EX-2.2|部長 黒木正義の決意
消えた。
俺の目の前で糸氏樹々が消えた。
俺の目の前からチヨを連れ去った召喚陣が魔力を放ちながら青白く光っている。
これはチャンスだ。
そう思いつつも為す術も無くチヨを連れ去られた不甲斐なさ。
自分自身への怒りが俺の冷静さを奪っていた。
「畜生!!!!」
近くに有ったテレビのリモコンを壁に投げつける。
壁にぶつかり派手な音を鳴らすリモコンに腹が立ち余計に怒りが収まらない。
もっと、魔力があったなら。
いや。残っていた魔力を使い切ればチヨを助けられたかも知れない。
だが、俺はチヨを助けず魔力を使うのを躊躇した。
この魔力を使い切れば俺は…。
マナの少ないこの世界で、魔力を求めて何十年、何百年と彷徨わなくてならない。
そう思うと動けなかった。
所詮、一時的な利害関係だ。
先日の実験で大量に魔力を失った。
魔力を使って助けようとしたところで助けられなかっただろう。
無駄に魔力を消費する必要はない。
言い訳なら何とでも言える。
俺は自分を優先したのだ。
目の前で「糸氏樹々」と言う協力者が連れ去られるのを黙って見ながら。
後悔…。
後悔なのだろうか。
何もしなかった事に対する?
久しぶりに行動を共にした妹分を失った事に対する?
後悔?
馬鹿な。
何を感傷的になっているのだろうか。
自分を優先する。
当然じゃないか。
この魔力の薄い世界で小銭をかき集めるように何千年と地上を這い回ったのだ。
正体も分からない召喚術を止めるのに使えるはずがない。
召喚の中断にどれだけの魔力を持っていかれるかも分からない。
そんな博打なんて出来るはずもなかった。
そうやって生きてきたじゃないか。
マナの少ないこの世界で。
魔力を得るために。
人間関係を作っては裏切り。
心酔させては叩き落とし。
親友、友人、恋人、いいなづけ。
時には魔法で洗脳して親だと、自分の子だと思い込ませた仮の家族すら。
ネットワークがここまで発達する前は、それこそありとあらゆる事をしてきた。
ただ故郷に戻るためだけに。
この世界でも。
あの世界でも。
ただ、元の世界に戻るためだけに俺は生きてきたのだから。
「今、俺がするのは後悔じゃない…。」
気持ちを切り替えて俺はチヨが消えた場所に足を向ける。
歩けば数歩の距離。
鈍く青白く光り痕跡を残す召喚陣。
だが、この召喚陣の先は遥かに遠い。
魔力を扱えない者には見る事も出来ないだろう召喚陣の痕跡を念入りに調べ始めた。
伊丹妙子の部屋で見た召喚陣はボンヤリとかすれて消えかけていたが…。
さすが召喚されたばかりだ。
刻まれた文字の全てが読み取れる。
基本的なスタイルは伊丹妙子の部屋で見たモノと同じだろう。
召喚条件などは違うだろうが同じ術式が使われているのが分かる。
ランダム召喚。言語置換。召喚物を縛るペナルティ。
大体、こんなものだろうか。
召喚陣としては基本的な物と言って良い。
特殊な所が有るとすればペナルティの仕様が狂ってるんじゃないかと思うくらいに意地が悪いくらいだ。
これは、この召喚陣を設計した者の趣味なのだろうが…。
実に底意地が悪い仕様だった。
召喚されて、こんなオプションが仕込まれているなんて分かった日には…。
泣いてしまうな。きっと。
フィーナ=グラスロッド…。
密かに刻まれたこの召喚陣を設計した者の名前。
もし、こいつに相対しても出来れば相手にしたくない相手だ…。
それほど、この召喚陣には底意地の悪さがにじみ出ていた。
「グラスロッド…。ヤツも確かそんな名だったな…。」
数千年前の記憶が頭をかすめた。
俺を追い詰めた魔法と剣技の両刀使い。
中性的な容姿。
鍛え抜かれた肉体。
ずば抜けた頭脳。
その頭脳と肉体は相手を如何にして落とすかと言う事だけに使われる。
性的な意味で。
思い出したくもないおぞましい記憶。
後に両刀使いと言うのは戦闘技能を指しているのでは無いと知った時の俺の恐怖。
ただでさえ、あの世界で神と呼ばれた管理者と俺がBLのネタにされてウンザリしていたと言うのに、ホンモノが迫ってくると言う恐怖は言葉にするのもおぞましい記憶だった。
この召喚陣の設計者「フィーナ=グラスロッド」が、爆裂技巧の魔法使いと呼ばれた者と何か関係があるのかは分からないが一つだけハッキリした事がある。
伊丹妙子もだろう。
そして、チヨもだろう。
過去の俺が居た世界から召喚され、この世界から連れ去られたと言う事。
解読しなくとも読み取れるあの世界の文字が物語っていた。
「だが、ランダム召喚などで世界を超えられるのだ。この設計者の腕は悪くないのだろう。世界を超えるために召喚陣を設計している様に見える…。」
世界を超える。
それは、不可能に近いから憧れたり空想する者が後を絶たないのだ。
だが、全くの不可能ではない。
世界を構成するフォーマットには共通規格が有る。
それは俺の経験から言って間違いないだろう。
管理者が極端な設定変更で悲惨な環境の惑星を作っていなければ、育成中の惑星だったり、本命の惑星を作る際に発生する土星の様な外惑星だったり、火星のように育成を失敗した星に間違って転移しなければ、空気・エネルギーの補給方法・生殖など人間が生きて行動する仕組みのあまり変わらない星に降り立つことが出来る。
ただ、このシステムは干渉を嫌うらしくスタンドアローンの様な状態らしい。
各世界で独立して存在するOSの違いなのか、それとも二つの世界を繋ぐための通信規格が問題なのか異世界に転移する為の確実な方法は特定出来ていない。
何かしらが障害となって普通なら他の世界へのアクセスが不可能な状態なのだ。
そこで必要になってくるのが膨大な魔力と正確な座標である。
この箱庭の扉をこじ開けて行き先に接続するための条件を特定する為に必要となる膨大な魔力。
そして、マナが枯渇して鎖国状態に近い今いる世界では観測出来ないだろう、隣接する世界から伝わる波動から得られる世界の座標。
最低でも、この二つが無ければ異世界への転移は不可能と言って良い。
滞在した世界で積み重ねられた世界の痕跡でも有れば、その世界にアクセスするのに役立ちはするだろうが…。
いや…。今は考察を深めている場合ではない。
またと無い手掛かりが俺の部屋に転がっているのだ。
これで座標が特定できるなら無駄な魔力の消費を抑えられる…。
今、俺が蓄積している魔力でも充分にあの世界にたどり着けるはずだ。
「ログ記録。座標計測。ゆらぎ値計算。魔力分析。出口特定。出力魔力予測。」
これが故郷へと続く道だと判断した俺はログを取りながら向こうの正しい座標を割り出す為に様々なプログラムを走らせた。
先の実験では埋めることが出来なかった。
伊丹妙子の部屋に残る召喚陣だけでは測定しきれなかった異世界の座標。
世界を跨ぐために必要な最後のピース。
未だに条件がハッキリしない部分も有るが…。
だが、これはチャンスだ。
俺は最後のピースを埋めるために時間を費やした。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
貯まった有給を消化し。
この世界での仮の生活を捨てる覚悟で。
昼夜問わず上がってくる数字を計算し。
思考と実験を繰り返し。
手で砂漠の中の宝石を見つけるかの様に。
丁寧に可能性の有る座標を手探りで。
俺は探し続けた。
そして、一週間を過ぎた頃に一つの波動を見つける。
肉の身体を持った魔物達の命が消える時に放つオドのチカラを。
大量に爆発的に発生しては消える不可思議な現象。
測定したそれを頼りに座標を探り出す。
オドのチカラから拡散する魔力。
それを俺は捉えた。
「行けるか…。これなら行けるか。」
何年ぶりだろうか。
こんなにも心臓が脈打つのは。
何年ぶりだろうか。
こんなにも脳からアドレナリンが吹き出すのは。
この世界に追いやられ…。
初めて人間から魔力を摂取した時にも似た感覚。
後悔。
戸惑い。
興奮。
葛藤。
様々な気持ちが入り交じったあの時の様に。
俺は身を震わせていた。
この爆発的な反応を逃すと次は特定出来ないかも知れない。
星々がそうであるように、異世界もまた特定の場所に鎮座しているワケではない。
時空や次元を一定周期で移動している。
見失えば二度と知覚出来ない場合だって有る。
「違っていても…。このマナの枯れた世界よりはマシだろう…。」
俺は覚悟を決めた。
「異世界突破術式解凍…。この部屋に対魔・対物結界を設置。測定位置の座標入力。オドの発生源を特定。必要魔力を計算。計算完了後に魔力注入。」
嫌いでは無かった。
マナが枯渇して魔力の薄いこの世界。
だが、人々は違う法則を駆使して豊かになろうと足掻く。
今や見ているだけの管理者を崇め愚直にその帰還を願いながら科学を発展させる。
この世界の先を見てみたいと思い始めていた。
制御出来ないチカラを使い続け、この世界の人類はいずれは滅ぶだろう。
だが、その愚かな様子も愛おしかった。
世界の法則を制御出来ない世界の先はそんなに長くない。
俺が生きてきた時間と同じくらい持ちこたえられれば上出来だ。
そんな中でも生きる人間達は面白かった。
そう。俺はこの世界も好きだったのだろう。
後ろ髪を引かれる様な思いはあった。
だが、俺は…。
「転移開始。」
五千年と言う気が遠くなるような時間の流れの中で溜め込まれた魔力が開放される。
術式に魔力が流れ膨大な光が溢れ出す。
普通の人間には見えない魔力が収束する光。
この世界に何人がこの変動を感じられる者が居るのだろうか。
「そう言えば、俺を監視するために追ってきたあの娘は気がつくだろうか。」
どうして、今更。
あの娘を思い出したのだろう。
数百年前に煙に巻いた。
あの世界から俺を監視する為だけに追ってきた魔法使いの少女。
面影を見たからか。あの女に。
寂しさなのか。
これが感慨と言うモノなのかも知れない。
誰の記憶にも残る事も無く五千年も生きたこの世界で。
俺が、この世界から消えると言う事を誰かに知って欲しいと言う気持ち。
俺は、この世界に何かを残したかったのかも知れない。
「あぁ…。俺はここが好きだったのかもな…。」
転移魔法がマンションを大きく揺らした。
部屋の外からは悲鳴が響く。
部屋に張った結界で揺れ以外の被害は無いだろう。
この部屋は使い物にならないだろうが。
大家の困った顔が目に浮かぶ。
「く…。足りるか…。」
俺の身体が悲鳴を上げた。
残った魔力が底を尽きそうなのだろう。
生命力が魔力の代わりに持って行かれる。
その時だった。
オドから発せられる魔力の量が増えた。
何が起こっているのかは分からない。
相当量の魔物が惨殺されているのだろうか。
痛ましいことだ…。
魔物と言っても理が違うだけで普通の生き物なのだから。
だが、今の俺にとっては好機。
どこの魔物が惨殺されようと知ったことではない。
「逃すものか…!!!」
無詠唱でマジックスクイーズを放つ。
発生源から溢れる魔力を吸い上げて接続を加速させた。
「掴んだ!行ける!!」
光が溢れた。
いや。光なのだろうか。
見えているワケではない。
真っ暗とは正反対で目の前が真っ白だ。
あの時と同じだ。
成功したのだろう。
俺がこれまでに二度経験した感覚。
細胞が全て再構成される不思議な感覚が俺を包む。
異世界のフォーマットにコンバートされる中で俺は。
この世界で出会った色々な顔を思い出していた。
どうも。となりの新兵ちゃんです。
前回の続きの前にEXストーリーを。
まだ、どうするか決め兼ねてますが…、
ここでコレを放り込んでおかないとアレがアレなので。
そして、十中八九その通りだと思います。
と、言う事で今回もお付き合い頂きありがとうございました。
それでは、またいつか。




