第11章 二学期 第374話 巡礼の儀―⑪ オフィアーヌの地へ
レティキュラータスの祠、地下一階。
開けたフロアにたどり着いたジークハルトとロザレナは、辺りをキョロキョロと見回す。
「見た感じ、ここが行き止まりみたいだけど? ここに王の器があるの?」
「恐らくな。む……壁に古代文字と壁画が描かれているぞ」
そう言ってジークハルトは前に進み、ランプを掲げて文字を読む。
「……王の座へと挑む者と騎士公の末裔よ。汝らに剣の試練を与える。剣聖に連なるその家系の力の一端をここに示せ……か」
そこに描かれていたのは、二つの刀を持つ、二人の戦乙女の姿。
剣を掲げている二人の女剣士の上には、黒い狼のような絵が描かれていた。
ジークハルトはその壁画を見つめた後、目の前にある台座へと目を向ける。
「見たところ、どうやらここに王家の紋章をかざすことで、剣の試練とやらが始まるらしい。準備は良いか? ロザレナ」
「剣の試練? 何よそれ?」
「恐らくは、私たちの戦闘能力を試す試練なのだろう。……なるほど。レティキュラータス家は元々、代々剣聖を勤めてきた御家。故に、剣の試練というわけか」
「よく分からないけど、今から何かがあたしたちに襲いかかってくるってこと?」
「そうなるな」
「ふぅん? なら、問題はないわ。何が来ようとも、ぶっ飛ばしてやるから」
そう言ってロザレナは背中にある大剣を抜いた。
その光景を確認して頷いた後。ジークハルトは台座に手の甲をかざした。
すると台座が光輝き初め、背後にある石の扉が音を立てて閉まっていった。
『聖王家に連なる者よ。汝らに剣の試練を与える。ここから先、剣以外の武具、アイテムの使用を固く禁ずる』
そう声が鳴り響いたのと同時に、ジークハルトの鞄とロザレナの腰のポーチに、光の鎖が巻き付いた。
「な、なによ、これ!?」
「慌てるな。推察するに、アイテムを使用させない妨害属性魔法のようなものだろう。なるほど。アイテムによる回復は不可能ということか……。ロザレナ。あまり、私の側を離れるな。お互いの背中を守り合う形で、極力、敵の攻撃は喰らわないような戦い方を――――――」
その時。四方にある壁が開き、そこから、三人の剣士が姿を現した。
鎧を着込み、剣を持つ騎士。しかし、その兜の中にあるのは、骸の姿だった。
『彼らは、初代剣聖ラヴェレナの弟子たち。剛剣型の剣士アルトューラ。速剣型の剣士エレイン。魔法剣型の剣士ウィルソン。彼らを剣王クラスの実力者を打ち破り、己が剣の実力を示した者にこそ、王の器を授けん』
「くっ……!! 初代の弟子たちだと……!? それも、剣王クラスが三人も……!! ロザレナ!! 無闇に突っ込むなよ!! 恐らく奴らは、相当の手練れだ!! 私が補助属性魔法でお前にバフをかけるまでは、防衛に徹し―――――――」
「とりゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!!」
ロザレナは跳躍すると、剣に魔法を宿そうとしていた魔法剣士ウィルソンへ向けて、大剣を振り下ろした。
――――――――ザシュ。頭部から股まで一直線に切り裂かれるウィルソン。
するとウィルソンは、呆気なく砂となり消えていく。
その光景を見たジークハルトは、意味が分からないと言った様子で、呆けた顔を見せた。
「……は?」
「フランエッテの魔法が地味に厄介なことは知っているからね!! うざい魔法剣型には先手必勝が一番!! 次は―――――――――」
速剣型のエレインが、【縮地】を発動させて、ロザレナの背後に姿を現す。
ロザレナは瞬時に屈むことで、その剣を難なく避けてみせた。
すると、その隙を狙って、剛剣型のアルトューラが、上段に剣を構えてロザレナに目掛けて降って来た。
ロザレナは笑みを浮かべると、右腕に闘気を纏い、アルトューラが振り下ろした剣を難なく素手で受け止めてみせる。
「甘いわね。あたしの闘気とあんたの闘気じゃ、比べものにならない」
ロザレナはそう言って剣を握りつぶした後、アルトューラに向けて大剣を放つ。
首を切断されたアルトューラは、砂となって消えていった。
「ラスト!」
ロザレナが背後を振り返ったのと同時に、エレインは【縮地】を発動させて姿をかき消した。
しかしロザレナの方が素早かったのか、【縮地】を使ってエレインの進行方向に現れたロザレナは、大剣を使ってエレインの胴体を切り裂いた。
「グレイレウスだったら、こんなスピードじゃないわよ!! ぬるいわね!!」
「……うそ、だろ……?」
「はい、終わり!! 何なのこの試練!! ウォーミングアップにすらならないんだけど!! これならまだ獣と化したアイリスの方がマシね!!」
ロザレナはそう言って背中の鞘に大剣を仕舞い、パンパンと手を叩いた。
「まったく、本当につまらなかったわ。……ほら、何ボサッとこっち見ているのよ、ジークハルト。さっさと王の器を回収しなさいよ」
「……ひとつ、聞く。お前は……いや、お前たち箒星は、全員が全員、剣王三人を軽く凌駕する実力を持っているのか……?」
「今のガイコツたちが本当に剣王の実力を持っているかは疑問だけどね。キリシュタットの方が間違いなく強かったわ。……まぁ、あれくらいなら、グレイレウスやルナティエも余裕なんじゃないかしら。フランエッテも……まぁ、いける……? いや、微妙? 正直あの子の実力は運によるものが大きいから、未知数ね」
「ま、待て。フランエッテの奴も、箒星の門下生なのか!?」
「……あ。これ言っちゃいけない奴なんだっけ。まぁ、いっか。どうせ同じ陣営なんだし、いつかは分かることよね」
ロザレナはやれやれと肩を竦める。
ジークハルトは顎に手を当てて思考した後、口を開いた。
「……もしや……お前たちの師というのは……アネット・オフィアーヌなのか?」
「何故、そう思うのかしら?」
「レティキュラータスへと至る道中で、ルーファスが馬車を襲ってきた、あの時。アネットは誰よりも早く行動し、奴らを止めてみせた。そして、奇襲にもいち早く気付き、止めてみせた。生半可な実力ではないことは、誰が見ても理解できることだろう」
「あたしは何も答えないわよ」
「その答えが、既に解答を導きだしている」
ジークハルトの言葉に、ロザレナはチッと舌打ちをした。
「やっぱりあんた、苦手だわ」
「無論、答え合わせは本人に問おう。それにしても……不可思議だな。何故、剣王を生み出せるほどの実力者が、騎士学校にいたのか。それも、メイドなどやっていたのか。そもそも何故、彼女は今まで実力を表に出そうとはしなかったんだ? 力を隠す理由とは、いったい何なんだ……?」
「あんたには一生分からないわよ。あと、一応言っておくけど、アネットの実力を表に出そうとかはしないでよね。あたしはあの子と約束しているんだから」
「約束?」
「あたしが剣聖になったら――――――あたしと戦って、衆目の前で全ての実力を解放してもらうって」
ロザレナのその言葉に、ジークハルトは心底目を見開いて、驚きの声を上げた。
「は? け、剣聖、だと!? あのメイドが、剣聖と同格の力を持っていると言うのか!? それは流石に誇張しすぎだろう!! 剣聖並みの実力があるのならば、何故、己が剣聖になろうとしない!? 頂点に登れる実力と才能を持つ者が、何故、それを捨てるようなことができる!? 自身の努力を否定するような行いだろう、それは!!」
「メイドの暮らしの方が良いんだって」
「そ、そんな馬鹿な話が……あってたまるものか!! 良くて剣神クラスに決まっている!!」
「はぁ。あんたの考えなんてどうでも良いんだけど……それよりも早く、王の器を回収したらどうかしら? 早くオフィアーヌに向かわないといけないんでしょう?」
「……ッッ!!」
ジークハルトは納得がいかない様子を見せながらも、振り返り、台座に手をかざした。
すると、台座の光が、手の甲にある紋章へと吸い込まれていった。
紋章の四分の一程度の箇所に、光が宿る。
『王家の名を継ぐ者よ。騎士公の末裔よ。よくぞ剣の試練を乗り越えた。汝らの剣の実力、しかと焼き付けたり』
そう声が轟くと同時に、二人の鞄とポーチに絡みついていた光の鎖が消えてなくなり、背後の扉が再び音を立てて開いた。
ロザレナはそのまま、地上に上がるべく、扉へと向かって歩いて行く。
「これで一つ目、ね。さぁ、行くわよ、ジークハルト。次の祠へ」
「……いったい、アネット・オフィアーヌには……何が見えていると言うんだ……」
そうして、試練を乗り越えた二人は、レティキュラータスの祠を後にするのだった。
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「……この状況……どう考えるかね? メイドの姫君」
地下牢を出た後。俺とマイスは再び庭へとやってきていた。
そこに並べられているのは、聖騎士の死体の山。
そのどれも、首が失われている。
頭部は地下牢のどこにも無かった。つまり……これをやった何者かは、死体を弄び、死体を何処か他の場所へとやったということ。
「明らかに……これをやった何者かは、邪悪に属する人間です。いくら彼らに憎悪を抱いたと言っても、ここまで残虐非道なことを行うとなると……普通の人間は間違いなく躊躇するはず」
「同感だ。間違いなく、これをやった者は悪だろう」
……嫌な予感を覚えてしまう。
そんなはずはないと分かっていながらも、何故か、これをやった人物がお嬢様ではないのかと考えてしまう。
そういえば……アイリスが使っていたあの刀をお嬢様が折った時、剣から出てきた黒い靄が、お嬢様の身体に触れて、溶けていったようにも見えた。
あれが原因か……? いや、直後のお嬢様の様子に変化は見られなかった。
今朝のお嬢様は、いつものお嬢様だった。嘘を吐いている様子も見られない。
長年一緒に居たんだ。俺が一番、彼女の嘘を見抜ける自信がある。
落ち着け。そうだ。もしお嬢様が原因なのだとしても、彼女が自分の意思でこんなことをするはずがない。きっと、また、闇属性魔法因子や受け継ぐ者のせいで――――――。
「メイドの姫君」
俺が思考の渦に飲み込まれていると、マイスが俺の肩を叩いてきた。
ハッとして顔を上げると、そこには、心配そうにこちらを覗き込むマイスの姿があった。
「落ち着きたまえ。まだ、彼女が原因だったと決まったわけではない」
「は、はい。すみません、マイス」
「一人で抱え込もうとするな。それは、君の悪い癖だ。ロザレナが病に伏した時も、君はオリヴィアにそう怒られていただろう? 俺たちは仲間だ。もし、弟子たちには話辛いことがあるのなら、俺を頼って欲しい。師としては、彼らには弱いところを見せられないのだろう? ならば、俺の前くらいでは弱音を吐いたって良いさ。ここにいるのは、ただのろくでなしの王子なのだからね」
「ありがとうございます、マイス。……正直に申し上げますと、私は……お嬢様がこれをやったのではないかと疑っています」
「あぁ。それは当然の流れだ。彼女が一番、彼らに憎悪を抱いているのは明白なのだからな」
「私は……怖いのです。どんどん、月日が進むごとに、私が知っているお嬢様では無くなっていってしまう気がして……。私が知っているお嬢様は、確かに危ういところもありますが、とても優しい子なんです。幼い頃から人見知りで、私の後ろをずっと隠れてついてきていた……本来は、剣など持つべきではない引っ込み思案な普通の女の子だと、私は思うんです」
「……そうだな。俺が知っているロザレナも、他人に当たりが強いところはあるが、仲間と認めた人間には優しい、満月亭の中でも一番仲間思いの少女だった。そして、人一倍、アネットには深い愛情を持っていたな。剣や争いとは無縁の世界であったのならば……彼女はただの貴族令嬢として、君と平和な暮らしを送っていただろう。芯が強く、いつも笑顔で、寮の中を明るくしてくれていた女の子であった」
「はい。私は……メイドである私、アネット・イークウェスは……本当は、お嬢様には、剣聖など目指して欲しくはなかった。矛盾した話かもしれませんが、私が剣を教えているグレイやルナティエ、フランも、戦場になど送り出したくはない……。みんなに、変わらないでいてほしい。だけどそれは……この戦乱の世では、難しい話なのでしょうね……」
「やはり、ロザレナは、アイリスたちに凄まじい激情を見せていたのか?」
「はい」
「そうか……。ならばこれから先、俺も彼女のことは注視しておこう」
「申し訳ございません……私が1、2時間程、うたた寝してしまったばっかりに……」
「いや、逆に君は今まで気を張りすぎだ。この旅が始まる前から、君はずっとロザレナの側にいて、寝食を削り彼女の周囲を警戒し続けていたのだろう? この国全てが、彼女の敵となったのだからな。疲れがくるのも無理はない。ロザレナを狙う者がいないレティキュラータスにやってきて、気が抜けたのも仕方のないことだ」
「フフッ。それはマイスにも言えることだと思いますけどね。貴方も、満月亭のみんなを守るために、色々と動いてくださっているのでしょう? 現に私のメンタルケアをなさってくださっていますし」
「さぁて、それはどうかな? フランシアの姫君が優秀すぎてね。困ったことに、俺の出る幕が殆どないのだよ。指揮官役はフランシアの姫君に奪われ、戦闘面ではロザレナやグレイには劣ってしまう始末。やれやれ。神童などと持て囃されてきた過去の自分が、恥ずかしくなってしまうな」
「すみません。うちの弟子たちは皆、優秀なもので」
「嬉しそうに自慢気に言ってくれるな、まったく。君が来るまでは学園の中でも最強の座、剣王レベルの実力を持っていたというのに、君の教育のせいでグレイやロザレナ、ルナティエにあっという間に抜かされてしまったよ。実力を隠して良い気になっていた俺が馬鹿みたいじゃないか」
「マイスって、どの程度の剣の実力を持っているのですか?」
「キリシュタットと同格レベルと言ったところかね。彼とは実は顔見知りでね。一度だけ、闇討ちをされたことがある」
「え? 闇討ち!?」
「あぁ。恐らく、何らかの理由で俺を消そうとしたのだろうが……結果は痛み分けの引き分けだった。……あぁ。最近になって知ったが、彼は、ゴーヴェンの手下だったそうだな。なるほど。学園の中では無闇に敵意を向けてくる者もいないだろうと騎士学校に入学したが……結局、ゴーヴェンにも命を狙われていたわけか。滑稽だな、俺は」
キリシュタットと同格レベルということは……相当な実力者だな。
よく、入学初期は、グレイとマイスが喧嘩して斬り合っていた姿を見ていたが……あの時のグレイはマイスに遊ばれていたってことか。これを知ったら間違いなくキレそうだな、グレイ……いや、洞察力の鋭いあいつのことだから既に気付いているか、そのことにも。
「さて。そろそろ、祠に戻るとしよう、メイドの姫君。ここにいても、もう分かることは少ないからな。これをやった者が誰なのか分からない以上、気を取りなおして、巡礼の儀のことを考えよう」
「はい」
俺はそう頷くと、マイスと共に、レティキュラータスの祠へと戻った。
するとその途中、村人の老人が何やら騒いでいる様子を発見する。
「人狼が出たんじゃ!! この土地には、古くから、黒狼の祟りにあった人間が夜な夜な人狼と化して村人を食い荒らした伝説が残っているんじゃ!! オルベルフの人間や聖騎士が皆死んだのも、これは、神獣様が降した天罰なんじゃ!!」
「人狼……?」
「あ、師匠! 戻ってきたのかの!!」
祠の前に戻ると、フランがそう言って、俺の元に駆け寄って来る。子供かな?(中身は俺に次いで最年長候補)
フランの頭を撫でた後、祠の前に視線を向けると、そこにはロザレナとジークハルトの姿があった。
「無事に、王の器を回収することができたのですね?」
そうジークハルトに声を掛けると、彼は何故か俺の顔をじぃーっと見つめてきた。
俺はその姿を見て、思わず首を傾げてしまう。
「……あの? シークハルト様?」
「あ、あぁ。勿論だ」
そう口にすると、ジークハルトは右手の甲を見せてきた。
そこには王家の紋章と、わずかに光っている紋章の姿があった。
「なるほど。その紋章の光を全て満たすことができたら―――王都に戻ることができる、というわけなのですね」
「そのようだ。それと、レティキュラータスの祠には、巡礼の儀に挑む者を試すような試練があった。恐らく、他の祠にも同じような試練が待ち構えているものだと推察できる。これからはより一層、警戒して祠を巡らなければ――――」
「ちょっと、アネット、聞いてよ! 試練とかいうの、全然、楽勝だったのよ!! 拍子抜けも良いところだわ!! どうせだったらもっと難しい試練を用意して欲しいわよ!!」
そう言って、ロザレナは俺の側へと駆け寄ると、俺の腕に抱きついてくる。
彼女その様子に、特に変化は見られない。
俺は神妙な顔をして、お嬢様に言葉を投げる。
「……お嬢様。昨晩、私が眠っている間に、何処かに行きましたか?」
「え? どこにも行ってないけど?」
「では、今朝は、何時頃に剣の素振りを?」
「うーん、はっきりとした時間は分からないけど、起きたらアネットが椅子の上で眠っていたから、起こさないように外に出たの。確か、あたしが起きて外に出て、10分後くらいにアネットが起きて来たわね」
「その間、何処かに行ったりはしませんでしたか?」
「しないけど? どうしたの? 何かあったの?」
キョトンとした表情で首を傾げるお嬢様。
その顔を観察するに嘘を吐いているようには……思えない。
俺がロザレナをジッと見つめていると、マイスが口を開いた。
「驚かないで聞いて欲しい。実は、レティキュラータスのお屋敷で捕虜にしていたオルベルフ家の人間と聖騎士たちが……全員、惨殺されていたんだ」
「え? う、嘘!?」
「アイリスとボルザークだけ死体がないことから、その二人だけ生きている可能性が高そうです。彼女たちならば、犯人の姿を知っているでしょう。お嬢様は、アイリスたちの姿を何処かで見かけたりはしていませんか?」
「見てないわよ!! というか、いたら捕まえて牢に連れて行っているし!!」
動揺した様子を見せるロザレナ。
そこでハッとしたロザレナは、真顔で俺を見つめてくる。
「まさか……あたしを疑っているの?」
「いいえ」
「本当に? 確かにあたしはあいつらを殺そうとはしたけど、今回はそんなことしてな――――――」
ロザレナは言葉を止めて、目を細める。
「どうしたのですか? お嬢様?」
「……アネット。前に話した夢、覚えている?」
「は、はい。確か、ラヴェレナではない、謎の声の夢……でしたよね?」
「うん。そいつが、あたしと一部が繋がったとか、あたしの欲望を叶えるだとか……何か言ってきたの。もしかして……それと何か関係があったりするのかしら」
俺はロザレナの肩を掴み、慌てて声を掛ける。
「お嬢様。その声が何者なのか、分かりますか? もしかして、【受け継ぐ者】で、誰かがお嬢様の身体を乗っ取ろうとしているとか―――――――」
「ア、アネット、痛い」
「あ、すみません」
俺はお嬢様の肩から手を離す。
するとロザレナは少し悩んだ後に、口を開いた。
「多分、あの声の主は、何となく分かっているわ。あいつは……あたしを呼んでいるのよ」
「その呼んでいる者とは?」
「多分―――――――――――赤狼刀。偽物ではなく、本物の」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「……よろしいですか、お嬢様。赤狼刀が夢の中で語りかけてきても、これからは絶対に無視してください。あと、あの刀を持つことはやめてください」
「えー。あれ、いつかあたしが買って、お屋敷に戻したいと思っていたのにー」
「とにかくです。あの剣は……普通ではありません。姉妹剣である青狼刀がそのように人間に語りかけてくるなどということは、一度も無……聞いたこともないですから。アイリスが獣のような姿になったことと言い、あの剣には人を怪物にする力があるのかもしれません。間違いなく危険な代物です」
もしかして……あの剣自体が、災厄級だということはないのか?
それか、あの剣を相応しい者が持った時に、災厄級が誕生するとか?
村に残る人狼伝説。アイリスはゴーヴェンが作ったレプリカを持って人狼となった。
レティキュラータスの神具が、災厄級を製造する道具の可能性があるとは、正直、信じがたい話だ。
だが、神具とは元々、四大騎士公の血族が持って初めて効力を発揮する武装。
だったら、生前の俺が青狼刀の「回復不可の呪い」の効果を発揮できていたのはいったい……。
(いや……あれはもしかして力の一端に過ぎないのか? 俺は本来の力を引き出せていない? なら、赤と青の真の能力は、まだ完全に開示されていないのか?)
長年レティキュラータスが排斥されてきた理由。人狼伝説。何故、レティキュラータス家だけ神具が二つあるのか。
現状、情報が少なすぎて、分かりそうで分からないことが多い。
とにかく……今はお嬢様が心配だ。お嬢様の身に何か大きな異変が起きていることは間違いない。
逸る気持ちでロザレナの手を引っ張りながら、マイス、ジークハルト、フランと共にアルフの村へと辿り着くと……村の側に止めてある俺たちの馬車に、オリヴィアが荷物を運んでいる姿が目に入ってきた。
オリヴィアは俺たちに気付くと、手を振ってくる。
「あ……アネットちゃん! みんな!」
「オリヴィア!? こんなところにいて大丈夫なんですか!? エルジオ伯爵は!?」
俺たちは急いで、オリヴィアの元へと駆け寄って行く。
するとオリヴィアは笑みを浮かべて、俺たちに声を掛けてきた。
「みなさん、喜んでください! 伯爵様の容体は……安定されました!!」
その言葉に、ロザレナは感極まって涙を流し、マイスとジークハルトは安堵の笑みを浮かべ、フランも両手を上げてバンザイして喜んでいた。
俺はふぅと息を吐き、身体を震わせているお嬢様の肩を叩く。
「良かったですね、お嬢様」
「う……うん! でも、どうして? あれだけ怪我が酷かったのに? いったいどうやって、お父様の傷口を塞いだの?」
「それが――――――――――」
「フランシア伯の要請を受けて、私たちが治療しました」
そう言って現れたのは……二人の修道女だった。
その見覚えのある顔に、俺は思わず驚きの声を上げる。
「貴方たちは……マリーランドの修道女の……クリスティーナさんとマリアンナさん!!」
「お久しぶりです、マリーランドの救世主様。アネット様」
そう言ってニコリと微笑むクリスティーナ。
その言葉に、オリヴィアとジークハルトが、首を傾げる。
「マリーランドの……」
「救世主、だと?」
俺は慌てて、クリスティーナに声を掛けた。
「す、すみません、そのことは、どうか、あの……」
「あぁ、そうでした。マリーランドの下町ですと、英雄像と並ぶアネット様の像は有名なものでして……つい」
クスリと笑うクリスティーナ。
そんな彼女の横に立っていたマリアンナが、俺を見つめて口を開く。
「私たちは、ルーベンス様の要請で、この地にやってきたのです。数少ない転移の魔道具を頂戴して、どうか自分の代わりにエルジオを救って欲しいと言われたので……急遽、やってきたんですよ」
「そうだったのですか……フランシア伯が……」
「勿論、私たちも皆さんのお力になれるのでしたらと、喜んで要請に従いました。貴方たちは……私たちマリーランドの民を救ってくださった、恩人ですから」
マリーランドで出会った縁が、ここに来てエルジオを救ったのか。
俺が涙を拭っていると、クリスティーナの祖母のマリアンナは周囲をキョロキョロと見渡した。
「ルナティエ様は、ご一緒ではないのですか?」
「あ、えっと、はい。彼女は先に、オフィアーヌへと向かいました」
「そうですか……」
「何か?」
「いえ。少し、気になっただけでございます」
そう言ってコホンと咳払いをすると、マリアンナとクリスティーナは踵を返した。
「では、私たちは、エルジオ様のご様子を見てきます。傷は塞いだとはいえ、まだ、予断は許さない状況ですから」
「はい。よろしくお願いします」
「お、お願いします!」
俺とロザレナは同時に頭を下げる。
そして同時に顔を上げると、オリヴィアが声を掛けてきた。
「レティキュラータスの祠で、王の器を回収することはできたんですよね?」
「はい。次は―――急いでルナティエたちを追って、オフィアーヌへと向かいます」
俺がそうオリヴィアに言葉を返すと、マイスが口を開いた。
「オフィアーヌは、君の実家があるんだろう? 案内は任せても良いのかな? メイドの姫君」
「任せてください、と、言いたいところですが……実は私、大森林近くにある村と、オフィアーヌのお屋敷にしか行ったことないんですよね……だから、領都に行って周辺を案内するのは、難しいかと……」
「え? アネット、一度はオフィアーヌ伯爵になったんでしょ!? 何で自分の領地のことを知らないのよ!?」
痛いところをつくなぁ、この子。だって、本気で伯爵やる気なかったんだもん。
「本気で伯爵やる気は無かったんじゃろう」
敢えて口にしなかったことを言うな、フランエッテ!
「と、とにかく。オフィアーヌへ急ぎましょう。あの地なら、私たちはレティキュラータスよりも安全のはずです。オフィアーヌ家当主や一族は全員、私の味方になってくれるはずですから」
コレットやシュゼットは無事だろうか?
お嬢様について不安は残るが、今は急いでジークハルトを王にして、ゴーヴェンの脅威からお嬢様を遠ざけるのが先決だ。
それが……今、俺がお嬢様のためにできることだ。




