其之一|第十二章|買い物と裏側と私
「で?何でお前らが普通に座ってるんだ?リック!」
俺の目の前の席を陣取り、さも当然だと言わんばかりにデーンと構えるリック。
「そんな事を言うなよぉ~!俺とお前の仲だろ!」
バチーンっとウィンクしてくる。
やめてくれ。今朝の妙子ちゃんのウィンクが消し飛びそうだ。
何やら女性陣がリックの言葉に笑いを堪えているのが気になるな。
ローズなんかはコーヒー吹いてたぞ。
間一髪で地面に吹いたのは良いがゲホゲホと咳き込んでいる。
何だか妙子ちゃんも限界だと言わんばかりに顔を歪めて笑いを堪えてるがリックがそこまで面白い事を言ったか?俺からすると普段の百倍ウザイのだが…。
ちなみに、シーナはあの後部屋に戻ったタイミングで起きて「では~。お勤めがありますので帰りますね~?昨日はありがとうございました~。お掃除お手伝い出来なくてごめんなさいね~?」と、後の事を気にしつつ教会に戻っていった。
この気遣いを少しでもリックが見習ってくれないものか…。
全く。いつまでウィンクしてるんだ…。
「あのなー。ローズは妙子ちゃんが誘ったから良いとして、お前とグリードは呼ばれてないだろ?百歩譲ってグリードは良いとして、何で朝からお前の顔を見てメシを食わなきゃいけないんだ?昨日、散々見たから今日はいらんぞ。」
「ふーん。たまたまメシを食いに来たらハルトが同じ席に座っただけですー!」
本当にこいつは…。
「よし。わかった。妙子ちゃん。ローズ。席を移るぞ。お前らにも奢ってやるから俺のツケにしておけ。おやっさんにも俺から言っておく。」
ツーンと言う感じでそっぽを向くリック。
可愛くても困るが、ホントに可愛くない。
ダンジョンでは見直したが、それを上回ってマイナスポイントを叩き出してくるな…。
「ハルト。俺はいい。」
グリードが遠慮してくれる。
愛いヤツだ。リックもこれくらい殊勝な心がけで居てくれれば奢り甲斐もあると言うのに。
「いや。グリード。こいつを任せる手間賃だ。何でも頼んでくれ。対価に見合わない仕事になるとは思うが頼んだ。」
「了解。」
そう頷くとメニューをリックに差し出し早く決めるように促す。
本当にありがたい。
なんでリックなんかと一緒に居るのか分からないが、機会があったらその辺りの話も聞いてみたいな。
リック抜きで。
リックをグリードに預けた俺は妙子ちゃん達の座る席に移動する。
「どうする?決まった?」
「はーい!私は『プリントースト』と『彩り野菜のサラダ』が食べたいでっす!」
「ローズは?」
「そうですわね。妙子さんと同じ物をお願いしますね。」
と、俺の目を見つめてくる。
うん。顔が熱くなる。
今朝の事があったせいで、まともに顔が見れない。
普段なら妙子ちゃんがその辺りをツッコんできそうな場面だが、さすがに空気を読んでか黙っていてくれている。
なぜか、さっきから妙子ちゃんはリックの真似をしてバチンバチンとウィンクをしては、ローズが爆笑しそうになっている。
飽きれば止めるだろうが、リックの真似と言うのが頂けない。
うちの妙子ちゃんに変な事を教えないでくれ。リック。
少し腹立たしいが、取り敢えず注文に行こう。
呼べばニコさんが注文を聞きにきてくれるだろうが忙しい時間帯だ。
おやっさんと話でもしつつ、料理を待ってテーブルまで持っていこう。
おやっさんとは常連ってだけの間柄でもないしな。
これくらいの気遣いはしてやるさ。
「おはよう。おやっさん。『プリントースト』と『彩り野菜のサラダ』三つね。料理は持っていくから、食後のコーヒーだけ運んでもらえる?あ。あと、今日の朝食分だけリックとグリードのを俺にツケといて?」
「オーケーオーケー。そう言えば会長よー。昨日の夜も店で暴れたそうだなー。あの金髪に言っといてくれよー。俺は良いけどさー?出勤したら女帝がご立腹だったぜ?」
うん。ニナさんには悪い事をした。
だが、俺はリックの保護者じゃないんだから勘弁して欲しい。
「昨日、散々釘を刺したがアレは俺でも操れん。シーナにでも言ってくれ。」
「尼さんの嬢ちゃんか~。オレ苦手なんだよな~。ほら。あの調子だろ?」
言わんとしている事は分かるが、窓口はアッチだ。
俺もシーナだけに押し付けるのは心苦しいが、恨むならリックと組んでる自分を恨んでくれ。
あれでも、シーナもリックも結構マシになったんだから、おやっさんも直接伝えて欲しい。
「分かった。俺からもシーナには伝えておくが期待はするなよ?」
「わぁーってるよ。でも、躾をしないと更に駄犬になるだけだからな!そして、伝えやすいヤツが伝える。これは世の断りだ!」
最もだが。あまり関わり合いたくないのは本音。
リックも極悪と言うほど悪いヤツじゃないが、あのウザささえ何とかなれば、もう少し良い扱いをしてやるのだが…。
知り合ったのが運の尽きだと思って諦めるか。日を改めて俺からももう一度注意をしておこう。
思いあぐねていると、会話の切れ目を狙ったかの様にニコさんが顔を出す。
「おはよう!ハルトさん。朝から大変ね!」
クスクスクス。と、他人事の様に笑ってる。
まあ、他人事なのだろうが。
彼女はニコさんこと、ニコ=ブロスナンさん。『夢見る冒険者亭』日勤のウェイトレス。
その笑顔とキュートさから『夢見る冒険者亭の昼の天使』と言われている。
実は「夢見る冒険者亭」の主人ことおやっさんの実の娘だ。
このオヤジからこの子が出てくるんだから世の中は分からない。
だが、このおやっさんにしてこの子有りって感じで意外と腹黒い所がある。
知り合った当初は色々と便利に使われたものだ…。
ニナさんに対して、ニコさんはスレンダーで背が低い。
そのビジュアルもあって言い寄って来る男も多いのだが、小さい頃から店を手伝っているだけあって上手に立ち回ってはいい感じでかわす。
ナメていると報復をくらうのだが、そこまで悪化する事は少ない。
店の常連の『おにいちゃん』達が守ってくれるからな。
俺もそんな時期がありました…。
あれだけ気安く無い乳をくっつけられたり、おにいちゃんと甘えられれば…
な?おにいちゃん?
後に俺と同じくらいの年齢だと知って驚愕するが詳細については伏せておく事とする。
ニコさんも元冒険者でニナさんとコンビを組んで暴れまわっていたらしい。
本性を剥き出しにしたニコさんはニナさんよりも恐ろしい。
出来れば敵に回したくない相手の一人だ。
「ほいほーい。ハルトちゃん。出来上がったよー。悪いけどハーレムに持ってってねー。忙しいから助かるよー。ありがとね♪」
と、言いながら抱きつかないで欲しい。
抱きついてる間に運んで行けるだろうだ!
と、言うと怒られるので言わないが…。
「いえいえ。ニコさんにはお世話になっているのでこれくらい。あと、彼女達はハーレムでもなければ彼女でもないのでご容赦下さい。」
「あらら?そうなの?私に振られて、そっち系に走ったんだとばかり思ってたのにー!あのちっこい子とは、もうしちゃった?」
何を言い出すんだ…。この人は…。
からかわれているのは分かるが質が悪い。
「いえいえ。師匠から預かってる子ですので。」
「へー。フィーナちゃんとこの子なんだ?そりゃー手が出せないかー?」
「厳密には少し違いますけど色々あるんですよ。」
「まあ、良いや。冷めちゃうからお姫様達に早く持っていってあげてねー。」
俺が師匠の名前を出したからなのか、純粋に興味が無くなったのか分からないが、料理を持って奥の席の方に消えるニコさん。
師匠とニコさん&ニナさんには何かしら因縁があるらしいけど、この人達の事だから大した事じゃないだろう。
取り敢えず、今は朝飯である!
「おまたせ。」
店を手伝った事もあるので、セッティングは完璧だ。
料理を置いた側から「いただきまーーす!」と食べだす妙子ちゃん。
俺が席に座るまで待ってくれるローズ。
三者三様とはこの事だろうな。
「いただきます。」
「ごちそうになります。」
俺とローズは上品に食べ始めた。
まあ、俺は言うほど上品ではないが…。
「これ、すごいですねー!パンがぷりんぷりんですよー!新食感!!!」
妙子ちゃんが喜ぶのも当然で『プリントースト』のファンは多い。
名物料理とまでは行かないが、朝食で食べる人も多い気がする。
基本的にはフレンチトーストの様な物を想像してくれれば味的には似ているが、食感が違う。
妙子ちゃんは「ぷりんぷりん」と表現したが、どちらかと言うと「ぷるんぷるん」だと俺は思う。
少し固めのゼリーの食感で独特の歯ごたえが有り、プリンの様な?フレンチトーストの様な?そんな味がするのだ。
暑い時期には『冷やしプリントースト』なる物も売られるが、冷やしているので割高な事と食感が変わるので好き嫌いが別れる。
俺もナイフで切り分けて口に入れる。
砂糖とたまごのマッチした滑らかな甘みとぷりんぷりんな食感が何とも言えない。
切り分ける時に伝わってくる抵抗感も楽しい。
俺はこのくらいの食感が好きだが、中には追加で追い焼きしてもらう事で、モチの様な食感になった『プリントースト』が好きという人も居る。
俺もたまに食べるが、あの食感が好きと言う人が居るのも分かる。
同じ料理だが、色々なこだわりで楽しめるのも人気の要因だろう。
「ふぅ。久しぶりに食べるとやっぱり美味いな。」
思わず賞賛の声が漏れ出す。
「私もコレ好きですー!分厚いのも素敵です!!」
妙子ちゃんが口の周りに色々付けながら賛同する。
くすりと笑いながらローズが妙子ちゃんの口を拭いてくれる。
「ありがとー!ローズさん!」
お礼を言った側から口いっぱいに頬張るのであまり意味がない。
だが、そんな様子を見てローズは楽しそうだ。
確か、ローズには長い事会っていない妹さんが居るんだっけか。
銀髪で透き通る様な肌とバランスの良いプロポーションを持つローズは、元の世界で言う所のエルフとの混血らしい。
随分と血は薄まっているらしいので「私は『ミックスエルフ』と言うよりは『ミックスヒューマン』ですよ。」と言う話を前に聞いた事がある。
エルフの風習か何かで会えるのは年に一回らしいが、妙子を見つめる目はしっかりとお姉ちゃんをしている感じがする。
ふと気がつくとローズに見入っていた自分に気が付き少し恥ずかしくなる。
うむ。あれは良かった。痛かったけど…。
照れ隠しじゃないが、視線を変えるために『彩り野菜のサラダ』でも食べようか。
あまり減っていない『彩り野菜のサラダ』に手を付ける。
『プリントースト』を食べていると、そっちに集中してしまうが『彩り野菜のサラダ』も負けてはない美味さだ。
元の世界で言う所の、キュウリ・レタス・にんじん・トマト・玉ねぎ・ピーマンなどに、ポテトサラダが添えられたスタンダードなサラダだが、まずこっちの野菜が美味いのが大きい。
特にポテトサラダの味付けが絶品で、甘いジャガイモの味の中にバターの濃厚な旨味とマヨネーズの酸味が合わさって、胡椒が良いアクセントとなっている。
また、野菜に掛かっているドレッシングも絶品だ。
基本的にはシーザーサラダの様な感じなのだが、それよりも滑らかな口当たりが楽しい。
その中に隠れている粉チーズの香りが濃厚で食欲をそそる。
そして、二つの料理の隠し味に使われているのが、調味料に加工されたクリスピーコイン。
カリカリとした食感と穀物を思わせる香り。爽やかな柑橘系の香りがほのかに香って食欲を実に美味しい。
目の前の妙子ちゃんもモリモリとサラダを平らげるくらいに、これも絶品なのである。
あ。そうだ。
「妙子ちゃん。そのサラダってさ。隠し味に調味料に加工されたクリスピーコインが入ってるよ。」
シレっと教えてあげる。まあ、これで妙子ちゃんもクリスピーコインを好きになってくれるだろう。
「「えぇぇえぇ!?」」
あれ?予想とは違う所から声が聞こえる。
ローズもクリスピーコインが苦手だったのか…。
「まぁ、良いや!美味しければ問題ないです!」
と、妙子ちゃんは再びサラダを食べ始めた。
対するローズはフォークで、それっぽいツブツブを取り除こうとしているが、粒が小さいので悪戦苦闘している。
「もう食べちゃったし、うまかっただろ?形さえ気にならなかったら大丈夫なんじゃない?」
と、慰めてはみたが、これまでに見た事の無い様な顔でこっちを見てる。
「クリスピーコインが美味しいのは知ってます。でも、アレを知っているとどうしても…。せめて、食べ終わってから言って欲しかったですわ…。」
と、ため息混じりに文句を言いつつも、何とかクリスピーコインを取り除こうと必死だ。
そんなに嫌なら食べなければ良いのだが、ローズは変な所で真面目なので食べ物を粗末に扱う様な事はしたがらない事は知ってる。最悪は俺が代わりに食べても良いのだが、食べようと思えば食べれるなら食べるに越したことはないだろう。
ひとしきり、クリスピーコインを取り除けたのか、ゆっくりと食事を再開した。
美味しそうに食べながらも、クリスピーコインを思い出しているのか複雑な顔でサラダと格闘している。
普段はあまり見られないローズの表情を楽しみつつ、俺も食事を再開する事にした。
「ごちそうさまでしたー!何がクリスピーコインの味か分からなかったけど美味しかったですー!」
ローズに構っている間に、妙子ちゃんが食べ終わる。
知らないと言う事は幸せで、動いているクリスピーコインはキモイから、それを見て余裕でいられるかは疑問だが、それを見てもその美味さを知れば妙子ちゃんなら普通に食べてしまいそうな気がする。
「俺もごちそうさま。次は加工されてないクリスピーコインをご馳走するよ。」
うげーっと顔を歪めるが、きっとこれはフリだな。うんうん。美味しければ何でも食べるのは、さっき証明された。この世界に住んでたら何かにつけて入ってる物だから慣らしていくしかないだろう。すぐさま順応しそうだけど。この子なら。
「失礼しま~す!食後のコーヒーでっす♪ごゆっくりどうぞ♪」
妙子ちゃんの「ごちそうさま」が聞こえたのかと言うような絶妙のタイミングでニコさんがコーヒーを運んでくる。
「ありがとう。ニコさん。」と、コーヒーを受け取るが、
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
用は済んだはずなのに帰ろうとしない。
ゴン!!!
「ぬなぁ!?」と声を上げて驚く妙子ちゃんと、ビックリしてサラダを吹き出しそうになるローズの視線の先にはトレーを身構えるニコさん。
「痛っっっ!!!!何するんですか!?ニコさん!!!」
一向に帰らないので「何がしたいんだ。このロリBBAは…」とか考えていたらトレーで頭を殴られた。角の部分で…。
「まったく~♪ハルトさんは気が効かないですね~♪紹介しなさいよー!そんなだからモテないのよ!あっ!ローズ嬢はそのままサラダを食べてて良いわよ?」
ニコニコしながらゴンゴンとトレーの角で殴り続ける。
普段は意外と優しいお姉さんなのだが、気に入らない事が有ると容赦ない。
さすが、元冒険者と言うか、あのおやっさんの娘である。
「あー。妙子ちゃん。この若作りで可愛いお姉さんは『夢見る冒険者亭』の昼の天使こと、ニコさんだ。こう見えて実は優しいお姉さんなので分からない事があったら何でも聞くと良いよ」
「あらー?ハルトさーん。お姉さん耳がおかしくなったのかしら?なんだか色々必要ない言葉が聞こえた様な気がするけどー。」
「老化現象ですか?気をつけて下さいね?」
ゴン!ゴン!ゴン!と、これまでにない本気の強さで殴られる 本当の事しか言っていないのに理不尽だ。まあ、ニコさんのする事は往々にして理不尽な事が多いが今日のは少し理不尽すぎる。
「まあ、いいわ♪」
俺を叩いて気が済んだのか、妙子ちゃんの方に向き直し極上の営業スマイルで自己紹介を始めた。まあ、妙子ちゃんと仲良くしてくれるなら女子にしか分からない事も有るだろうし願ったり叶ったりだとお父さんの様な気持ちで、その光景を眺める。
「あなたタエコちゃんって言うのね!よろしくね♪この辺で分からない事があったらニコお姉さんに何でも聞いてね☆ 腕の良い仕立て屋さんから美味しいスイーツのお店まで何でも教えてあげる☆」
極上のスマイルで妙子ちゃんに自己紹介しているが、ニコさんは彼女の何とも言えないアレな部分をまだ知らない。「なんでも聞いて」と言って余裕でいられるのは今のうちだろう…。
「ニコお姉さんありがとう!タエコ・イタミです!縁あってハルトさんの所でお世話になっています!あの…。ニコお姉さん良いですか?」
そう、伊丹妙子の鋭い牙は誰であろうと突き立てられるのだ…。
「うんー?なになに!?何か聞きたい事があるなら何でも聞いてね☆」
ニコさんは余裕そうだが、嫌な予感がしてたまらない。止めるべきか…。とは、思ったが面白そうなので放置しておく事にする。ローズも一瞬、何かを思ったみたいだがそれはないだろうと言う顔で、もう少しで食べ終われそうなサラダの残りを片付ける事にしたようだ。
「じゃあ…。」と、一瞬ためらったかの様にも見えたが俺には迎撃態勢を整えている様に見えるのは気の所為だろうか…。
「さっき、ハルトさんに対しても『お姉さん』って言ってましたけど、もしかしてハルトさんより年上とか近い年齢なんですか??でも、ニコお姉さん私と同じくらいに見えるんですけど…。それが凄く気になっちゃって!!ニコお姉さんのお年を知りたいですー!」
俺は心の中で妙子ちゃんにサムズアップをした。まあ、身長が低くお胸が残念なニコさんを見て、お姉さんだのどうだのと妙子ちゃんが聞けば予想のできた事態ではあるが…。初対面で年齢を聞くとはな。純粋なのか狙ってるのか判断できない。
ニコさんも「何でも聞いて」と言ってしまった以上、引けないのか頬をヒクヒクしながら、優しい口調で妙子に答える。
「えっとー。ニコお姉さんは永遠の十七歳かなぁ~♪妙子ちゃんは十四歳くらいかなぁ?」
ニコお姉さんの無理がある回答に俺とローズは笑いそうになったが何とか堪えた。
そして、妙子ちゃんのターンである。
「もぉー!私、そんなに子供じゃないですよー!ニコお姉さんと同じ十七歳です!同い年だからニコちゃんって呼んでいいかなぁ??」
『ぶふぉぉ!』
その言葉にサラダとの格闘を終えて優雅にコーヒーを飲んでいたローズが、お手本の様に飲んでいたコーヒーを吹き出す。何とか地面に向けて顔を反らしたので大惨事にはならなかったがニコさん的には面白くなかったらしく、ローズのこめかみをグリグリと攻めはじめた。
俺もちゃんとした年齢は聞いた事がないが、相方のニナさんの現在の年齢が二十八歳。冒険者組合の入会資格である十五歳になった当日に冒険者登録をして冒険者デビュー。ニコさんとコンビを組むようになったのは随分後らしいが、既にその頃にはニコさんの名はそこそこ売れていたしい。その事を考えると、どんなに見た目がロリっ子でお胸が残念な感じのニコさんとは言えある程度の年齢は察しがつく。そして、その事実はこの辺りの冒険者には有名の話だったりするのだ。
うん。それを知ってる人間が、妙子ちゃんとニコさんが同い年とか言う会話を聞いたらコーヒー吹いても仕方ないってもんだ。
首をかしげながら放置状態の妙子ちゃん。
ごめんなさい…。ごめんなさい…。と呟きながらグリグリされ続けるローズ。
ローズを弄る事で事をうやむやにしようとするニコさん。
「おーい!何してんだ!遊んでないで仕事しろ!!」と、タイミング良くおやっさんに呼ばれたニコさんは「ごっめーん☆仕事の途中だった♪じゃあ妙子ちゃんまたね!」と言うとそそくさと逃げ去っていった。
結局、ニコさんの年齢は今日も明かされず、闇は闇のまま。謎は謎のままでそこに存在し続けるのである。
「もしかして、あれが噂の美魔女かなぁ?どう見ても私と同じくらいかと思ったけど、よく見たらお化粧が少し濃かったですねー!」
と、妙子ちゃんが怖い事を言ってる様な気がするが…。きっと幻聴だ。
もし、言ってたとしても美魔女と言うほどニコさんはそこまで年をとってないはずだ。
精々、自分の事を大人女子とか言っちゃう程度のレベルで四十代には突入していないと思いたい。
四十路になっても、あのままの気はするが今の様な傍若無人っぷりは落ち着いてくれているだろう。そう願いたい。
ニコさんの年齢の謎について一人で盛り上がっている妙子ちゃんを困った顔で見ていた俺だったが、ローズが少しソワソワしているのに気がつく。時計を見るともう九時前。随分長居をしてしまった
「すまないな。ローズ。付き合わせて。この後用事でもあるんじゃないか?」
ローズに声をかけると、すまなそうな顔をして席から立ち上がった。
「ごめんなさい。このままおしゃべりしていたいけど、バイトの時間があるのでそろそろ帰らないと…。」
と、謝ってくる。この街では冒険者家業を営むの傍ら、引退後の事も考えて魔術道具を製作する工房や鍛冶屋でバイトをする冒険者も少なくない。ローズもその一人だ。
「いや。付き合ってくれてありがとう。妙子ちゃんも楽しかったと思うよ。」
「はい!ローズさんと仲良くなれて嬉しかったですー!」
にっこりと笑う妙子ちゃんを見て、ローズがまたお姉さんの様な顔になる。
「名残惜しいですが、今日はこれで。妙子さん。また遊んで下さいませ。」
と、言い残し名残惜しそうに手を振りながらローズはバイトへと向かった。
ローズが見えなくなるまで手を振り返す妙子ちゃんが心なしか寂しそうだ。
「また、いつでもローズには会えるって。こっちはコッチで用事を済ませようか。」
妙子ちゃんの頭にポンと手を乗せて髪の毛をワシワシ撫で回す。
「もぉ!髪がグチャグチャになっちゃいますよー!」
と、文句は言っているものの元気を取り戻してくれたようだ。
元気に振る舞っている妙子ちゃんだが一人で異世界に飛ばされた不安や寂しさを、ふとした時に感じるのかも知れない。
普段は明るい妙子ちゃんが時折見せるその表情はとても寂しげに見えた。
「ハルトさーん!早く行きましょうよー!置いてきますよー!」
物思いにふけっている間にマーケットの付近まで走って行く妙子ちゃん。
猫耳を付けてはいるが、リードから解き放たれた犬のようだ…。
もしかしたら、寂しげに見えるあの表情の裏では何も考えてないのではないだろうか?
考えているとしても、お腹減ったとか思っているのかもしれない…。
どんどん先に行く妙子ちゃんを追うように俺も走り出した。
なんか、前もこんな事があった気がするが、あの時はもっとシリアスだった様な…。
まあ、そう感じなくなったと言う事は妙子ちゃんがここ数日でこの世界に慣れたと言う事だと良い方向に思いたい。
そう思わないと度々置いていかれる俺がやってられない気がする…。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「わー!活気ありますねー!あ!これカワイイ!!」
初めて見る街のマーケットの賑わいと商品に目移りする!
スーパーやコンビニやデパートとは違う露店のお店がお祭りみたいでテンションがグーンと上がった!
「これ!このブラシがカワイイです!ハルトさんお金!」
と、ハルトさんに買って買ってとアピールをする。
まーた、さっき「俺のせいだー」みたいな顔をして沈んでるっぽかったから、こうやって遠慮なくおねだりする事で、呆れてくれればこっちの勝ちだ!私が騒ぐことで少しでも気分を変えてくれるならそれで良い。
少なからず、ハルトさんは自分の責任を感じているみたいで、時々凄く辛そうな(?)顔をする。
偶然の事故みたいなもので、ハルトさんの過失でもなんでもないんだから、そこまで気にする事ないのにと思うんだけど、大人はそうは行かないらしい。
・・・。
たまに変な所を見てる気がするから、思い過ごしかも知れないけど。
何かある度に頭をポンポンするのも何だか怪しい!!…かも?
ローズさんに抱きしめられて嬉しそうだったもんなー。
「妙子ちゃん。ベッドを注文しに行くからコッチ。」
ブラシ以外にも欲しい物が有るんだけど、ハルトさんは大物から買い物を済ませるタイプらしい。色々見ながら歩くのが楽しいのに、実に男性的な感じだ。
「はーい!待って待って!」
と、ハルトさんの背中を追いかける。身長は平均的だけど何となく大きく見える背中。
私は一人っ子だったから兄弟とか姉妹とかわからないけど、お兄ちゃんが居たらこんな感じだったのかな?
ハルトさんと話していると時々そんな事を思う。
こう言うのを吊り橋効果?っとは違う気がするけど、この世界でたった一人だけ元の世界の事を知っている人。そう言う思いが私の気を緩ませるのか心のガードも緩まっている気がする。
シッカリしていそうで、ハルトさんが元来持っている意外と脇のあまさがそうさせている気もするけど、どちらにしてもそれを含めて親しみを感じているのは事実だ。
「おーい!妙子ちゃんこれとかどうだ?」
うっ…。何やら天蓋付きのお姫様ベットを指して聞いている気がする…。
「えっと。それはどうでしょうねー。他にも良いのがあるかもぉ?みたいな?」
放っておくととんでもないベットを選びそうだ。
ああ言うのは何か勘違いしている親が子供に押し付けるか、仕事に疲れた大人の女の人が勢いで買っちゃってやっちまったと後悔するか、ナチュラル系お姫さま族が色々な事を狙って買っちゃうようなものだと思う。個人的にああ言うのは勘違いして買っちゃう系のベットだと思うから丁重にお断りしたい。
でも、他のベットとかを見ていると作りが丁寧で、大量生産された元の私の部屋にあるベッドもどきとは全然違って職人さんの仕事の様な気がする。
「ハルトさん!ここのって全部ハンドメイドなんですか?凄く細工とかが細かいですね。」
純粋に感心する。シンプルなベッドにも何かのお話をモチーフにしたのか彫り物が入っていて何かをテーマにして店全体が作られているみたいだ。
「そうだね。まだ、この世界じゃ大量生産なんて少ないからハンドメイドだと思うよ。あと、ここの職人さんは『太古の魔王の物語』が好きらしくて、それをモチーフにして飾りを施していたり、置物とかを製作しているらしいよ。仕事も丁寧だし、あまりお世話にならないけどお気に入りの店の一つだ。」
ハルトさんのお気に入りと言うのは置いておいても、このお店の商品はどれも綺麗だ。
ベットの他にも雑貨や置物、チェスの駒みたいな物も置いてある。
そのどれもに、細かな細工が施されていて何となく可愛らしい。
こんなお店が好きなんてハルトさんも意外とメルヘンチックな気がする。
あと一つ。気になるワードが。
『魔王の物語』
何だかとってもファンタジック!剣、魔法、魔物とくればやっぱり魔王だ!
あのダンジョンも魔王の何かなのかも知れない!
そう思うと妙子ワクワクしてくっぞー!
ダメだ。ダメだよ。妙子!変なテンションに入りそうだ。深呼吸をして気持ちを落ち着ける。
「魔王の物語って何だかファンタジックですね!どんなお話なんですか?」
気になったものは仕方ない。ハルトさんの事だから話が長くなりそうだとは思いつつ聞かずにはいられなかった。
「う~ん。よくある話だけどね。それまで魔物など居なかった世界に、異世界から魔王カルキノスが手下を引き連れて現れ、世界征服を目論んではみたけれど、人間や亜種族や天使によってフルボッコにされて異世界に封印される。名シーンとかもあるけど簡単にまとめるとこんな感じかな?うちにも原書版やいくつかのアレンジ版が有るから読んでみると良いよ。」
「うん!よくある話すぎて読む気になれません!ありがとうございます!」
「いやいや。読んでみると結構面白いからそこは読んで!」
「えー。じゃあ、コミカライズ版かアニメ化されたら…。」
「無いから!この世界じゃ生きてる間には無理っぽいから!」
ハルトさんが何やら熱く語っているけど、無視して再びお店を見て回ろう。
これ以上、付き合ってると話が長くなるのは確定だ。
まったく。これだからオジサンは困る。
ハルトさんも悪い人じゃないけど話が長いのがアレだ。
もしかして、アレは噂に聞くオタク的なアレなのかな…。
好きな話だと饒舌になる的な…。
* * * * *
そんな事を考えつつ小一時間ウィンドショッピングを楽しんだ私はテキトーにお値段がお手頃そうなベッドを見繕ってお店を後にした。
相変わらず『太古の魔王の物語』について熱く語っているけど「じゃあ、気が向いたらですねー。」と適当にあしらって露店でのショッピングを続ける。
ハルトさんにお金をもらって集合時間を決めて一人で買い物をする事にした。
「付いていくから大丈夫だよ。遠慮しなくて良いから。」
とは、言われたものの、私も一応は女子なので男の人が居たら買いにくい物もある。
こう言うデリカシーの無い所が何だかお父さんっぽい。
下着とか下着とか下着とか。他にも体の事で準備しておかないといけない物も有る。
「この世界の人はどうしてるんだろう。布とか聞いた事あるけど…。」
うん。一人で考えていても分からない!こう言う時は人に聞いてみよう!
唯一、こう言う話を聞きやすさそうなニコちゃんを訪ねて、夢見る冒険者亭に着くと休憩中なのかオレンジジュースを飲みながらまったり日向ぼっこをしていた。
「やぁ!タエコちゃんじゃない!らっしゃい!」
私に気がつくと長年の親友かのようにハグしてくる。
「アレ?ハルトさんは?」
「えっと。ハルトさんが居たんじゃ聞けない事があって…。」
「おーっと!年齢の話はNGだからね!乙女の秘密なんだからね!プンプン!」
プンプンって…。
ハルトさんの話によるとニコちゃんはそこそこ年上らしいけど…。
オレンジジュースを飲みながらプンプンって…。
とは、思うけど聞きたい事が有るので、ここはあえて言わない。
「あの。そうじゃなくて!ニコちゃんは女の子のアレの時にどうしてるのかなーって。」
『ぶふぉぉ!』
ニコちゃんの口から吐き出されたオレンジジュースが太陽に照らされてキラキラと輝きながら地面に吸い込まれていく。
わー。こんなお手本の様に飲み物を吹き出すのはローズさんだけかと思ったけど、ニコさんも慣れてる様子を見ると、この世界ではポピュラーなリアクションなのかも知れない。
『今度、やってみよう…。』と、心に誓ってウットリしていると、ニコちゃんに店の横の物陰に連れ込まれた。
「タエコちゃん!あんたね!そう言う事は往来で言っちゃダメ!良い!?わかった?」
ニコちゃんは意外と古風な物の考え方をしてるらしい。さすがおば…お姉さん。
「そ…そうじゃなくて!こっちでの生活は初めてでみんなどうしてるのかなって…。」
『やれやれだぜ』と言い出しそうなポーズを取りつつ、キッとした表情をしたと思ったら諦めたかの様に肩を落とした。
「そりゃ、ハルトさんには聞けないか…。わかった!ちょっと待っててね☆」
と、営業スマイルを残して店に入っていった。待つこと数分。一枚のメモを手に戻ってくる。
「このお店だったら一週間分をセットで売ってて便利だよ!分からない事があったらお店で教えてもらえる様にも書いておいたし、メモを見せたら割引してもらえるようにも書いておいたから多めに買って小まめに取り替えること!ちゃんと洗って清潔にするのを忘れないでね!良いかな?わかったかな?」
恥ずかしいのか顔を真赤にしつつも親身に色々教えてくれたのだった。
後にシーナさんにも聞いてみた所、そう言う話は家の中だけでお母さんから教えられて公の場で話す事は無いらしい。重いとか痛いとか言う話もほとんどしないそうだ。その辺りは大人が察して仕事に支障がありそうなら、それとなくカバーしたり帰らせたりするんだって。ニコさんはお母さんを早くに亡くしているらしくって苦労したんじゃないかなと聞いて、ニコちゃんをおばさんとか思った事を反省した。
この時は気にしてなかったので、心配事が一つ減り軽くなった足取りでマーケットに戻った。
目的の品は、結構お買い得な感じだったので少し多めに確保!
魔術で消臭効果とか通気性を良くしたりした商品だとか、裏の人気商品だとか、一年は効果が有るだとか、使い方や手入れの方法などお店の人が色々と丁寧に教えてくれて凄く助かった!凄く良いお店!
ついでに、衣類系のお買い物もこの衣料品店で済ませた。
ニコちゃんのお気に入りのお店だけあって、服だけじゃなくて下着の種類とかも多くってお求めやすい値段のお店で私も通う事になりそうだ。
* * * * *
「ちゃんと必要な物は買えたかい?」
待ち合わせの夢見る冒険者亭に戻ると屋外に並べられたテーブル席で本を読みながらハルトさんが待っていてくれた。
その足元には積み上げられた本の山があり、ハルトさんはハルトさんで買い物を楽しんでいたらしい。
「バッチリです!ニコさんに良いお店を教えてもらっちゃいましたー!」
と、ニコちゃんの名前を出すと一瞬「ギョ!」っとした表情をしたけど、すぐに優しそうな笑顔になるハルトさん。何だか失礼な事を考えていそうな気がする…。
けど、お金を出してもらった恩があるので今回は見逃しておこう。
「そっか。もう仲良しなんだね。良い買い物が出来てよかったよ。取り敢えず家に戻って荷物を置いたら残りの予定を消化しようか。」
「はい!いよいよハルトさんの本業にご対面ですね!これだけ引っ張ったんだからバッチリ見学させてもらいますよー!」
ハルトさんは、「あはは…。」と軽く笑うと家に向かって歩きだした。
それを追って私も歩きだす。
この世界に来て何度目だろうか。こうやってハルトさんの背中を追いかけるのは。
昼下がりの街で追いかけるハルトさんの背中。
その背中に、これまでにはない緊張感を私は感じていた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「はい。現場の伊丹妙子です。なぜか私たちはダンジョンの中をズンズンと進んでいます。」
そう。現在、ズンズンとダンジョンを歩いている。
「妙子ちゃん。何度もワイドショーごっこしなくて良いから早くおいで。先は長いよ。」
「了解です!隊長!今行きます!」
なぜか、私たちは二人でダンジョンに潜っていた。
「二人だけで大丈夫なんですか?」と言う私の疑問を「あー。大丈夫。大丈夫。」と軽く受け流し、ここまで連れて来られた。
しかも、昨日とは比べ物にならない軽装備で。
今日の持ち物は簡単な食料と飲み物をトートバックに入れて持ってきているだけだ。
「ピクニックかよ!」と思わずスタンダードなツッコミを入れてしまったくらいの軽装備で不安になる。
それをこれまた軽くハルトさんに流されて、流されるままついてきたらこの有様だ。
同じ景色ばかりで位置や時間の感覚が無くなってくる。
油断をしていると何時間ダンジョンに潜っていて、今は何階に居るのかが分からなくなってくる。
街と同じ様な規模の広さがあるダンジョンとは聞いていたけど、二人っきりと言う事もあって余計にそれを実感した。
ずっと続く石の回廊。
同じ景色の中に稀に見られる冒険者の落書き。
『クソ広い!誰だよこんなもの作ったの!』だの、『俺様参上!』だの、『漏れちゃった…』だの、『この奥は危険!引き返せ!』だの、たまに書かれている色々な落書きだけが心の支えだった。
昨日のダンジョン探索の時にチョロっと聞いた話だと、これまでに攻略されているのは地下四階の半ばくらいまでらしい。
地下四階を過ぎた辺りからは、その落書きも無くなった。
整然と並んだ石の壁だけが延々と続く。
現在はたぶん地下六階。
地下四階を超えた辺りからハルトさんが本気を出したのか、魔法で作った明かりが凄く明るい。
魔法の明かりお陰で怖さはないけど、足音しかしない回廊に退屈さと得体の知れない不安を感じる。
最大の問題はすっごく退屈な事。
地下一階からここまで敵らしい敵に出会っていないのだ。
地下三階くらいまではスライムっぽい小物に数回出会ったもののハルトさんがチョロチョロっと唱えた魔法で一撃必殺していたのに、地下四階を過ぎた辺りからパッタリと出てこなくなった。
こんな所で油断をしてると、曲がり角とかでバッタリとグレーターデーモンとかが出てきて、この世とサヨウナラなんて事になってはシャレにならないから油断だけはしないようにと気は張っているものの、迷いもなくズンズンと進んでいるハルトさんを見てると、そんな心配は杞憂の様に思えてくる。
うん。少し眠いと言うのが正直な感想。
「それにしても、敵が出て来ないですねー。」
「うん?ああ。この辺はまだ人が来ないから苔とかキノコとか栽培してるんじゃない?そう言うのが生えてる方が何となくダンジョンっぽいだろ?」
って!そんな問題かよ!と、ツッコミたくなるが、ツッコんでもダンジョンに入ってからのハルトさんは何となくノリが悪い。
今の会話もボケなのか天然なのか分からない感じだ。
ただ、迷いなくダンジョン内を進んでいる様子を見ていると私よりも意識がハッキリしているのは確かだと思う。
多分、地下四階に入った辺りから最短コースを進んでいる気がする。
それまでの比にならないくらい、次の階への階段が近い。
さすがにのんきな私でも現状に何かあるのは感じている。
「もしかして、ハルトさんってこの辺りまで来た事あるんですか?すっごく慣れてる気がします!最高到達点更新ですね!」
「ん~。まあね。色々あるんだよ。色々。」
ハルトさんの事だから目立ちたくないと言うのも有るのかも知れないけど何を聞いてもこの調子。何だか怪しい。明らかに怪しい。
これは女の勘だけど何かを隠してるのは確かだと思う。
サプライズとかそう言うのじゃなくて。
もっと、こうなんと言うか…。
お母さんが居るのにキャバクラに行っちゃったお父さんが問い詰められてノラリクラリと言い訳をしているみたいな。で、結局はキャバ嬢の名刺を見つけられて怒られる。みたいな?
いやいや。ハルトさんの場合はその前に彼女とか作れそうにないから結婚と言う想定が間違ってるかな…。
子供がイタズラをしてお母さんにそれを隠しているみたいな?
私はお母さんか!!!
うん。暇すぎて考えがどうでも良い事に考えが逸れていってしまう…。
それくらいダンジョンの最深部なのに平和すぎるのだ。
それでも、私は何も言わないハルトさんの後を追うしかなかった。
* * * * *
『やっぱりおかしすぎる!!!』
ダンジョンに潜ってから何分経っただろうか。
既に地下九階を三十分は歩いている。
ダンジョンを進めば進むほど何となく豪華な作りになっているなぁとは感じていたが、地下九階に至っては、歩いてる場所だけ松明で明かりがつくと言う地味に魔法的な技術を使っているっぽい仕様になっている。
一定間隔で彫刻が施されており何となく豪華。
PRGっぽいので気分は上がるけど相変わらず魔物の襲撃は無い。
ここに来るまでに、なだめたり透かしたり、色仕掛けで迫って軽くあしらわれたり、色々な方法で今の状況を説明してもらおうとしたけど「もうちょっとだから頑張って。」とか、どーでもいい様な返事しかハルトさんからは返ってこない。
機嫌を取るためか、さっき美味しいアップルパイをくれたけど伊丹妙子はこんな物で誤魔化されるような安い女じゃない!もぐもぐ…。
百歩譲ってハルトさんの実力が余裕で地下九階まで到達出来るのだとしても魔物が襲って来ないのはおかしい。もぐもぐ…。
うん…。
実においしい!ただのアップルパイっぽいのにりんごの味がギュッと詰まっていて、りんごの下にひかれたカスタードクリームがその味を引き立ててくれている!
「うーーーーまーーーーいーーーーぞーーーー!!!!!」
こほん。しまった。あまりの美味しさに口からビームを発射する勢いで叫んでしまった。
私の魂の叫びにハルトさんがビクンと反応する。
こっちを見て何だかホッとした表情で「作った物を褒められるのは嬉しいな。ありがとう。」とか爽やかな笑顔でお礼を言うけど騙されないぞ!妙子はこのアップルパイの秘密を解き明かすんだ!
…じゃ、なかった。魔物が襲ってこない理由だ。
危ない危ない。ハルトさんの罠にはまるところだった…。
私が推理するに、このダンジョンは魔王の持ち物で、異世界でもボッチをこじらせたハルトさんは魔王の手先になってしまったんじゃないだろうか?
そう考えると納得がいく部分が多い。
普段、引きこもって薬屋をやっているのは街の人の注目を集めない為のカモフラージュと言えないだろうか?
もしかしたら、引きこもりと言うのもカモフラージュの可能性も考えられないだろうか?
ボッチなのは、これまでの行動を考えると納得がいくけど街の人とのやり取りを見てると元営業マンと言うハルトさんの話も納得できる。色々あったと言う話だけど一度引きこもった人があんな上手にコミュニケーションができるだろうか?前にテレビでやってたけど引きこもりの人は脳が萎縮してコミュニケーションなどを司る前頭葉に悪い影響を与えるらしい。
だけど、ハルトさんからはそう言う様子は見えない。
普通にしていれば、会話も軽快で割りと格好いい感じだと思う。
ここにきて『ハルトさん魔王の手先説』が持ち上がった。
そう言えば、マーケットで魔王のお話が好きと言っていた…。
妙子の中で何かが繋がった。それなら、魔王の手先であるハルトさんを魔物が襲って来ないのも納得だ。
ひた隠しにされる『ハルトさんの本業』
実際に見てから判断して欲しいと言われた、それは『魔王軍の幹部』だとは考えられないだろうか?
有り得ない話ではない…。
取り敢えず、事の真相を見極めるべく大人しくハルトさんに付いていく事にした。
* * * * *
「さて、ご苦労様。ここが最終目的地だ。」
地下十階まで到達して約五十分。
ハルトさんの指し示す先には巨大な扉が鎮座していた。
ここまでの道のりは複雑ではなく一本道。本当に曲がり角の一つも無く一本道。
たまに、少しスペースがあって、彫刻が左右に並んでたりとかは有ったけど一本道。
ここまで進んできた どの階よりもすんなりたどり着けた。
問題点としてはダラダラとただただ距離が長いこと。
ハルトさん以外で、ここまで到達した人が居たとしたら距離の長さに飽きるのは確実だと思う。
地下十階に降りて目の当たりにする荘厳な装飾や赤絨毯。
高い天井に煌々と焚かれる松明。
低音で響くオーケストラっぽいBGMが流れていて気分を盛り上げてくれる。
少し盛り過ぎな気がするけど、地下十階に到達した冒険者のテンションは一気に上がるはずだ。
だが、この距離である。
何も障害物の無い道を延々と歩かされるとかどんな嫌がらせですか!!!
『盛り上がったテンション返せ!』『俺の緊張感を返せ!』『お前歩かせすぎなんだよ!バーカ!バーカ!』と、どんな歴戦の冒険者であっても、この扉の先に潜む何者かに文句を言う事になるでしょ!?どう考えても!!
「底意地が悪すぎる…。」
心底そう思った。これを作ったヤツはろくでなしだ!
地下十階もダンジョンだったならまだ許せる。
強いモンスターが襲ってきて行く手を阻む。
これまで以上に強いモンスターが守るダンジョン地下十階なんて、ボスの存在を感じて盛り上がるじゃない!?
首を洗って待ってろよ!俺が倒してやる!って感じじゃない?
誰が だだっ広い部屋の中で、赤絨毯が引かれた通路を延々と五十分も歩かされると思うだろうか!?
しかも、赤絨毯がふっかふかなのが地味に腹立つし!
「まあまあ、表情が怖いよ?何を考えてるか想像は出来るけど落ち着こうよ。」
「はぁ!?最後のこれはないですって!ゲームだったらクソゲー認定ですよ!?」
ハルトさんが私をなだめようとするけど、そんな事でこんな理不尽さから来る怒りは収まらない。
ハルトさんが魔王の手先かもとか心配してたけど、もぉどーでも良い!
万が一、この中に居る魔王だか何だか知らないけど、そのボスがハルトさんを操っている存在だったとしても、それがメチャクチャ強かったとしても一発殴らないと気がすまない!
暴力は好きじゃないけど、これは暴力が許されるレベルの嫌がらせだと思う!!
「うーん。困ったなぁ。取り敢えず落ち着いて、落ち着いたら中に入ろう。ね?」
そうきたか…。この中の魔王だかなんだかの存在はハルトさんの上司だから、私がこんな状態では合わせられないって事ね!
仕方ない…。深呼吸でもして落ち着いたフリをしよう。
取り敢えず、リミッターを外して出会い頭で一発殴ろう。
その後は、ハルトさんが何とかしてくれるでしょ。
「ハルトさん!お茶!あとアップルパイ!」
落ち着かせるためだとでも思っているのか、ハルトさんはテキパキとお茶の用意をしてくれる。
「はいはい。お嬢様。準備ができましたよ。」
と、ハルトさんには珍しくおどけてみせる。
そこまでして扉の中に居るであろう ろくでなしに対して気を使うのかと、また怒りが込み上げてきそうだ。
でも、食べ物や飲み物には罪はないので美味しく頂こう。
お茶は少し大きめの水筒に入ったレモンティーだけど、これもまた美味しかった。
ダンジョンの最初の方で飲んだ時はアイスレモンティだったけど、ぬるくなった時の事も考えてバランス調整してあるのか、今飲んでも美味しい。
そして、このアップルパイ!何度食べても私を幸せにしてくれる。
さすがに、怒りは抑えられないけど、落ち着いたフリは出来そうだ。
「ふぅ。少しは落ち着いたかい?そろそろ中に入ろうか?妙子ちゃんが扉を開けるかい?」
そう言うと道を譲るかの様に一歩後ろに下がった。
やらいでか!
普通なら四人がかりでやっと開きそうなくらい大きく重厚な扉を、リミッターを完全開放しフルパワーを引き出した私は一人で豪快に開け放つ!
中に入ると薄暗く部屋の奥に間接照明でボンヤリと照らされた豪華そうな王座っぽい椅子が見える。
どこからかガンガンと鳴り響く工事の音のような雑音が私を更に苛立たせる。
「そこかぁぁぁぁぁ!!」
先手必勝だ。特性でパワーアップしているとは言え私は普通の女子高生だ。
先に殴らないと魔王かも知れない相手をまた殴れるチャンスは二度と来ない…。
この怒りを拳に乗せて思い切りぶっ叩いて更生させてやる!
ハルトさんが後ろで何か言ってるけど知った事じゃない!
ここまで勿体つけたハルトさんが悪い!
そう。これが魔王との全面戦争の原因になろうとも私は殴る!!!
私は、王座に座るそれを思い切りブッ叩いた!!
ふにゃん。
何だか感触が柔らかい。
まるで、ふかふかのぬいぐるみのようだ。
いや。ぬいぐるみだ。これ。くまちゃんの。
椅子は固定されているのかビクともしない。
その椅子に大きなくまちゃんのぬいぐるみがデーンと王座に鎮座している。
「え?なにこれ?これも魔王の嫌がらせ?」
唖然とする。
よく見ると、くまちゃんはメッセージボードを持っていた。
後ろからの逆光でよく見えない。
少し距離を詰めると、そこに書かれた文字が飛び込んできた。
『歓迎 ようこそ妙子ちゃん!ダンジョン最深部へ!(現時点で)』
意味がわからない。どうして私の名前が?現時点でってなに?歓迎?何かのワナなの?ハルトさんが魔王に伝えたの?どう言う事?
「クックック…。さすがに殴り掛かるとは思わなかったなぁ。やっぱり最後の回廊のあの距離は効果的だってワケか。」
カツカツカツと足音を響かせながら、ゆっくりとハルトさんが近づいてくる。
「え?ハルトさん。これって。魔王は?ボスは?なんでくまちゃん?」
あれ?このメッセージボードに書かれた文字は…。
「うん。ごめんごめん。そこまでストレスが溜まってるとは思ってなくてね。分かってたら扉を開ける前に説明していたんだけど。」
この状況にニコニコ笑って、よく分からない事を話すハルトさん。
「魔王が現在どうしているかは知らないけど…。」
少しへこんだくまちゃんを抱き上げてポンポンと叩き椅子の横に置く。
ローブをひるがえし、半周回ってこちらを見ると、椅子に深々と座ってこう言った。
「ようこそ。俺のダンジョンへ。」
意味が分からない。
俺のダンジョン?
何を言ってるのかわからなかった。
困惑している私を放置してハルトさんは話を続ける。
「少し混乱しているみたいだね。俺はこのダンジョンのダンジョンマスターだ。この迷宮を作り、この迷宮を運営する者。」
え?管理?運営?なに?ガチャの確率を告知なしに裏で操作してるアレの事?
「道中、敵なんて出て来なかったろ?そういう事。妙子ちゃんに最初から最後までダンジョンを見てもらうために魔物を引っ込めたんだ。」
うそ…。本当にハルトさんが、このダンジョンのボスと言う事??
ここまで魔物が出てこなかったのはハルトさんが?
「元々は、このダンジョンの拡張がしたくて召喚術を行ったんだけど…。妙子ちゃんにはその召喚で色々と迷惑を掛けたね。すまない。」
深々と頭を下げるハルトさんを見ても今の状況が把握出来ない…。
いや。理解したくない。
「召喚のトラブルで君を巻き込んでしまって本当にすまないと思っている。君にはこの事を隠してこの世界で好きに生きてもらうのも悪くないと思っていた時期もあった。いや。今も可能性の一つとして考えている。」
淡々と話すハルトの表情はいつも以上に穏やかで、街の人を騙してダンジョンを運営しているようには見えなかった。
「もし、この事実を知ってダンジョンのボスである俺が嫌だと言うなら、俺がダンジョンマスターだと言う記憶だけ消して、この世界での違う生き方をを探してもらうのも良いだろう。元の世界に帰りたいと言うなら、その方法を必死に探すし、元の世界に戻る方法を探すために一生を費やしても良い。」
言葉が出ない。
なぜ?どうしてハルトさんはダンジョンに魔物を解き放ってこんな事をしてるの?
どうして、こんな事を私に教えるの?
私の中で疑問だけが膨らむ。
「でも、妙子ちゃんには、この事実を知った上でダンジョンの運営や薬屋の運営など、俺を手助け欲しいと思っている。ダンジョンマスターとしての俺を唯一理解してくれる者として。」
未だに混乱している私にハルトさんは手を差し出した。
これまでに見た事ない様な笑顔で私を見つめて。
私がまだ困惑しているのに気が付いたのか、ハルトさんはもう一度言葉を紡ぐ。
そう言えば私が落ち着くとでも思ったのだろうか…。
ハルトさんはもう一度、私に手のひらを差し出し言葉を続けた。
「伊丹妙子!俺と契約して、このダンジョンのサブマスターになってよ!」
『・・・・・・。』
なぜここでそれ?
意味が分からなかった。
意味がわからなかったけど…
それ以上にイラッとした。
取り敢えず…
インキュベーター口調にイラっとした私は当初の目的通りフルパワーでハルトさんを殴っておいた。
後悔はしていない。




