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【コミック1巻3月25日】最強の剣聖、美少女メイドに転生し箒で無双する  作者: 三日月猫@剣聖メイド1〜4巻発売中!
第11章 強欲の狂剣

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第11章 二学期 第377話 巡礼の儀―⑭ アネットVSリトリシア


 馬車の進行方向にいる人物を見て、俺は下唇を噛む。


「リトリシア……!」


 ロザレナを守ると決めてから、こうなることは分かっていた。


 あいつは剣聖で、この国を命を賭して守る責務がある。


 真偽が不明であろうとも、ロザレナの存在は、国民から恐怖の対象として見られている。


 剣聖とは、この国の守り手たる存在。民の敵を排除する存在だ。


 災厄級の可能性がある人間は、誰であろうとも討伐しなければいけない。


 でなければ、民から剣聖は必要とされない。国民に必要とされない守り手など、不要な存在だからだ。


 ……分かっているさ。俺があいつに、その責務を任せたのだからな。


 剣聖とはそういう生き物なんだ。そうだろう? アレス、リトリシア。


「……【剣聖】リトリシア・ブルシュトロームとは、私が戦います」


 俺が静かにそう口にすると、オリヴィアとジークハルトが顔を青ざめさせて、慌てた様子で開口した。


「ア、アネットちゃん!? 正気ですか!? 相手は、この国の頂点に立つ剣士なんですよ!?」


「そ、その通りだ、アネット・オフィアーヌ!! いくらお前が強い剣士とはいえ、それは不可能だ!!」


 そう慌てる二人とは対照的に、ロザレナとフラン、そして御者台で馬を操るマイスは冷静だった。


「……本当は、あいつとはあたしが戦いたいところなんだけど……アネットは止めるわよね?」


「はい。道場で戦った時と違い、今回彼女は本気で、お嬢様の命を狙ってくると思います。はっきり言って、まだ、お嬢様は彼女とは戦えるレベルには至っていません。戦うのは危険です」


 むーと不満そうに唇を尖らせるロザレナ。


 そんなお嬢様を横目に、フランが怯えた様子で口を開く。


「わ、妾は、師匠(マスター)に剣聖を任せることには賛成じゃ。ど、どのみち、妾たちの陣営では、剣聖とやり合える存在なんて、師匠(マスター)くらいしかおらんしのう……ロザレナとグレイレウスとルナティエがいても、無理じゃろう、アレは……」


「俺も賛成だ。この場において、君が一番戦闘能力に長けている。メイドの姫君の判断に全面的に従おう」


「ありがとうございます、フラン、マイス」


 俺はそう言って、箒丸を手に持って御者台へと飛び乗り、マイスの隣にある席に立つ。


 そんな俺の背中に、乗車台に乗っているオリヴィアが声を掛けてきた。


「ま、待ってください、アネットちゃん!! マイスくんもフランちゃんも、何を言ってるんですか!? なんで、剣聖とアネットちゃんを戦わせようとするんですか!? このままじゃ、アネットちゃんが死んじゃいますよ!!」


 続いて、ジークハルトも声を張り上げる。


「オリヴィアの言う通りだ!! ここは、逃げるのが正解だ!!」


「どうやって逃げるのよ? 一直線の道の進行方向に、リトリシアがいるのよ? 馬車で引き返すことなんてできないわ」


「ば、馬車を置いて、全員で一斉に森の中に逃げれば……!!」


「リトリシアは【瞬閃脚】を使えるのよ? 速剣型のいないこのメンツでは、リトリシアに瞬く間に捕捉されるでしょうね」


「……何故だ。何故、そう冷静でいられる!? ロザレナも、フランエッテも、マイスも!! どうして、慌てない!? 相手は【剣聖】なんだぞ!? 恐ろしくはないのか!?」


「あたしたちは知っているからよ」


「何を――――――」


 ジークハルトが最後まで喋り終える前に、俺は、マイスに声を掛ける。


「マイス。私が彼女を足止めしますので、そのままラオーレを目指して馬車を走らせてください。10分(・・・)程度で戻ります」


「10分……」


 俺の言葉にマイスはこちらに顔を向け、驚いた表情を浮かべる。


 だがすぐにフッと微笑を浮かべ、コクリと頷いた。


「あぁ、了解した」


「私がいない間の指揮権は、マイス、貴方に委ねます。では……」


 俺は馬車から飛び降りると、【瞬閃脚】を発動させ、リトリシアの元へと走って行く。


 それと同時に、背後からロザレナの声が聞こえてきた。



「あたしたちは、アネットが……【剣聖】よりも強いことを、知っているのよ」



 猛スピードで地面を駆け抜ける。向かう先にいるのは、愛すべき娘の姿。


 俺の姿を確認したリトリシアは、腰の剣に手を当て、抜刀の構えを取った。


 ……何故、俺は……リトリシアと戦わなければいけないのか。


 俺にとってリトリシアは、ロザレナと同じくらい、大事な存在だ。


 脳裏に、前世の記憶が蘇る。



『………ガキ、そこで、何をしていやがる』



 最初は、気まぐれだった。


 故郷で死のうとしていた俺は、かつての自分のような少女を見つけてしまった。


 ボロボロの身体で倒れ伏し、この世に絶望した目をしている森妖精族(エルフ)の少女。


 彼女は俺を見上げ、口を動かそうとしているが、上手く喋れない様子だった。


『……喋れねぇのか、お前』


『……』


『世の中のすべてに絶望したって顔をしていやがるな。こんなにガリガリにやせ細っちまいやがって。メシ、食ってねぇのか』


 そう言って俺は深くため息を吐くと……幼い少女に手を差し伸べた。 


『俺と一緒に来るか?』


 そう言った瞬間、少女の大きな瞳からブワッと、涙がこぼれ落ちた。


 アレスはかつて死の間際に俺に言っていた。愛する者を見つけろ、と。


 だからこれは……アレスの言葉に従ったにすぎない行為だ。


 きっとこれは偽善なのかもしれない。俺は、最後までアレスのような人々に認められる英雄にはなれなかったからだ。


 最後まで言うことを聞くことができなかった馬鹿弟子として……この行いは、彼への罪滅ぼしもあったのかもしれない。


『あ……あぅあ……』


 彼女は残された力を振り絞り、小さな手で俺の手を……ギュッと握った。


 その瞬間、俺も何故だか、泣きそうになってしまった。


『……そうか……俺は、誰かに、愛されたかったんだな……』





『お前。名前はなんて言うんだ?』


 少女を預かって二日。


 俺はベッドで横になっている彼女にそう問いを投げてみた。


 だが、答えは何も返って来なかった。


『……』


『あぁ、なるほど。やっぱりお前、喋れねぇのか』


 少女は精神的にダメージを負っているのか、口を開くことができない様子。


 俺はうーんと首を捻り、腕を組んで考え込む。


『呼び方が無いのは面倒だな……じゃあ、俺が適当に名前を付けるぞ。そうだな……』


 チラリと、俺はテーブルの上にある花瓶を見つめる。そして、そこに挿してある一輪の花を手に取った。


『こいつは、リリィ……百合の花だ。花言葉は、「純潔」「無垢」「威厳」。奈落の掃き溜めという地獄の中で、必死に生きようと手を伸ばし、足掻き続けた、気高く威厳のあるお前のような少女にはぴったりの花なんじゃねぇかな。百合は、古代王国の言葉でリトリシアと言う。だから俺はこれからお前のことを――――リトリシアと、そう呼ぶことにするぜ』


 そう言って俺は、少女……いや、リトリシアの頭を撫でた。




『……お父さん』


『お前、今……なんて言った!? 喋ったのか!?』


 リトリシアを拾って二ヶ月後。ようやく彼女は、言葉を喋れるようになった。


 俺は薪割りしていた斧を放り投げ、リトリシアの脇に両手を挟むと、彼女を頭上へと持ち上げた。


『喋れるようになったのかよ、リティ!! ぐすっ、良かったなぁ、お前……本当によかった……拾った時なんてボロボロで、俺、今にも死んじまうのかと……!!』


『泣き虫なんだね、お父さんは』


『うるせぇ!! 鼻水付けんぞ!! お前の服で鼻かんでやんぞこの野郎!!』


『いやぁぁぁぁ!! 離してぇぇぇ!!』


 あいつの精神が安定して、喋れるようになった時は……思わずわんわんと泣いてしまったっけな。


『……オラ、もっとメシを食いやがれ、リトリシア! メシを食わなければ、でっかくなれねぇぞ? ハッハッハッハッハ!!』


『もがっ、もががっ! ……次々と口の中にお肉を突っ込むのはやめて! 自分のペースで食べる!』


『うるせぇ!! もっと食って太れ!! ガリガリなんだよ、お前!!』


『もがぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!』


『おぉ、良い食いっぷりじゃねぇか!! ハッハッハッハッ!! そうだ、それくらい余裕で食えるようになりやがれ!!』


 幼いリトリシアに、俺は、焼いた肉を口いっぱいに放り入れていたっけ。


『お父さん! 春が来たよ! お花がたくさん咲いてる! 肩車して!』


『おうよ。桜並木が綺麗だな、リティ。よし、このままトレーニングがてら、山の上まで走ってくるぜ!! 落っこちるなよ、リティ!!』


『うわぁ!! はやーい!! あはははははっ!! お父さん、はやーいっ!!』


 肩車をして、たくさん遊んでやったな。


『お父さん、そろそろ私、下着が欲しいんだけど……』


『し、下着だぁ!? それってもちろん、女性用の……だよな?』


『当たり前でしょ? というか、いつまで私、お父さんのブカブカのパンツを紐で縛って下に履かなきゃいけないの? あと、ブラジャーとかも欲しいんだけど……』


『待て待て待て待て!! そういうの、俺に聞くな!! 金やるから、お前、王都で買って来い!! 店の前で待っててやるから!!』


『下着ごときで赤くなんないでよ……良い年こいてウブすぎじゃない……?』


『うるせぇなぁ!! お前みたいなちんちくりんの下着なんざどうでも良いが、俺がお前と一緒にランジェリーショップにでも行ってみろ!! まるっきりド変態じゃねぇかこの野郎!! ま、万が一、お、女の裸を見た日にゃ、ぶっ倒れちまうかもしれねぇじゃねぇかこの野郎!!』


『……ちんちくりん……むーっ』


 12歳くらいになって、急に下着を欲しがった時は驚いたもんだぜ。


『お父さん、私、【剣神】になったよ! すごくない!? 13歳で【剣神】になったのは、私が初めてなんだって!!』


『すげぇじゃねぇか、リティ!! 流石は俺の娘だ!!』


『お父さんの娘……えへへ』


 あいつがめきめきと剣士として成長していったのには、自分のことのように心から喜んだ。


『お父さん!』

『お父さ〜ん?』

『師匠!』

『もう、お父さんったら』

『お父さん! 起きてください!』


 思い起こされるのは、俺を呼ぶリトリシアの姿。


 そして……。


『お父さん……』


 雲一つない青い空に、降り積もった雪の大地。


 最後に……死ぬ間際に見たのは、あいつの泣き顔。


 前世の俺は、リトリシアがこの世界で一番、大事だった。


『アネット!』


 そして、今の俺は……リトリシアと同じくらい、ロザレナのことが大事だ。




「……愛する主人を守るために、愛する娘に剣を向けないといけないなんて……この世界は地獄そのものだ」


 俺は回想を終えると、目を開ける。


 そして、苦悶の表情を浮かべたまま、箒丸を腰に当てた。


「アネット・イークウェス……!!」


 自分に向かって走って来る俺の姿を見て、リトリシアは抜刀の構えを取りながら、睨みつけてくる。


「やはり貴方は、実力を隠していたのですね……!! まさか、【瞬閃脚】を使えるだなんて……!! 私の考えは正しかった!! 貴方が―――――――『箒星』の師、なのですね……!!」


「……だとしたら、どうする?」


「災厄級の因子、ロザレナ・ウェス・レティキュラータスを守ろうとしている以上、貴方は剣聖である私の敵です!!!! ここで必ず、貴方たちを仕留めます!! 予め言っておきますが、これはゴーヴェンの命令に従ったからではありません!! 私は私の意思で、ここに立っているのです!!!!」


「知っているさ。俺も、俺の意思でここに立っている」


「ならば、容赦はしません!! 剣聖として――――――この国を任されたアーノイック・ブルシュトロームの娘として!! ここで貴方を討伐致します!! アネット・イークウェスッッッ!!!!」


「決着を付けよう、今代の剣聖よ」


 俺は腰に当てた箒丸を高速で抜刀し、箒丸を放つ。


「【閃光剣】」


 同時に、リトリシアも鞘から剣を抜き、高速で抜刀した。


「【閃光剣】!!」


 俺たちは同じタイミングで剣を抜き、お互いに光の速度で剣を振り放つ。


 フレイダイヤの剣と箒丸が衝突し、交差した瞬間―――――リトリシアはその衝撃に耐えきれず、後方へと吹き飛ばされた。


「なっ……嘘、でしょう……!? 私が一番得意とする技で、私が押し負けた……!? それも、た、ただの箒で……!?」


「今だ! 行け、マイス!!」


 俺の横を、馬車が通り過ぎて行く。


 大きく口を開けて唖然としているジークハルトとオリヴィアが見えた気がしたが、気にしないでおこう。


 その光景を見たリトリシアは、即座に起き上がり、馬車を追いかけようと【瞬閃脚】を発動させる。


「待ちなさい!!」


「させねぇよ」


 俺はリトリシアの前へと【瞬閃脚】で先回りし、その歩みを強制的に止めさせた。


「そこを退きなさい!! 貴方、自分が何をやっているのか分かっているのですか!!」


「分かっているさ。俺は、災厄級の因子と呼ばれ、この国の全ての人間が排除したがっている少女を庇っている」


「分かっているのなら……!!」


「それでも――――それでも。俺は、彼女を守ると決めたんだ」


「この国の全ての人間を敵に回してでも、あの少女の味方になると……貴方は、そう言うのですね」


「そうだ」


 俺とリトリシアはお互いに箒と剣を構えて、無言で向かい合う。


 すると、その時。しんしんと、空から雪が降ってきた。


 空に浮かぶ三日月の月光のおかげか、周囲は明るい。


 俺はその光景を見て、白い息を吐いた。


「まるで……あの時のようだな」

 

「何の話ですか」


「俺とお前は、どうやら、雪の上で再会する縁があるようだ。なぁ……リティ(・・・)


「……ぇ? リティ……?」


「悪いが時間がない。手短に終わらせるぞ」


 俺は姿を掻き消し、リトリシアの背後へと現れる。


「くっ!?」


 リトリシアは振り返ると、俺の箒丸を剣で防ぎ、弾いてみせた。


「本気でこの私を……剣聖を倒す気なのですか、貴方は……!!」


「今、本当のことを言っても、お前は理解してくれないと思うからな。悪いがここは、押し切らせてもらう」


「本当のことですって……!? 大体察しはついています……!!」


「……何だと?」


 俺が驚きの声を溢すと、リトリシアは剣に闘気を纏い、俺の顔に目掛け突いてくる。


 俺はその剣を、顔を右に逸らすことで難なく避けてみせた。


「なっ……!! ならば……!!」

 

 リトリシアは続けて、俺に向かって連続で剣を突いてくる。


 俺はその剣を全て左右に身体を逸らして回避してみせると、敢えて奴の懐に入り、腹部に向けて掌底を放った。


「【心月無刀流】一の型、『断崖絶波』」


 相手の闘気の流れを利用して放つ、掌底。


 その一撃を喰らったリトリシアは、かはっと息を吐き出し、よろめくが……すぐに目を光らせて、剣を逆手に持って振り放つ。


「【烈風裂波斬】!」


 俺は即座に後方へと下がると、リトリシアの周囲を走りながら、斬撃を避けていった。


「なんとなく、貴方の正体には勘付いています!!」


「……そうか。なら、今のお前の様子から察するに……きっとお前は俺に怒っているのだろうな。ずっと放置していた挙句、いざ目の前に現れたら剣聖の在り方を否定して、人類の外敵と呼ばれている少女を守ろうとしているのだから」


「その通りです!! 何故、貴方が、災厄級の因子を守っているのですか!! 私はそれが許せない!!」


「許してくれとは言わないさ。お前の怒りは尤もだ。俺がお前の生き方をそんなふうに歪めてしまったのだからな。だが……俺はお前と戦いたくはない。一旦ロザレナから手を引け、リトリシア」


「貴方がそれを言うのは断じて許し難いことですよッッ!! アネット・イークウェス!!!!」


 リトリシアは斬撃を飛ばす手を止めると、腰の鞘に剣を納める。


 その瞬間、彼女の全身に、とてつもない闘気が浮かび上がった。


 彼女の周囲はバチバチと火花が舞い、地面に亀裂が入る。


 木々は激しく揺れ、雪が舞い、吹雪が起こった。


(元はオールラウンダーだというのに、ここまでの闘気を纏うことができるのか……)


 確実に、リトリシアは、剣神以上の闘気を持っている。


 類稀なる才能。やはり、リトリシアの戦闘の才能は本物だ。


 それ故に……惜しい。


 きっとこれは、リトリシア・ブルシュトロームの、本当の()ではない。 


 彼女は剛剣型ではない。オールラウンダーなのだ。


 彼女の剣はまだ……発展途上。成長の途中。


 俺という存在が足枷となり、リトリシアは未だ、自分の剣を見つけられていない。


「行きます!!」


 そう叫んだ瞬間――――リトリシアは【瞬閃脚】を発動させて、光のような速度で俺へと向かって走ってきた。


 風に揺れて伸びる黄色い長い髪が、閃光のような軌跡を描く。


 光の剣と呼ばれた彼女の本気の剣が、今、俺に向かって放たれる。


「我が剣は闇を裂く光の剣!! 剣聖として、私はこの国を害する悪を討つ―――――――――【閃光剣】!!!!」


 鞘から剣を抜いた瞬間、黄色い剣閃が真っ直ぐと俺に向かって飛んできた。


 俺はその剣閃に対して、上段に箒丸を構える。


 すると、リトリシアは憤怒の表情を浮かべた。


「やはり――――――――貴方はそれ(・・)を使えるのですね!!!! 5年前にジェネディクトを倒したのも!! 剣王試験で山を割ったのも!! 全て、貴方だったのですね!!!!」


「あぁ。そうだ」


「許せない……お父さんと同じ力を持っている癖に!! 私を否定するなんて!! 私は絶対に貴方を家族(・・)とは認めませんからね!! アネット・イークウェス!!」


「え? は? え? か、家族?」


 俺は思わず呆気に取られ、箒丸を振り下ろす手を止めてしまう。


 するとまっすぐと飛んできた【閃光剣】が、容赦なく惚けている俺に直撃した。


 ドガァァァァァンと爆発すると同時に、周囲に土煙が巻き上がる。


「……!? や、やりました……? 何かよく分かりませんが、私の本気の一撃が直撃しました。これで、私の勝ちです! まぁ……当然、分かっていた結果ではありますが。私は剣聖。そして、正式なあの人の娘。貴方とは違うのです」


 喜びの声を上げるリトリシア。


 俺はケホケホッと咳き込みながら、土煙の中から出てきた。


「くそ……思わず当たっちまったじゃねぇか……」


「え……? う、嘘……でしょう……?」


 ほぼ無傷の姿の俺を見て、リトリシアは驚嘆の声を上げる。


 そしてすぐに、怒りの声を上げた。


「あり得ない……あり得ないあり得ないあり得ない!!!! 何故、私の本気の一撃を受けて、耐えることができているのですかッッ!!!! そんな実力差がもしあるのだとしたら、私は今までずっと手加減されていたことに……」


 そこでハッとしたリトリシアは、俺に対して、絶望した様子を見せる。


「まさか……本当に、手加減を……? 剣聖である私に対して……?」


「リティ。俺は言ったはずだ。お前は、俺を追いかけるべきではないと。お前は、お前自身の剣を見つけない限り、これ以上強くなることはできない。このままじゃお前……箒星の奴らにいつ追いつかれるのか分からねぇぞ?」


「な……何を……いったい、何を……偉そうにぃ……ッ!!」


 リトリシアはギリッと歯を噛むと、俺に指を差して、怒鳴り声を上げた。


「お父さんの孫娘なのか何かは知りませんがッ!!!! 私に指図しないでください!!!! 勝手にお父さんの技を、箒星だとかいうわけの分からない連中に伝授させて……!! ふざけないでください!! 良いですか!! アーノイック・ブルシュトロームの娘は私です!! 貴方は隠し子の血筋!! 彼の技を使用するには、私の許可が必要なんです!!」


「え、えぇ……? いや、お前、それはちょっと意味が分からな――――」


「馴れ馴れしくお前だなんて言わないでください!! 私は貴方の家族ではありません!!」


 何、この子……こんなに話通じない子だったっけ……?


 いや、リトリシアは、俺に隠し子がいたことを怒っているのか?


 というか……前世の俺以外相手だと、割とこんな感じなのかしら、この子。


 俺は「はぁ」とため息を吐いて、後頭部をボリボリと掻く。


「良いか、リトリシア。お前は、このままじゃ絶対に強くはなれない。お前だって分かっているんだろう。自分の剣に限界がきていることは」


「……っ!! それ、は……っ!!」


「お前は本来オールラウンダーの剣士だ。俺は……お前なら俺を超せると思って、お前に剣聖の座を継がせたんだ。なのに、何故、剛剣と速剣しか使わない? 何故、魔法剣をそこまでして使いたがらない?」


「私は……私は!! アーノイック・ブルシュトロームの娘なんです!! だから、彼のようにならなければならないのです!! だって私は、彼にこの国を任された剣士なのだから……!! お父さんと同じじゃなきゃ、ダメなんです……!!


「同じじゃなきゃ、ダメ? そんなはずはないだろう? お前はお前なのだから」


 俺がそう口にすると、リトリシアは瞳の端に涙を溜めた。


「だって、どんどん時が過ぎていって……みんな、お父さんのことを忘れていくんだもん……ひどいよ……あんなに頑張ってこの国を守ったあの人を、寿命の短い人族(ヒューム)はすぐに忘れていくんだから……どんどん、お父さんを知っている人が私だけになっていく……ぐすっ、私は、お父さんをみんなに忘れて欲しくない……だから、私は、お父さんの剣を使うんです……お父さんを忘れて欲しくないから……」


 ……そうか。俺はずっと、リトリシアは俺に依存しているから、俺の真似をしているのだと思っていた。


 幼い頃から俺の剣を真似ていたのは、あれはただの憧れで。


 剣聖になってから俺の剣に固執していたのは、国民に俺を忘れて欲しくないため、だったのか。


 少しだけ、俺の考えとは違っていたんだな……そうか。そうだったな。


 孤独は寂しいよな。リトリシアは、あの頃と一切変わっていないんだ。


 握ったはずの親の手を失い、いなくなった親の手を探し続ける、ただの幼い少女のままだったんだ。


「もう……良いんだ。良いんだよ、リトリシア」


 俺は、優しく、泣き噦るリトリシアに声を掛ける。


「お前は、もう、アーノイックに縛られなくても良いんだ。自分の人生を歩んで良いんだ」


「黙れ!! 貴方に私の何が分かるいうんですか!!」


 リトリシアは目を真っ赤にしながら、俺に向かって突進し、斬りかかってくる。


「もうすぐ、アーノイック・ブルシュトロームを知っている人間は、この国から完全にいなくなるでしょう!! 人族(ヒューム)は短命な種族ですから!! この先、この国で彼の記憶と思い出を持つのは、私だけとなる!! 私だけなんです!! アーノイックという剣聖を風化させずに、人々の記憶の中に残し続けられるのは!! 私だけなんですよ!!」


 必死になって斬りかかってくるリトリシア。俺は連続で振られるその剣を全て交わしながら、口を開く。


「人は……死ぬものだ。そしていつの日か必ず忘れられていくもの。それは、自然の営みにすぎない。お前も、そんな呪縛に縛られることはない」


「黙ってください!! 私は……嫌なんです……全ての人々にお父さんが忘れられた世界なんて、見たくない……お父さんの存在が完全に無くなった世界でなんて、生きていきたくない……」


 もし俺の正体をリトリシアが理解しても、今の俺も人族(ヒューム)だ。


 必ず……別れは来る。リトリシアの方が、先を生きる。


 これは、人族(ヒューム)の国に、森妖精族(エルフ)を連れて来てしまった俺の責任だろう。


 だから、人族(ヒューム)の国に森妖精族(エルフ)はいないんだ。

 

 森妖精族(エルフ)は分かっているんだ。人族(ヒューム)と関わることの、儚さを。脆さを。意味のなさを。


 俺は一呼吸をすると、箒丸に力を込め、リトリシアの剣を宙へと弾き飛ばした。


「え……?」


 動揺するリトリシア。

 

 そんな彼女の首元に、俺は箒丸を突きつける。


「……終わりだ、リトリシア」


「っ……!! まだ……っ!!」


 リトリシアは腰にある青狼刀を抜こうと力を込める。


 だが、その剣は抜けなかった。


「どうして!! どうして、この剣は、抜けないのですか!!」


「俺を目指し続ける限り、その剣は抜けないよ。お前は、お前自身の想いで、剣を握っていないのだから」


「な、何を言って……!! 貴方にこの剣の何が……!!」


「リトリシア……すまなかったな」


 俺はそう言って、箒丸を下げる。


 すると、彼女の目が大きく見開かれた。


「何を……言っているのですか……?」


「俺はお前に、人の死の乗り越え方を教えてこなかった。俺が一番、その辛さを分かっていたのにな……結局、俺は、俺と同じ苦しみをお前に与えてしまっていたというわけか……本当に俺は、駄目な師で、駄目な父親だったな」


「……な、なに、を……?」


「良いか、リトリシア。この先、もっと強くなりたいんだったら、アーノイックの死を乗り越えるんだ。でないとお前は、剣士として上に行くことはできない。もし、その死を乗り越えることができたのなら、もう一度、俺の前に来―――――」


 最後まで言い終える前に、俺は即座に背後へと下がった。


 すると、俺とリトリシアの前に巨大な斬撃が放たれ、視界一面が土煙に覆われた。


「この技は……!!」


「【死突】」


 土煙の中。俺の背後から黒い影が現れ、俺の背中に目掛け短剣を突いてきた。


「くっ……!!」


 俺は即座に身体を逸らすが……完全に避けることができず、その短剣の一部が左手の小指を小さく切り付けてしまった。


 その瞬間……小指の先から指が黒ずみ始め、徐々に、身体全体に巡るようにして指が黒く染まり始めた。


 これは……死の呪いの効果。俺の指が、今、完全に殺された。


 そのうち、死の呪いは身体を巡り、対象者を必ず死亡させる。


 俺は「チッ」と舌打ちした後。右手に持っている箒丸を使い、小指をすぐに切り落とした。


 すると、すぐに、俺の顔に目掛けて短剣が突かれる。


 相手は気配を完全に遮断しており、視界も不鮮明。


 俺が苦手とする状況が作られつつある。


「【心眼】」


 俺は【心眼】を発動させ、暗殺者の短剣を全て回避する。


 そして【瞬閃脚】を発動させると、土煙の中から出て、上空へと舞い上がった。


 すると、それを予期していたのか……目の前に、刀を構えた老剣士の姿があった。


「カカカカ!! 本当にジャストラムの攻撃を防ぎおったわい!! 何者なんじゃ、この娘さんはッッ!!!!」


「ハインライン……!?」


「どれ……このゼロ距離でどう防いでみせるのかのう……!! 【気合い斬り】ッッッ!!!!!」


「馬鹿力ジジイがッッ!!!!」


 俺は箒丸に闘気を纏い、斬撃を受け止める。


 だが空中故に、俺は後方へと吹き飛ばされてしまった。


「……剣聖の次は、剣神最強格の二人かよ……!! というかお前たち、狙いはロザレナじゃなかったのかよ……!!」


「ジャストラムさんたちが興味あるのは、貴方の方」


 背後に現れたジャストラムが、俺に首に向けて短剣を振ってくる。


「【死閃】」


 俺は空中で頭を下げて、その剣を避けてみせる。


 そしてそのまま旋回しながら落下して……地面へと着地した。


 それと同時に、前と背後に、ハインラインとジャストラムが着地した。


「……野郎。ジェネディクトを除いた王国最高戦力が、たかがメイド一人の元に集まってんじゃねぇよ……」


 俺はそう言って立ち上がり、箒丸を肩に載せる。


 すると、ハインラインの背後に立っているリトリシアが、驚きの声を上げた。


「ハ、ハインライン殿!? ジャストラムさん!?」


「下がっておれ、リトリシア。あやつは……ワシらが相手をする」


「今度はもう、加減はしない。ジャストラムさんは持ち得る限りの最大の武装を持ってきた」


「……暇人どもが」


 こうして……この場に、アレスの門下生である三人は、揃ったのだった。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 馬車を走らせるマイスは、遠くに見えてきた街を見て、声を上げる。


「見えてきたぞ! ラオーレの街だ!」


「確か、ルナティエは、ラオーレ近くにある村で何者かに攻撃されている可能性が高いんだったわよね!? 助けに行かなくても良いの!? マイス!!」


「フランシアの姫君には申し訳ないが、恐らく、それは君を誘き出すための罠だろう!! でなければ、念話中にわざと【アンチフィールド】を発動させる意味もないからな!! 俺たちはこのままラオーレへと行き、奥にある門を開いて貰い、丘の上にあるオフィアーヌ家の屋敷へと向かう!! きっとオフィアーヌならば、君を匿って貰えるだろう!!」


「何だか、みんなが戦っている間に、あたしだけ逃げるのは釈然としないのだけれど……」


「君に万が一のことがあれば、俺はメイドの姫君に顔向けができないからな。悪いが、一番安全な策を取らせてもら―――――」


 その時。何か細長い鞭のようなものが飛んできて、馬車の車輪が破壊された。


 馬は甲高い悲鳴を上げると、その場に転倒してしまう。


 馬車は横に倒れ伏し、全員、雪の上へと転倒した。


「くっ!? いったい何が……!!」


「やはり、まんまとこちらにやってきたか。ラオーレは、既に、我々ゴーヴェン陣営が支配している」


 領都の門の前に、リーゼロッテが姿を現した。


 そして彼女はロザレナに向けて、ワイヤーの節々に刃が繋げられている、鞭のような剣を伸ばした。


 ロザレナは即座に立ち上がると、鞘から大剣を抜いて、その鞭の剣を弾いてみせた。


「……なるほど。あたしの相手はあんたってわけね? リーゼロッテ先生?」


「ほう? 驚いたな。まさか、お前が自ら私の前に出てくるとは」


「守られているのは、性に合わないの。良い機会だわ! 貴方とも一度戦ってみたかったのよ!!」


「舐められたものだな。一生徒が、剣神であるこの私に挑むなど」


「剣神? どういうことよ?」


 ロザレナがそう言葉を投げると、リーゼロッテは剣神の称号を懐から取り出した。


「私はヴィンセントに変わって、新たな剣神となった。今の私は【剣神】『蛇影剣』リーゼロッテ・クラッシュベルだ」


 その発言に、ロザレナは目をキラキラと輝かせる。


「【剣神】が相手……!! むしろ俄然、やる気が出てきたわ!!」


「は……? いったい、何をワクワクして……」




「―――――――――人の家の前で、何を騒いでいるのですか?」


 


 その時。リーゼロッテの背後から、石の刃が飛んできた。


 リーゼロッテは背後へと飛び退き、振り返る。


 すると、城門の塀の上に……杖を持ったシュゼットが立っていた。


 その姿を見て、リーゼロッテは驚きの声を上げる。


「なっ……!! オフィアーヌ家の屋敷は、誰一人出られないよう、結界で閉じ込めていたはずだが!? 何故お前がここにいる、シュゼット!!」


「あのような結界、私にはどうとでもありませんが? というか……夜遅くに我が家の前で騒がないで欲しいものですね。せっかくの就寝前のティータイムが台無しにされました。不愉快です」


「シュゼット!! あんた、どこかに行きなさいよ!! リーゼロッテは、あたしの獲物よ!!」


「黙りなさい、ロザレナさん。ここは私の庭です。貴方も夜間に騒がないでください。騒々しいようならば、貴方から始末しても良いのですよ?」


「相変わらず、自分勝手な奴ね……!! そういうの、協調性がないって言うのよ!!」


「いや、お前がそれを言うのか……」


 ジークハルトのツッコミなど無視して、ロザレナはリーゼロッテに不適な笑みを浮かべた。


 生徒二人に挟まれたリーゼロッテは、笑い声を上げる。


「フフ……フハハハハハハハッッッ!!!! 良いだろう!! 学級対抗戦で戦った両クラスの級長を相手にするというのも、面白いものだ!! 特別に授業を開いてやろう。来い、学生ども」

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