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第10章 剣王試験

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第10章 二学期 第339話 剣王試験編ー終章 空を翔ける箒星⑩ 王とは、何か



《フレーチェル 視点》





「やめて……やめてくださぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!!!!!!」


 ―――――――――ザシュ。


 その時。シェリーさんを庇って、リーリヤさんの横腹が……槍に突き刺さった。


 リーリヤさんは血を吐き出し、膝を突く。


 そんな彼女を見て、シェリーさんは、顔を青白くさせた。


「……は? ねぇ……何やってんのよ……何やってんのよ、リーリヤぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


 槍が引き抜かれた後、倒れそうになったリーリヤさんを抱きしめるシェリーさん。


 その後、パニックに陥った民衆たちが、二人を踏みつけ、蹴り飛ばし……関所へと向かって押し寄せてきた。


「やめて……やめてぇぇぇ!! 二人ともぉぉぉぉぉぉ!!」


 私がそう叫んでも、群衆は止まらない。


 聖騎士たちは流石に五人では分が悪いと考えたのか、数人程槍で殺害した後、関所の中へと徐々に後退していった。


「……チッ! こうなっては、関所に籠城し、援軍を待つしかないか……! 良いか、お前たち! 関所に入れば即座に処刑するぞ! 生き残りたくば関所を押し通ろうとするよりも、奈落の中を逃げ惑え! 行くぞ!」


 そう言って騎士たちは、関所の中へと入って行き、巨大な門を閉じた。


 すると人々は門の傍へと近寄り、バンバンと門を叩き始めた。


「開けてくれー! 頼む! このままじゃアンデッドに喰い殺されて死んじまうーッ!」


「お願いします!! ここを開けて……!! 開けてよう!! いくら奈落の民だからといって、こんな死に方……あんまりよ!!」


 阿鼻叫喚の声を上げる奈落の民たち。


 そこには―――――――地獄が広がっていた。


「これが……これが……! この国の現状……なんですの……?」


 私は膝を突き、身体を震わせながら、その地獄の光景を見下ろした。


 私はその光景を見つめながら―――――いつの日か、先代オフィアーヌ伯……アネット・イークウェスと交わした会話を思い出した。



『―――――私が聖王になったら、貴方の願いを何でも叶えて差し上げますわ。望むものは、全て差し上げます』


 学生寮前での、二度目の勧誘。


 私のその言葉に、アネット・イークウェスは短く息を吐き、こう言葉を返した。


 『フレーチェル殿下。その誘いでは、貴方様を慕う臣下ではなく、金目当てのゴロツキしか寄って来ませんよ。勿論、私も貴方様の配下になるつもりはございません』


『え? な、なんで……?』


『無礼を承知で問いを投げさせていただきます。殿下は、聖王になって、この国をどのように変えていきたいとお考えなのですか?』


『そ、それは……私が認める、可愛いものだらけの国に……』


『可愛いものだらけにして、いったい、誰が救われるのですか? 御言葉ですが、今この国に生きる者の中には、飢えで死んでいく者もおります。そんな最中、誰が貴方様の『可愛いものだらけの国』に共感し、ついていく者がいるというのでしょうか?』


『飢えで死んでいくもの? そんなはずはありません! 聖グレクシア王国は、大陸の中でも、最も美しく豊かな土地を持っている国! フランシア領で獲れる食料は、全国民にいきわたっているはずです! 飢えで困窮している者など、どこにもいませんわ! お兄様も言っていましたもの! 聖グレクシア王国の民は皆、幸せだと!』


『何も……知らないのですね』


『え?』


『王女殿下。貴方が今まで見てきたのは、上層の世界だけです。王都の堀の下にある下層の世界……『奈落の掃き溜め』にどのような世界が広がっているのか、ご存知ですか?』


『奈落の掃き溜め……? な、なんですの、それは?』


 私は、ゾーランドへと視線を向ける。


 するとゾーランドは首を横に振り、アネット・イークウェスへと視線を向けた。


『アネット様、申し訳ございません。姫様は、今まで兄君であるジュリアン殿下としかお話したことがなく、外の世界のことを知らないのです。いや……少し異なりますね。姫様は、ジュリアン殿下から聞いた聖グレクシア王国しか、知らないのです』


『そ、そんな……この王国に、飢えで苦しむ人が住む場所がありますの? だったら何故、お父様やお兄様は、そこに住まう民を救おうとはしなかったのですか?』


『姫様。そんな簡単に済む話ではないのですよ。『奈落の掃き溜め』ができた背景には、帝国との戦によるものや、バルトシュタイン家が権力を専横し領地を接収したことなど、多岐に渡る要因があるのです。それに……あの場所ができてからもう数十年以上は経っている。今更『奈落の掃き溜め』の荒くれ者の住民を上層に上げては、王都が混乱することになるでしょう。彼らも、上層の人間と関わりたくはないはずです。進んで堀の下で暮らしている者もおりますので』


 ゾーランドのその言葉に、グリウスも呆れた様子で口を開いた。


『旦那の言う通りだぜ、姫さん。『奈落の掃き溜め』の奴らの殆どは、王家と貴族を憎んでいる連中です。姫さんが奴らを助けると言っても、はいありがとうございますって、進んで施しを受けるとは思いませんねぇ』


『…………嘘です……やっぱり私は、この美しい聖グレクシア王国に、そんな場所があるとは思えませんわ……』


『申し訳ございませんが……私は、自分の命を賭してまで、貴方を聖王にしたいとは思いません。他を当たってください』


 

「……彼女の言うことは、本当のこと、でしたのね……」


 回想を終えた後。私は眼下に広がる地獄を前に、ギュッと、拳を握る。


 お父様も、お兄様も、嘘を吐いていた。


 この王国は、誰もが幸せに暮らせる国なんかじゃない。


 この国は、表層だけ着飾った、既得権益者だけが幸福を得る張りぼてだ。


 この世界は――――――地獄そのものだ。


 私は手を組むと、目を瞑り、祈りを捧げた。


「神様……!」


 どうか、神様。セレーネ教の女神様。お願いです。


 彼ら奈落の民を救ってください。リーリヤさんとシェリーさんを救ってください。


 あの二人は、とても良い人なんです。この私を助けてくださった人なんです。


 女神様の教えにある、心清き人とは、彼女たちのことです。


 ですから……どうか……!


 どうか……!!


 ……。


 …………。


 ……………………。


 目を開けてみる。


 だが――――そこにある地獄は、変わらなかった。


「うぇぇぇぇぇぇん!! お母さぁぁぁぁぁん!!」


 子供が、槍で突き刺された女性の死体に覆いかぶさり、泣いている。


「ひぃぃぃぃぃ!! 来るなぁぁぁぁ!! 来るなぁぁぁぁぁ!! ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 アンデッドに噛まれた男の人が、絶望した様子で、悲鳴を上げている。


「開けてくれぇぇぇぇ!! 開けてくれぇぇぇぇ!!」


 関所の門や窓を叩いて、助けを求める奈落の民たち。


 神に祈っても、目の前の光景は変わらない。ただ、地獄が広がっているだけ。


「どうして……どうして!! どうして……神様は助けてくれないんですの!?」


 神様がいないのだとしたら……いったい、誰が、彼らを助けてくれると言うの……?


 いったい、誰が……!! 


 誰が、奈落の民たちを……!!


「……」


 私は、自分の手のひらを見つめる。


 そっ……か……。


 今になって、エステリアルの言葉が、分かりました。


『信じれば神に救われる、かい? 残念ながらこの世界に神などいないよ。だが、もし女神アルテミスが本当にいるとするのなら……僕は……神を侮蔑する。だって、そうだろう? 僕は産まれるべきではない王女として、幼い頃から妾の母と共に塔へ幽閉されてきたんだ。闇の中で、腐った食べ物と泥水を啜って生きてきた。死していく母の亡骸を抱き、この世界に憎悪を抱いた。その時に思ったよ。神様はどうして、僕を助けてくれないのかと……ね』


『僕と君で何が違うのだろうね、フレーチェル。僕と君は二つしか歳が変わらない王女だ。だけど、妾という産まれで、僕は地獄の中生きてきた。片や君は正妻の子というだけで、何不自由なく育ち、真っ当な価値観を持って生きてきた。もし、神がいるのだとしたら、そいつは相当、理不尽な世界が好きと見える。だから僕は神を侮蔑する。そして、僕と母を蔑ろにした王族に怒りを覚える。僕を産み出した世界に憎悪を抱く。僕は――――――聖王となり、この不条理な世界を破壊して、理想の世界を創り直す』


 神様なんて、端からこの世には、いないんだ。


 神というのは、この国を支配する誰かが都合よく民を動かそうとして創り出していたまやかし。偶像。


 この世界にあるのは、歪んだ人間が創り出した、理不尽な現実だけ。


 だからエステリアルは、神を恨み、セレーネ教を壊そうとしていたのでしたのね。


 ジュリアンお兄様の描く王国の未来図は、今の姿のまま、王国を継続する世界。


 エステリアルの描く未来図は、全てを破壊して、国を創り治す世界。


 私は……私ができる、ことは……。


 神様がいないのなら、奈落の民を救えるのは――――――。



 「新たな聖王しか……私しか――――――いないッッ……!!!!」



 私は涙を拭いて、立ち上がる。


 もう泣かない。だって、シェリーさんが言っていましたから。


 ここで生きている人間には、泣く暇なんてないって。


 私も、現実と向き合わなければいけない。


「姫様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

「姫さぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!」


 その時。奈落と地上を繋いでいる階段から、二人の騎士が降りてくる姿が目に入ってきた。


 彼らは落ちるように階段を降ってくると……途中で飛び降りて、私の前へと落ちて来る。


 ドシャァァァァァンと土煙を上げて、私の目の前に落下してきたのは……身体中に包帯を巻いている老騎士ゾーランドと、軽く身体に包帯を巻いている青年騎士グリウスだった。


 以前私が命じて着せた、ピンク色の鎧に身を包む騎士二人の姿を見て、私は思わず瞳に涙を貯めて驚きの声を上げてしまう。


「ゾーランド! グリウス! 生きていたんですの!?」


「あいたたたた……おい、グリウス、どかんか! 姫様の前だぞ!」


「旦那、そりゃあないッスよ……俺が下敷きになってあげたのに……」


 二人は立ち上がると、私に笑みを向けてくる。


「姫様、ご無事で良かったです。先日は申し訳ございませんでした。ルクスに遅れを取ってしまい……!」


「俺もすんませんねぇ。まさか、姫さんを奈落に落としちまうとは。はははは」


「笑いごとではなかろう、若造が! ……さて、姫様。こうしている間にも、ジュリアン殿下の手先がいつ来るか分かりませぬ。地上へと戻りましょう」


「地上へは、戻りません!」


「え?」「は?」


「ゾーランド、グリウス。協力してください。私は……奈落の民を救います!」


 私は胸に手を当てて、そう宣言をする。


 するとゾーランドは無表情になり、チラリと、崖下の恐慌する群衆たちを見つめた後、私の方へと目を戻してきた。


「本気で言っているのですか? 彼らは王国が、王族が、いない者(・・・・)として定めた者たちです。存在しない民である彼らを救っても、貴方には何の益もありませんよ?」


「益など関係ありませんわ!! 私は……奈落の民に救われた!! そこに人としての差などありませんッ!!」


「しかし、奈落の民を人間扱いしないというのは、先王陛下も同意した法でもあり……それに、ジュリアン様も―――――」


「お父様とお兄様は、最早、関係ありません!! これは、私が決めたこと!! たとえ父と兄が! 神が! 彼らをいらない者(・・・・・)だと言うのならば……私が救いましょう!! 兄ジュリアンがセレーネ教を守り、姉エステリアルが破壊と再生を求めるのならば……私が目指す王というのは、民を守れる王です!! この腐った国は、正しき思想を持った先導者が導く必要があるッ!!」


 私のその言葉に、ゾーランドはニコリと、微笑みを浮かべた。


「……変わられましたな、姫様。この爺は、幼少の頃から見てきて、貴方様が王子の中で誰よりも優しい心根を持っておられることを、理解しておりました。民を慮ることのできる貴方様こそ、聖グレクシア王国の次代の聖王に相応しい」


 ゾーランドはそう言って、膝を突き、私に騎士の礼を取ってきた。


 グリウスは「嘘だろ? これが、あの我儘姫さんか?」と言って、慌てて、膝を突き、頭を下げる。


「何なりと、お命じくださいませ、我が主よ!」


「まずは、聖騎士たちに門を開けさせに行きます! 後に続きなさい、ゾーランド、グリウス!」


「「はっ!」」


 そう言って、私は、マントを脱ぎ棄て……王女(・・)フレーチェルとして、関所の中へと戻って行った。


 それはすなわち……ゴーヴェンの息がかかった聖騎士たちと相対するということ。


 つまり、お兄様……いえ、ジュリアンと敵対するということ。


 何が正しくて、何が間違っているのかは、自分で決めなければならない。


 あの先代オフィアーヌ伯、アネット・イークウェスには、一番大事なことを教わりました。


 私は……お兄様ではなく、リーリヤさんとシェリーさんを守る道を選びます。






 関所の中へと入ると、私たちの姿を見て、聖騎士たちは驚きの声を上げた。


「なっ……!? フレーチェル!? 何故ここに!?」


 一斉に槍を構え始める五人の聖騎士。


 その姿を見てゾーランドとグリウスが剣を抜いて前に出ようとしましたが……私はそれを手で制して、槍の前へと出ました。


「姫様!?」「姫さん!?」


「聖騎士たちよ! 門を開けなさい! これは、王女フレーチェルとしての命令です!」


 ここは、強気にいかなければいけない。


 王女としての威厳を見せなければ、兵士は付き従わないと思いますから。


「何を世迷言を! 貴様はジュリアン殿下の信頼を裏切り、殿下の敵となった! ゴーヴェン団長からも排除せよと命令が出ている!」


 首元へと槍が突き付けられる。


 すごく怖いけれど……でも、私は一切の恐怖を顔に出さずに、口を開いた。


「今、奈落の民を見捨てることは、この私が許しません! 今この場において騎士への命令権を持つのは、王族であるこの私のはず! 私の命に従い、アンデッドどもを追い払いつつ、奈落の民を関所の中へと入れなさい!」


「ふざけるな、お飾りの姫君が!! 私たちへの命令権を持つのは、ジュリアン殿下とゴーヴェン様だけだ! それに、奈落の民が地上に行ったら、どうなるか分かっているのか!? ここにいるのは地上で生きることができなかった者たちだ! 中には、逃走中の犯罪者も紛れている!! こいつらを関所の中に入れることは、断じて許されない!!」


 それはそうだ。ジュリアンの騎士である彼らが、私に従うはずがない。


 考えなければ……考えて、彼らに門を開けさせなければ……!


 今も彼ら奈落の民は、アンデッドに襲われ、食べられているのですから……!


 私はそこで――――――あることに気付いた。


 何故……ゴーヴェンが、私を探すために、奈落に騎士を寄越したのか。その答えに。


「……貴方たちは、分かっているのですか? このままでは、貴方たちも、只では置済まないということを」


「はっ、口から出まかせか?」


 その時。私の首元に槍を突き付けていた聖騎士は、背後にいる騎士に目で命令をする。


 その騎士は、コクリと頷き、上へと登って行った。


「さて、馬鹿で我儘な駄目王女様。お前をここで殺すのは簡単だ。首元に一突きすれば済む話だからな。だが……私の裁量で、その寿命を延ばしてやることもできる。大人しくしているのなら、な」


「貴方は、今ここで、私を殺せないはずです」


「はぁ?」


「貴方がた聖騎士は、奈落に落ちたこの私を探していた。最初、私を殺すために探していたのだと思っていましたが……よくよく考えたら、奈落に落ちた私を探すのって、おかしいと思います。だって、世間知らずなお姫様であるこの私が、奈落で生きていけるはずがないですもの」


「はっ。死体を探していただけかもしれないだろう?」


「違います。お兄様……いえ、ジュリアンは……もし私が生きていた場合、私の新鮮な死体を使って、エステリアルに暗殺の罪を被せたかったんじゃないんですか? だからこそ、わざわざバルトシュタイン家の私兵団が奈落にまでやってきていた。 貴方は……私を殺せない。まずはゴーヴェンかジュリアンに報告して、判断を仰がなければいけませんから」


「……」


「そして、ジュリアンは、妹であるこの私を捨てた。あの人は、自分が聖王になるためならば何だって切り捨てる御方。このアンデッド騒動をもし、あの人が知ったのならば……自分の陣営にあるバルトシュタイン家の失態を隠すために、口封じをするでしょう」


「口封じ……だと?」


 その時。屋上の方から、ドシンと大きな音が鳴った。


 別に、狙ったわけではありません。


 ただ……今回は、神が……いえ、神はいませんから、運が私に味方しただけということ。


 騎士の男は、背後にいる部下を、屋上へと向かわせる。


 そして、数分後。


 上に登っていた騎士が、足早に階段を駆け下りてきて、叫び声を上げた。


「た、大変です、隊長殿! 昇降機のロープが斬り落とされて……地上に報告しに行ったガーペスの奴が、落下して死にました!! か、階段も……途中から崩れ落ちて、登れないようになっています!!」


「な……なにぃッ!?!?!?」


 やっぱり、ゴーヴェンとジュリアンは、彼らを見捨てましたか。


 やはり……お兄様。貴方と私は、相入れないようです。


「これで、お分かりでしょう? あなた方は……地上に見捨てられたということです。よろしいですか、聖騎士たちよ。貴方たちがもし万が一地上に上がったとしても、ゴーヴェンとジュリアンは絶対に放置することはしません。それは、お分かりですよね? 彼らは必ず……あなた方を始末します」


「そ、それは、そう、かもしれないが……っ!」


「貴方たちが生き残ることが許される道は、ただひとつ。それは、この私に付き従い、生きるか……それとも、終わりのない籠城戦をいつまでも続けて、この関所の中で朽ち果てるか。……今ここで、選びなさいッ! 誰に指揮権を委ねるかをッ! 誰が、この場を先導するに相応しい存在なのかをッ!」


「……ッッ!!」


 首元に槍の切っ先が突き刺さり、血を垂らしながらも……私は、吠える。


 こんなの、私のキャラではないかもしれない。


 でも……何故か自然と、私は、恐れずに彼らに立ち向かうことができた。


 今は、そうしないといけない時だと、思いましたから。


「……分かりました。これより、貴方様の指揮下に入ります、フレーチェル殿下」


「では、今すぐに門を開けなさい! 生きている人だけを関所に通し、アンデッドが追って来ようとしたのならば、すみやかに排除すること! ゾーランドとグリウスにも、その作戦に同行していただきます! よろしいですね!」


「はっ!」「はいよ、姫さん」


「フレーチェル・リーシア・グレクシアが、命じます! 奈落の民を……救出しなさい!」


「「「……了解致しました、殿下」」」


 聖騎士たちはしぶしぶと言った様子で、頭を下げた。


 そんな中。ゾーランドが、傍にあった燭台を手に、こちらへと戻って来る。


「姫様。アンデッドは、火と光に弱い性質を持ちます。光の方は、生憎、奈落の底のためにあまり太陽光が街に入らない様子ですが……火はこちらにあります。兵士たちに松明を持たせ、アンデッドたちに対抗させるのは如何でしょう」


「素晴らしい考えですわ、ゾーランド。貴方の言う通りに致しましょう」


 私は再度、騎士たちへ、声を掛ける。


「騎士たちよ! 松明を手に、アンデッドたちから奈落の民を守りなさい!」




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




《アネット 視点》




「見えました。あそこが、関所です」


 俺はそう言って道を走り抜け……疲れた様子のラピスと共に、関所の前へと辿り着く。


 しかし、そこには、大勢の聖騎士たちが集まっていた。


 関所を囲むように守衛している聖騎士たちの姿を見て、ラピスが、驚きの声を上げる。


「嘘……奈落の関所に、あんなにいっぱい聖騎士がいるなんて……何かあったの!?」


 ……困ったな。俺は、できる限り、聖騎士たちと関わりたくはない。


 あいつらの上には、ゴーヴェンがいるからだ。


 俺がどうするかと思案を巡らせていると、関所の扉が開き、そこから長身の男――――噂をすれば何とやら。今しがた考えていた張本人、ゴーヴェンが姿を見せる。


 俺は即座に身体を建物の影へと隠し、身を潜めた。


 そんな俺を見て、ラピスも、同じように建物の影に隠れる。


「まさか、あんなところにゴーヴェンがいるなんて……何かあったのかな?」


「……そうですね。恐らく、奈落で聖騎士が出動しなければならない重大な事案があったのでしょう。でなければ、聖騎士団長自らが、奈落の関所になんて顔を出さないと思いますから」


「どうする?」


「あまり、彼の前には姿を見せたくはありません。別の道を探します」


「同感。私も、一族に暗殺を命じられた身としては、あの男に無暗には接触したくないかな。とはいえ……奈落に、別の道なんてあるの?」


「……」


 ―――――――ない。奈落に繋がる正式なルートは、あそこしかない。


 だが……記憶に微かに残る、別のルートは確かにある。


 俺の育ての親だった、奈落の娼婦のシエルが、仕事で貴族の屋敷へと向かう際に使った裏ルート……闇商人やマフィアたちが使う、地上へと繋がる秘密の道がある。


 ただ、俺がそのルートを知ったのは、前世の幼少期……つまり、現代で言うと、70年近い大昔の話だ。


 その道が未だに生きているかは分からないが、今はそこを使うしかないだろう。


 俺は踵を返すと、来た道を戻って行く。そんな俺の後を、ラピスがついてきた。


「ど、どうするの、アネットちゃん!?」


「裏ルートを使います」


「う、裏ルート!? 何それー!?」


 俺は驚くラピスを無視して、堀の近くにある広場へと辿り着く。


 そして、周囲に誰もいないことを確認すると―――――街灯の下にある土を掘った。


 するとそこにあったのは、地下へと続く丸い扉。


 俺は丸い鉄製の蓋をこじ開けると、地下水道へと飛び降りる。


 こうして地下水道に降りるのも、特別任務の時と王宮晩餐会を含めて、三回目か。

 

 まさか故郷に帰るために、三度、地下水道に足を踏み入れなければならないなんて、な。


「えぇぇぇぇぇ!? ちょ、アネットちゃん!? 何処に入ってんのー!?」


「もし汚れを気になされるのなら、そこで待っていてください。大丈夫です。すぐに戻りますから」


 地上で躊躇しているラピスを置いて、俺は、地下水道を走って行く。


 むしろ、あの女がここに来ないことは好都合。


 【瞬閃脚】で、目的地まで急いで――――――――。


「わ、私も、行くし!!」


 ラピスは苦悶の表情を浮かべ、穴に足を入れて、プランプランとさせる。


 ――――――……チッ。何なんだ、あの女は。どうして俺について来る。


 正直、ラピスに関しては、まだ、謎が残っている。


 それは、俺が先代オフィアーヌ伯というだけで、あいつは、簡単に俺にゴーヴェン暗殺の件を話してきたことだ。


 はっきり言って、無防備すぎる。そんな理由を、ただ気に入った相手だからって話すわけがない。


 多分―――――あいつが俺に付きまとうには、何か、他に訳がある。


 暗殺をするためにわざわざ人種を秘密にして剣王になる女だ。腹に一物を抱えていてもおかしくない。


(……ここで、撒く、か)


 俺は闇に乗じて、ラピスの目を欺くことに決める。


「【暗歩】」


 俺は気配を消し、闇の中に溶け込んだ。


「――――……よっと。って、あ、あれ? アネットちゃん?」


 地下水道に落ちて来たラピスは、周囲をキョロキョロと見渡し、俺の姿を探すが……彼女はもう、俺の存在を感知することはできない。


 「あれ~?」と言って首を傾げているラピスを見つめて、俺はため息を吐く。


(暗殺者志望だというのに、【暗歩】を感知できない、か。彼女、面白い魔法を使えるようだが……暗殺者としてはまだまだだな。こんなので、果たしてあのゴーヴェンを殺せるのか、正直疑問だな)


 そう心の中で呟いた後。俺は【暗歩】を発動させたまま、【瞬閃脚】を発動させ、地下水道の中を走って行った。

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