第11章 二学期 第375話 巡礼の儀―⑫ 凍つく北の地、領都ラオーレ
「さぁ……皆さん、行きましょう。オフィアーヌの地へ……!!」
俺がそう声を掛けると、全員、コクリと強く頷いた。
そして、みんなで馬車に乗ろうとした――――その時だった。
「お、お待ちください!!!!」
そう言って、俺たちの前に、鎧を着込んだメイドが姿を現した。
彼女はゼェゼェと荒く息を吐いた後、俺とロザレナに真っ直ぐと目を向けて来る。
「私も……このクラリスも、皆さんの旅に同行させてはくださいませんか!!」
「クラリス……?」
「今回の件で、思い知りました!! やはり、バルトシュタイン家の当主、ゴーヴェンを巡礼の儀で勝利させてはいけないのだと!! 皆さんの足は引っ張りません!! 元騎士公であるアステリオスの血を利用できる祠があるのなら、喜んで協力致します!! ですからどうか!!」
その時。背後から歩いて来たコルルシュカが、クラリスの頭をポンと小突いた。
「慌てすぎ」
「あいたっ! コ、コルルシュカ先輩!?」
「私と貴方がいなかったら、これからどうレティキュラータスを守っていくというの? 旦那様も動けないこの状況。戦える人間は、私たちしかいない。違う?」
「で、ですが……!!」
「それに、旧アステリオス領は、東のレティキュラータスと南のフランシアの境にある。だから……これから北のオフィアーヌに向かおうとしているアネット様がたとは逆方向。言いたいことは、分かるよね?」
「……皆さんが旧アステリオス領へ向かうまでは、レティキュラータスで待機しろ……ということですか?」
「そういうこと」
「でも、コルルシュカ先輩だって、本当はアネット先輩たちが心配なのではないのですか!? ゴーヴェンが各地でこのような凶行に走っていることを、アネット先輩たちと一緒に止めたいと考えているのではないのですか!?」
「生意気」
「ぶべっ!?」
コルルシュカにおでこをデコピンされたクラリスは、額を撫でて、涙目で彼女を睨みつける。
「何をするんですかっ!」
「私たちがアネットお嬢様のご指示で多少聖騎士たちと戦えたと言っても、多分、ここから先の戦いではお荷物にしかならないと思う。だから、今は待機した方が良いのでないかと。聞き分けが良いのも良い女の特権なのですよ、クラリス。ウフフ」
そう言ってコルルシュカは、俺に不気味な笑みを見せてくる。
「押して駄目なら引いてみろ。良い女を演出することで、アネットお嬢様が私に股を……いえ、心を開く時も近いというもの。ウフフフ」
「おい、前半部分に欲望がはみ出ているぞ、変態メイド」
「失礼しました。ピー(自主規制)を、くぱぁする日も近いというもの」
「もう嫌だ、このメイド……誰かどうにかして……」
「コ、コルルシュカ先輩!! そ、そういう変なことは言わないでくださいってあれほど……!!」
「ちっ。これだから処女は」
「処女で何が悪いんですか!! というかコルルシュカ先輩も処女でしょうがぁ!!」
「あの……お二人とも? あまり外で処女だとか大声で言わない方が……」
「はっ!」
顔を真っ赤にするクラリスと、小さく笑みを浮かべるコルルシュカ。
俺はやれやれと肩を竦めて、ため息を吐いた。
(付き合いが長いから何となく分かる。きっとコルルシュカも、内心では、俺の側にいたいのだろう。一緒に旅に出たいのだろう)
それを堪えて、現状、自分がすべきことをしようと考えている。
本当に、俺の考えを一番に汲み取ってくれるメイドだな、こいつは。変態発言だけはどうにかして欲しいけど。エリーシュアさん、どうにかして……って言っても、彼女も最近は取り込まれていっているんだっけか、コルルシュカに。どうしようもねぇな、こりゃあ。
「エリーシュアに会ったら、コルルは元気だっだとお伝えください、アネットお嬢様」
「あぁ、分かった。お前が相変わらずだったことも伝えておく」
「それは伝えなくても良いです」
「ううん、伝える」
「何故……?」
「エリーシュアには妹として、双子の姉の暴走を止めて欲しいから」
「何故……?」
「お前、やばいから」
そう言った後、俺はクラリスに目を向ける。
「―――――クラリス。私たちは必ず、貴方の力を借りに戻って来ます。それまで、レティキュラータスの地を貴方に頼んでも良いでしょうか?」
「……はい。ですが、ひとつ、お願いをしてもよろしいでしょうか」
「何でしょう?」
「いつか私に―――――剣を教えてはくださらないでしょうか、アネット先輩」
真剣にこちらを見つめてくるクラリス。
俺はそんな彼女に笑みを浮かべて、言葉を返した。
「分かりました。私がレティキュラータス家のメイド長になったら、次の後継者は貴方に任命致します、クラリス」
「え? 私は? コルルは――――――」
「メイドの仕事と剣術。これからのレティキュラータスは、お屋敷を守るために、メイドが騎士の役割も担います。いつかレティキュラータスが復興した暁には、貴方にはレティキュラータスの騎士をまとめていただく……勿論貴方の目的はアステリオスの復興ですから、兵長を務めていただくのは途中までですが。それをやっていただけるのであれば、貴方に剣を教えましょう。できますね? クラリス」
「はいっ! お任せくださいっ!」
「え? 私は?」
お前は元々レティキュラータスのメイドじゃなくてオフィアーヌのメイドだろうが! というか何故自分がメイド長に選ばれると思ってるんだ、この変態メイド。ほぼお屋敷の仕事をせずにフィギュア作ってただけだろ、お前は!
「では、行ってきます」
「え? 私は?」
「いつまで言っているんですか、コルルシュカ先輩!!」
呆然と立ち尽くすコルルシュカを無視して、ロザレナたちは馬車へと乗り込んで行く。
最後に俺も馬車に乗ろうとした、その時。
先ほど会った、修道女……クリスティーナが俺たちの元へと走ってきた。
「お待ちくださいませ、アネット様!」
「クリスティーナさん?」
馬車の前まで辿り着くと、彼女はゼェゼェと声を荒げて、顔を上げる。
「本当は、ルナティエ様以外には渡すなとのルーベンス様からのご命令だったのですけど……やっぱりこれは、アネット様にお渡しておきます!」
そう言ってクリスティーナは鞄から布に包まれた何かを取り出し、俺に手渡してきた。
俺はそれを受け取り、首を傾げる。
「こちらは?」
「フランシアの神具、【天馬角の破片】です」
「!? 【天馬角の破片】……!?」
俺は思わず、手の中にある布に目を向ける。
するとクリスティーナは、口を開いた。
「ルーベンス様は、ルナティエがもしこの地に残ることを選んだのならば、それを使ってエルジオ伯爵を治癒せよ、と。そうでなければ、誰にも渡さずに、誰にもこれを持っていることを明かさずに持ち帰るよう、私とお婆様にお命じになられました」
「そう、だったのですか……」
【天馬角の破片】は、一度、ロシュタールに狙われていた神具だ。
槍に装着することで自身に強力な自動治癒効果を付与し、指輪に装着することで特級治癒魔法を使用することができる、回復に特化した神具。
強力な神具故に、ルーベンスもこれを外に持ち出すのは躊躇したのだろう。
だけど、何故……。
「何故、私にこれを渡したのですか? ルナティエがいなかったら、持ち帰るように言われていたのでは?」
「何となく……何となくですが、この先の戦いで、ルナティエ様が必要になると思ったんです。ルーベンス様から聞きました。巡礼の儀が始まってから、各地で戦乱が起きていると。私は……もう、マリーランドの時のように、誰かが泣く姿を見たくはないんです。きっと、この世界を変えられるのだとしたら、それは、マリーランドを救っていただいた皆さんに他ならない。私もアルファルドさんのように……自分のやれることを、したいと思いました。これをお渡ししましたのも、自分がやれるひとつだと、そう思ったからです」
「……ありがとうございます、クリスティーナさん。ルナティエに必ず、渡します。後でルーベンス様に怒られてしまったら、その時はご一緒に謝罪致します」
「いえ。きっと、ルーベンス様も、それで良いと言ってくださるはずです。あの方も、神具を外に持ち出して他人に託すかどうか、悩んでおられるご様子でしたから……」
「ルーベンス様らしいですね」
そう言葉を交わした後。俺は、クリスティーナに会釈をして、馬車の中へと入って行った。
「アルファルドさんにお伝えください! どうか、貴方に神のご加護が―――――いいえ。世界を平和にして、マリーランドに帰ってきてくださいね、と! 貴方が帰る場所は、マリーランドであると!」
「はい、お伝え致します。エルジオ様のこと……どうかよろしくお願い致します」
そう言って、俺も、馬車へと乗り込んだ。
御者台に座っていたマイスは、馬に鞭を打って、走らせていく。
こうして俺たち別働隊は――――オフィアーヌに向かって、馬車を走らせて行った。
別働隊の馬車の乗車台は、本隊より狭い内装となっていた。
しかし、小さなソファーなどはあり、快適に過ごせる室内となっている。
「あの……アネットちゃん。それって、フランシアの神具、なんですよね?」
ソファーに座ると、向かいの席に座っていたオリヴィアが、そう、俺に声を掛けてきた。
俺は頷いて、テーブルに布で包まれた【天馬角の破片】を置いた。
「はい。クリスティーナさんから、ルナティエに渡すように、仰せつかりました」
「そう、ですか……」
オリヴィアは数秒ほど考え込んだ後、意を決した表情で、俺に向けて再度開口した。
「あの……バルトシュタインに行く時に……私、バルトシュタインのお屋敷で宝物庫を探し出して、神具を奪おうかと、考えています!」
その言葉に俺が驚いていると、俺の隣にロザレナが座り、口を開いた。
「オリヴィアさんらしからぬ、随分と物騒なことを言うのね」
「私、いつの日か出会った、大きな男の人に言われたんです。真に力を求める気があるのならば、バルトシュタインの神具を探し当てろ、って。今回のことで思い知りました。私には、誰かを守る力がないということを」
「オリヴィア……」
「結局、私の治癒魔法では、エルジオ伯爵を助けられませんでした。そして、私の戦闘能力では、多分、お父様に勝つことはできない……。満月亭も、守ることができませんでしたしね。私は、みんなの中でも一番の、役立たずなんです……」
「そんなことは……」
「そうよ。オリヴィアさんよりあいつの方がアレでしょ」
ロザレナは、天井を見上げる。
すると屋根の上から「フハハハハハハハハ!!」と笑い声が聞こえてきた。
ロザレナのその言葉に、オリヴィアはフフッと笑みをこぼして、口を開いた。
「フランちゃんは、すごいですよ。あの子の魔法がなくては、偵察なんてできませんから」
「オリヴィア、そんなに自分を卑下することは……」
「いいえ。これは、事実なんです。私が一番、みんなの役に立っていない。だから、決めたんです。私は、必ず強くなるって。ねぇ……アネットちゃん。私に、戦い方を教えてくれないかな?」
「え……?」
「クラリスちゃんに剣を教えてあげる時でも良いんです。私にも、戦い方を教えて欲しいんです。フフッ、未だに信じられないけれど、アネットちゃんは、本当はすっごく強いんだよね? ルーファスくんと戦った時は、びっくりしちゃった。でも、不思議と驚かなかったかな。むしろ、腑に落ちたかも。だって、お兄様、アネットちゃんのことを誰よりも尊敬しているんだもん。今思えば、初めてお兄様と戦った時も、お兄様はアネットちゃんの力に気付いていたんじゃないのかな?」
「……その通りです」
そう返事を返すと、壁際に立っていたジークハルトが、俺をじっと見つめてきた。
そんな彼に視線を向けると、ジークハルトは視線を逸らす。
「やっぱりそっかぁ。でもアネットちゃんが実力を隠していたのは、多分、みんなを守るためなんだよね? 本当にすごいな、アネットちゃんは。いっつもみんなを守るために影で動いている。私も……満月亭の監督生として、頑張らないとね」
パチンと手を叩いて、気合いを入れるオリヴィア。
そんな彼女に、ロザレナは声を掛けた。
「ねぇ、オリヴィアさん。バルトシュタインの神具って、どんなものなの? あたし、バルトシュタインとオフィアーヌのものだけ、どんな神具なのか知らないのよね」
「オフィアーヌは魔法の杖ですよ、お嬢様。その効果までは私もよくは知りませんが。名は、【毒蛇王の宝杖】です」
「へぇ、そうなんだ。杖かー。流石は魔法剣士の家系かも? ん? でも、魔法剣士なのに杖なの? 何か変じゃない? 剣はどこに行ったのよ?」
それは……確かに?
「バルトシュタインの神具は、伝承では【鷲獅子の爪】と呼ばれるものらしいです。文字通り、両手に装着する爪型の武器となっています」
「そうなんだ。やっぱり【怪力の加護】と相性が良さそうな武器ね。拳を主体にして戦うの、すっごく戦士って感じかも」
確かゴルドヴァークはあまり【鷲獅子の爪】を使用していなかったな。奴曰く、アレを付けたら戦闘がつまらなくなる、戦いは制限を設けた方が楽しいと言っていたが……どんな能力が宿っているんだ? バルトシュタインの神具は?
「お兄様が装備している【黒獅子の鎧】は神具ではありませんが、あの鎧もバルトシュタインでは宝具のように大切にしてきた一品なんです。何でも、初代当主様が、【鷲獅子の爪】と【黒獅子の鎧】を装備して、無類の攻撃力と魔法に対する完全耐性を得ていたとか」
「レティキュラータスの【青狼刀】【赤狼刀】に、フランシアの【天馬角の破片】、オフィアーヌの【毒蛇王の宝杖】、バルトシュタインの【鷲獅子の爪】。四大騎士公の神具は、この五つなのね。あとは、滅んだアステリオスの神具があるかどうかだけ、不明というわけか」
ロザレナのその言葉に、今まで黙っていたジークハルトが口を開いた。
「いずれにしても、神具というものは破格の力を持っている武装に他ならない。そのうちの一つがこちらの陣営にあるというだけで、戦力は大きく上がるだろう。オリヴィア・エル・バルトシュタインがもし【鷲獅子の爪】を手にいれることができたのなら……こちらの戦力は倍増するし、ゴーヴェンの武器を一つ減らすことができる。こちらにはメリットしかない」
「あれ? でも何で、ゴーヴェンは【鷲獅子の爪】を装備していないのよ? あのおじさん、確かいつも剣を装備していたわよね?」
「それは……多分、【怪力の加護】を扱える者にしか、【鷲獅子の爪】の力を引き出せないから……のような気がします」
「そんなものなの? 神具って、その家の血統の人間だけじゃなくて、専用の加護を持っていないと、十全に力を引き出すことができないのかしら?」
「そんなことは……ルナティエは確か、フランシアの加護を持っていなくても、【天馬角の破片】を使用してメリアの腕を治癒していましたが……」
……確か【天馬角の破片】の力は、他の装飾品に装備させることで、効果を得ることができるんだったな。
指輪に付ければ特級治癒魔法を使用することが可能だが、付属品の槍に装備することで自己治癒能力を発動させることもできると、ルナティエから聞いている。
ルクスが使用していた【聖剣】と【聖盾】は、相手にダメージを与えることで与えたダメージ分自身を回復させ、盾に受けたダメージはそのまま相手に反射する能力だった。
つまりフランシアの加護持ちに【天馬角の破片】を装備させた場合……毎時間自分を常に特級治癒魔法で回復させるのだから……あれ? 加護と合わせたら、この神具、治癒能力が強すぎて攻撃をほぼ無効化するんじゃないのか……?
もしルクスが【天馬角の破片】を装備したら、どんな攻撃をされても一瞬で治癒し、一瞬で攻撃を跳ね返す、不死身の防御力を持った剣士が生まれそうだ。とはいえ本体性能が低ければ、簡単に捕らえられて武装を剥がされて終わりだろうが。
「なるほど。キュリエールの奴がもし加護を持って生まれていたら、神具を装備した瞬間、あり得ない化け物になっていたというわけか。そうなっていたら俺の【覇王剣】にも耐え切っていたのかもしれないな。防御力が低いという魔法剣型の弱点を補える点も強い。何と言うか、ルクスに加護が遺伝したのは神のいたずらだな……次代に落胆していたキュリエールの怒りも分からないでもない。まぁ、うちのルナティエは才能ある剣士だが。そこのところは節穴だったわけだが」
「? アネット?」
「あぁ、いえ、何でもありません。確かに加護を持っていた者が神具を持つことで、神具の最大の力を引き出せる可能性はありそうです」
「そっか。じゃあ、あたしも【受け継ぐ者】を遺伝したことで、狼の牙と呼ばれる2本の刀の力を最大限引き出せることができるようになっているのかしら?」
「ええ、恐らくはそうだと――――――――――」
最大限に……引き出せる……?
【受け継ぐ者】は、過去の祖先の記憶と経験を引き継ぐことのできる、加護の力。
もしかして赤狼刀は、加護を持った人間を、自身の持ち手として待っていた……?
「アネット?」
「いえ……」
「そういえば、【天馬角の破片】は槍に装備しなきゃいけないって言ってたわよね? でも、フランシア伯が持ってきたのって、【天馬角の破片】だけなんでしょ? そうなると使えるのって回復魔法だけになるんじゃない?」
「以前ルナティエは、槍の方は付属品に過ぎず、神具の本体は【天馬角の破片】だと言っていました。恐らく察しますに、【天馬角の破片】は、どの武器にも装備させて効果を発揮させることは可能かと。極論を言えば、鎧になどに装着しても自己治癒能力は発揮されそうです。ただ……ルナティエの魔力の量で、耐えられるのかは微妙な範囲内ですが」
「なるほどね。神具って言っても結局は、魔力を消費するのね。ルナティエにとっても、ここぞと言う時にしか使えない、必殺の武器と言った感じなのね。ルナティエがこれから先神具のおかげでずっと最強のまま!というわけにもいかないのか」
うーんと、悩むロザレナ。
とりあえず、加護と神具のことは置いておこう。
今考えていても、仕方がないのことだ。
「会話に花を咲かせるのも結構だが……王子に馬を操らせるのに対して、君たちは罪悪感を抱かないのかね?」
御者台で馬を操るマイスが、そう、俺たちに声をかけてくる。
俺は慌てて立ち上がると、そんな彼に声を放つ。
「すみません。私が代わります!」
「いいや、君は少し顔がやつれている。この道中は休みたまえ」
「ですが……先ほど話した感じだと、馬を操作できるのは、私とマイスくらいでは……」
「アネット・オフィアーヌ。気にせずあいつにやらせておけ。あいつはもう王子ではないのだからな。常日頃、女の尻しか追っていない馬鹿を、ここでコキ使ってやれ」
「ジ、ジークハルト様……っ!!」
笑みを浮かべてマイスを挑発するジークハルト。
そんな彼に、マイスは口を開く。
「よし、では、ジーク。こっちに来い。お前に馬の操り方を教えてやろう」
「何だと? 何故、私がそのようなことをしなければならない?」
「はっはー! 俺は天才故に、何でもできるが……お前はそうではないだろう? この先、覚えておいて損はないと思うが……まぁ、逃げるのならば構わない。兄に勝る弟など、いるわけがないのだからな!」
「……何だと?」
ジークハルトは不愉快そうに眉を顰めると、御者台へと近づいて行った。
「良いだろう。お前の下手くそな馬の走行よりも、私の方が才能があると示してやる。お前が神童と呼ばれたのは過去の話だ。今の馬鹿なお前に、私が劣るはずがない」
まんまと乗せられたジークハルトは、そのままマイスの隣へと座った。
そんなジークハルトに、マイスは、馬の操り方をレクチャーする。
その横顔は、とても楽しそうな様子だった。
「まんまと乗せられたわね。あいつ、思ったよりも馬鹿なんじゃないのかしら」
「まぁまぁ。フフッ、それにしても、マイスくんのあんなに楽しそうな顔、久しぶりに見ました。やっぱり、ジークくんのことが好きなんですね」
「急に家族思いをアピールされても、あいつが散々アネットにナンパしてきたことを思うと、素直に褒めることができないわ。まぁ……悪い奴じゃないのは、あたしも知ってるけど」
楽しそうに会話をするマイスと、怒った顔でありながらも、まんざらでもない様子のジークハルト。
あの兄弟は本来、王家のいざこざが無ければ、どこにでもいる仲の良い兄弟だったんだろうな。
巡礼の儀という闘争で再び距離が近くなったのも、皮肉な話だ。
どうか……この戦いは終わった時は……二人とも、仲の良い普通の兄弟に戻って欲しいところだ。
夕方。午後5時過ぎ。
朝からずっと走っていたおかげか、オフィアーヌ領の近くが見えてきた。
元々、レティキュラータスはとても小さな領地故、他領に出るのはそこまで時間は掛からない。
緑が多かったレティキュラータスから一変、窓の外を見ると、そこには、ちらほらと降り積もる雪の姿が見えてきた。
北の地であるオフィアーヌの冬は、王国でも極寒の土地だ。
西の砂漠地帯であるバルトシュタインや、南の草原地帯であるフランシアなどの温帯な地域とは異なり、冬のオフィアーヌは、地獄そのもの。
俺は鞄からコートと手袋、マフラーを取り出すと、お嬢様に渡した。
「お嬢様。こちらに着替えてください」
「アネット? でもまだ、そんなに寒くはないわよ?」
「ここから先は、もっと温度が下がります。王都やレティキュラータスは極度に寒暖差がない土地ですが、この地の冬は、とても寒いです。今のうちに防寒対策はなさってください」
「わ、分かったわ」
「皆さんも、防寒対策はしっかり、お願い致します」
俺がそう言うと、オリヴィアとフランは頷き、コートに着替えていった。
ジークハルトも一旦御者台から乗車台に戻り、自分の分とマイスの分の防寒具を取り出すと、それを持って再び御者台に戻って行った。
その光景を確認した後、俺は、耳元に手を当ててルナティエに念話を飛ばした。
するとすぐに、応答があった。
『……師匠ですの?』
「はい。ルナティエ、もうすぐこちらもオフィアーヌ領に辿り着きます。そちらは今どこですか? 領都ラオーレですか?」
『ラオーレの付近にある村で、待機しておりますわ』
「付近の村……? 当初の計画では、ラオーレを経由して、オフィアーヌ家とコンタクトを取る手筈では? 何かあったのですか?」
『……何となく、ラオーレに行くのは、皆さんと合流した方が良いと思いましたの。わたくし、この領地に来てから、何か変な気がしますの。別にレティキュラータスのように明確に異変が起きているわけではないんですのよ? それでも……嫌な気配がしますの』
「嫌な気配……ですか」
『単なる勘なのですけれど……わたくしたち、既に、何者かの術中に嵌まっているような……』
その時だった。突如、念話が途切れてしまった。
もう一度ルナティエに念話を飛ばそうとするが……魔道具は発動しなかった。
「これは……?」




