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其之四|第五章|ダンジョン探索に行ってみた!

 それは今朝の事だった。


「おう!ハルトよ!丁度よかった。これからダンジョンに向かうが何か注意した方が良い事は有るか? まあ、何も無いじゃろうが初心者連れじゃからな。万が一の事が有っては寝覚めも悪かろうて。何か有るなら聞いておくぞ?」


 ダンジョン拡張工事も地下二十階到達を目前。

 順調に進む工事を見届けた俺は早めに地上に戻った。

 そこでダンジョンに向かう前の師匠に呼び止められたのだ。


「そうですね。地下五階までは稼ぎやすくしているので今回のパーティなら問題ないと思います。ただ、地下六階以降はパズル要素も組み込んで面倒な仕様になっているので力押しだけでの攻略は不可能ですね。師匠ならちょっと考えれば解けるとは思いますけど、面倒臭いって投げ出しちゃうかもしれないから地下五階くらいで帰ってくるのが良いかもしれませんよ?呪々さんも妙子ちゃんもそれだけ潜れば満足するでしょうから。」


「ほぉ…。言ってくれるの。まあ良いわ。行けるだけ行ってみるとするか。ちょっと遊ばせてもらうぞ!」


 それが今朝、俺と師匠が交わした最後の言葉だった。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「第一回!フィーナと愉快な仲間たちのダンジョン探索!開幕じゃ!!」


 わー。パチパチパチ。


 夢見る冒険者亭でニコちゃんとニナさんと合流すると、師匠さんがダンジョン探索の開始を高らかに宣言した。


 どうやら、賑やかしに歓声をあげながら紙吹雪を撒き散らかして拍手するのは師匠さん達のお約束らしい。


 周りの目がアレだから、せめて紙吹雪を散らかすのだけは止めて欲しいのだけど、言った所で聞いてくれそうにないので、私は見て見ないフリを決め込んだ。


 正直に言うと朝っぱらから面倒くさい。


 掃除するのも夢見る冒険者亭のおやっさんだし、娘のニコちゃんが散らかしたんだから親が片付けるのも道理だと思う。


 今回ばかりは師匠さん達をこのまま放置する罪を許してもらおう。


「さて。今回の目標なのじゃが行けるだけ行ってみようと思っておる。と、言うか今朝決めた。」


 はぁ?何を言い出すんだこの人は!?

 誰もが思っただろう。


 師匠さんが、朝っぱらから紙吹雪を撒き散らすだけじゃなくワケの分からない事を言い始めた。


 内部事情を知っている私からしても、今回は攻略済みの地下五階くらいで引き返してくるのが妥当だと思っていたし、地下六階以降はギミックとか仕掛けが増設されていて攻略困難で時間が掛かると言う事も知れ渡っている。


 私がハルトさんに連れられて地下十階まで降りた頃とは全く違っているのだ。


 ちょっとお試しでダンジョンに潜るのが今回の目的だと言うのにガチ攻略宣言とか迷惑以外の何物でも無い感じだった。


「はい!今回はお試しと言うか体験な意味合いが強いので、攻略エリア外への進行はどうかと思うんですけどー!?」


 面倒くさいと言う理由を隠して師匠さんに提案してみる。


「却下じゃ!どーせ、噂とか聞いてギミックとか罠が張り巡らされた下層への進行が面倒くさいなーとか思ってるんじゃろ?大変じゃからこそチャレンジする意味が有るとは思わんか?妙子は若いクセにババ臭いのぉー?もっと熱くなるんじゃ!!」


 あ。こっちも面倒くさいヤツだった。

 何が有ったのかは知らないけど、今日の師匠さんはノリノリらしい。

 何を聞いたのかは知らないけど、誰かが師匠さんの闘争心に火をつけたに違いない。


 ある種の諦めの様なモノを私は感じた。


「まあまあ。フィーナは熱しやすく冷めやすいタイプだから大丈夫よ☆ 取り敢えずフィーナの好きにさせて飽きるのを待った方が早いわよ?」


 あぁ。長年の付き合いから発せられた言葉なのだろう。

 ニコちゃんの言葉が胸に刺さった。


 つまり。


 下手に抵抗して師匠さんに意固地になられては元も子もないと言う事なのだろう。


 自由に解き放って好きにさせ、飽きるのを待った方が結果として早く終るのだと言う事を私も理解した。


「わかりました。ただ、ジュジュや私が疲れたとか無茶だと感じたら引き返す。それだけは約束して下さい。目的はダンジョン攻略じゃないんですからね?」


「おぅ!もちろんじゃ!行ける所まで行くと言うのはある種のオマケじゃからな!生意気を言った事を後悔させられれば満足じゃから!」


 ・・・・・・。


 細かな事情は分からないけど…。

 どっかの引きこもりが師匠さんの何かを踏んでしまったに違いない。


 私としては出来るだけ早くに帰って来られればと思っていたけど…。

 どうやら、そうも行かないっぽい。


 帰ったらどっかの引きこもりにお説教だなと思いながら、嬉々として歩き出した師匠さんを追いかけるしか無かった。


* * * * *


 昨日、冒険者協会で発行してもらっていたマッパーと言うある意味レアなステータスカードでリザレクトコインを発行してもらい、地下へと降りたジュジュが歓喜の声を上げた。


「すっごい!店が!店がいっぱいあるぞ!?思ってたダンジョンとは違うけど地下街っぽくてテンション上がるな!!」


 何度か来ていたら慣れるけど、初めて見るとテンションが上ってしまうのは分からなくもない。


 地下一階は、ほとんど制圧されていてジュジュが言うように地下街と化している。


 食べ物屋を中心に、武器や防具に冒険に必要なアイテムから服屋やお土産屋など、様々なお店が軒を連ねている。


 場所代が高いから地上よりは割高な値段設定だけど、観光客やらダンジョンの噂を聞いて街に初めて来た冒険者からすると、上の街と同じ面積で広がる地下一階の地下街の光景は、散財するのに充分な理由だと言えだろう。


 実際に地下一階で買い物を楽しんで帰る観光客も多い。


「こらこら。買い物に来たワケじゃないんだから。今からテンション上げてたんじゃ後でバテるわよ?」


 いつ買ったのか。地上よりも安い唯一のアイテム。アイスクリームを食べながらニコちゃんがジュジュをたしなめた。


 私からすると地下に潜るなりアイスクリームを頬張るニコちゃんもはしゃいでいる様に見えるんだけど、ダンジョン探索以外で地下に降りるとなると入場料を取られるから、その行動も分からなくもない。


 地下の方がアイスクリームとか冷気を使った商品が安いとは言え、入場料を取られたら地上と同じくらいの値段になっちゃうから、ニコちゃんの行動はある意味正しいのだけど、今回ばかりは自重して欲しかった気もする。


 だって…


「ほれほれ!遊んでないでロッカー借りて準備をするぞ!」


 と、師匠さんが珍しくまともな事を言っていると言うのに、両手にアイスクリームを抱えて言っていたんじゃ説得力も何もないから…。


 慣れた冒険者なら予め地上で装備を着込んでダンジョン攻略にGO!と言う所なんだけど、今回は師匠さんが物理装備と言う事とジュジュの負担を少しでも減らすためにロッカーを予約して荷物を送り地下で装備を着替えてアタックする事になっていた。


 ちょっとリッチな冒険者なら、月極(つきぎめ)でロッカーを借りて地下一階で着替えてからダンジョンに潜ると言う人もそこそこ居るらしい。


 私の様ないわゆる魔法職なら装備も身軽なモノだけど、プレート系の装備を身にまとう人にとっては地下一階と地上の昇り降りだけでも煩わしいらしく、お金を持ってる人は装備の手入れも依頼して、身軽な状態で地上に戻るそうだ。


 リックくらい貧乏で何も考えてない人だったら、プレート装備を着込んでいても気にせず地上と行き来するのだろうけど、プレート装備を着込んで地上と地下を行き来するのは結構な負担になるらしい。


 地上との固定のテレポーターなんてのも有るけど、毎日となると経済的な負担になるからロッカーを借りちゃう方が安いと言う。


「じゃあ、ジュジュと師匠さんは着替えて来て下さいねー。私達はお店を冷やかしながら待ってますから!」


「おう!すまんが少し待っておれ!チャチャッと装備を整えてくるでの!」


 久しぶりの実戦が嬉しいのかニコニコしながら師匠さんはジュジュを連れてロッカーの有る区画に消えて行った。


「ありゃー、ジュジュがどうとかじゃなくて自分が楽しむ気でいるなぁ…。」


 その様子を見ていたニナさんが呆れ気味に呟いた。


「確かに…。行ける所まで行くって言うのも本気かも知れませんね…。」


 その声に私も頷くしか無かった。


 集合してからの師匠さんの楽しそうな笑顔は、まるで玩具を与えられた子供の様に無邪気でダンジョンを遊び尽くす気で居るのは見て取れる。


「まあ、適当な所で理由をつけて止めてくれ。私らじゃヤツを止められないだろうからな。」


 まるで、何かのボスと相対した時の様な言いようだ。

 私はニナさんに苦笑いを返した。


 何かあった時には私が対処出来るようにと魔法少女装備も身につけては居るけど、出来れば装備で能力をブーストしてまで師匠さんを止めるって言うのはどうだかと思うし、知り合いの前で「魔法少女☆まじかるタエにゃん」になるのは…。


 何と言うか…。ね?分かるよね?

 それは隠れオタとしても避けたい所だった。

 コスプレじゃないけど、コスプレ身バレは結構キツイ。


「さて、こっちも準備しておきましょうか。」


 ニコちゃんがバスターソードを地面に置き、マントを外して顔見知りの酒場の店主に預ける。


 マントにも使い道は有るけど、ダンジョンにおいては邪魔な場合が多い。

 両手剣使いのニコちゃんにとっては特にそうだろう。


 この街でのマントの使い方と言うと、地上で威圧的にならない様に装備を隠すと言う使われ方をする方が主流で防具としての意味はあまり無かった。


 ある程度、通路が広いとは言っても閉鎖空間でマントをヒラヒラされても邪魔なだけで、嫌われる事の方が多いから防具として使われる事はあまり無い。


「まあ、準備って言ってもマントを預けてくるくらいだけどねー。」


 ニコちゃんがマントを預けて戻ってくるとそう言って笑顔を作り、装備の点検をし始めた。


 こうやって見ると普段は夢見る冒険者亭でウェイトレスをしているニコちゃんではなく本物の冒険者に見える。


 身長よりも少し短い両手剣。

 想像していたのよりも少し細身で真っ白な刀身がニコちゃんの姿を写して横たわっている。


 その身には何かの魔法だろうか?

 ユラユラとした何かをまとい少し空間が歪んで見えた。


「あぁ。コレね。背負うと丁度良い位置で背中に固定される魔術とか色々仕込んであるのよ。」


 不思議そうに見ていた私に気がついて解説してくれる。

 鞘も何も無いのにどうして背中に背負えるのか不思議だったけど、ニコちゃんの両手剣はある種の魔法剣的なモノっぽい。


 ニコちゃんの口ぶりからすると、他にも何か機能を持ってそうだ。


 多分、ニコちゃんの身を包む装備も同じ様な効果を持っているのだろう。


 ハーフプレートアーマーと言うのかな?

 胸部、肩、籠手、すね当て。


 綺麗な彫刻が施されたそれらがニコちゃんを覆い、両手剣と同じ様なエフェクトをまとっていた。


 全てを鎧で覆うのフルプレートでは無いけど、その様子から充分な防御力を備えた防具である事が(うかが)い知れる。


 マントを外したニコちゃんを遠巻きに見つめる冒険者達の眼差しを考えても業物に違いない。


「いやねー。いくら見つめてもあげないわよ?これ揃えるの結構大変だったんだからー。」


 と、軽口を言うニコちゃんだけど、ニコちゃんでも揃えるのが大変な代物だ。

 多分、ここに居る冒険者にとっては見るのも初めてな装備に違いないだろう。


「「「「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」」」」


 ニコちゃんの装備に見惚れていると後ろから歓声が上がる。

 振り返るとマントを預けて戻って来たニナさんが冒険者達の注目を集めていた。


「うへー。そこまで驚かれると居心地が悪いな…。ったく。早く潜ろうぜ…。フィーナ遅すぎないか?」


 ブツブツと愚痴るニナさんが身につけていたのは…。

 バリちゃんの龍としての姿を見ていたから私にも分かった。

 ドラゴンの鱗を加工した装備だ。


 レザー装備だって聞いていたけど。

 革と言うか鱗。

 いや。ドラゴンからすれば革なのかも知れないけど…。

 鈍く静かに光るソレは冒険者の注目を集めるのに充分な装備だった。


 軽く頑丈で普通の金属よりも強いと言われるドラゴンの鱗で出来た装備がニナさんの豊満な胸を包み、腕には籠手、脚は膝までのブーツになっていて動きやすそうな構造をしている。


 鎧の下は少し光沢のあるインナーがニナさんの身体を包んでいた。アレも多分何らかの魔法で加工された装備なのだろう。


 そして、腰には二口(ふたふり)の剣。

 短剣と言うには長く、長剣と言うには短い。

 それでいて、刀身の幅が広い特殊な形状をした剣が、その腰には収められている。


 ニコちゃんの装備もそうだけど、ニナさんの装備もまた芸術的な作品と言って良いくらいに美しい。


 その美しさがまるで二人の強さを表しているようだった。


「ほー。タエコも私の装備に興味があるのか?まあ、悪い物じゃないのは見て分かるだろうからな!仕方ない!だが、私らの装備なんて序の口だ。世の中にはコレが霞んじまうようなバケモン級の装備がゴロゴロしてんだからイチイチ驚いてたら第一線じゃ仕事にならないぜ?そうだな。例えばアレみたいに。」


 物理職の装備の面白さに目を奪われているとニナさんが得意気に語りだす。

 あ。駄目だ。これは長くなるヤツだ。


 と、思った次の瞬間、また冒険者達の歓声が上がる。

 そして、ザワザワと(どよめ)きだす。

 その冒険者の声をかき消すかの様に師匠さんの声が響いた。


「待たせたな!早速、潜るぞ!!」と。


 あ。うん。

 そりゃ、歓声もどよめきに変わるよね。

 納得の反応だ。

 冷静になれば誰もが「お…おぅ…。」となってしまっても仕方ない。


 身内としては絶句してしまう。

 元気いっぱい上機嫌の師匠さんには悪いけど…。

 こんなのと一日ダンジョン探索しないといけないのかと思うと頭が痛い。


 そこに立っていたのはビキニアーマーを着た師匠さんだったのだから。


「しっかし、相変わらずだな!タエコもそう思うだろ?さっき言ったみたいに私の装備なんて霞んじまうだろ?」


 あぁ…。さっき言ってたアレってコレなんだ…。

 確かにニナさんの装備で驚いていたのではキリが無い気がする。


 上下ともに赤色の金属で出来たビキニに肩当てと腰当てが申し訳程度に付いていて、籠手とすね当てを装備している。


 あぁ…。どこかで見た事が有るようなアレだ…。


 無駄にデカい乳がビキニに圧迫され上乳と下乳を形成している。


 下は腰当てのお陰で丸出しではないけど、その下がどうなってるのかなんて想像したくないくらいに肌色が眩しかった…。


 なんか、武器だけは高そうな装飾のされているブロードソードだけど、剣の美しさなんて目に入らないくらいの破壊力だった。


 ジュジュ?


 あぁ…。普通のレザーアーマーに薙刀っぽい装備だったけど、こんなのと並べられては色々な意味で可哀想だよね。


 もう、何と言って良いのか分からないよ。


「じゃ。行きましょうか…。」


 反応しては負けだ。

 そう思った私は足早にその場を離れた。


「なんじゃ!もっと何かあるじゃろうが!?滅多に見れぬレア装備じゃぞ!?もっと褒め称えぬか!?」


 後ろでは師匠さんが何か言ってるけど、それどころじゃない。

 あんなのと一緒の所を冒険者達に見られるなんてソレだけで恥ずかしい。


 私は師匠さんの装備なんて見なかった事にして、その場を立ち去る事に努めた。


* * * * *


 ─────地下二階


 逃げるように地下二階へと足を進めた私達だったが、先頭を切ってズンズンと突き進む半裸の痴女が不満の声を漏らした。


「さすがに地下二階では歯ごたえがないのぉ!あたしゃ飽きてきたぞ!」


 いやいや。師匠さん。あなたが「マッパーの仕事の基礎は全埋めじゃ!チヨにはマップを全部埋めていってもらうぞ!」とか言い出したんじゃないですか…。


 でも、師匠さんが飽きてきたと言うのも分からなくもない。

 MMOとかで「敵が溶ける」とか言うけど、正にソレだった。


 出会い頭に一振り。

 次の瞬間には敵がなぎ倒されている。

 多分、あのふざけた恰好を見る前に()られているだろう。


 それが幸せなのか不幸せなのかは分からないけど、半裸の痴女に瞬殺(しゅんころ)されたんじゃモブもたまったもんじゃない。


 後ろから見てると敵に出会った瞬間にお尻がチラっと見えたかと思うと次の瞬間には首チョンパ!袈裟斬り!真っ二つ!


 あんなふざけた恰好の痴女に瞬殺(しゅんころ)されるなんて…。

 涙なくしては見られない悲惨な光景だった。


「まあ、チヨのマッピング技術も上がっとる事じゃし良しとしておくか。」


 なんて言っては居るけど、明らかに楽しんでいる気がした。


「はーい!師匠さん!ジュジュの戦闘経験と言うか、出来なさ具合を実感させるなら、地下二階から戦闘に参加させるべきじゃないかなって思うんですけど!?師匠さんばかり活躍しすぎじゃないですか!?」


 まあ、難も無く敵を蹴散らしてくれるのだから楽しむくらいは良いのだけど、ジュジュに戦闘経験を積ませるのだとするなら、本来は地下二階レベルの敵で行うのが適切なんじゃないかな?と、思った私は提案してみた。


「えぇー?めんどい…。私との圧倒的な差を見れば戦闘に参加せずとも自分の使えなさなんて明らかじゃろうが?無駄じゃから名目上の役割であるマッパーに専念させた方が早いじゃろ?先は長いのじゃから…。」


 明らかにご不満だった。

 私もそうは思うけど…。


 でも、物理装備まで着せられて何も有りませんでしたでは、ジュジュの性格からして従ったとしても本心では納得出来ないと思う。


「フッフッフ…。タエコは私が華麗に薙刀を操る姿を見たいのね!仕方ないわね~。良いわよ!見せてあげる!!特別にっねっ!!」


 シャキーンと言う効果音でも入りそうなポーズを取りながらノリノリで前に出ようとする様子を見ると、ここら辺りでへし折っておかないと面倒な事になると余計に思う。


 ジュジュには自分の使えなさ具合を自覚しておいてもらわないと、後々で地上に戻ってから何を言い出すか分からない。と、私の中で何かが囁いていた。


「まぁ、良いか。やらせてみるか…。じゃが、チヨの性格を考えると面倒くさそうな事になりそうなんじゃがなぁ…。」


 渋々だったけど、ジュジュの様子を見て師匠さんが折れた。


 師匠さんは物凄く嫌そうな顔でこっちを見ながらブツブツ言ってるけど、本人が納得した上で今の自分が使えないと自覚しないと次には繋がらない。


 そう…。


「おまかせください!お姉さま!!バッタバッタとなぎ倒して見せますわ!!」


 などと、根拠の無い自信で満ち溢れた人間は、自分の力量を思い知らないと変われないのだ。



 結果だけ記述しておこう。

 思った以上にヘッポコだった。


 その姿はお遊戯をする児童の如く。

 そして、それを見守る私達は運動会を見守る親のようだった。


 良く言えば微笑ましくスライムと戯れるジュジュ。

 悪く言えばスライム程度に全く使えないジュジュの姿。

 見守りながら「頑張れー!頑張れー!」と、声援をおくるも…。


 スライムに服だけ溶かされると言うお約束を繰り広げた所で師匠さんが割って入りジュジュの初陣は終わった…。


 後に残ったのは「ヌルヌルイヤダ…。ヌルヌルイヤダ…。」と肩を落として呟く半裸のジュジュ。


 以降、ジュジュは裸レザーアーマーと言う特殊な恰好で地下に潜る事になる。


* * * * *


 ─────地下三階


 ジュジュがダンジョンの洗礼を受けて、未だに落ち込んでいる以外は地下三階での探索は順調に進んだ。


 ジュジュがスライムに負けた後にニナさんが「もういっそ、全裸になっちまえよ!全裸(まっぱ)のマッパーってな!商売にしたらきっと儲かるぜ!?」なんて余計な事を言って一時は最悪な雰囲気になったけど、地下三階に到達する頃には、多少の元気を取り戻しマッパーの仕事に専念している。


 それでも、思っていた以上に何も出来なかった自分への怒りと言うか不甲斐なさ。

 その心の傷は大きかったらしい。


 時折、目に涙が滲ませては、ため息をついている。


 そんな時は、ジュジュの背中をポンポンと叩いてあげて慰める。

 そうすると、キッと前を向き歩きだす。

 そんなやり取りをしながら地下三階を進んだ。


 ジュジュも分かっていたのだと思う。

 自分が一般人程度の実力しかない事を。


 物語とは違う。


 異世界に呼ばれたからと言って何か特殊な能力を持っているなんて言うのはお話の世界だけだって言う事を。


 それでも、元の世界で魔の者となり今まで一人で生き抜いてきたんだ。


 人と同じ人生を歩めなくなったジュジュが唯一の心の支えとしていた能力が、この世界では役に立たないと言う事を。


 それだけは認めたくなかったのだと思う。


「私だって実戦で使い物になるまで三年かかったんじゃ。こっちに来て数週間のお前がヘッポコなのは当然じゃろうが。」


 落ち込むジュジュを見かねてか休憩中に師匠さんがコーヒーを飲みながら渋々といった感じで口を開いた。


「特に私の場合は周りに誰も()らなんだ。側に事情を理解出来る人間がな誰も居らなんだ。こちらの世界の人間からすれば「違う世界から来た」などとのたまう頭のおかしな私を師匠のジョージ=グラスロッドが見捨てなかったからこそ、私はこうして今を生きておる。」


 飲んでいたコーヒーを置きジュジュの頭を撫でながら、魔の者に落ちて凍りついてしまったジュジュの心を溶かすように、ゆっくりと続ける。


「この世界で今のお前は無力じゃ。だがな。私の時とは違って、お前の周りにはお前を知る者や元の世界の事。お前の事情を知る者が居る。元の世界では牙を剥き、泥水を啜らなければ生きて行けなかったじゃろう。 だが、今は違うじゃろう? 魔力に満ちたこの世界なら本来のお前を取り戻せるはずじゃ。 本来のお前を取り戻せたなら簡単じゃ。歩き出せばいい。妙子とも和解したんじゃろ? お前の行く道には、お前を支えてくれる者が居る。私だけじゃない。 妙子や晴人だってチカラを貸してくれるだろうさ。前を向け。そして、歩き出せ。支えが必要なら甘えれば良い。 自分を守るチカラを身に着けた時に、支えてくれた恩を返せば良いだけなのじゃからな。」


 声を上げてジュジュが泣いた。

 私も涙が溢れ出た。


 理由は分からない。

 私にも言い聞かされているような。


 たった一人。

 この世界で生きてきた師匠さんの言葉に涙が溢れ出た。


「師匠さんの言う通りだよ。だから帰ったら美味しいご飯を食べよう!今日の事を笑い話にしてさ!それから考えよう。これからジュジュがどうしたいか! 店番はしてもらわないとだけどさ。私が魔法使いを目指したように、ジュジュがこの世界で何をしたいのか。何が出来るのかを考えて少しずつでも前に進めば良い。私も協力するからさ!」


「妙子…。お姉さま…。」


 涙を流しながら私と師匠さんに抱きつくジュジュ。


 全てを。

 と、までは言えないかも知れないけど。


 本来のジュジュ。

 糸氏チヨだった頃の彼女が戻って来た気がした。


 だけど、この時の私達はあんな事になるなんて思っても居なかったのだ。

どうも。となりの新兵ちゃんです。


今回は、もっと長くなりそうでしたが、分割する事で落ち着きました。

本当は少し違った感じで地下十階まで書くつもりだったんですけど、なかなか上手く書けませんね。

これが今の私だと諦める事にします…。


という事で、ダンジョン探索が続きます。

もう少し戦闘とかも細かく書ければ良いのですが…。

どうなることやら。


と、言う事で今回もお付き合い頂きありがとうございました。

それでは、またいつか。

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