最後の戦い~魔王
「ミーシャ待って!」
先を行くミーシャに声を掛けるもどんどん階段を上って行ってしまう。
追いかけるキープをアレス達が追い抜いていく。
階段を上がった先は少しだけ通路が続き、その先は行き止まりになっていた。
ただ行き止まり手前側に両開きの扉がある。
ミーシャは行き止まりで立ち止まると、髪を乱すほど頭を振りながら叫び声をあげ、その手前でミーシャやアレス、マタルが囲う様にしつつ……どうしていいか分からず戸惑っていた。
キープもアレス達に追いつき横に並ぶとミーシャが更に叫んだ。
「来ないで!! 近寄らないで!! あたしは……」
何処かしら痛むのか苦しいのか、顔を歪ませている。
額からは汗を流し、手はキープ達を突き放すように伸ばされている。
「こ、来ないで……逃げて!」
「ミーシャ!」
近寄ろうとしたキープに鋭く叫ぶ!!
そうしている間に……ミーシャの金色の髪が毛先から漆黒に染まっていき、伸ばされた手の爪が伸びて鋭く鉤爪の様になっていく。
「何とかしないと……」
キープはありったけのクリスタルを取り出すとミーシャを中心にばら撒く!
「『聖域』」
ミーシャを中心に何重にも結界が展開される。
手遅れかもしれないがそれでも何かせずにはいられなかった。
ここは魔王城……ただでさえ『魔の力』が濃くなるだろうし少しでも吸収を抑えられればと。
だが『聖域』を張ったあともミーシャの様子は変わらず、片膝をつくと両手で頭を押さえて見悶える。
苦し気に呻き必死に耐えようとしているようだ。
しかし遂には倒れて……そのまま静かになった。
「み、ミーシャ!」
キープが走り寄りナシュ達も心配そうに近寄る。
抱きかかえると、苦しそうな表情のまま意識を失っているようだ。
目は強く瞑られ、眉はしかめられている。
「ミーシャ! しっかり!!」
そしてキープの声が届いたのか……苦しげな表情が徐々に収まると、ゆっくり瞼を開く。
「師匠!!」
マタルがキープとミーシャの間に割り込むとキープを突き飛ばした!
キープと入れ違いになる形となったマタルの肩から血が吹き出す!
「マタル!」
マタルの肩には深々とミーシャの鉤爪が刺しこまれている!
鉤爪に手を伸ばすも、それをサッと抜きミーシャが距離をとった。
片膝をついて肩を押さえるマタルの手の隙間から血が流れていく。
「ミーシャ!」
キープが信じられない様な表情でミーシャを見つめる。
髪は全て黒くなり、鉤爪は長くマタルの血が滴っている。
警戒するようにキープ達を見るその瞳の色は、綺麗な赤から真っ黒になっていた。
「ミーシャ……」
あまりの衝撃で呆けるキープに、
「しっかりして!! キープあれを見るのよ!」
体を前後に揺さぶられ、ナシュが指差す。
虚ろな目を指差す方に向けると……。
「!?」
ミーシャの黒い両目から……涙が流れていた。
「ミーシャ!」
「そう、ミーシャちゃんはまだ完全に魔人になった訳じゃないわ! まだ戦っている!」
ナシュがキープに告げている間に、マタルが傷を回復させながら立ち上がる。
そのマタルに再度ミーシャが襲い掛かった!!
鋭い鉤爪が空気を裂きマタルに迫る!!
ガギンッ!!
マタルはそれを短剣で受け止めると、そのまま背後にいるキープ達に、
「ミーシャちゃんは私が抑えます! 師匠達は魔王を!」
「で、でも……」
「魔王を倒せば『魔の力』は消えます! そうすればミーシャちゃんも戻るかもしれません!!」
ギリギリとミーシャの鉤爪が差し込まれ、マタルが後ろに下がる。
「は、早く! 今のうちに!!」
確かにここにキープ達がいてもどうしようも無い……マタルの言う様に早く魔王を倒し『魔の力』の発生を抑えるほうが良いだろう。
「分かった! 妹をお願い!」
そう言ってキープは扉に向かう。
道通り進むと次は両開きの扉であった。
キープが扉に手を掛け力を込める……ギギギと軋みながら扉が開いていった。
「私が先に行こう」
アレスが最初に扉を抜けて部屋に入る……続けてナシュ、キープと入って行く。
部屋に入った瞬間、キープには分かった。
(この部屋って……)
キープ達が入ると扉が勝手に閉まり、部屋全体が薄暗く照らし出される。
そこは玉座の間の様であった。
全てが磨かれた大理石の様なもので作られている。
薄暗くてよく見えないが、床や壁、柱なども全てそうらしい。
ただし色は全て黒く境目が分かり辛い。
どこまでが床でどこから壁なのか距離間も認識し辛かった。
そして部屋の先……キープ達の目の前に、黒い影の様な、煙の様な、モヤのような……そんな物が人型に現れた。
そうしてその人型から声がする。
「よく辿り着いたものだ……いつぶりだろうな。 勇者がここに来るのは……」
その声を聞いた瞬間、キープの体が震え始める。
恐ろしい……怖い……今にも叫びだしそうだ。
ガクリと隣にいるナシュが膝をついた……ナシュもキープ同様体を震わせている。
体中を何かが這いまわるような……心を何か黒いもので埋め尽くされていくような……吐き気がする。
気持ちが悪い……体がふらつく。
一体目の前は何なんだろう……。
あれは命あるものが向かっていいものなのか?
「お前が……魔王なのか?」
そんな中、気丈にもアレスが問いかけた。
アレスは震えてはいないものの、その体からは汗が噴き出している。
さっきまで全く汗などかいていなかったのに……。
「ああ。 私が魔の力を生み出し、魔の物を作り出し、魔王と呼ばれている存在だ」
ブン!!
「!」
あまりの速さにキープはおろか、ナシュにもほとんど見えなかった。
魔王が答えるや否や、アレスが魔王に走り寄り大剣を振り下ろしたのだ!!
いつもの慎重さはない、不意打ちとも言うべき一撃!
あまりに不意だったのか魔王は躱すことが出来ない!!
しかし……そのまま魔王の体を大剣が素通りした!
しかしアレスは足と手を止めることなく、即二撃目を横薙ぎに出す!
間違いなく魔王を捉えたその刃は……再び魔王を素通りした。
ここでアレスが飛びのき魔王と距離を取る。
「……一体どういう事だ? これは魔法か?」
剣を構えつつ油断せず辺りを伺うアレス。
ともすれば逃げ出したいような衝動に駆られつつ、キープ達も辺りを伺うが……あの黒い影の様なもの以外何もいるように見えない。
「いや、魔法などではない。 間違いなく私は本物の魔王だ」
目の前の黒い人型が揺らめくように答える。
そうして魔王が腕を上げて横に薙いだ。
その瞬間、アレスの体が勝手に浮き上がり壁に叩きつけられる!!
「ぐあ!」
そのまま地面に落ちて、大剣がガランと音を立てる。
「アレスさん!!」
キープが叫ぶと、アレスが僅かに体を動かした。
「ふむ……誰が勇者だ?」
魔王が全員を一瞥するかのように揺らめく。
それだけでキープは声を出せなくなる。
声が喉に張り付くようだ。
ガラン……ガガ、
大剣を引きずる様にアレスが立ち上がり、
「私が……勇者だ」
赤いマスクを取る。
マスクの下からは厳格そうな中年男性の顔が現れる。
目は鋭く、髪は短髪に刈り上げられ、口元にはちょび髭が整えられて、全体的に引き締まっている。
そしてその額には大きな星型の痕……聖印がついていた!
(だからいつもマスクを……)
いつもマスクをしていたのは勇者と祭り上げられるのが嫌だったのかもしれない。
アレスは剣を構えると再度魔王に走り寄る!!
が、途中で見えない力によって壁に叩きつけられた!!
「あぐっ!」
再び地面に転がる。
「アレスさん!」
キープが再度アレスの名前を呼ぶ!
「キープ! アレスさんに回復魔法を!」
「それが……」
キープが言い淀み話す前に魔王が告げた。
「無駄だ。 この部屋では魔法は一切使えない」
「な、何で……」
ナシュは困惑しつつ膝をついた……魔王に気押されたのか話しかけられただけで立てなくなる。
そしてそれに答えたのは悔し気に唇を噛むキープだった。
「この部屋は……魔力を自然エネルギーに還元して……部屋の外へ放出している」
「なんですって!」
「ほぅ、よく分かったな? 魔力がなくなるのを感じる奴はいても、自然エネルギーの状態に戻している事が分かる奴は今までにいなかったぞ」
自然エネルギーが体に取り込まれ魔力となる……この部屋はその逆が発生していた。
「じゃあ魔法は?」
「魔法全部……使おうとした魔力はすぐに還元されて消えていくと思う」
キープは部屋に入ってすぐに気が付いた。
魔力と自然エネルギーの両方を使っているキープだからこそ、この部屋の仕組みにすぐに気づけたのだ。
だが、気づいたからと言ってどうする事もできないし戻る訳にも行かなかった。
「ぐあぁぁぁぁ!!」
アレスが急に叫び声を上げる!!
顔を上げたキープ達の目に飛び込んできたのは、腕と足が捻じれていくアレスだった!
「アレスさん!!」
魔王が腕を動かす度にボギッゴギッと音がしてアレスの骨が折れていく……。
アレスの手足が捻じれ、折れ曲がり、骨が皮膚を破って何本も突き出る!!
体中から血を噴き出し地面に赤い池を作ると、アレスの叫び声が小さくなり……遂にはうめき声のみになった。
「何だ……今代の勇者はこんなものか……つまらん」
止めとばかりに腕を動かそうとした魔王に、
「やめろ!!!」
キープが大声で叫んだ!!
「ほう、私の気を受けながら叫ぶとは……」
アレスからキープ達に向き直る。
顔があるわけではないが体型からそう伺えた。
「次はお前達だ」
「き、キープ!」
ナシュが必死にキープの前に出ようとしているが、体が言うことを聞かないのか動けずにいる。
手で這う様な動きをするが、足がすくんでいるようだ。
キープは魔王に向かうと、
「魔王……一つ教えてほしい」
そう告げるのだった。




