければ、大ダメージは避けられないでしょう。
ですが――――――――――――。
「それも勿論、読んでいましたわ。貴方が、水属性魔法を使う相手にこれみよがしに炎熱属性魔法を使用するとは思いませんもの」
わたくしは跳躍して、雷の剣を避ける。
驚き、目を見開くディクソン。
そしてわたくしは……足に闘気を纏い、全力でディクソンの顔を蹴り上げた。
「おらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁですわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!!」
「ぐはぁぁぁぁぁっっ!!!!」
血を吐き出し、遠方に吹き飛ばされるディクソン。
そして彼は石の塀を破壊して飛んでいき……奥にある街路樹に激突して、木を薙ぎ倒した。
地面に着地したわたくしは、炎の斬撃を水属性魔法で消火した後。荒く息を吐き、膝に手を当てる。
「はぁはぁ……連戦しているせいか、やはり体力の消耗が激しいですわね……!!」
やはり、わたくしは、体力が少ないのが弱点と言えますわね……!!
連続で闘気や【縮地】を使うと、かなり体力を消耗してしまうようです……!!
「う、嘘、だろ……あの子、元フレイダイヤのディクソンをぶっ飛ばしたぞ……?」
「ほ、本当に勝つ気なのか……? あの少女、本気で、剣の頂点を目指しているとでも言うのか……?」
ざわめく冒険者たち。
現状、読み合いではわたくしが一歩先を行っています。
ですが……オールラウンダーとしての実力は、間違いなくディクソンの方が上……!!
(一瞬でもミスすれば、わたくしは呆気なく、彼にやられてしまうでしょう……!! それほどまでに……二度くらった彼の攻撃……【ドラゴンキラー】と【回転連撃】の威力は凄まじいものでしたわ……!!)
恐らく、次、同じ攻撃を受ければ……わたくしは負ける。
体力も限界に近くなっていて、身体も悲鳴を上げている。
だけど、わたくしはここで退いてはいけない。
ディクソンをここで超えて、彼を否定しなければ……わたくしは、前に進むことができない!!
「……がはっ! 魔法剣を使ってしまったがために、闘気ガードをしていない隙を突かれたというわけか……もろに食っちまうとは、俺もまだまだだな」
ペッと血を吐いて、ディクソンは起き上がる。
そして、道を開ける冒険者たちの間を通って、わたくしの前に戻ってきた。
その表情は……感情の色がないものだった。
「……お嬢。あんたは本気で……俺を超えて、剣神の座に手を伸ばすつもりでいるのか?」
「ええ」
「俺の言ったことは、伝わっているんだよな?」
「ええ」
「……この先は地獄だって……分かってるんだな」
「勿論ですわ」
「そうか……なら……分かった」
一瞬、悲しそうな表情を浮かべた後。ディクソンは目に光を灯し、剣を構えた。
「だったら、この一合で勝負を決めてやる。ロザレナを狩るためだとか、強い者に巻かれた方が良いだとか、そういうくだらねぇことはこの一瞬で全て忘れるさ。もう、どうでもいい。ただ……この戦いに、俺の人生の全てを賭けるぜ。俺は、全てを賭けてお前を否定する。過去の……夢を追いかけていた若い頃の俺のような目をしているお嬢を、今から本気で斬り伏せる」
「良いですわよ。どのみちわたくしも、体力的には長くありませんからね。この立ち会いでケリを付けます」
そう言葉を交わした後。
わたくしたちはお互いに剣を構えて、睨み合う。
周囲にいる冒険者たちは緊張した面持ちでその光景を見つめていた。
極限まで、精神を研ぎ澄ませる。
風の音。ゴクリと唾を飲む冒険者。衣擦れ。溜池の水の音。
――――――――屋根の上から雪が落ちる音。
その瞬間、先に動いたのは、ディクソンだった。
彼は足元の雪を蹴り上げ、わたくしの視界を塞いでくる。
(しまった! 先にやろうとしていたことを、やられてしまいましたわ!)
しかし――――――――これは逆に、好機。
わたくしは、ある魔法の詠唱を唱える。
そして、レイピアで、降り注いでくる雪を切り裂いた。
目の前に……ディクソンの姿は無かった。
急いで振り返る。すると、案の定、背後にはディクソンの姿があった。
「貰ったぜ!! 【ドラゴンキラー】!!」
剣に赤いオーラを纏い、ディクソンはわたくしの背中を切りつけた。
「取った!! 俺の勝ち――――――」
「残念ですわね。それ、幻影ですわ」
ディクソンが切りつけた瞬間、わたくしの姿がモヤとなって消えていく。
妨害属性魔法【ファントムベイト】。
わたくしが、ディクソンの前で唯一、見せていなかった手札のひとつ。
わたくしは、【縮地】を使ってディクソンの背後に現れる。
「ははははははははは!! やるじゃねぇか、お嬢!! だが……!! 手札を隠していたのは、そっちだけじゃねぇぜ!! 我が身を風と変えよ……【スピードエンハンス】!!」
補助属性魔法を唱えた瞬間、ディクソンの俊敏性が上がり、彼は即座に振り返った。
そして、彼は、わたくしが振った剣を、身体を横に逸らすことで難なく避けてみせた。
「終わりだ」
ディクソンは剣に闘気を纏う。恐らく……【回転連撃】が来る。
【水流・烈風裂波斬】を放つ余裕はない。
ならば―――――――――――――――。
(……やって、やりますわ!!!!)
土壇場で成長できなければ、この先、わたくしは地獄を乗り越えることなどできはしない!!
イメージする。トレースする。ディクソンが行っていた動作の全てを。
そして――――――――――――。
「――――――――――――――――――【燕返し】!!!!」
ディクソンの剣を、空中へと弾き飛ばした。
見様見真似で使ってみせた彼の技を見て、唖然とするディクソン。
だが、戦いはまだ終わってはいない。
ディクソン・オーランドは、剣を失ってはい負けましたと、そんな簡単に降伏するような男じゃない。
案の定、彼は拳を握っていた。
わたくしは、強く前へと足を踏み込み、手のひらに闘気を纏う。
そして……彼の腹部へ向けて、掌底を放った。
「そうか……俺の負けか」
わたくしの掌底が、直撃する間際。
ディクソンは、疲れたような笑みを浮かべた。
「だったら……見て来い、お嬢。地獄の先を乗り越えて、その先にあるものを」
「【心月無刀流】、一の型―――――【断崖絶波】!!!!」
ディクソンは血を吐き出し、吹き飛ばされていく。
そして彼は……建物の壁へと激突して、その壁を貫通し、何枚もの建物の壁を破壊して行って……村の外れにある冬の川へと、落ちていった。
ゼェゼェと荒く息を吐く。身体はよろめくが、何とか持ち堪える。
そしてわたくしは両手の拳を握ると、咆哮を上げた。
「わたくしの勝ちですわ!!!! ディクソン!!!!!」
思い起こされるのは、学園に入学するまでの、従者だったディクソンとの日々。
適当でサボり癖のあるどうしようもない男でしたけど……リューヌによって孤立していたわたくしにとって、彼は唯一の味方でした。
『……お嬢。もっと腰を据えて剣を振るんだよ』
脳裏に、中庭で、彼に剣を教わっていた時の光景が思い浮かぶ。
わたくしは悪態をつきながらも、彼に言い返していた。
『やっていますわよ!! ちゃんと見ていまして!!』
『おー、あのメイドさん、いいケツしてんなー』
『ちょっと、貴方、どこ見ていますのよ!!』
『いててっ!! 頰を引っ張るなって、お嬢!!』
『……わたくしは、お婆様に見限られた人間ですわ。貴方も、その……わたくしに才能がないから剣士を目指すのはやめろって、言わないんですの?』
『あー? まぁ、なぁ〜。でも、いいんじゃねぇか? それがお嬢のやりたいことなんだろ?』
『……え?』
『好きにすれば良いじゃねぇか。人生一度きりなんだしよ。まぁ、何ごともほどほどが一番だ。変に期待して、変に気合い入れすぎないことだな。人間、適当が一番だ』
『何ですの、それ』
過去の回想を終え、目を開く。
そして、わたくしは、ディクソンが吹き飛ばされた方向を見て、笑みを浮かべた。
「わたくし……貴方に、救われていたところもあったのですわよ、ディクソン。だから……そこまで自分を卑下することもなくってよ。貴方、誰かを救える英雄になれていたのですから」
かつての相棒に……そう、礼を言った。




