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第11章 強欲の狂剣

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第11章 二学期 第373話 巡礼の儀―⑩ レティキュラータスの祠


「―――――――――お嬢様!!」


 俺は思わず、顔を上げる。


 そこにあるのは、窓から優しい陽光が差し込む、静かな部屋。


 どうやら俺はベッド脇にある椅子に座り、眠ってしまっていたようだ。


 昨晩は眠りに就くお嬢様のお顔を見つめながら、彼女を見守っていたのだが……俺もオルベルフの一件で精神的に疲れていたのだろうな。


 俺は「ふぅ」と深く息を吐いた後、ベッドへと視線を向ける。


 そこには昨夜まで眠っていたロザレナの姿がいなかった。


「まさか……!!」


 俺は即座に起き上がり、扉を開けて、小屋の外へと出た。


 するとそこには、大剣を素振りしているお嬢様の姿があった。


 ロザレナはこちらに気付くと、額の汗を拭って、俺に笑みを向けてくる。


「おはよう、アネット!」


「お嬢様……」


 俺は胸に手を当ててホッと息を吐いた後、ロザレナの前へと立った。


「良かった……てっきり私は、お嬢様がアイリスを殺しに行ったのかと思いましたよ……」


「確かに、昨日はすっごく怒ったけれど……そんなことはしないわよ。だって、そんなことをしたらアネットは悲しむし、怒るでしょ? あたし、アネットに怒られたくないもの」


 いつものお嬢様だ。昨日のような苛烈な様子は見られない。


「お父様の容体は……まだ、良くはならないって。さっき、水を汲みに来たオリヴィアさんがそう言っていたわ」


「そうですか……徹夜で旦那様を診ていただいていたオリヴィアとイザベラさんには、感謝しかありませんね」


「うん……でも、気を取り直さなきゃね。ルナティエたちが先に他の祠の散策へと向かった以上、あたしもレティキュラータスの祠に行って、みんなのところに早く合流しないといけないし! お父様もきっと……あたしに、成すべきこと成せって、そう言うと思うわ……」 


 お嬢様の様子は、昨日とは異なり明るい。


 良い事ではあるのだが……やはり、昨日の豹変ぶりを見るに、一抹の不安は残る。


「……そうして貰えると、こちらとしても助かるな」


 その時。木の影から、ジークハルトが姿を現した。


 そんな彼の姿を見て、ロザレナは驚きの声を上げる。


「ジークハルト!? 何であんたがここにいるのよ!?」


「そもそも私がいなければ、紋章に王の器とやらを集めることができないだろう?」


 そう言ってジークハルトは、自分の手の甲にある王家の紋章を俺たちに見せてくる。


 その紋章を見て、ロザレナは納得した様子を見せた。


「あ、あぁ〜。そっか、そんなルールだったっけ、巡礼の儀って」


「伯爵の件があって、こんなことをお前に言うのも酷な話だが……早急にレティキュラータスの祠へ向かって王家の器を回収し、オフィアーヌへと向かいたい。ルナティエがオフィアーヌの祠を見つけ出すことができたとしても、私がいないのであれば、王の器を回収することができないからな。こんな状況でこんなことを言うのは、空気が読めていないかもしれないが……ひとつ、よろしく頼む」


「あんたって、思ったよりも人のことを配慮できる人間だったのね」


「お前は私を一体なんだと思っているんだ……?」


「クラスにカースト制度を敷いて、ジェシカのことを追い詰めた、心のない人間?」


「……その件については、こちらも反省をしている。ジェシカ・ロックベルトに関しては、私も言葉足らずだった。かつての私は未熟だったんだ。いや、それは今も同じか……とにかく、すまないと思っている。人を動かすのは、競争社会ではないということを、痛く理解した」


「あんたって、本当に真面目な人間よね。そこで馬鹿正直に反省されてもこっちが困るわよ。もうちょっと、軽口を言い返すとかできないわけ?」


「い、言い返す、か。しかし、私が間違っていたのは事実だからな。善処はしてみるが……自分が誤っていたことを認めないと言うのは、私としては些か、矜持に反するところがあるな……難しい」


「いや、やっぱりいいわ。あんたにはそういうの、向いていないって分かったから。アネット……あたし、やっぱりこいつちょっと苦手かも」


「お、お嬢様……!」


「す、すまない。私は同級生からも冗談が通じないとか、真顔で恋の話を聞いて貰っても困るとか、よく言われるんだ……やはり人との会話というのは難しいな。私は、どうにも、対人スキルが無いように思われる。ここはひとつ、小君なジョークが特集されている書物でも読んでみるべきか?」


 ブツブツと何かを呟くジークハルト。


 なんか、こいつ……思ったよりも面白い人間かもしれないな。


 これがあのマイスの弟と言うのだから、可笑しな話だ。


「はっはー! 諸君! 今日も良い天気だな!」


「噂をすれば、何とやら……」


「というか、何でマイスもここにいるのよ!!」


 俺たちの前に現れたマイスは、歯をキランと輝かせる。


「諸君らが心配でな。フランシアの姫君に言って、俺もここに残ることを決めたのだ。はっはー! このマイスがいるのだ! 大船に乗ったつもりでいたまえ!」


「本当、弟とは対照的な奴ねぇ……むしろ、弟みたいに少しは配慮して欲しいところだわ。明るすぎるのよ、あんた」


「安心しろ、ロザレナ。こいつが何か変なことをしようとした時は、私が責任を持って叩き伏せておく」


 ロザレナとジークハルトがマイスを睨みつけていると、背後から、ある人物が急いで走って来た。


師匠(マスター)!!!! 妾のこと、いつまで放置する気なんじゃぁ〜〜!!」


「あ」


 そうだ。俺、レティキュラータスの屋敷から出て行った時、フランエッテのことを忘れてずっと放置していたんだ……。


 俺はダラダラと汗を流した後。コホンと咳払いをして、ロザレナ、ジークハルト、マイスへと声を掛ける。


「で、では……今から、ルナティエに事前に教えて貰っていたレティキュラータス家の祠がある場所へと向かいます。この村の近くにあるそうなので、ついてきてください」


「分かったわ」

「あぁ、了解した」

「はっはー! 道中の護衛は俺に任せておきたまえ!」


 俺は返事をする三人を連れて、祠へと向かって歩いて行く。


 その後ろを、フランがついてきた。


「待つのじゃあ〜〜!! 気まずくなったからと言って、妾を無視するのはやめるのじゃあ、師匠(マスター)!! ちゃんと謝って貰うぞぉ!!!!」


「アネット、手品師が何か言って追いかけて来てるんだけど?」


 俺、ロザレナ、ジークハルト、マイス、フランエッテ、オリヴィア。


 この6人が、新たな別働隊組となって、この地に残ったメンバーだ。


 とにかく、巡礼の儀に勝利するために、俺たちは早急に祠で器を回収する必要がある。


 ゴーヴェンが各地を荒らすのを、止めるためにも。


 お嬢様を救うためにも。


 俺たちはこの巡礼の儀を、勝利しなければいけない。


師匠(マスター)!! 決め顔で前を歩いて妾を無視するのは、やめるのじゃあ〜〜!! 夜通し屋敷の近くで待機していた妾に謝るのじゃあ〜〜!!!!」 




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





「―――――――――フランシアの神具に頼れば、あるいは……ですが……」


 馬車の中でルナティエはそう呟き、考え込む。


 そんな彼女に、向かいの席に座っていたアルファルドが、声を掛けた。


「どうした?」


「いえ。一応、昨晩、お父様にレティキュラータス伯のことはお伝えしたんですの。その時、フランシアの神具があれば、エルジオ伯爵を治癒できるのではと、そう思ったのですわ。だから、お父様に、神具をレティキュラータス領に運ぶようにお願いしたのですが……」


「時間が掛かるかもしれないってわけか」


「ええ。今、フランシアにはゴーヴェンが向かっていますし。それにフランシアの神具を扱えるのはわたくしだけ。でもわたくしは……このジークハルト陣営で兵を動かす指揮官を務めています。わたくしがいなくなったら、この隊を動かせる人間はいません。本当に、悩ましいところですわよね……心の中では、ロザレナさんのお父様を助けたいと思っていますわ。でも、もう一人の理性的なわたくしは、この戦いで勝利しなければ全ての人々を救えることはできないと考えている。一を救うか全を救うか。お父様であれば、間違いなく全を取る。でも、エルジオ伯爵が一だとしたら、お父様は、きっと……」


「なるほど、な。全てを救える為政者というのは、きっと夢幻の存在だ。恐らくこの国をより良くしようとどんなに頑張っても、犠牲者は生まれてしまうだろう。オレ様たちは、より多くを助ける為政者を目指している。その溢れ落ちた少ない犠牲者に、もし大事な人間がいたとしても……きっとオレ様たちは進み続けなければならない。それが、人の屍の上に立つ者の宿命だ」


「そう、ですわよね……。正直、迷いましたわ。わたくしがあそこでレティキュラータスに残って、フランシアへ神具を取りに行く選択をした方が良かったのではないのかと。ゴーヴェンからお父様を守るために、フランシアへ向かう大義名分もありましたわ。きっとわたくしがフランシアに行くと決めたら、誰も止める者はいなかったでしょう。ですが……」


「巡礼の儀は、最速で全ての祠を巡って王国に帰還した者が勝利するルール。オレ様たちだけじゃ、恐らくゴーヴェンには勝てない。かと言って今の不安定なロザレナからアネットを引き離すのは……ナンセンスだ。どのみちゴーヴェンと相見えたら、時間は大幅に失われるだろう。今行える最善の策は、ゴーヴェンの息のかかっているバルトシュタインではなく、オフィアーヌへ向かうこと。お前は正しいことをしていると思うぜ、ルナティエ」


「ですが……もしわたくしのこの選択で、誰かを失ったとしたら……!!」


「お前はお前の正しいと思うことをすれば良い。それで生じる汚れ仕事や憎しみは、全部このオレ様が背負ってやるよ。迷うな。迷えば、その後ろをついていく人間も迷ってしまう。テメェはただ、テメェの信じる道を歩んで行け。良いな?」


「ぐすっ。そうですわよね。ありがとう、アルファルド」


「ケッ。あんまりテメェが情けないと、オレ様はテメェを容赦なく見限るからな。なんなら、お前の背中を刺して、オレ様がマリーランドを支配しちまうぞ、この野郎」


「ええ……そんなことにはさせませんわ。この巡礼の儀、必ず勝利致しますわよ、アルファルド」


「あぁ。当たり前だ」


 ルナティエとアルファルドはそう言って、お互いに笑みを浮かべるのだった。







 ――――――――――――――オフィアーヌ領。領都ラオーレ。


 樹氷に囲まれた都市。そこにある酒場に、一人の男の姿があった。


 男はテーブルを囲んで複数の冒険者たちと賭けごとをしており、コインを重ねて、カードゲームに興じていた。


 その時。ある冒険者が、慌てて酒場の中へと入って来た。


「ディクソン様!! オフィアーヌ領に入って来る王族の馬車が見えました!!」


「あ〜? 何色だ〜? どこの陣営〜?」


「黄色です!」


 その言葉にディクソンと呼ばれた男はニヤリと笑みを浮かべ、手に持っていたカードを全てテーブルへと落とした。


「フルゲーム。俺の勝ちだ」


「あぁ!? またお前の勝ちかよ、ディクソン!!」


「本当に、頭を使うことだけは、上手いよな!! ずる賢いというか何と言うか!!」


「それよりも仕事だ、テメェら。アダマンチウム冒険者の皆さんはちゃんとラオーレに着いているんだろうな?」


「あいつらお前のことが嫌いだからな。酒場の近くにはいないんじゃないのか?」


「おいおい。いつまで俺が仲間殺ししたことを引きずってんだ、あいつらは。そもそも俺がルベールをぶっ殺したのだって、あいつが悪いんだぜ? ったく。元同僚として悲しいよ、俺は」


 はぁとため息を吐くと、ディクソンは立ち上がり、椅子に掛けていたコートを手に取ると、帽子を被り、剣を背負った。


 そして仲間の冒険者たちを引き連れて、酒場の外へと出る。


「……久しぶりだな、お嬢。さぁ―――――新たなフランシア主従の、お手並み拝見と行こうか」





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





「ここが……レティキュラータスの祠……」


 俺、ロザレナ、ジークハルト、マイス、フランは、目の前に聳え立つ祠を前にして、感嘆の息を吐く。


 蔦が絡みつき古びてはいるが、目の前の者を威圧するように聳え立つ地下へと続く石造りの祠の入り口には、神秘的な何かが宿っているように感じられる。


「扉……閉まっているんだけど?」


 ロザレナの言葉に入り口に目を向けると、そこには、巨大な石の扉の姿があった。


「恐らくは、王家の紋章に反応して開くものなのだろう」


 ジークハルトはそう言って前に出ると、手の甲を扉に向けてかざした。


 すると石の扉はゴゴゴと音を立てて、一人でに横にスライドして開いていった。


 扉が開くと、そこにあるのは地下へと続く階段と、深い闇。


 俺たちはゴクリと唾を飲み込み、ロザレナとジークハルトを先頭にして、祠の中へと足を踏み入れる。


 だが―――――――――――――――。


「あいたっ!」


 前を歩いていたフランが、何かに阻まれたのか、祠の入り口のところで顔を押さえて蹲ってしまった。


 俺は背後からフランに声を掛ける。


「フラン? どうしたのですか?」


「み、見えない、壁みたいなものがあるのじゃ!」


「見えない壁……?」


 俺はフランの横に立ち、祠の入り口へと手を伸ばす。


 すると、俺の手がビリッと痺れ、何かに弾かれた。


「これは……」


 隣に立ったマイスも、同じようにして手を伸ばし、何かに弾かれる。


「ふむ。どうやら、王家の紋章を持った王族と、レティキュラータスの一族しか中に入れないようになっているようだな」


 俺と同じ考えに至ったマイスに、俺もコクリと頷きを返す。


 そして先に中に入り、立ち止まってこちらを見つめている二人に、声を掛けた。


「どうやらそこからは、お嬢様とジークハルト様しか行くことができないようです」


「えー!! アネットたちは、来れないの!?」


「はい。ジークハルト様。お嬢様のことをお任せしてもよろしいでしょうか?」


「あぁ。任せておけ」


 ジークハルトはコクリと頷くと、ランプを片手に、そのまま階段を下って祠の中へと入って行った。


 ロザレナはむーっと不満そうに頰を膨らませながらも、階段を降りて行く。


「アネット! さっさと戻ってくるから、待っててよね!」


「はい」


 そうして、ロザレナも闇の中へと消えていった。


 残された俺たちは祠の中を見つめた後、顔を見合わせる。


「さて、私たちは、どうしましょうか?」


「ここで待つかね? 恐らくは、そこまで大きい祠ではないと思える。もしかしたら中に何か試練のようなものがあるのかもしれないが……そこはレティキュラータスの姫君がいる。問題なかろう」


「戦闘面においてはそうかもしれませんが、頭脳面は……」


「そこは……ジークに任せるしかあるまいな、うむ」


「ロザレナは脳筋じゃからのう。やはり、妾たちも行った方が良かったのではないかのう?」


 オリヴィアやルナティエよりも、お嬢様に不安があるのは何故だろうな。


 戦闘能力で言えば、二人よりも上ではあるのだが。


「さて。一旦村に戻ってお茶菓子でも取って来ようか。ここでしばし休憩すると言うのも……む?」


 マイスが、奥にある丘の上……レティキュラータスの屋敷へと目を向ける。


 俺は首を傾げ、マイスに声を掛けた。


「マイス? どうかしたのですか?」


「いや……お屋敷の様子が少し慌ただしくはないかね? メイドの姫君」


「え?」


 俺は振り返り、屋敷を見つめる。


 するとそこには、何名かの人が屋敷に集まっている姿があった。


「何か……あったのでしょうか?」


「少し、見て来ようか。行こう、メイドの姫君」


「ええ。フラン、申し訳ございませんが、ここで少し待っていてください」


「また妾を待ちぼうけさせる気か!! 師匠(マスター)!!」


「すぐに戻ります! マイス、行きましょう」


「あぁ」


 背後から聞こえてくる騒がしいフランの声を無視して、俺とマイスは走って、お屋敷の方へと向かって行った。






 丘へと続く石の階段を登り切り、屋敷の前へと辿り着くと……そこには、心配そうな様子の村の人々と、屋敷の入り口の前に立つコルルシュカの姿があった。


「コルルシュカ! いったいこの騒動は何が――――――――え?」


 屋敷の庭へ目を向けると、そこには……頭部のない血だらけの騎士の死体が無造作に置かれていた。


 その光景を見つめて驚いていると、コルルシュカが俺に声を掛けてくる。


「……アネットお嬢様。捕虜にしていたオルベルフの人間と聖騎士たちが……何者かによって殺されました……」


「は……? え……?」


 一瞬、思考が止まる。


 そんな俺を他所に、マイスがコルルシュカに声を掛ける。


「いったい誰がそんなことをしたのかね?」


「それが……昨晩行われたことらしく、犯人が誰なのかは分かっていません……。今朝、マグレット様がお屋敷に入って、捕虜たちに食事を与えようとした時には、もう亡くなっていたそうです」


「……あれだけのことをした連中だ。誰かから恨みを持たれるのは当然と言えば当然の話だが……」


 マイスが、俺にチラリと目を向けてくる。


「……メイドの姫君。レティキュラータスの姫君とは昨晩、ずっと一緒にいたのだろう? 彼女に変化……いや、彼女から目を離した隙は、無かったのかね?」


 マイスのその指摘は最もだ。


 これをやる可能性が一番あるのは、お嬢様だからだ。


 俺は緊張した面持ちで、マイスに小声で言葉を返す。


「うたた寝をしてしまい、お嬢様の姿を見逃していた時間があるのは事実です。ですが、お嬢様は人に嘘は付ない御方。今朝のお嬢様からは、嘘の気配を感じませんでした」


「そうか……いや、すまない。酷な質問をしてしまったな」


 そう謝罪してくるマイス。


 俺はそんな彼に「いえ」と言葉を返し、コルルシュカへと顔を向ける。


「その現場を、見に行ってきてもよろしいですか?」


「はい。少々、凄惨な現場となっていますので……お気を確かに」


 そう言って、コルルシュカは道を譲った。


 俺はゴクリと唾を飲み込むと、扉を開けて、マイスと共に屋敷の中へと入った。


「あ」


 屋敷の中に入ると、クラリスがメイド服を血だらけにしながら、首のない聖騎士に肩を貸して、庭へと運ぼうとしている姿を発見する。


 クラリスは目を真っ赤に腫らして、俺に会釈すると、横を通って外へと出て行った。


「……女性が見るには、なかなかに酷な状況のようだな。しかし、レティキュラータスに騎士はいない。彼女たちメイドが動かなければいけない状況というのは、とても可哀想だな」


「そうですね……エルジオ様も倒れられていて、お嬢様も国中から狙われているこの状況。レティキュラータスはもう、ゴーヴェンによってほぼ壊されてしまったと言って良いでしょう」


「そうだな。メイドの姫君は大丈夫かね? 何だったら、俺一人で見てきても構わないが?」


「いいえ。死体を見ることには……慣れていますから」


「そうか。そうだな。君も生半可な人生を歩んできた人間ではないのだろうな。でなければ君の強さは、嘘になる」


 そう言葉を交わして、俺とマイスは地下牢を目指して、ロビー横にある扉を開けて、地下へと続く階段を下っていく。


 階段を下るごとに、生臭い血の臭いが鼻を突いてきた。


「これを使いたまえ」


 そう言ってマイスが、ハンカチを俺に差し出してきた。


 俺は首を横に振り、階段を下って行く。


「大丈夫です」


「フフッ。まったく、少しは俺を頼って欲しいものだよ」


 そう軽口を叩いて、マイスはハンカチを懐にしまった。


 恐らくは、俺を和ませようとしてくれたのだろう。


 本当に、こいつは、紳士なのか軽薄な奴なのか分からない男だ。


 まぁ……軽薄なところは、演技だったのだろうけど。


「ついたな」


「ええ」


 俺たちは、地下の扉の前へと辿り着く。


 そして、一呼吸した後、俺は扉を開いた。


 そこに広がっていたのは―――――――飛び散った肉片と、床に首のない死体が散乱している光景。そして、牢の鉄格子を切り裂いた、斬撃痕。壁に書かれた血の文字だった。


「―――――――簒奪者どもに死の鉄槌を……ですか」


 俺がその文字を読み上げると、マグレットが牢の中から姿を現した。


「アネット……?」


「お婆様……」


 俺は血の水溜まりを踏み越えて、マグレットの前に立つ。


 すると、牢の中には、四肢を切られ、首を浅く切られた……まだヒューヒューと息のある、ヴィクトルの姿があった。


 そんなヴィクトルの前で、メアリーはしゃがみ込み、彼の顔を見つめていた。


「……きっと、殺さないように切り刻み、彼をわざと生かしたのでしょうね……」


 そう言って息を吐くと、メアリーはヴィクトルの手を握った。


「兄さん。私はね、貴方のことを、嫌ってはいなかったのよ。貴方は、両親から興味を向けられていなかった幼い頃の私を、唯一、可愛がってくれていたから」


「コヒュー……コヒュー……」


「だけど兄さんは、貴族社会における、権力闘争というもので変わってしまった。昔の兄さんのままだったら、レティキュラータスをきっと良い領地にしてくれた。あの時の兄さんのままだったら、私は多分、家督を放棄して兄さんに譲っていたと思うわ。でもきっとそれも、兄さんのプライドを傷つける行為だったのでしょうね。こうなってしまったのは、必然なのかもしれない」


「コヒュー……コヒュー……」


「これからの世界は……こんな、兄妹同士で殺し合う世界じゃないと、良いわよね」


 そう言ってメアリーは懐からレティキュラータスの紋章が入っているナイフを取り出した。


「これは、兄さんが欲しがっていた、私が父から受け継いだレティキュラータスの短剣。歴々の当主が持つことを許されていたもの。……今、これで楽にしてあげる。この短剣、貴方にあげるわ、兄さん」


 そう言ってメアリーはヴィクトルの胸に短剣を突き刺した。


 かふっと血を吐き出した後、ヴィクトルは目を閉じ、眠っていった。


 その光景を確認した後。俺は、アイリスとボルザークの死体がないか、周囲を確認する。


 しかし、周囲にある死体に、それらしきものは見当たらなかった。


「お婆様。アイリス様のご遺体は……」


 俺のその言葉に、涙を拭いて立ち上がったメアリーが答えた。


「不思議なことに、アイリスの遺体は無いみたいなのよ、アネットちゃん」


「え……?」


「つまり……これをやった犯人を知っているのは……アイリスだけということよ。もし、生きていたらの話だけどね」




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 森の中を走って行く、少女と老執事。


 その二人は、アイリスとボルザークだった。


 アイリスは顔を血で濡らしながら、悔しそうに奥歯を噛む。


「私に……もっと、力があったのなら……!!」


「ご自分をお責めになるのはおやめください、アイリス様」


「私は、ナレッサ様に教えてもらったわ。憎しみは何も産まないと。人は、変わることができるのだと。ナレッサ様に抱きしめてもらって、オルベルフの禍根は私の代で終わらせると、そう決意した。でも―――――――――あの子(・・・)はそうじゃなかった。あの子を止めるのは、私の宿命。そうでしょう? ボルザーク」


「はっ。どこまでもお供致します。アイリス様」


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― 新着の感想 ―
まぁ……軽薄なところは、縁起だったのだろうけど。 たぶん演技の誤字と思います。
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