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其之二|第八章|汝を狩る者

 人間と言うのは力を手に入れれば使いたくなってしまう。

 人間とはそう言う生き物なのだ。

 その誘惑に惑わされるのに性別など関係ない。

 男だろうと女だろうと使いたいと思ったら最終的には使ってしまうものである。

 その誘惑を断ち切るには己の意思だけでなく、己を上回る抑止の力が必要となる。

 友人であったり、国民であったり、隣国であったり、世界であったり。

 それを抑え込むだけの力が必要になってくるのだ。


「タエコ!足の角度があまい!もう一度!」

「はい!師匠!」


 師匠がもたらした魔法道具『マジカル☆ブレス』により、身バレせずに力を振るえ、しかも能力を倍増させてくれると知った妙子ちゃんは「あんなに可愛いのに狩るなんてあんまりです!」とか言っていたのが遠い過去かの様に師匠と過酷な特訓に励んでいた。


「じゃあ、変身から名乗りを経て有無を言わせぬまでを一連の流れで行うぞ!」

「はい!師匠!」


 何の意味が有るのか分からないが、師匠と妙子ちゃんは消耗戦の後半から変身して颯爽と現れ猛攻でポテトイーターを退けると言う謎の作戦のリハーサルを、ここ数日繰り返し行なっている。


「遅い!敵は三分も有れば山から街まで来るぞ!」

「はい!師匠!」


「いいか。タエコ。一つ教えておこう。自分を守れるのは自分だけだ。だが、その為に仲間を犠牲にする事は許されん!自分を守り、仲間を守りたければそれだけの努力をしろ!それが出来て初めて魔法少女を名乗れるのだ!そして、変身シーンは魔法少女のクライマックスだ!気合を入れろ!」

「はい!師匠!」


 うん。もう何が何だかよく分からない。


 師匠も師匠でどこかで聞いた事の有るセリフを並べているが、横目で特訓を見てる限り変身ポーズの改良だとか、決めポーズを何秒間維持するだとか、変身関連の特訓しかしていない様な気がするのだが…。


 おかげで最初は「おぉ!」と思った変身ギミックだったが、何度も繰り返し見ているからか正直飽きてしまっている。


 ニチアサの変身バンクでも三度も見れば飽きてしまうのが普通だろ?

 それを短期間に何度も見せられているのだから仕方がないだろう。


「師匠。そんな特訓しかしてなくて大丈夫ですか?」


 俺は素朴な疑問を師匠に投げかけていた。

 本当にあれからと言うもの変身の練習しかしていないのだから心配になって当然だ。


 例え『マジカル☆ブレス』が優秀で防護機能や増幅機能を備えているとは言え、群れのポテトイーターや、ネームドの「七つ星の帝王」を相手に遊び半分で油断をしていると怪我だけでは済まないのだから心配するなと言う方が無理だろう。


「ハルトは何も分かっちゃーいないわね。魔法少女は変身からの名乗りで全てが決まると言っても過言じゃないさね。変身がキマった魔法少女は無敵さ! もし、それでもピンチになる事が有るとすれば、それは…。」


「それは?」


「新アイテムの追加がリリースが決定して、魔法少女がパワーアップされる時だけさね!」


 何となく予想は出来た。

 これ系のお約束がロクなもんじゃないのは、どこの世界でも同じなのだろう。

 数日前、店に大量に搬入された『マジカル☆ブレス』のレプリカと言うか玩具も多分…。


 師匠が何を考えているのか考えたくも無いが、きっと一年くらいのスパンでの長期計画が裏で動いているに違いない。

 下手に当たってしまったら十年以上、この流れが続く事になるだろう。

 出来れば、そんな流れは阻止したいものだ…。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「全員気をつけ!」


 結局、俺は討伐の当日まで有効な手立ても無く師匠と妙子ちゃんの変身の練習を見守る事しか出来なかった。


「休め!」


 妙子ちゃんの実力的にはある程度の能力を有しているのは確かだと言うのはステータスを見れば分かる。


「それでは、エレナ=ブラフマン市長よりポテトイーター討伐を前にお言葉を賜ります。」


 だが、初めての実戦で動けるかと言うと否だ。

 本人はお気楽に構えているが、俺がフォローに回るしかないだろう。


 ポテトイーター討伐の朝。

 結団式に討伐団長として壇上に上がり、集まった数千人を見下ろしながら立ち回り方を思案していた。

 一般参加なら楽だったのだが、討伐団長と言う面倒事を押し付けられ、どう動けば妙子ちゃんをフォロー出来るかが悩みの種となってる。

 師匠がある程度フォローしてくれるだろうが、残念美女と残念美少女が二人で行動するとなると何が起こるか分からない。

 何も無ければ問題ないのだが、何も無いと言う事はきっと無いだろう。


「今年も多くの冒険者並びに支援者の方々にお集まり頂き心より感謝致します。」


 朝の澄んだ空気の中、エレナの声が響く。


 時刻は朝の四時。

 もう夏の暑さを帯びた空気ではなく、涼やかな風が運ぶ秋の空気が心地良良い。

 集まった参加者の熱気を秋の風が冷やしてくれている。


「例年の事では有りますが、繁殖期を終えて食料を求めやって来るポテトイーターの討伐が皆さんの任務となります。観測班の報告によると三体から四体で構成されるグループが五つ観測されており、今の所ネームド「七つ星の帝王」の存在は確認されておりませんが、ネームドの単独行動も考えられますので、油断の無きようにお願い致します。無茶をしても報酬は変わりませんので個人行動はくれぐれも無いように!」


「「「「「おおおぉぉぉおぉぉぉぉ!!!」」」」」


 エレナの言葉に参加者たちが口々に呼応する。

 その声が波となって窓を揺らしているのがここからでも分かる。

 参加者たちの気合が十分の様だ。


「静粛に。それでは事前に冊子が配られていると思いますが、討伐団長のハルト=ニイドより本作戦の説明をしてもらいます。例年とは違いますので良く聞いて下さいね?」


「「「「「はぁぁぁぁぁい!!!」」」」」


 野郎どもの野太い声が響く。

 相変わらずエレナの人気は高い。

 そのマニアックな服装もさる事ながら、あのキツイ目で蔑まれながら罵られたりと言う濃いファンが多いと噂には聞くが…。

 この反応を見るとその噂もまんざら噂だけではないようだ。


「えー。ご紹介に預かりました。討伐団長のハルト=ニイドです。よろしくお願いいたします。この後も市長の出番は有りますから市長ファンの方々は少し我慢して作戦の説明を聞いて下さいね?」


 エレナのモノマネを織り交ぜつつ自己紹介を終えると会場から笑いがおこり、少し空気が和らいだ。

 まあ、掴みとしては及第点だろう。


「市長からも有りましたが、今年は例年と違う試みを行います。俺が直下で指揮するリーダーフォース以外は職でフォース分けを行っており、先行でリーダーフォースが敵を縛り上げ、後続のフォースが敵を一気に攻め落として次のターゲットに向かうと言う短期決戦型の構成です。皆さんと敵のバランスによっては後続のフォースに関しては二分割する事も考えられるので、自分の所属を把握し、各フォースのリーダーとサブリーダーの話をよく聞いて行動をお願いします。」


 普段は粗野な冒険者どもだが真剣に話を聞いてくれており会場には静寂が流れる。

 冒険者などと言うヤクザな商売柄ゆえに荒っぽい連中も多いが、巨大な敵を相手に油断をすると、その隣には死が待っていると言う事を理解しているのだろう。

 大事な事を聞き逃さない様にと言う真剣な眼差しがここからでも分かる。

 まあ、今回の作戦はリーダー連中を除けば普段よりもシンプルなので、そこまで真剣になられても申し訳無いのだが…。


「んぁー。真剣に聞いて貰っていて悪いのだが。ようは簡単だ!俺達が縛って足止めするから、一般参加者は全力でフルボッコして瞬殺してくれ!考えるのは俺がする!肉やらの金の計算は市からの後方支援が行う!普段の狩りよりも楽なはずだ!今日はリーダーの指示に従いつつも思い切り暴れてくれ!野郎ども!!!」


「「「「「うおおおぉぉぉおぉぉぉぉ!!!」」」」」


 実際にはポテトイーターの行動パターンに合わせて回避行動やらも行わなければならないのだが、こんなのに参加する連中だ指示が無くとも動いてくれるだろう。


「良いか!?野郎ども!!分かってると思うが、この狩りは祭の余興でもある!この戦いは投影魔法により街で上映される!!くれぐれも勝手な行動をして一人だけ転がってるとか無いように!報酬には影響は無いが恥ずかしいからな!無事に帰ってきたらこの街自慢の美味い飯と美味い酒が用意されている!!酒の肴になる様な恥ずかしいヤツは出さないように!!」


「「「「「うおおおぉぉぉおぉぉぉぉ!!!」」」」」


 まあ、こんなもんか。

 程よく場を暖めてて士気はそこそこ高まっただろう。

 正規軍でもないから一定の一体感が生まれれば、後はその場その場の対応だ。

 後は各フォースのリーダーに委ねるしかない。


「じゃあ、フォースリーダーは今からライトニングメッセンジャーを入れておいてくれ!一般参加者はこの後に行われるミーティングでフォースリーダーの説明をよく聞くように!俺からは以上だ!」


 大きな拍手に包まれて俺は元の席に戻る。

 首尾は上々と言ったところだろうか。

 盛り上がり方にもメリハリが有って、話もよく聞いてくれたので安心して任せられる気がする。


「では、以降の予定を私からご説明致します。解散後、各フォース毎に集まりフォースリーダーより役割などの説明などを行い…」


 入れ替わりでエレナが壇上に立ち説明を続けた。

 この会場の感じを見る限りじゃ今年も問題は無いだろう。

 後は問題のない程度にポテトイーターを狩るだけの簡単なお仕事だ。


* * * * *


「ハルトさーーん!お疲れ様でしたーーー!!」


 壇上から戻ると妙子ちゃんが出迎えてくれる。

 問題が有るとするなら、こっちの方が問題な気がしてならない。

 その笑顔がとても不安だ。


「本当に疲れるのはこれからだけどね。全体を仕切らないといけないから、あまり妙子ちゃんや師匠の面倒は見れないけど無茶だけはしないでね?」


「わかってますよー!それに私にはコレもあるし、師匠さんも居ますからねー!」


 と、『マジカル☆ブレス』をかざして見せつけてくる。

 いやいや。俺的にはそれが一番の心配の種なのだが…。

 ここまで来たら、無用なトラブルが無いようにと願うしかないだろう。


「タエコの言う通りさね!タエコは私がフォローするのだ!安心したまえ!」


 もう、何も言うまい。

 戦闘が始まってしまっては、俺も部隊を仕切るのに手一杯で二人だけを見てるワケにはいかないから、否が応にも師匠に任せる事になるだろう。

 ここは信じるしかないのだ。


「本当にお願いします。無茶だけはしないように。信じてますからね。」


「おう!さね!」


 満面の笑顔で返される軽い返事…。


 あぁ…。

 その笑顔がとてもとても不安だ。


* * * * *


 二人の事は心配だが、討伐団長としての仕事は待ってくれない。

 ここからは気持ちを切り替えて指揮を行うのが今日の俺の仕事だ。


 時刻は六時。

 個々の作戦概要が各フォースにて伝えられ既に準備は万端のはずだ。

 今回の作戦では、何事も無ければ昼頃には作戦完了となるだろう。

 いつもの構成なら夕方まで掛かっても仕方ないだろうが、計算上は火力集中の効果により、これまでの部隊構成よりも楽な狩りとなるはずである。


「さて、一方的な通信で済まないが、もう一度おさらいだ。俺たちリーダーフォースが敵を縛り、残りのフォースに引き継ぎ全力で仕留めてもらう。これにより例年よりも効率的な狩りが出来るはずだ。各人には全力であたって欲しい。いかに早く仕留められるかが今回の肝だ。よろしく頼む。」


 個別の通信は無いが各所から口々に歓声が上がる。

 元気があってよろしいが出来れば無駄なエネルギーは本番まで残しておいて欲しいものだ。

 まあ、この狩りも祭りの様なものだから落ち着けと言う方が無理なのも分かるが。


「ハールトー!分かったから早く狩りにいこーぜー!ハールトー!」


 全体送信でリックの割り込みが入る。

 リックの馬鹿さ加減は毎度の事だが毎年毎年このやり取りしなければいけないのかと言う疑問を持ちつつもお約束みたいになっているので、毎年の様に返すしかないだろう。


「さて、ここで悪い例が入ったが全体送信での私語は厳禁だ。余程の事が無い限り、グループ内やフォース内で対処してくれ。逆に重大な問題が発生した際には個人からの全体送信も歓迎だ!速やかに報告をお願いする。ちなみに!リックは今年も懲りずに開始前から私語を全体送信で行ったので報酬を一割減とする。無駄な通信を十回すればタダ働きだ!リック!毎年身を切った例を示してくれてありがとうな!」


「ハルトーーーー!そんなーーー!」


 遠くからリックの生声の嘆きが聞こえてくる。

 と、同時にそこら中から笑いがおこる。

 毎度の事だがご苦労な事だ。


 これだけ人が集まれば個々の個性など無いに等しいと言うのに、その中でも個性を主張しなければ気が済まないと言うリックの心意気には敬意を評したいが、この人数の中でマイルドになっているとは言えウザいので自重して欲しいものである。


 とは言え、大人数を仕切りたいと言う人間は少ないのでタンカーフォースを仕切ってくれているのは有り難いのだが…。

 リックはどんな状態でもリックにと言う事だろう…。


 ゴォォォォォォォォォォォン!

 ゴォォォォォォォォォォォン!

 ゴォォォォォォォォォォォン!


 笑い声を引き裂くように街の鐘が鳴り響いた。


『第二監視基地にて目視による敵影を確認!接触まで約十分を予定!数は五匹!数は五匹!』


 全体送信によりアナウンスが流れる。

 迎え撃つ準備は万端だ。

 後は狩るだけ。

 それ以上でもそれ以下でもない。


「さあ、野郎ども!狩りの時間だ!迎撃の準備は良いか!?」


「「「「「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」」」」」


 俺の号令と共に響く雄叫び。

 これから始まる狩りの幕開けだ。


* * * * *


「二匹目撃破目前!ハルト君!次のターゲットをよろしく!」


 あまり親交はないが、この声はシールダーのピルス=ガードナーさんだろう。

 二児のパパで美人の奥さんが花屋を営んでおり、冒険者としては実に幸せな家庭を築いている事で有名な冒険者だ。

 リックとは違い、人望も厚いのでタンカーフォースのサブリーダーをお願いしていた。

 的確な報告を上げてくれ実に有り難い。


「了解!リーダーフォース!次の足止めだ!」


 俺の指示と共に数百人単位が人の波となり四匹目に向けて動く。

 移動と共に砂埃が立ち込めて人の波と一緒に移動する。


「これで最後よ!フレイムアロー詠唱!魔法使いはタイミングを合わせて!」


 通信から聞こえるのはマジシャンフォースのリーダーの声。

 リーダーはマリス=マリネリスさん。

 確かローズがバイトしている工房の主宰だ。

 仕事で何度かお世話になったが、裏表が無く感じの良いお姉さんだ。

 無理を言ってお願いした甲斐はあったようで上手くフォースをまとめてくれている。


「前衛退避ーーーー!」

「前衛退避ーーーー!最後の一撃が来るぞ!」

「タンカー!ギリギリまで粘るぞ!詠唱が終わる直前まで縛り付ける!チェーン用意しろ!ハルト!先行はピルスに任せてるから先に行ってくれ!!」


 口々に上がる退避の声。

 最後まで踏ん張ってくれるタンカー達。

 リックが指示を出しリーダーとして機能していると言う奇跡に安堵する。


 思っていたよりも早く二匹目のポテトイーターも仕留められそうだ。

 接触から十分余りで二匹なら上出来だろう。

 個体差も有るだろうし、疲れも出てくるだろうから、このペースを維持し続けるのには無理は有るが、当初の想定通りのペースで作戦を進行できそうだ。


 予想以上に問題なく進行している奇跡に感謝したい!


「ほれほれ!タエコ!足元にフリーズグランドじゃ!」

「はい!師匠!まっかせて! ───大地に流れし蒼き水。溢れ集まり凍りつき、彼の者の自由を奪い、我が敵を拘束せよ!フリーズグランド!!」


 ・・・・・・。

 うむ。一部を除いては。

 妙子ちゃんが変身せずに魔術師を装って討伐に参加しているだけマシだとは言えるが…。


「こら!妙子ちゃん!師匠!タイミング早い!タンカーの指示を待つ!勝手に動くな!」


 ヘイトを集めすぎず、最小限のヘイトでターゲットの維持をして、討伐フォースに渡さなければならないリーダーフォースの役割から火力職の暴走は厳禁と言っても過言ではない。


 過言じゃないのだが…。

 このフォースの困った二人は実に自由に動こうとするので無駄にバインドやらマジックシールドやらを放ってフォローしなければいけなくなり、実に疲れる…。

 予想範囲と言えば予想範囲なのだが、これ以上の暴走は控えて欲しいものである。


 とは、言うものの押し寄せるポテトイーターの第一陣は意外とあっさりと対処出来ていた。

 師匠もそれを感じての行動なのだとは思うが、あまりにも順調に撃退が出来ていると言う事実に少し違和感を感じる。

 今回の構成が上手く行っているだけなのかも知れないが、いつもと違う何かに対してこれまでの経験が油断してはいけないと警告をしている様な気がした。


「まあ、気にしすぎても仕方ないか…。」


 まだ、第一陣を退けているだけにすぎない。

 これからが本番なのだから気を引き締めて第二陣にあたらなければいけないだろう。


* * * * *


 程なくして、第一陣を退けた俺達は休憩を取っていた。

 成果としては押し寄せた五匹のうち四匹を仕留めて一匹が敗走。

 例年、第一陣として来るポテトイーターは若いオスが多いので大半が敗走し逃げ帰る事の方が多いのだが、今年は珍しく粘る個体が多かったようだ。

 経験の差なのか抵抗は思ったよりも少なく自ら死を望んでいるような感じすら受けた。


「第二陣までは二十分くらいの余裕が有るそうだ!今のうちに休んでおいてくれ!消耗品補給など街に一旦戻る者はフォースリーダーかサブリーダーに必ず申告する事!フォースリーダーはリーダー限定通信で俺に報告を上げてながら休憩を取ってくれ。以上!」


 簡単な伝達事項を全体通信で伝えて俺も休憩を取る事にする。

 思った以上に順調だったので疲れていると言うほど疲れてはいないが、休める時に休むのは冒険者としての基本だと言えるだろう。


 携帯用のボトルに入った塩レモン水を口に含みながら、順番に上がってくる報告に耳を傾けた。

 どのフォースからの報告も被害は無く物品や人材の損傷や損耗は無し。

 第一陣から手こずっているようでは、話にならないが首尾は上々と言っても良いだろう。


「了解。他に特に無ければ皆も休んでくれ。」


 と、リーダーからの報告会を終えようとした時にリックが口を挟んだ。


「ちょっと待ってくれ。俺の気のせいかも知れないが何か違和感を感じる。何がと言われれば答えらんねーんだが。少し気をつけて迎撃した方が良いんじゃないか?出来れば些細な事でも報告を怠らないようにリーダーは気をつけて欲しい。」


 リックの発言にリーダー限定通信がザワついた。

 リーダーやサブリーダーは歴戦の冒険者にお願いしている。

 その年齢や経験は様々だが、この街以外でも活躍していた第一線の冒険者も多い。

 リックに関しても普段の奇行はアレだが、もっと評価されても良い実力は持っている。

 特に危機感知に関しては野生の勘と言うのだろうか。

 この街で長く冒険者家業を行っている者には高く評価されていた。


 んだが、ザワついた理由は別にあった。


「おい…。リックがまともな話をしてるぞ…。」

「やだ。怖い…。何の前触れ?月でも落ちてくるんじゃない?」

「リック!死ぬなぁぁぁぁ!お前はアレだが悪いヤツじゃない!死ぬなぁぁぁ!」

「死んでも良いがその前に俺への借金だけは返せよ。」

「えっ?えっ?リック死んじゃうの?」

「俺、リックが死んだらシーナさんに告白するんだ…。」

「あんたじゃ話にならないから、サブリーダーのピルスさんに変わりなさいよ!」


 ああ。リックのまともな発言なんて付き合いの長い俺ですら数回聞いた事が有るか無いか程度の貴重な奇行だ。

 パーティメンバーならもう少し聞いた事も有るのかも知れないが…。

 普段はあまり関わりのない。と、言うか関わりたく無いと思っているだろう、フォースリーダーの面々からすれば、それこそ奇行と言えるだろう。


「ちょ!酷くない!?俺はいつもまともだぜ!?」


 と、リックから抗議の声が飛ぶが、そう思っているのがまともじゃないので黙っていて欲しい所だが…。


「取り敢えず、俺への評価は置いておくとして、妙な違和感を感じないか?行動パターンはいつもと同じように感じるんだが、詰めが甘いと言うか…。そう。自分から殺られにきていると言うか…。抵抗がいつもよりも無くてすんなり狩れすぎている感じがするんだが…。」


 続くリックのまともな発言に、またもリーダー限定通信がザワつく。

 だが、リックの感じていた違和感を僅かでも感じていた者は少なからず居たようで、ゆるやかに議論が始まった。


 リックには関わらないように口々に報告が上がってくるが決め手となる情報は集まらない。

 まとめるとこうだ。


・狩りやすかったのは確かだが今回はメンバー個々の能力が高く上手くハマっただけじゃないか。

・それにしても、第一陣の大半が狩りやすいと言うのは変じゃないか。

・今年のポテトイーターの成熟度の問題じゃないか。


 などなど。場に出た大まかな意見としては、こんな感じだった。


「確かに少し狩りやすかったとは思うけど、やっぱり今年のポテトイーターの個体差や経験不足から来ているんじゃない?リック?」


 リーダー達がリックに絡まれない様にリックを避けて議論する中、議論を集結させるべくリックに声を掛けたのは、マジシャンフォースのリーダー、マリス=マリネリスさんだった。


「それでもよー!姉御!!やっぱり何かおかしいんだよ!」

「姉御って言うな!私はあんたのお姉ちゃんでもなければ兄弟分でもないからね!出来るならローズちゃんだって、あんたのパーティから助け出したいくらいなんだから!」

「ローズは関係ないだろ!ローズは!」

「いーや!あるね!ありますとも!あんたがまともならローズもこんなに苦労してないんだから!」


 やれやれ。話が脱線し始めた。

 だが、何かあるのだとしても情報が少なすぎるのだから大きな議論や原因究明に繋がらないのは仕方ないと言えば仕方ないのだが。


 さっきの戦いで違和感が有ったとしても、何が原因なのかと言う調査は今回の討伐が終わった後になるだろう。

 この群れの討伐が終われば、同種が倒された血の匂いを察知して他の群れは、この街に近づかなくなる。

 調査するとしても、まずはこの群れとの戦いを終えてからだ。


「取り敢えず、みんな落ち着いてくれ。リックは普段からまともじゃないが、リックの野生の勘的な危機感知能力には定評がある。実際、俺も第一陣との戦いで例年との違いは感じていた。何が違うのかは分からないが警戒しておいて損は無いだろう。何かあったら小まめに報告を上げてくれ。じゃあ、以上だ。休憩出来るうちに休憩しておいてくれ。」


 俺からの終了の号令に各リーダー達が応える。

 リックだけがブツブツを不満そうだったが、みんな休憩に入ったようだ。


 だが、リックの普段の奇行は置いておいて、リックも違和感を感じていた事には少し緊張感をおぼえる。

 俺も少なからず感じていた違和感が多少なりとも現実味を帯びてきた。

 何も無ければ良いのだが、少しでも早く異変に気がつけるよう注意しておくべきだろう。


 敵が強いと言う以上に、想定よりも敵が弱い時にも何かしらの良くない原因が有るものだ。

 その原因が環境によるものなのか、外敵によるものなのか、この時点で原因を確認は出来ないが、終わった後にでも調査しなければいけなくなりそうだ。


 ゴォォォォォォォォォォォン!

 ゴォォォォォォォォォォォン!

 ゴォォォォォォォォォォォン!


 第二陣接近の鐘が鳴り響く。


『第二監視基地にて第二陣を目視により確認!少し移動速度が早いぞ!接触まで約五分を予定!数は四匹!』


* * * * *


 第二陣に続き、第三陣を退けた頃には、小さな違和感が大きな違和感に変わっていた。

 リーダー限定通信でのミーティングを終えて各チームからの報告を聞き、この違和感が確実な物となりつつある。


 残りの群れは二つ。観測しきれなかった群れが居たとしても一つや二つ増える程度だろう。

 このペースで、この成果は悪くないと言える。


 言えるのだが、やはりこのペースは早すぎる。


「おい。ハルト。気がついておるか?」


 師匠が腕に胸を押し付けつつ小声で耳打ちをしてきた。

 不意打ちだったので思わず声をあげそうになるが、すんでのところで声を押し殺す。


「師匠…。近すぎますよ。気がついているかと言うのはポテトイーターが弱すぎる件ですか?」


 みんなの話を総合すると弱いのでは無く、確実に殺られにきていると言う話なのだが、この情報により勝手な行動が増えたり、変な動揺が広がらない様にとサブリーダーで止めている。

 まあ、師匠の様に感の良い人間は違和感を感じているだろうが。


「それもじゃが、妙な魔力の気配がする。もしかしたら、こいつら操られている可能性も有るさね。あと…。いや。これは気のせいじゃろうな…。」


 操られている?

 その可能性は考えなくも無かったが、それにしては魔力の痕跡が感じられない。

 人間だけじゃなく、動物やゴーレムなど何かを操ろうと思えばそれなりの魔力が必要となる。

 ゴーレムの様に体内でエネルギーを作れない無機物に比べれば、動物の方が魔力を使わないとは言え、意のままに動かそうと思うと魔力をそれなりに消費する事となり、その痕跡は残るもの。

 しかも、生存本能を押さえ込み死を選ばせるとなると、その抵抗を抑える為に相当の魔力の痕跡が残るものだ。

 それを痕跡も残さず操ろうと思うとその動物の行動や生命体の仕組みを熟知し、魔術に関しても相当の知識が必要となってくる。


 つまり、師匠が言う様に魔力で操られている可能性が有るとするなら、その裏に居るのは相当なレベルの魔術師や魔法使いに準ずる何者かと言う事になるだろう。


「操られている可能性ですか…。確かに考えられなくなないですね。でも、俺が感知出来ない程の魔力でポテトイーターを操れるものでしょうか…。さっき、何か言いかけていしたが、それを何か関係が?」


 もし、本当に俺が感知出来ないくらいの魔力で操られているとするなら、俺と同様かそれ以上の魔術師や魔法使いが絡んでいる事になる。

 そんなレベルの人間はこの世界で十人程度だ。

 その一人が師匠である事を考えると、師匠が居ると知った時点で相手は撤退するだろう。

 それに、わざわざポテトイーターを操って仕掛けてくる意味も分からなければ、こんなに簡単に狩らせる意味も分からない。


「そうじゃの。話しておくか。ポテトイーターをこの程度の魔力で操るくらいの芸当は良いさね。やりようによっては何とでもなる。じゃが、その魔力の質と言うか匂いと言うのが問題じゃ。」


 そんな事はどうでも良いと言う様な言い方にも驚きだが、それ以上に気になる魔力の残り香が気になると言う師匠の話。

 普段の師匠なら、こんな回りくどい方法で喧嘩を売られれば激高してもおかしくないと言うのに、それよりも気になる事が有ると言う。

 師匠の気のせいなら良いのだが、何か嫌な予感がしてならない。


「ふむ。思ったより冷静じゃの。もっと『なんだってぇぇぇぇ!?』とか驚くと思ったのじゃが。」

「いや。充分に驚いてはいるんですけどね。師匠が気のせいか程度だと言うなら気のせいでしょうし、そこで勿体つけられても驚きようが…。」


 驚くべき事実が提示されていないのだから苦笑いをするしかない。


「それもそうじゃの。簡単に言うとお前たちと同じような匂いがする。最初はお前が手を回して狩りやすくしているのかと思ったのじゃが、どうも違うようじゃろ? もし、お前が何かをしてたとしても匂いが薄すぎるし、お前たちとは違う気もする。この様な魔力の波長を持った者がお前たちの他に居ないとも言えないし、ポテトイーターどもが何かしらの太古の魔術道具を掘り当て、その魔力にあてられて異常な行動をしている可能性も考えられる。 この魔力の匂いが何かはわからんし、奴らの異常行動の原因も何とも言えんが操られていると仮定して行動するに越したことはないの。」


 なんか驚いて欲しそうだったワリには一気にまくしたてられて拍子抜けだったが、俺たちと同じ匂いと言うのは気になる話だ。


 俺たちと言うのは俺と妙子ちゃんの事だろう。

 だとすれば、それは俺達たちと同じ世界からこちらの世界に来た者が他にも居て、今回の件に関与している可能性が有ると言う事だ。


 師匠も断言は出来ないようだが、師匠が違和感を感じると言うなら警戒をしておくべきだろう。

 敵とは限らないが、敵で無いと言う保証もない。

 万が一、こちらの世界に転移してきた、あちらの何者かが関与しているなら、強敵となる可能性も有るのだから。


「わかりました。警戒はしておきます。その俺たちと似た匂いって言うのも気になりますが確証があるワケでは無いんですよね?」


「まあ、そうじゃの。それを判断するには材料が少なすぎる。万が一の場合を考えておく程度で良いさね。じゃあ、また後でな。」


 そう言うと師匠は手をヒラヒラと振りながら妙子ちゃんの居る方向に歩き出した。


「何も無ければそれで良い。じゃが、・・・・・・・・・。」


 周りの喧騒にかき消され、師匠が最後に何を言いたかったのか分からないが、必要な事は伝えてくれているはずだ。

 警戒をしつつも全力で目の前の獲物を片付ける方が先だろう。

 何とも言えない違和感は有るが今はそうするしかないのだから。


* * * * *


 ゴォォォォォォォォォォォン!

 ゴォォォォォォォォォォォン!

 ゴォォォォォォォォォォォン!


 異変が起こったのは第四陣の半分を狩り終わろうと言う頃。

 第五陣接近の鐘が鳴った。


『第二監視基地にて第五陣を目視により確認!数は六匹!うち一匹は七つ星の帝王!!ネームドが来ます!!迎撃準備を!!』


 第四陣ともなれば、かなり手強く例年でも作物を荒らして目的を達成し撤退するポテトイーターも多い。

 ポテトイーターの群れの中でも強者レベルの個体が多く含まれる。

 第一陣、第二陣などはポテトイーターの中でも若い落ちこぼれや年老いて戦力にならなくなった老兵が主に送り込まれる。

 奴らからすれば第三陣からが本番だと言っても良いのだろう。


 なぜ、隊を分けて時間差で乗り込んでくるかは様々な仮説が有るが、今の所は奴らが何を考えているのかを知る由はない。


 だが、これまでどこの地域でもポテトイーターの襲撃は隊を分けて時間差で、全てのポテトイーターが倒されるか逃げ帰ってから次の隊が現れると言うのが、これまでのパターンだった。


 今回の第四陣も手強く、しぶとい個体が多かったが、これまでの隊と同じように例年よりも抵抗は少なく、自ら倒されようとしているかの様な行動が目についた。


 それだけでも例年と違う行動だと言うのに、先に襲撃した隊が残っている状態で第五陣が現れ、その中にネームドの七つ星の帝王が含まれているとは…。

 何が目的なのかは動物相手に考えても仕方がないが、やはり何かが例年とは違うのは間違いないらしい。


「くそ。狙ったようなタイミングだな!先陣を自滅覚悟で特攻させて油断した所に本隊が襲撃とかヤルじゃねーか!!どうする!?ハルト!?」


 悪態をついている割には嬉しそうにリックが吠える。

 何か対策をしなければいけないが、リックが思っている様な行動をポテトイーターが出来るのかと言う疑問が頭を駆け巡る。

 やはり、師匠が言う様に何者かの存在が関与しているのだろうか…。

 どちらにしてもこの状況で奴らは来る。

 最悪の場合を考えて行動するべきだろう。


「奴らが近づいたら、リーダーフォースを二グループずつ五つに分けて俺のグループ以外は雑魚を足止めする!すまないが全力で足止めしてくれ!それ以外は二分割し、ピルスさんとリックがそれぞれを指揮。ピルスさんのフォースは雑魚をなるべく早く片付けてくれ!リックのフォースは色々な意味でハズレで済まないが、俺のグループと一緒に七つ星の帝王にあたる!各自すぐに対応できるように準備を!!」


 と、指示を出したが上手く対処できるかは半々と言った所か。

 リーダーフォースには強者が多いとは言えグループ単位で一匹を押さえ込めるかが問題となる。

 相手の雑魚は五匹。こっちは四グループと一般フォースが半分。

 雑魚とは言え第五陣ともなれば一筋縄では行かないだろう。

 今、残っているポテトイーターを倒すまではリーダーフォースの四グループで複数のポテトイーターの足止めをしなければいけない事となる。

 上手く捌いてくれるだろうと信じてはいるが、かなりキツイのは確実だ。

 ピルスさんのグループが一秒でも早く雑魚を処理してくれる事を祈るしか無い。


「取り敢えず、今はこの場に居るヤツを出来るだけ数を減らしてくれ!後続が来る前に出来るだけの事をするぞ!」


「「「「「おぉぉぉぉぉぉぉぉおぉぉぉぉ!!」」」」」


 平原に響く雄叫び。

 この窮地の中でも誰も士気を下げずに踏ん張ってくれるのは有り難い。

 奴らの合流まで遅くとも十分以内だろう。

 一匹でも多く数を減らす。

 それが今、俺達に出来る最大の対策だった。


* * * * *


 ポテトイーター第五陣がたてる砂煙が目視で確認出来る所まで迫っていた。


 結局、この時間までに倒せたのは二匹。

 殺りかけだった一匹と新規で一匹。

 残り一匹まで減らせたのは上出来だと言って良いだろう。


「しかし、キツイのに変わりはないな。」


 最悪、俺と師匠で何とか出来ない事も無いだろうが、大型の敵が合計で七体と言うのは数が多すぎる。

 強力な大型範囲魔法や禁忌魔法を使ったとしても一掃出来るかは分からない上に、参加者を巻き込んでしまう。

 参加者を退避させたとしても、広範囲でふっ飛ばした後に残る影響を考えると良い手段だとは言い難い。


 その前にその規模の大型魔法を発動しようとすると、それなりの詠唱が必要となる。

 その間に取り囲まれてフルボッコにされ俺達が狩られる側になるだろう。

 シールド系の魔法を重ねがけして防ぐとしても限界が有る。

 あの集団に襲われれば一瞬で剥がされるのがオチだろう。


 魔法で飛んで詠唱しても良いが、そうなると奴らは畑に向かうか、俺や師匠以外の参加者を追うだろう。

 飛びながらそれを追って魔法の範囲を設定して魔法を発動するのは難しく、意図しない場所で強力な魔法を発動するなんて、どれだけの被害が出るか予想もできない。


 少し被害を出さない為に作られた討伐隊が自ら街に被害を出したのでは笑えない結果だ。


 そう考えると俺と師匠が大型魔法や禁忌を使うとしても単体攻撃系の魔法に限定される事になるが、この数を相手に大型魔法や禁忌なんてのは燃費が悪くポンポン気軽に放てるものじゃない。

 ポーションをガブ飲みして魔力を回復したとしても体への負荷は大きく俺や師匠でもキツイ。


 そんな魔法を放って注目を集め平穏な俺の生活が侵されるのが嫌だと言う理由も有るが、どうにもならないなら使うしかない。


 どちらにしても、使い所を間違えれば街や参加者への被害が拡大するのは間違いないだろう。


「ハルト!来るぜ!目測であと五分ってところか!?」


 リックの声が俺を現実に引き戻してくれる。

 考えていても仕方ない。相手の戦力が分からない以上、それを見極めて対処するしかないな。


「よし!作戦通りのフォーメーションに編成を急げ!すまないが耐えてくれ!!」


* * * * *


───同時刻、リーダーフォース ハルトパーティ


「師匠さん!師匠さん!これはチャンスなのではないでしょうか!?」


 ハルトの号令により速やかにフォースが組み直される中、伊丹妙子は興奮気味にフィーナに話しかけていた。


 立ち止まったフィーナが振り返える。

 その顔に浮かんだ笑顔は、この後の行動を理解し容認するものだった。


「さすが、私が見込んだ逸材さね。ピンチはチャンス!!タエコ…。お前の思うがままに動くが良いさ。」


 フィーナ=グラスロッドはキメ顔でこう言った。

 その顔は、子供の巣立ちを喜びつつも寂しさを感じさせる慈愛に満ちた表情だった。


「はい!師匠さん! 私、思いっきり殺ってきます!!」


 これまでの戦闘で自信を付けたのか伊丹妙子の表情に迷いは無い。

 さっきまで「私が主役のはずなのにチマチマ魔術詠唱してサポートするだけで何だか面白くないなぁー」と思って不満げだった表情も今はもう無かった。


「あ!周りに迷惑が掛かる範囲魔法は気をつけて使うんじゃぞ!高火力の魔法もタンカーに当てない様に気をつけるんじゃぞ!ティッシュやハンカチは持ったか!?ポーションも多めに持って行きなさい!飛び出してくるポテトイーターに気をつけるんじゃぞ!!怪我しないようにな!!」


 フィーナが母親の様に思いつく限りの心配をする。

 信じて送り出してくれつつも、母親の様に心配してくれるフィーナの気持ちが伊丹妙子には嬉しかった。

 ちょっとした事だが、それだけで戦い抜ける気がした。


 伊丹妙子は、少し涙を浮かべながら、フィーナに満面の笑顔で親指を立てる。


「師匠さん!そんなに心配しなくても大丈夫です!私はこの戦いに勝っていつもの日常を取り戻すんですから!!これが終わったら、いつもの様にハルトさんや師匠さんと一緒に美味しいご飯を食べるんですから!!死んでも奴らにお芋さん達を渡しません!」


 そう言い残すと、伊丹妙子は砂煙の舞う戦場に消えて行った。

 その後ろ姿を見送りつつ、フィーナは孫弟子となる伊丹妙子の成長に目頭を熱くする。


「タエコ…。よく言った。お前の戦いに勝利があらん事を…。グッドラック…。」


 伊丹妙子の成長に涙している場合ではない。

 これまでの戦闘で感じた違和感。

 いつもと違うポテトイーターの行動。


 気の所為だと思いたかった嫌な予感は現実味を帯びてきた。

 残りの敵が接近する中で濃くなる異世界の匂いを纏った魔力の気配。

 何も起こらなければ良いのだがと言う楽観的な願いは打ち破られたと言っても良いだろう。


「やれやれ。少し本気を出さなければいけないかもね。」


 ポーションを一気に呷る(あおる )ように飲み干すと新戸晴人の元に向かう。


「さあ、始めようか。」


 そう。私達の戦いはこれからなのだ。


* * * * *


「うぅ…。」


 背筋の凍る様な寒気を感じた。

 肌は逆立ち鳥肌になっている。


 気の所為だろうか?

 どこかで誰かがとんでもないフラグを立てた様な気がする…。


 と、言ってもこの状況では仕方ないか。

 リックの予感がここまで当たってしまったのだ。

 粛々とポテトイーター第五陣を迎え撃つべく配置には付いたが、これから何が起こるのか誰にも分からないのだから。

 不安に思って、とんでもない事を口走って居る奴がいてもおかしくないだろう。


 とは言え、向けられた刃が逸れることはない。

 奴らはこの街の芋を狙ってやって来るのだから。

 俺達の芋を奪うと言うなら、武力で応えるのみ。


 師匠が言う様に正体不明の何者かが居るとするなら、何を考えてこんな事をするのかは分からないが、向かって来るなら迎え撃つしか無い。

 相手の事情を詮索するとしても、まずは目の前の危機を退けてからだ。


「ハルト!来たぞ!」


 リックに言われなくても見えている。

 砂煙がその濃度を増し目前に見える。

 その迫力はこれまでの物とが別物だった。


「突っ込んでくるぞ!散開してターゲットを分断させろ!タンカー!頼むぞ!」


 これから繰り広げられる過酷な戦闘を予感してか、もう雄叫びを上げるものはいない。

 無駄な体力を使わず、戦闘に全力を出すために短い返事だけが戻ってくる。

 戦闘は静かに始まろうとしていた。


 突っ込んでくる!


 そう思った次の瞬間、ポテトイーター達の足が止まる。

 何が起こったのか分からないと言う表情で、待ち構えていたメンバー達からはざわめきがおこる。


 舞い上がる砂埃でその姿は確認できないが、浮かび上がる一際大きなシルエットはネームドの「七つ星の帝王」で間違いないだろう。


『ほぉ…。面白い匂いをさせる者が居るな。これは喰らい甲斐の有りそうな魔力だ。』


 ドスの利いた声が脳に直接響く。

 周りを見回すが、他の参加者にはこの声が届いていないようだ。

 ポテトイーター達が統率の取れた行動をし、足を止めた事に対しては驚いているものの、いつ動き出しても対応できるように身構えて隙を見せない様に対峙している。


「気のせいか…。」


 そう思ったが、俺の他にもう一人謎の声を確認した者が居た。師匠だ。

 師匠はいつの間にか俺の横に来て緊張した面持ちで話しかけてきた。


「ハルト。聞こえたか?魔力は弱いが何者かがポテトイーターを操っているのは確かなようじゃ。そして、この言葉は失われた魔界言語。何か悪い予感がするさね。」


 召喚により俺や妙子ちゃんは、この世界の言葉を自動で理解できる魔法が常に発動している状態だ。

 脳に響く声には驚いたが、それが失われた言語だったとは気がつけなかった。

 師匠が言う様に失われた魔界言語だとするなら、相手は既におとぎ話でしかなくなった『太古の魔王の物語』の時代に封印された魔王の手下であったりする可能性が高い。

 それを師匠も考えたのだろう。

 もし、そんな者が現界しているとなるとポテトイーター狩りどころではない。


『ふむ。小僧。我を手下だと言うか。それは違うぞ。』


 再び、脳に直接声が響く。


「なに!?思考を読まれただと!?」


 思わず声が出る。

 その言葉に師匠も顔を引きつらせる。


「思考が読まれたと言ったか?ハルト!?やつはそれほどの実力を持つ使い手なのか!?」


 師匠が取り乱すのも仕方がない。

 人間の脳の構造は複雑で、そう簡単に思考を読み取る事など余程の条件下でしか無理だ。

 それは、どんなに高名な魔法使いでも同じで、失われた魔法と言っても良い。


『まあ、良い。今日は余興だ。お前たちには生き延びてもらい我の恐怖を世界中に広めてもらう事としよう!』


 舞っていた砂埃が緩やかに止み、その中から巨大なポテトイーターの影が近づく。


「うむ。これでこの体でも人語が発声できるか。」


 ポテトイーターが喋った…。

 唖然とする俺を含めた討伐隊の一同。

 全員の思考が停止する。

 喋れるはずもないポテトイーターが喋ったのだから。


「我が名は魔王カルキノス!異界に封印されし太古の魔王!今ここに復活を告げる!我を封印せしめた貴様らを滅ぼす者ぞ!」


 大声でネームド「七つ星の帝王」が吠える。

 その咆哮は戦場に響き全ての者の動きを止めた。


 そして、湧き上がる大爆笑。


「ちょ!ちょ!ちょ!ヒー!腹いてえ!魔王?魔王?その格好で魔王はないわー!ないわー!そこ顔で魔王ってないわー!ハルトー!助けてー!魔王さまに食べられちゃうぅー!」


 一際、大きなリックの大笑いが後ろから聞こえてくる。

 バタバタを転がる様な音から察するに、腹を抱えて転がりまわっている事だろう。


 いや。分からなくもない。

 ネームド「七つ星の帝王」と言っても、すっごくプリティ感が増した大きなポテトイーターなのだから。

 その顔で凄まれてもギャグとしか受け取れない。


 魔王様…。可哀想な子…。


「ええええい!そこの私とチャンネルが妙に合う魔法使い!憐れむな!!封印の地からこちらへの干渉は完璧ではないのだ!!ここまで干渉が出来る様になるまでどれだけの時間がかかったか!!たまたま!たまたま、ポテトイーターと波長が合って操ってるだけだ!!憐れむな!えぇぇぇい!覚悟しておれ!お前たちの魔力も生命力も吸い取って、完璧にそちらに帰還してやるからな!!!」


「いやいや。そのキュートな格好で言われても説得力が…。さすがに…。」


 不憫だ。魔王って話が本当なら俺が知ってる知識だけも数千年は経っていると言うのに。

 前回、封印された時も波乱万丈で涙を禁じ得ないと言うのに…。

 数千年も頑張って初戦がポテトイーターのとってもキュートな姿でなんて。

 威厳も恐怖もあったもんじゃない…。


 現にリックの大笑いに釣られまいと、俺のフォースのメンバーは笑いを堪えるのに必死だ。


「ふん!そう言っていられるのも今のうちだ!」


 何となく天然のドジっ子っぽくて地雷臭がする自称魔王様に同情していた俺だったが事態の変化に気がつく。


 いや。俺だけではないだろう。


 明らかに大きな魔力の発動。

 この魔力の変動は魔法使いや魔術師でなくとも感じるだろう。


 大きくうねる魔力の波がフィールド全体に津波の様に広がる。

 先に倒されたポテトイーターの死体が赤く発光し、死体と死体の間を線で繋ぐ。


「クソ…。魔法陣か…。」


「そのとおぉぉぉぉぉり!抜かったな!!魔法使い!!!討伐された死体の配置を見て察せないとは甘いぞぉぉぉぉ!!!!そして、これは結界!!!!!もう、お前たちは逃げられず、我が糧となるのだ!!!!!!!」


 と、ポテトイーターの姿で叫ぶ自称魔王様。

 どうしよう。あまりの可愛さに緊迫感が何か発する度に破壊される。


 が、魔法陣の効果は本物の様だ。

 結界で俺達を封じ込め、魔力や体力を吸い上げて、自分の力とするタイプか…。

 俺と師匠で結界の基礎を解除して回るとしても解除出来るのかも分からない。

 いや。ダメ元でもやるしかないのか…。


「無駄だ。諦めるのだな。なに。殺しはしない。後遺症は残るだろうが、魔力も体力も吸い付くされたお前たちは病床の中で我の恐怖を伝えるのだ!」


 何というか、キグルミのバイトでもした事の有るかの様な完璧なキグルミ的なアクションで煽ってくる自称魔王にイラっとしてきた。

 その一つ一つのアクションが実に愛らしい。それはプロの域に達してるのではないかと思うほどだ。


 だが、自称魔王が言う様に時間を掛けて構築された大規模な魔法陣や結界を破壊をするのが困難なのは確かだ…。

 何か…。何か手が無いのか…。


「リック!フォースはまだ動けるな!?お前に任せる!!分隊は雑魚を足止め!本隊は自称魔王を!師匠!思い切りぶっ放して下さい!俺は魔法陣を何とかしてみる!」


 正直、解除出来るか分からないが何もせずに、このまま負けるよりは良いだろう。

 最悪、俺達が倒れたとしても、倒れるまでに多少の対応策は残せるはずだ。

 今は出来る事をやるしかない…。


「待ってたぜ。その言葉!このまま殺られる気かと思ったぜ!行けるな!?お前ら!!」


 俺の言葉を受けて既に身構えていたリーダーフォースの面々が無言で頷き前に進み出す。

 その歩みは次第に駆け出し轟音となりポテトイーターの群れに襲いかかった。


「愚かな人間達よ。大人しくしておれば無傷で余生を過ごせたものを…。来るがよぃ…ぬぅ!?なにぃぃぃぃぃぃぃ!?」


 自称魔王の目に何が写ったのかは分からない。

 分からないが次の瞬間、俺の後ろから大きな光が溢れフィールド全体を包んだ。


 あぁ…。何だか嫌な予感がしてならない。

 何だろう…。後ろから軽快な音楽が聞こえるだのが幻聴だろうか。

 いや。幻聴であって欲しい。


 チャランランラララララララン!チャチャン!


 軽快な音楽が止むと共にフィールドを包んでいた光も消える。

 音楽が鳴っていた方向からザッザッザッと言う足音が聞こえる。

 そして、全てから解き放たれた様な声が響いた。


「人の魂を吸い上げて、己が欲を満たさんとする太古の魔王!」


 うん。何か聞き覚えのある声が聞こえるが気の所為であって欲しい。


「人に仇なすその所業。我欲にまみれたその行動。お天道様が許しても、この私が許さない!」


 おーい…。何だか時代劇っぽいぞ…。魔法少女っぽくないぞ…。


「魔法少女☆まじかるタエにゃん!ここに降臨!これ以上の狼藉は座敷牢行きよ!!」


 ドドーーーーン!


 うん。妙子ちゃん。ネーミング変えたんだね。

 そして、最後の爆発音は戦隊モノだね。

 なんか色々混ざりすぎて方向性を見失ってるよ…。


 どうして、このタイミングで変身しているのかは分からんが、凄く気持ちよさそうに見栄を切ったのだけは良く分かった…。


 ホント…。何やってるんだ。妙子ちゃん。君は…。

どうも。となりの新兵ちゃんです。

色々有って遅くなりましたが大型mob狩りのお話でした。


もっと討伐シーンとか細かく書こうと思ったら書けそうですけど、今回の目的は古の魔王の登場と魔法少女の登場だったので、こんな感じになりました。


今回から二万字以内で書いて、第十章で〆て、エピローグという形で書いていこうと思っていたので、こんな形の仕上がりになりましたが、決して戦闘シーン書くのがめんどくせーとかじゃないですからね!


この時点で古の魔王さんを出しておきたかったのと、以降の展開の為に妙子ちゃんを魔法少女っぽくしておきたかったのがメインで、戦闘シーンはおまけでしたから!


おまけとは言え、思った以上に戦闘シーンを考えるのが苦手なのは分かったので今後の課題にしたいです。


うん。やっぱり戦闘シーンを細かく書く技量が無かっただけです!ごめんなさい。


今回の設定が次にどこで使われるかは未定ですが、其之三以降で物語に絡んでくると思うので覚えておいて頂ければと思います。


問題は次話ですね…。

どの様に〆るかいくつか候補は考えているのですが…。

思うようにキャラが動いてくれなさそうな気がします…。


次話がいつ公開出来るか分かりませんが、いつも通り気長にお待ち頂ければ幸いです。


と、言う事で今回もお付き合い頂きありがとうございました。

それでは、またいつか。

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