第10章 二学期 第340話 剣王試験編ー終章 空を翔ける箒星⑪ 弱者のための王様
《アネット 視点》
俺は鉄製の扉を開けて、地下水路の外へと出る。
するとそこに広がっていたのは……建ち並ぶ廃墟と、遠くに見えるゴミの山だった。
「……ここに来るのも……久しぶり、だな……」
ここは、奈落の掃き溜め西区。俺の故郷だった場所。
俺は周囲をキョロキョロと見渡し、警戒しながら、廃墟の中を進んで行く。
それと同時に、脳裏に、子供時代の俺の姿が過った。
『良い、アーくん。人は傷付けちゃ駄目なんだよ』
『……分かってるよ。そう何度も言うなよ、シエルねーちゃん』
前世の……幼い頃の俺と、そんな俺の手を繋いで歩く育ての親シエルの過去の幻影が、横を通り過ぎて行く。
幻影体アーノイックと戦った後に故郷に来たせいだからだろうか。
何だか、昔のことを思い出してしまう。
「俺も歳かな……って、この俺はまだ十代だったな。歳食っちまったのは、魂の俺だけか……」
そう口にしてため息を吐いた、その時。
突如、立ち眩みをしてしまう。
「……っとっと。幻影体とはいえあの化け物と戦って軽く休んだだけ、だったからな。流石に疲労が蓄積していたか。さっさとフランを探し出して、お嬢様たちの元に帰るのが吉、だな。体力的に【瞬閃脚】は……もう使わない方が良さそうと見た。ここからは徒歩、か」
感傷に浸っている暇はない。フランエッテを助けなければ。
剣神とはいえ、あいつはまだ実力的にロザレナ、グレイ、ルナティエの三弟子には遠く及ばない。
奈落は危険な場所だ。
あいつを長期間この場所に置いておくのは得策ではないだろう。
(泣いていなきゃ良いんだが……まぁ、あいつは運だけは弟子の中でも一番だ。何とかやってるだろう)
俺は、足早に、廃墟の中を進んで行った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「くそ……もう、駄目だ……!」
奈落の民たちは関所の門の前に立ち、徐々に迫ってくるアンデッドの大群に、顔を青ざめさせる。
全員、もう無理だと思った、その時。
門の向こうから、ある少女の声が聞こえてきた。
「門を開けます! 少し、離れてください!」
その言葉に、奈落の人々は唖然となりながら、門の前を空ける。
すると巨大な門が開き、そこから―――――ピンク色の長いツインテールの少女が、姿を現したのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
《フレーチェル 視点》
門から出た後、私は手を伸ばし、背後に立つ騎士たちに命令を下す。
「聖騎士たちは松明を手に、アンデッドと応戦を!! 生存者たちを守りなさい!!」
「「はっ!!!!」」
ゾーランドとグリウスが真っ先に前に飛び出して行き、それに遅れて、聖騎士たちも続いて行く。
私も関所の中にあった剣を不格好に手に持つと、声を張り上げた。
「我が名は、聖王の血を引く王女、フレーチェル・リーシア・グレクシア! 奈落の民たちよ、急いで関所の中へ! アンデッドの対処は、私たちにお任せなさい!」
私のその言葉に、一瞬、時が止まったかのように固まる奈落の民たち。
そんな彼らに、私は再度、声を掛けた。
「安心なさい。私は、あなた方、奈落の民を守ります。この奈落は……私が救ってみせます!」
「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「フレーチェル殿下ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「助かった……助かったよ……!」
「王族が、奈落の民を助けに、わざわざ奈落の掃き溜めに来るなんて……! 夢でも見ているの!?」
「何でもいい! 早く、関所の中に入るぞ!」
奈落の民たちは歓喜の雄たけびを上げると、私の左右横を通り過ぎ、勢いよく関所の中へと駆け抜けて行った。
その光景を確認した後。私は、周囲をキョロキョロと見回した。
そして……地面に倒れているボロボロの二人を見つけた私は、急いで、その二人の元へと走って行った。
「リーリヤさん! シェリーさん!」
シェリーさんは、リーリヤさんに覆いかぶさるようにして、倒れていた。
恐らく……押し寄せる人々の波の中、必死に、リーリヤさんを守っていたのだろう。
見たところ、二人とも重症だった。
特に、リーリヤさんの刺し傷が深いように見える。
私はまずはリーリヤさんを抱き起し、その肩を抱いて、関所の中を目指した。
すると、その時。
突如、背後から聞こえてきていた、聖騎士たちの戦いの音が止む。
何事かと振り返ってみると、そこには―――――遠くからさらに押し寄せて来る、アンデッドの大群の姿があった。
「うそ……でしょ……?」
私は、その光景を見て、思わず唖然としてしまう。
私と同様に、聖騎士たちも、いくつかのアンデッドを倒した後、その光景を見て、硬直してしまっていた。
私は即座に、聖騎士たちに命令を下す。
「聖騎士たちよ! 撤退しなさい! 奈落の民たちと共に、関所に籠城します!」
私のその声に従い、聖騎士たちは、急いで関所へと戻って来た。
私の元に戻ってきたゾーランドが、シェリーさんの肩を支えて、こちらへと走って来る。
「姫様! どういたしましょうか!」
「……まずは、撤退します。話はそれからです……!」
私はギリッと奥歯を噛んだ。
まさか……こんなにも急速にアンデッドが増えていたなんて……想像もしていませんでした……!
「あれ……ここは……?」
床に敷いた布の上で目を覚ましたシェリーさんは、上体を起こす。
私はそんな彼女の傍に駆け寄り、口を開いた。
「シェリーさん! 目が覚めたんですね!」
「あれ、フレーチェル? あんた、地上に戻ったんじゃ……って、何でまだ奈落にいるのよ!? 私とリーリヤがあれだけ頑張って手助けしてやったのに!」
「覚えてないんですか? あの後の顛末を……」
「何を言って―――って、あれ? リーリヤ……?」
シェリーさんは隣で眠っているリーリヤさんを見て、全てを思い出したのか、目を細めた。
「……そ、っか……。私たち、突然現れたアンデッドと、それにパニックになった奈落の人たちに追いやられて……それで、聖騎士にリーリヤが刺されて、私……」
「思い出しましたか?」
「うん。リーリヤは……生きてるの?」
「はい。ですが、リーリヤさんの傷口は深くて、シェリーさんよりも重症です。この関所の中には、十分な医療道具がないので……地上に戻って物資を取ってこないといけません。長く放置していたら、命に関わるかもしれない状態です」
「そっ、か……じゃあ、早く地上に戻らないと……」
「……ごめんなさい。それは、無理なんです」
「どうして? 通行許可証のこと?」
「違います。上へ行く手段が……聖騎士団によって、破壊されたからです……」
「は……?」
目をパチクリとさせるシェリーさん。
すると、その時。背後から、声を掛けられた。
「――――――殿下。ご指示通りに、窓に板を張り付けて、バリケードを設置いたしました」
関所の聖騎士が、私にそう、声を掛けてくる。
その聖騎士の姿を見て、シェリーさんは憤怒の表情を浮かべた。
「聖騎士……!! お前らぁ……!! よくもリーリヤを……!!」
「シェリーさん、やめてください!」
私はシェリーさんの肩を押さえて、宥める。
そんな私に対して、シェリーさんは再度、声を張り上げた。
「フレーチェル! あんた、どっちの味方なの!?」
「それは……!!」
「姫様!! 如何なさいましたか!!」
ゾーランドとグリウスが、何事かと、こちらへと駆け寄って来る。
その姿を見て、シェリーさんは眉を顰めた。
「姫様……ね。思い出したよ。確か、この国の王女に、フレーチェルっていう名前のお姫様がいたっけね。ふーん。あんた、王女様だったわけ」
「……」
「あんたが聖騎士を庇うのも当然だね。だってあんたは、この奈落の民を放置してきた張本人の娘だもんね! 聖騎士の味方をするのも当然ってわけね!」
「……シェリーさん。落ち着いて聞いてください。私は、聖騎士たちに、アンデッドを討伐するように指示しました。ですが、結果は惨敗。五人いる関所の騎士の内、二人が死に、私の部下も含めて現存兵力は五人です。今……我々のいるこの関所は、アンデッドの大群に包囲されています。そして、地上に行く階段も昇降機も壊されてしまいました。私たちは今、王族も聖騎士も奈落の民も皆、関所の中に閉じ込められているといった状況です」
「……それが、なに?」
「今、生きるためには、奈落も騎士も王族も関係なく、全員で協力し合わないと無理だということです」
「身分差関係なく? そんなこと、今まで一度もできた試しなんて――――――」
その時、バンと、何かを叩く音が聞こえてきた。
シェリーさんは、チラリと、音が聞こえてきた窓へと視線を向ける。
するとそこには、窓を叩いて割ろうとしている、大勢のアンデッドたちの姿があった。
その光景を見て、シェリーさんは、顔を青ざめさせる。
「な、なによ、あいつら……ま、まさか、今、外は本当にアンデッドだらけになって……」
「お分かりになられましたでしょう? 今は、冷静にならなければいけません。彼ら聖騎士は、私たちにとって、武力を持った唯一の存在。ですから、ここで無駄な争いをして兵力を損なうわけにはいかないのです。恨みたいならば、生きてここを出た後にしてください。私は王族として……民たちを救う責務がありますので」
「あんた……」
「―――――――そんな簡単な話で済ませられるか!」
その時。私の背後から、そんな声が聞こえてきた。
振り返ると、そこには、小さな男の子の姿があった。
彼の手の中には……小さなナイフが握られていた。
「僕のお母さんは、聖騎士に槍で刺されて殺されたんだ! どうして……どうして、もっと早く関所の中に僕とお母さんを入れてくれなかったんだよ! 何で、今更になって、僕たちを助けるんだよ!! おかしいだろ!! うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「姫様!!」「姫さん!!」
ゾーランドとグリウスが、ナイフを手に持って駆けて来る少年に対処しようと前に出ようとしたが……私はそれを手で制し、少年の前へと立った。
そして―――――自ら、少年のナイフを受け入れた。
「え……?」
「ちょ、ちょっと、フレーチェル……!? あんた、何やってんのよ!?」
動揺の声を溢す少年。起き上がり、私の元へと駆け寄って来るシェリーさん。
「こんの、クソガキ!! 私の友達に何やって―――――」
シェリーさんが怒鳴り声を上げる前に、私は、少年の身体をギュッと抱きしめた。
「……ごめんなさい」
「え?」
「貴方の痛みは、当然のもの。今ここで起こっている地獄は……今まで王族が責任を放棄してきた顛末です。バルトシュタイン家に良いようにされて、聖王家に、権力が無くなったせいなのです。本当に……ごめんなさい」
「あ、謝られても、お母さんは返って来ないよ!!」
「そうですね。謝るのは逃げですね。ですから……これから私は、行動で示します。私は、この地獄で亡くなっていった人々の呪いを背負って、この国を変えたいと考えています。正しき王にしか、この国は、変えられないのですから……! 私が、聖王家の罪を償います!」
「……!」
少年は震える手でナイフを引き抜くと、ナイフを床に落とし、その場にへたり込んだ。
すぐに、私の元に、ゾーランドとグリウスが駆け寄って来る。
「姫様! 御怪我は!」「無茶しすぎだろ、姫さん!」
「横腹を軽く刺されただけですから、平気ですわ。こんな痛み……彼ら奈落の民が抱えてきた絶望に比べれば、軽いものです。それよりも、今後のことを考えなければいけません。……現状、この関所がアンデッドの大群に攻め入れられれば、私たちは終わりです。希望は、バルトシュタイン家の息がかかっていない、剣聖や剣神、剣王の救援を待つことですが……望みはどれくらいあると思いますか、ゾーランド」
ゾーランドは私のお腹の傷に消毒液を塗った後、包帯を巻きながら、口を開く。
「ほぼ、望みは無いと言ってよろしいかと。彼らは基本的に、王族、聖女の要請を聞いて動きます。無論、個人で情報を聞きつけて、人助けをする剣士もいるとは思いますが……奈落の情報が地上に渡ることはほぼないと言って良いかと。地上へと続く道が断たれた以上、絶望的な状況と言えます」
「こんな時にこそ、伝記に残る英雄を求めたくなりますが……誰も彼も救える英雄なんていうものは、夢幻、ですからね……」
「奈落出身の伝説の英雄、アーノイック・ブルシュトローム様だったら、この絶望的な状況さえも変えに来てくれるやもしれなかったですな、姫様」
「30年前に亡くなった英雄を求めても仕方ありません。今は、我々だけで、何とかする他ない」
ゾーランドに包帯を巻いてもらった後。
私は、尻餅をついている男の子に声を掛ける。
「貴方にも、手を貸していただきます。よろしいですか?」
「何で……何で、僕に刺されたのに、僕を殺さないの……?」
「今は、一丸となって全員で生き残ることを最優先しなければならない状況、ですから」
そう言ってニコリと笑みを浮かべると、シェリーさんが、声を掛けてきた。
「あんた……何か、変わった? 今朝までは、ビービー泣いていただけの、弱虫だったのに……」
「父も、兄も、神も……誰も頼ることができないのだと、悟りましたから……何かを変えたいのならば、自分で変えるしかない。私は、神の手は借りない」
「え?」
「いいえ。何でもありません。ゾーランド、グリウス! これから関所の中にある燃えるものをかき集めて、屋上に焚火を作りますわ! もうすぐ、日も沈みます! ですから、アンデッドへの牽制に、大きな火を作って―――――」
「殿下! ご報告がございます!」
その時。屋上から、慌てた様子で聖騎士が降りてきた。
私はそんな彼に、声を掛ける。
「どうしたのですか!?」
「外に……外に、不気味な男が……!」
屋上へと出て、外を見下ろしてみると、関所に押し寄せる大量のアンデッドの背後に―――――一人の男が立っていた。
夕陽に照らされたその男は、胸に手を当てて、頭を下げる。
「我が名は、吸血鬼、アルザード。奈落の民よ、この度は我が肉体の治癒のために血肉を分け与えていただき深い感謝をする」
「貴方が……貴方が、この地獄を産み出した、張本人ですか……!!」
「フフフフ。これが、地獄だと? ハハハハハハハハ!! 高位人族の眷属どもは、知能が低くて困るなぁ。先に吸血鬼に攻撃してきたのは、貴様らの始祖だというのに!! ハッハッハッハッハッハッハッハッハ!!!!」
両手を広げ、高笑いをする不気味な男、アルザード。
あの男が、アンデッドを使役しているのだとすれば、彼を倒すことができれば、この惨劇は終わるかもしれません。
私はアルザードを睨み付け、ギュッと、拳を握ります。
するとアルザードは、口角を上げて、口を開いた。
「しかし、驚いたぞ。我輩の予想では、すぐにアンデッドどもが人間たちを食い散らし、この身体が完全に治癒するものだと思っていたのだが……いつまで経っても身体が治癒しないので見に来てみれば、まさか、関所に集まって足止めを喰らっているとは。おかげで、私の身体は70%程しか治癒できていない。このゾンビたちも、多くの命がある場所にしか向かわない性質をしていてね。他の奈落の住民を襲えば良い者を、一番多くの人間がいる場所であるここにしか集まって来ない。使い勝手の悪い愚物どもに、ほとほと、困り果てていたところだよ」
ということは、他の奈落の民の被害はそうでもないということなのだろうか?
いや……あの量のアンデッドがいる時点で、少なくはないと思いますが。
「そこで、だ。見事アンデッドたちを攪乱してみせた君たちに、あるゲームをしてあげよう」
アルザードは、パチンと、指を鳴らした。
すると関所の中から、悲鳴の声が上がった。
「きゃあああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!! 何で、関所の中にアンデッドがいるのぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
その悲鳴の声が聞こえたのと同時に、一人の聖騎士が、屋上へと上がってきた。
「殿下! 突如、関所の中で奈落の民たちがアンデッド化し始めました!」
「なっ……!? どうしてですか!? 関所は、どこも封鎖していましたよね!? アンデッドが入る道なんて……まさか、アンデッドに噛まれていた者が関所の中にいたと? 全員、噛み痕がないか、確認しましたよね!?」
「い、如何いたしましょう、殿下……!」
「早急に、アンデッド化した者を……討伐してください……!」
助けた人々を殺さなければいけないのは、心苦しい。
だけど、一を斬り捨てなければ、全は助けられない……!
それが、今の現実……!
「フフフフフフフフ。何も、関所の中に元々アンデッドがいたとは限らないぞ? 我輩は……最初から、別の手段を用いてアンデッドを生成していた。その答えが貴様に分かるかな? 聖グレクシア王国の姫君、フレーチェル・リーシア・グレクシア」
「……!? な、何故、私の名前を……!?」
「フフフ……ハーッハッハッハッハ!!!! さて、ゲームをしよう、フレーチェル姫君。お前の前には二つの道がある。一つ、民を全て我輩に差し出しさえすれば、お前の命だけは助けてやろう。二つ―――――お前の命を我輩に捧げれば、民たちは救ってやろう」
「……ッ!!」
「さぁ、好きな方を選べ。もっとも、多くの時間を使えば……どんどんと、守るべき民はアンデッドになっていくがな? ハハハハハハハハハハ!!!!」
その時。下の階から、悲痛な悲鳴の声が聞こえてきた。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!! アンデッドに食べられて死ぬなんて、嫌だぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「こ、こっちに来るな!! 来るなぁぁぁぁぁ!!!!」
「なんで……なんで、みんな、アンデッドになっていくの!? どうして……どうして……!!」
このままでは、みんな、アンデッドになって死んでしまう。
私は……奈落の民たちだけではなく、ゾーランドやグリウス、リーリヤさんやシェリーさんにも、生きていて欲しい。
全を救うために一を斬り捨てる。ならば、私の、手段は……!
「わかり……ましたわ。この命、貴方に差し上げましょう」
「!? 姫様!?」「馬鹿言うんじゃねぇよ、姫さん!!」
「ゾーランド、グリウス! 後のことは頼みましたわ!!」
「なりませんぞ!! ひ、姫様、お待ちくだされ――――――!!!!」
私は階段を駆け下り、阿鼻叫喚が広がる関所の中を通って、門を開けて外へと出る。
「聖騎士たちよ! すぐに門を閉めなさい!!」
「殿下!? いったいどうなされるおつもりで!?」
「私の命を以って……皆を救います!!」
外に出ると……アンデッドたちは私に手を出さずに、道を空けて、硬直していた。
私はその道を歩いて行き――――――アルザードの前へと立つ。
「これで……皆を助けてくださるんですよね?」
「フフフ……素晴らしい選択だ。お前の身柄は、我が友が欲していたのでな。我が友の加護でお前を傀儡にすれば、きっと、友も喜ぶに違いない……フフフフフ」
「我が、友……?」
「何でもない。さて、これで……憂いはなくなった。アンデッドども、関所の中にる奴らだけを全員……喰って良いぞ」
「なっ……!?」
アンデッドたちはゆっくりと動き出し、関所の中へと向かって行く。
私は振り返り、アルザードに叫んだ。
「何ですか、これは!! 約束と違います!!」
「馬鹿か、お前は。私がお前たち下等種族の命令を聞くとでも思っているのか? 私が欲していたのは、お前だけだ、フレーチェル王女。お前は無知で、甘かった。だから……目の前の光景を脱するために、人の提案の裏を読むことすらできなかった」
「ふ……ふざけるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!」
「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!! お前が大事にしていた者は、すべて、皆、我が血肉と成り果てる!! あぁ、いいぞ、お前のその憎悪に宿る顔……!! これが、我が友と語り合った『人間の壊し方』という奴か……楽しい、楽しいなぁ!!!!」
「畜生……畜生ぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
奈落の民を守るって、そう、決めたのに……!!
私は馬鹿だった!! 相手の方が、何枚も上手だった……!!
私は地面に跪き、床に拳を叩きつける。
すると、その時。背後から、声が聞こえてきた。
「姫様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
振り返ると、そこには、ゾーランドの姿があった。
ゾーランドはアンデッドを斬り進みながらこちらにやってくるが……あの大量のアンデッドたちに敵うはずもなく。腕を噛み千切られてしまっていた。
「ゾ……ゾーランドぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
「ぐっ、こんな痛み……何ともないですぞ!! ぬぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
ボロボロになりながら、駆けて来るゾーランド。
そして彼は、跳躍し……私の前に立つと、右腕だけで剣を構え、アルザードに襲い掛かった。
「覚悟!! アルザード!!」
「――――――――――――――――くだらん」
アルザードは何か詠唱を呟き、魔法で爪を伸ばすと……ゾーランドの身体に付き刺した。
胸を10の爪で突き刺されたゾーランドは、カハッと、血を吐く。
その後、アルザードが爪を抜くと、ゾーランドが、私の元へと覆いかぶさってきた。
私はゾーランドを抱き留め、声を掛ける。
「ゾ、ゾーラン……ド……?」
「申し訳、ございませぬ、姫様……最後まで、貴方を……お守りすることが……できませんでした……」
私はただただ、血だらけのゾーランドを見て……呆然としてしまっていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
《ゾーランド 視点》
私は……若い頃に、妻と子供を亡くしてしまった。
私が騎士として国を守っている間に、夜盗に村を襲われたのだ。
私はその時、自分がいったい何のために剣を握ったのかが分からなくなってしまった。
突然何もかも奪われてしまった、深い闇の底のような悲しみ。
私はただこの国に従事することで、その悲しみを誤魔化そうとしていた。
そんな……ある日のこと。
王城の中庭で、一人で人形遊びをしている幼い姫君と、私は出会う。
姫君は、誰からも期待されていなかった。
彼女の母親はジュリアン殿下ばかりを可愛がり、娘を放置していた。
城にいる貴族たちも、使用人たちも、その姫君を相手にしていなかった。
彼らは最初から察していたのだろう。
フレーチェル殿下に近付いても……利益がないということを。
彼女が、王に至る器ではないことを。
『ぞーらんど、みなさい! このふく、かわいいでしょ!』
『はははっ。姫様は何を着ても、可愛いですな』
気が付けば私は、暇ができる度に、王城の中庭で姫様のお守りをしていた。
子供を失っていたから、私は、いつの間にか姫様を自分の子のように可愛がっていたのかもしれない。
姫様は影響されやすく、流されやすい傾向があったが、人の心を思いやることができる綺麗な御心を持っていた。
『ねぇ、ゾーランド! 私、この絵本に載っている王様みたいに、みんなを笑顔にできる王様になりたいな!』
『ははっ、姫様ならなれますとも』
『お父様も、この絵本のような優しい王様なのよね! 私、お父様とあまりお話したことはないですけれど!』
『……そうですな。御父上も、きっと立派な王様でしょうな』
とても純粋な子だった。
『ゾーランド、貴方、奥さんや子供を亡くしていたのですわね……』
『はい。ですから私は、一人なんです』
私が己の過去を話すと、フレーチェル殿下は、大粒の涙を溢し、わんわんと泣き始めた。
『ひ、姫様!?』
『うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!! そんなの、あんまりですわぁぁぁぁぁぁ!! 一人なんて、言わないでくださいましぃぃぃ!!!!!』
人の話を鵜呑みにして、疑うことをしないところは欠点かもしれないが、とにかく、人の気持ちに寄り添える純粋な姫君だった。
純粋だからこそ、この国の本当の現実を知ったその時、彼女がどのように心を痛めるのか……不安でならなかった。
フレーチェル殿下は、自分が周囲から愛されているのだと思っている。
実際は、聖王も王妃もジュリアン殿下も、誰も……フレーチェル殿下のことを気にも留めていないというのに。
でも……きっと姫様ならば、現実を知っても、尚、進むことができるはずです。
だって、私は―――――――――。
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《フレーチェル 視点》
「だって、私は……姫様が、どの王子たちよりも……弱者の気持ちが分かる王女だって、知っていますから。虐げられてきて、侮られてきた者にしか、弱者の気持ちは分からない。この国は強者こそ正しいという風潮がありますが、私は、姫様のような弱さを知っている王女こそ、失敗を知っている王女こそ、この国の聖王に相応しいと考えております。だって、貴方様は……私のために、泣いてくださった、優しいお人ですから……」
「ゾーランド……?」
「姫様。私は貴方と共にいれて、幸せでした。願わくば、貴方様が立派に成長なされる姿を……もっと……見ていたかった……」
「だ、駄目……駄目!! 死なないで……死なないで、ゾーランドぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
私は必死に、血が溢れてくるゾーランドの胸の穴に手を当てる。
だが、その流血が止まることはない。
「王に……立派な聖王になられよ、弱者を救う王女よ……」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
ゾーランドが瞼を閉じた、その瞬間、私は悲鳴を上げてしまう。
そんな私に対して、背後にいたアルザードが拍手を鳴らした。
「素晴らしい。これが、人の世でいう愛情というものか。なるほど……今なら、我が友が言っていた言葉が理解できる。人間という生物は、その背景を知り、極限まで痛めつけて殺す方が楽しい、か。フフフフフ……確かに、な。良い見世物だったぞ、小娘」
「見世物……ですって?」
私はゾーランドが持っていた剣を手に取ると、立ち上がる。
そして、咆哮を上げて……アルザードに向けて、斬りかかった。
「ふざけるな……ふざけるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「我が爪よ、剣となれ―――――【血爪】」
アルザードの爪が伸び、私の左目が……斬り裂かれた。
私は左目を押さえてよろめくが、剣を離すことはせず、右目でアルザードを睨み付ける。
そんな私を見て、アルザードはため息を吐いた。
「やめておけ。貴様では我輩には勝てない。勝てぬと分かって挑む者を見る程……つまらぬ者はない。我輩は、最強の種族、吸血鬼なのだ!! 貴様らは、我輩を前にしては、ただ蹂躙される他ない!!!!」
「くそ……くそぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
私がそう声を張り上げた―――――その時だった。
「ぽっぽー」「ぽぽぽーっ」「ぽっぽぽー」
突如、上空に、鳩の群れが現れる。
「あれは……?」
私が上空を見上げ、驚きの声を溢した、その時。
アルザードの肩に……背後から、ナイフが突き刺さった。
「なっ……!?」
「我が魔法よ、真実の姿を取り戻せ―――――――【解放】」
その瞬間、突き刺さったナイフが瓦礫へと代わり、アルザードの肩が吹き飛んだ。
ドチャリと右腕が落ち、地面に青い血だまりができる。
アルザードは憤怒の表情を浮かべながら、背後を振り返った。
「来たかぁ……!! 偽物がぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「言ったであろう。妾は、必ず貴様を倒すと」
そこには、空中に浮かぶ腕と顔があった。
その腕と顔に目掛け、上空の鳩たちが集まり、身体を形成していく。
私とアルザードの前に現れたのは―――――漆黒の日傘を差し、ゴスロリドレスを身に纏った、白髪の少女だった。




