最後の戦い〜無力
「……この私に質問とは」
魔王が様子を伺っているのか動きを止める。
やがて揺らめくように体を動かすと、
「……良いだろう。 勇者は興ざめだったしな。 精々楽しませるような質問をしてみろ」
キープは目を閉じ心を落ち着かせる。
今にも体が震えだしそうだが……、
(恐怖に……負けている場合じゃない! みんなはまだ……戦っているんだ!)
目を開くと魔王に視線を向ける。
あれ程の恐怖が……皆の事を考えると嘘の様に薄れていた。
「魔王……貴方を倒したら、この世界はどうなるのですか?」
「……」
魔王が黙る……影は変わらず揺らめいている。
「どういう意味だ?」
意味を図りかねたのか訊き返してきた。
「貴方の力は強大です。 それ故倒されればこの世界が壊れるとか、バランスが崩れるとか……そう言った事になったりするのですか?」
「……なるほどな」
魔王は暫く黙り込むと、
「つまらん質問だな。 私は今まで倒されたことなどない。 よって私が居なくなった時の事など知りもしないし、あり得ん事だ」
「そうでしたか……ありがとうございます」
魔王が少し間を置き、
「何故そんな質問をした?」
「……知りたかったんです。 何故誰も……歴代の勇者達が貴方に勝てなかったのか」
「私が強いからに決まっている」
「それもあるとは思います……だけど僕が言っているのはそうじゃない」
「なんだと?」
「『倒せなかった』のか、それとも『倒さなかった』のか、それが知りたかったんです」
「同じではないか」
「僕は城で過去の勇者達の記録を見ました。 アレスさんより力が強い勇者、ミアプラよりも素早い勇者、強大な魔法を使う勇者……どんなに強い勇者も貴方に勝てなかった」
「そうだ……どんな勇者にも私は勝ってきた」
「だから知りたかったんです……どんな勇者も貴方に勝てなかった。 それは単純に貴方に勝てなかったのか、それとも」
キープは言葉を切り少し考えると、
「先程訊いた通り、もし貴方を倒してそれが世界の崩壊とかになるのであれば勇者達は貴方を倒さないし倒せない」
「バカバカしい」
「でも貴方は『自分でも分からない』と言った。 貴方が知らないのであれば勇者達も知らないでしょうし……そうなると『倒さなかった』のではなく『倒せなかった』のでしょう」
キープが何を言っているのか……知りたいのか……魔王は未だに図りかねる。
「どんなに強い勇者も貴方を『倒せなかった』……単純に強いだけとは思えない。 この部屋の事、アレスさんの攻撃……つまり貴方には物理攻撃が効かない、そしてこの部屋で魔法を封じている。 そうやって無敵の魔王として勇者達を退けてきたんです」
「……そうだ。 私に物理的な攻撃は効かない。 この部屋にいる限り魔法も使えない……私以外はな」
魔王が一際大きく揺らめき、
「だから私を倒すことなど不可能なのだ!」
「……だから、城に籠もっていたのですね」
「なんだと?」
「勇者を全て倒してきた程の力があって、何故ここに留まっていると思いましたが……ここから出ると倒される可能性があるから……」
「……うるさい」
「つまり貴方は倒す事が出来る! 完全に無敵では無いです!」
「黙れ!」
魔王から発せられた気で口をつぐむ。
先程までとはいかないが、再度気圧されてしまう。
暫くお互いに黙り合う。
そうして魔王が言葉を発した。
「では……私からも一つ訊こう。 お前は一体何なのだ?」
「?」
今度はキープが意味を図りかねる。
「この私を前に……何故そんなに立っていられる? 叫べる? そればかりか質問など……普通はそこの女の様になるはずだ」
隣のナシュをチラリと見る。
ナシュは立つことも動くことも出来ずにいる……額からは大量に汗を垂らし、息は荒く顔は苦し気だ。
「それどころか私を倒せるなどと……お前も勇者か? それとも聖女なのか?」
(最後の最後まで聖女って……)
と思いつつも、
「違います。 ただの……回復師です」
「ただの……回復師だと?」
余程驚愕だったのか魔王が固まる。
「はい、回復師のキープです」
「……」
魔王はそれを聞くと黙っていたが……、
「クックック……フハハ、ハーハッハッハ」
徐々に笑い出し、最後には大声で笑いだす。
そして、
「そうか! お前がキープか? 城に攻め込んできた奴らの誰も彼もがお前の名を出すと思えば……お前の事か!!」
魔王が腕をかざすと、部屋中に四角い幕がいくつも現れ……そこには仲間達が映っていた!!
「お前の名を呼ぶ仲間達が、どのような状況になっているか……みせてやろう!!」
愉し気に魔王が告げる……。
レジーナは城の入口にいて魔物達の侵入を食い止めていた!
その翼は全て切り落とされ、体中のあちこちに槍や剣が刺さっている。
龍爪もいくつかは割られており、満足に振るう事も出来ない。
魔物達が群がり傷が増えていく。
それでも城の入口からは退く事はない。
((余にとって初めての……キープ、それに仲間達……あやつらの邪魔はさせん))
ミラとアルタイルは階段の踊り場を未だ死守していた。
「アルタイル……大丈夫か?」
「フッフフッ……貴方こそ。 流石の聖騎士様も形無しね」
アルタイルは腹と肩に剣が刺さっており、近くには壊れた弓が落ちている。
すでに立つことは出来ず片膝をついて座り込んではいるが、未だに短剣を握りしめていた。
ミラの方も左手は手首から先がない。
顔には大きな傷が入り、右目をつぶされている。
そして体中の至る所に斬られた傷があり血が流れだし階段を下っていく……。
「この『無敵』の効果が終われば、次はないかもしれん」
「あら? そんなに……弱気で、いいの?」
ミラが右手の『クラウ・ソラス』を構え、アルタイルも座り込んだまま短剣を構える。
目の前にはまだまだ魔人達が溢れている。
「そうだな。 私はまだ生きている……命ある内はキープの所へ進ません」
「ええ、キープの元へは絶対行かせないわ」
ベイドの部屋からアケルナルのいる部屋に続く階段でミアプラは倒れていた。
階段にはずっと血の跡が続き、這いずってきたのが分かる。
満足に動かない体を必死に動かして次の段に手を伸ばす……。
ミアプラはすでに霞んで見えない目を必死に開き這い上っていく。
「キープ……みんな……今いくから……」
通路に血が滴る。
クルサは仁王立ちのまま数の減らない犬達を見ていた。
通路には何十と言う犬の死体が倒れて重なっていた。
その血に染まった通路に、クルサの血が垂れて混ざる。
クルサの腕や足にはいくつもの噛み跡があり、白かった髪は赤く染まっている。
猫耳は二つとも食いちぎられ、尻尾も半ばで千切れていた。
それでも仁王立ちのまま刀を犬達に向けて大きく吠える!!
「いくら来ようが、絶対にここは通さねぇーーーーー!!」
ロードとアリアはお互いを支えにして一歩ずつ進んでいた。
どちらも口から血を流し……時々吐血する。
折れた骨があちこちに刺さるのかうめき声を上げつつそれでも足を前に進める。
アリアが転倒し、釣られる様にロードも転倒する。
激痛が走ったのか二人して呻き声を上げ……しかし暫くすると、どちらともなく立ち上がる。
「キープ……待ってろよ。 必ずたどり着く」
「ええ……キープに追いつくまで倒れててなんか……いられない」
ベガがカペラを背負って必死に階段を進む。
カペラの意識は出血のせいか混濁しており非常に危険だ。
しかしベガも足に穴を開けられ、片足を引きずる様に進んで行く。
汗が額から流れ目に入るがそれに構わず歩き続ける。
カペラが心配になったのか、壁に寄りかかり声を掛ける。
「カペラ! しっかり!! キープに会うまで……ううん、会っても死んじゃ駄目だよ!!」
「うぅ……」
カペラが呻き、その声を聞いたベガは、また一段一段階段を上り始める。
「待っててキープ! 待っててカペラ! 私がなんとしてでも……」
「……キー……プ」
「あああ……」
マタルの腕の一部がミーシャに食いちぎられた!!
ミーシャを跳ね飛ばして距離を取る……がすぐに崩れ落ちる。
「ミーシャちゃん! 目を覚まして!!」
マタルの呼びかけに一瞬反応するも、鉤爪が振り下ろされる!
それを後方に転がって避けた……短剣は『聖域』の外に飛ばされてしまっている。
(取りに行くわけには……今ここから彼女を出すわけにはいきません)
『聖域』は内側からだと簡単に壊れてしまう。
『聖域』の中で戦って足止めする必要があった……これ以上『魔の力』を吸収させるわけにはいかない。
マタルは息を荒くしつつもミーシャに向き合う。
「師匠……あなたの為にもミーシャちゃんは必ずここで……」
(みんなが……死にかけている!!)
その映像に愕然とするキープ。
アレスの方からもヒューヒューという虫の息の様な呼吸が聞こえる。
さも愉しそうに、
「お前の仲間達は皆お前の名前を呼びながら死にかけている。 そしてお前は回復師にも関わらず魔法が使えない。 仲間達を救うことが出来ない!」
影が激しく揺らめく!
「色々ほざいていたが、つまりお前は無力! そのまま絶望しながら死んで行け!」
そんな魔王にキープは少し黙り込むと……微笑んだ。
「ありがとう、魔王。 貴方のお陰で仲間達を救う事が出来る」




