其之一|第十一章|狂乱の宴
「うぷ。気持ち悪い。」
吐き気と共に目が覚める。
「・・・ウッ」
頭も痛いは、気持ち悪いは、吐き気はするはで最悪の気分だ。
この感じ。いつ以来だろうか。二日酔いの様な感じがする。
しかも、この状況。何がどうなって、こうなっているのかが分からない。
時刻を確認すると朝の四時。外はまだ暗い。
目が覚めるとベッドの上で、俺は動けずにいた。
段々と脳が覚醒し、周りを見渡す…。
ふぅ。意味が分からん。
吐き気がするのは置いておいて、頭は意外と落ち着いているが…。
ふぅ…。
どうして、こうなった???
いや。理由は分かっている…。
だが、なんだ!?この状況は?
地獄。地獄である。
昨日のアレも地獄だったが、今のこの状況の方が更に酷い。
開け放たれた俺の部屋のドアから見えるリビングの様子は、まるで台風の後のようだ。
ソファーの上で抱き合いながらスヤスヤと寝息をたてるシーナーと妙子ちゃん。
まあ、これは良い。うん。何と言うか良い。
俺にメガネ属性は有っても、ロリ属性は無いがソファーの上で寝ている妙子ちゃんとシーナの姿は何というか姉妹の様で微笑ましい。
そして、チラチラと見える太ももとか二の腕とかおへそは、実に情緒的で素晴らしい。
カメラとかあったら撮って保存して家宝にしたいくらいだが、今は脳内に焼き付けて時々思い出す事にしよう。
本当にごちそうさまです。
まあ、これは良いだろう。
良いと言うか彼女らは最高よ!
ずっとこのまま見ていたい!
だが、その手前に転がっているアレはなんだ…。
ムサイ男どもが抱き合って、気持ち良さそうに寝ている…。
そして、ここからでも見える寝ゲロの海…。
なんということでしょう。
お互いにお互いの寝ゲロを浴びて気持ち良さそうに寝ているじゃないか。
しかも、顔に張り付いたソレはそこはかとなく乾いて、何とも言いようのない地獄絵図を見ている様だ。
あぁ…。リックが寝ぼけてグリードの顔をペロペロ舐めている…。
おいおい。さすがにソレを舐めるのはやめておいた方がいい。
ゲロと食い散らかされた食べ物と食器類の数々…。
あの絨毯高かったのになぁ…。
これを後で掃除するのかと思うと頭が痛くなる…。
そして、極めつけはコレである。
下着姿のローズにガッチリと俺の体をホールドされて動けない…。
うん。どうしようか。
こんなの見つかったら、この先 何年これをネタに弄られるか分かったもんじゃない。
色々と思案していると、俺の肩にかけられたローズの腕と、俺の足に絡まるローズの脚に力がこもる。
『ゴキゴキゴキ!ゴキ!』
痛い!痛いってば! 死ぬ!死ぬ!
俺の胸に当たるローズの程よい大きさの胸が何というかアレでアレしてしまいそうだが!
そんな事より痛い!
魔術師や魔法使いはその一生を研究や技の習得に費やすから体力は無いと言うが、ローズは例外である。
『人間は健全な肉体があってこそ、頭脳も心地よく働くのよ?』
と、言っては毎日の様に鍛えており、その腕力はそこいらのニート男子の比じゃないくらいに強い。
その上、合気道の様な技を使ってリックを組み伏せてしまうほどなのだ。
そして、まさに今。その技と思しきものが俺にかけられているらしく、抜け出す事が出来ない。
後ろからなら、まだアレだが正面から絞められると色々マズイ。
もう、胸やら太ももやらが当たって色々マズイ。
もう、俺のナニやらアレがアレで、そんな所に当たるとアレすぎてアレである…。
もう、やだ。抜け出そうとすると締まるし、気を失いそうだ。
薄れ行く意識の中で、俺はぼんやり昨日の事を思い出していた。
…何で、こうなった。
◆◆◆◆◆◆◆◆
数時間前
◆◆◆◆◆◆◆◆
「よっしゃー!三次会だー!三次会!ハルトの家に突撃ー!いくぞー!野郎ども!」
「「「「おぉーーーーーー!」」」」
「ちょっ!ちょっと待て!なんで俺の家なんだ?やめろ!迷惑だ!」
一応、止めてみるが妙子ちゃんを含む五人は俺の言う事など聞こうとはしない。
「あ!私、カギ預かってますから!」
と、妙子ちゃんもノリノリである…。
ダンジョンから帰った俺達は、地下一階にある「闇に潜みしもぐら亭」で軽く夕食を済ませた後に、よく冷えたエールを引っ掛け、地下よりも値段の安い冒険者組合に隣接する「夢見る冒険者亭」で飲み直す事にした。
そこまでは良かったのだが、三杯目のエールを飲み終えた頃だったろうか、リックとローズが、また喧嘩を始めたのだ。
喧嘩の原因はよく分からなかったが、ローズが誰を好きだろとかリックがからかっていた気がする。
「ローズ!リックに何をしても良いけど魔術は禁止なー!」
と、俺が言っていたのは聞こえていたのか、リックを軽くいなすと関節をキメて攻め続けた。
暴れるリックを体重の掛け方だけで押さえ込み続けたまでは良かったが…。
わめき続けるリックの大きな声に、「大変、申し訳ございませんが他のお客様のご迷惑になりますので・・・とっとと帰れや!!糞野郎ども!!!」 と、『夢見る冒険者亭の夜の女帝』こと、ウェイトレスのニナさんの丁寧な仲裁により店を追い出される。
ニナさんこと、ニナ=スミスさんは『夢見る冒険者亭』夜勤のウェイトレス。
先程の様な言動と行動力と筋力から『夢見る冒険者亭の夜の女帝』と言われている。
また、その美貌もそう言わせる由縁だろう。
スラッと高い背と引き締まったボディ。腰まで有る黒髪に豊満な胸。
ちゃんと金を払い、普通に食事を楽しんでいる分には、話しやすくて憧れている者も多い。
元冒険者と言う事もあって、悩み相談とかしている間に惚れてしまって撃沈する輩は後を絶たない。
俺が、おやっさんの知り合いと言う事も有るのかも知れないが、この街で俺なんかにも普通に話してくれる人の一人だ。
そんな、ニナさんだがリックとの相性はすこぶる悪い。
普通にメシを食ってる分には見逃してもらえるが、今回みたいにリックのテンションが高い時には容赦がない。一発レッドカードで退場させられてしまう。
それで、今回も一発退場で今に至ると言うワケだ。
リックの鎧が血に染まらなかっただけ良かったと言える。
ちなみにニナさんは、昼に注文を持って来てくれた日勤のニコさんとユニットを組んでおり、月に一回「夢見る冒険者亭」に設置された舞台でライブを行っているので、この街に立ち寄る事が有れば一度は見て欲しいと思う。
また、ニナさんはユニットの練習がある時には深い時間からの出勤となるので、ニナさんファンの常連はスケジュールチェックを怠らないそうだ。うん。実に躾けられている。
そんなこんなで、俺の家に向かっているワケだが…。
「いやなよかんしかしない…」
「そこー!男ならグチグチ言うな!はらぁ~からこえをだせぇぇぇぇぇぇぇ!」
もう嫌だ…。帰りたい…。
いや。帰ってるんだが何の安心感もない帰宅とか初めての経験だ…。
「はーい!開きましたー!」
妙子ちゃんの宣言により、家の中になだれ込む四人。
「おー!これがハルトの家か!酒はどこだーーー!エロ本はどこだーーー!」
「うむ。トイレはどこだ。吐いてくる。」
「意外と綺麗にしていますわね。もっと荒れてると思ってたのに。」
「そうですね~。貴重なキノコとか育てていそうなのに~。」
俺の家に押し入った四人は、初めて見る俺の家を物色しながら好き勝手な事を言ってくれている。
リックの行動や、意外と酒が弱いグリードの行動は予想の範囲内だが…。
シーナとローズに、そんな感じで思われていたのは少しショックだ。
こんな俺でも普通に接してくれる女性だと思っていたのに。
ショックのあまりに引きこもりのレベルが上がりそうだぞ?
「ふぅ。さすがに疲れた。と、言うか現在進行系で、これから疲れる事になるのか…」
俺がソファーに身体を預けてグッタリしてると、妙子ちゃんが井戸から汲んできた水をそっと差し出してくれる。
「お疲れ様です。ハルトさん。これでも飲んで落ち着いて下さい。ささ。ぐぐっと!」
さすが。唯一のシラフ。妙子ちゃん。女神だ。
その優しさに惚れそうに…は、ならないが、この現状を考えると妙子ちゃんが居てくれて良かったと思う。
さすがに俺だけだと収集がつかないだろう。
・・・・・・。
うん。酒である。しかもストレートだ。
フッ…。妙子ちゃん君ってヤツは…。
どうして、そんなに『お約束』を履行しようとするんだ…。
まったく。
俺が酒の臭いに気が付かないとでも思っているのだろうか?
俺を誰だと思っているんだ。元営業マンだぞ?
この程度の酒で潰れるワケがないだろう?
取引相手を気持ちよく飲ませて数々の契約を取ってきた男だぞ?
ロシア人ですら「もう勘弁してください」と言わせた男だぞ?
君がその気なら相手になろうじゃないか。
その行動は宣戦布告と判断する!当方に迎撃の用意有りだ!
ニヤニヤしている妙子ちゃんの期待通りコップの中の酒を飲み干す。
ふぅ。美味いな。よりにもよって一番いいヤツを引っ張り出してきたか。
それを含めてお仕置きが必要なようだな。
妙子ちゃんの方を見ると目を反らしてワタワタしている。
期待通りの反応じゃなかったか?
フッ…。すまないな。この程度、俺にとってはどうと言うことはない。
酔わなければ良いのだよ。酔わなければ。
「いやぁ。よく冷えた、良い『水』だったよ。ありがとう。でも、この程度の『水』で、俺が驚いて『水』吹き出すとでも思っていたのかな?期待通りの反応じゃなくて悪かったね。」
ニヤリ。と、飛び切りの悪い顔をする。
妙子ちゃんは「いやぁー。そんな。そんな事は思ってませんよ!アハハ…!」と誤魔化して席を離れようとするが逃がさない。
「まあ。逃げなくても良いじゃないか。怒っているワケじゃない。座りなさい。」
と、促すと大人しく席につく。
逃げられないと観念したか。
「うん。良いんだよ。妙子ちゃんのちょっとしたオチャメさ。わかってる。」
あからさまにホッとした様子の妙子ちゃんだが、気軽な気持ちで俺に宣戦布告をした罪は許されない。泣いて謝るまでは許しはしない。
「だがな。冗談だとは言え、『キャバクラの魔術師』との異名で呼ばれ、注がれた酒を次の瞬間には飲み干していた元営業マンの俺を、軽く見た罪は許されない…。」
何を言っているのか分からないと言う表情で怯えつつ俺を見つめる妙子ちゃん。
俺はローブとシャツを脱いで綺麗に折りたたむと、部屋の隅に置いてあるダイニングチェアの上に綺麗に乗せる。
続いて、カチャカチャとベルトを外してズボンを脱ぐと、妙子ちゃんに睨みを効かせて叫んだ!
「俺をナメて宣戦布告した事!!地獄の底で悔いるんだなぁぁぁぁぁ!!!」
何が起こっているのか分からないと言う様子の妙子ちゃんを無視して、脱いだズボンを綺麗にたたみ、ダイニングチェアの上に置いてソファーに戻る!
周りで誰かが俺を罵倒している気がするが気にしない!
遠くでリックがえらいご機嫌だが知った事か!
さあ、妙子ちゃん。君に思い知らせてやろうじゃないか!!!
「おらぁぁぁぁ!酒を注げ!!俺の限界を見せてやる!!!大人の本気を思い知れ!!!」
俺はパンツ一丁で高らかに開戦を宣言した!!!!!
* * * * *
「フッ…。やってしまった…。」
この結果は妙子にとって予想外の物だった。
散々、飲んだくれて飲みつぶれた悪い大人の見本たちを眺めながら妙子は悩んでいた。
あの後の晴人の行動を誰が予想出来ただろうか。
「・・・ハルトさんの切れるポイントが分からない。」
私としては、ちょっとしたスキンシップ的な何かだった。
ブー!とお酒を吹き出して苦笑される程度で終わると思っていたのに。
いや。私も悪い。原因は私だ。ちょっとした冗談のつもりだった。
疲れてるハルトさんにお水と称してお酒を持っていったのはダメだったと思うよ?
でも、気持ちとしてはちょーーーっと、ハルトさんを和ませたかっただけだったのに。
何が悪かったのか分からないけどハルトさんを凄く怒らせてしまった。
・・・。
まあ、怒らせてしまった事に関しては瑣末な問題だ!
それよりも、問題だったのはハルトさんのよく分からないスイッチを押してしまった事。
怒らせるだけならアレだったのかも知れないけどアレはちょっと…。
どうして脱ぎだしたの?とかも思ったけど、それすら小さな問題に思える。
どうして、こうなった?
何があったのかもだけど、あんな事があった後では、起きてから顔を合わせるのがツライ。
お酒を飲みすぎて記憶が無くなるって言う話はよく聞く。
もういっそ、全部覚えてなければ私の心の中にそっとしまって封印できるのに。
もし!もしも!ハルトさんがあの醜態を覚えていたなら…。
ハルトさんは、また違う世界に旅立ってしまうのではないだろうか…。
万が一、そんな事になってしまったら…。
いや。それだけは、阻止しないといけない。
どんな事をしてでも…。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
あの後、ハルトがどうなったかと言うと、妙子に酌をさせては飲み、酌をさせては飲み、己の意地を見せるかの様に酒を浴びるように飲んだ。
そこで潰れていれば笑い話で済んだのだが、何故かリックやグリードに絡みだす。
普通の絡み酒なら、まだ良かったのだが何故かボディタッチが多い。
それに気がついた女性陣はキャーキャー言いながら最初は楽しんでいたのだが…。
「まさか、ハルト×リック×グリードで強気攻めみたいな状況になるなんて!そんなの誰が予想出来るって言うんですか!?」と、後に妙子は語る。
その時には、リックやグリードは酩酊状態。
晴人はと言うと、意識は半分ない状態で、何やら嬉しそうにリックの頭や首筋や腹筋や乳首を撫で回し、時折ハァハァと息を荒くする。
そして、何故か晴人の足に絡みつくグリード。
「さすがに、あれ以上は見ていられませんでした。ええ。あそこで止めずにいて、何かあってからでは遅いと思いましたので。」と、後にローズは素の口調で語った。
取り敢えずは止めないといけないと女性陣で話し合い、ローズが晴人を絞めて気を失わせる。
後から考えればローズがスリープで眠らせれば良かったのかも知れないが、少なからずローズも酔っている状態で魔術を使い、万が一の場合がおこってしまっては大惨事だっただろう事を考えると、正しい判断だったと言える。
と、言う事にして、シーナが晴人に回復神術をかけて応急処置をし、気絶した晴人を自分の部屋に押し込んで、今夜の事は見なかった事にしようと女の約束をした。←今ここ
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『さて。どうしたものか。』
この惨劇に伊丹妙子は悩んでいた。
ハルトさんや、リックや、グリードさんの貞操の危機を守っただけでも罪滅ぼしになった気はするけど、それで救われるのはシーナさんやローズさんだけだ。
私は、この家に取り残され、その先にはハルトさんと二人っきりの気まずい生活が待っているのが目に見えている。
ハルトさんが忘れていてくれるなら問題無いのだけど…。
ここは、もう一つ手を打っておくべきね。
私のごはんと生活のために!!!
意を決した妙子はソファーで抱き合って眠る、ローズとシーナの前に立って思案した。
「うーん。さすがにシーナさんは色々アウトかな。みんなが起きる前にハルトさんが起きなかったら社会的に抹殺されるレベルのビジュアルだし…。なんと言ってもシスターだし。万が一バチとか当たったら嫌だもんね。」
リックとかグリードさんでも良いけど、それではハルトさんがこの夜の事を忘れるくらいの動揺はおこせない。
「ローズさん。ごめんなさい。本当はこんな事したくないけど…。」
とは、口に出して言ってみたものの、自分で言ってても軽く聞こえる。
まあ、私の迷惑も考えずに大騒ぎするダメな大人達が悪い!是非もないよね!
意を決した妙子は自分で制限していた怪力のリミットを外しローズを抱え上げる。
ふわっと薔薇のいい匂いがローズから香る。
キャラ作りか普段は高飛車な感じで話す事の多かったローズだが、控えめに纏った香水の香りに、本当は純粋なローズの本質的な何かを感じる。
「ごめんなさい。私の為に犠牲になって!今日二人を見てた感じだと、二人とも何だか まんざらじゃない感じがしたし!」
ソファーからローズを引き剥がし、お姫様だっこで抱える。
顔を覗き込むと実に安らかな寝顔で寝息をたてている。
窓から入る月明かりに照らされて、ローズのシルバーアッシュの髪が光り幻想的な光景だ。
まあ、足元には、ろくでなし二号と三号が転がっているから、どんなに幻想的な光景を見たとしても雰囲気なんてあったもんじゃないのだけど。
ちなみに今回の件での、ろくでなし一号はもちろんハルトさんだ!
「うーん。それにしてもローズさんって羨ましいスタイル…。」
ちょっとくらいなら触っても起きないよね?
とか、血迷いそうになるけど今はそんな事してる場合じゃないのよ!妙子!
女の私から見ても綺麗なローズさんには申し訳ないけど計画を実行する事にする。
再度、意を決して妙子はローズを抱えたままハルトの部屋に向かった。
大丈夫。ハルトさんはきっとヘタレだから身の危険は無いと思う。
それに、最悪の場合でもローズさんなら何とかなると思う。
こんな綺麗な人が隣で寝てたら、昨日の事なんて忘れちゃうくらいにハルトさんは混乱するはずだ。
最悪、何かあった時には喜んで祝福しよう!
きっと一生言えないけど、そうなったらキューピットは私だよ!
「ふぅ。完璧な配置!二人とも寝相は良さそうだし、朝までこのままグッスリでしょ!どう転んでも昨日のアレどころじゃ無くなって、私はオーケー!グッドラック!ハルトさん!」
良い仕事をした。
ハルトさんも、あんな美女が横で寝てるんだ。
何があっても悔いはないと思う。
最悪の場合、私が起きてたら、私が何とかする!
そうなれば、昨日の事をハルトさんが覚えていても、覚えていなくても、私に恩を感じてくれるだろう♪
「問題解決ー♪」
安心したら何だか眠くなっちゃった。
ベッドはハルトさん達が使ってるし、ソファーでシーナさんと寝ようっと♪
リビングに戻りながら妙子は今日の事を思い出していた。
初めてちゃんと見た街。
初めてのステータスカード。
この世界で初めてできた知り合い。
こっちで初めての外食。
初めてのこの世界のアイス。
初めてのダンジョン。
その全てが新鮮だった。
そう。この世界で私は生きていくんだ。
元の世界とは違う剣と魔法のこの世界で。
幸いリック以外はいい人だった!
また、迷惑をかけるかも知れないけど、この人達からも色々教わりたい。
「早くこの世界に慣れて、わたしだけでも生きていける様にならないとね!」
気持ちを切り替えた妙子は晴れやかな気持ちだった。
明日からも頑張れそうな気がして、早く明日にならないかワクワクしていた。
「おじゃまします…。」
短い廊下を抜けて少し大きいソファーで寝ているシーナーの横に滑り込む。
ローズさんとは、また違う石鹸のいい香りがする。
「明日も良い日になりますように…。」
そう願うと妙子は眠りについた。
◆◆◆◆◆◆◆◆
現在
◆◆◆◆◆◆◆◆
グハァ!!!!!
ヤバかった!落ちる所だった!
相変わらず、ローズと向かい合ったまま抱きしめられていると言うかベアハッグ状態なのでアレやらコレやらがアレでコレな感じで大変な状態だが、意識が保てただけ助かる確率が上がったと言えるだろう。助かった!
「しかし、ローズが何でここで寝てるんだ…。意味が分からん。」
昨日、帰ってきてから妙子ちゃんに『水』と称して『酒』を飲まされそうになり、カチンときて、その『酒』を一気に煽ったまでの記憶は、確かにあるのだが…。
その後の記憶がボンヤリしている。
あの後、何杯か酒を飲んだんだろうと言う事は確かなのだが…。
記憶があいまいだ…。
何となく、女性陣から黄色い声援を受けていた様な感じはするのだが…。
もしかして、俺の48有る宴会芸の一つでも披露したのだろうか…。
だとしたら、芸の出来が気になる。
こっちに来てから披露する機会も無かったからなぁ…。
むにゅ。
胸に胸が…。胸に胸が…。胸に胸が…。
うん。これ以上はヤバイ。またローズの腕に力が入ってきている。
時計を見ると、あれから三十分は経っている。
糞野郎共は起こさなければ昼まで寝てそうだが、シーナがヤバイ…。
毎日、朝早くから教会で仕事をしているんだ。それまでに起きて教会に帰るだろう…。
シーナの事だ。メモでも残そうとするに決まっている。
最悪な事にドアが開きっぱなしだ。
ドアが開いている事に気が付かなければ向こうのテーブルにでも置いてくだろうが、そう言う個人的なお礼などは、その相手に渡すであろうシーナの性格を考えると俺が起きているか確認に来る。確実に…。
そうなったらアウトだ…。
コンコンコン。
『fめないおpjんprんfぽくぁwん;!!!!』
ドアをノックする音に心臓が飛び出そうになる。
ドアの前に美少女が立っていた。
妙子ちゃんだ…。
終わった。俺の人生終わった。
「お客さん!昨夜はお楽しみでしたね!」
爽やかだ。爽やかな笑顔だ…。怖い…。
爽やかな笑顔で、妙子ちゃんがお父ちゃんの中にも居なかったであろう時代に発売された一作目のネタをぶち込んでくる。この状況で。
怖い…。何もかもが不自然で怖い。
その証拠に、ニコニコしながらニヤニヤしているのが、ここから見てもよく分かる。
「ちょ!ちょっと待ってくれ!違う!違うんだ!目が覚めたらローズが勝手に!」
もう、何が何だか分からない。
なんで、恋人でも女房でもない女の子に何を言い訳をしているんだ?
なんなんだ!この状況は!!!
もういやだ。なんなのぉ!?
「クスクス。大丈夫ですよー。ハルトさん。変な事は疑ってませんからー。」
この状況で俺を信用して…くれる…だとぉ!?
涙が溢れる俺の目に入って来たのは自愛の表情で笑顔を浮かべる妙子ちゃんだった。
女神?女神なのか?この子は女神なのか?
「昨日、ローズさんがトイレに行って戻って来なかったからどうしたのかなぁっとか思っていたんですけど、ハルトさんの部屋に間違って入ったんですね。」
そういう事か!そうだろ!そうだろ!俺もどうやって部屋まで来たか覚えてないんだ!ローズが寝ぼけて俺のベッドに入っていても変じゃない!良かった!本当に良かった!!
「あの!妙子ちゃん!俺、ホントに何もしてないからね!起きたの四時だし!それまでの記憶も曖昧でほとんど覚えてないけど、パンツだけはシッカリ履いてるみたいだし!間違いとかないから!!」
「はい!妙子は信じてます!私の事を真剣に心配してくれて、『シラフなら』、あんなに親身になって接してくれたハルトさんがそんな事するハズがないじゃないですか!・・ッシャ!」
一瞬、小声で何か言った様な気がするが、妙子ちゃんが俺をそんなに信頼してくれているのだと思うと涙が出そうだ。ローズの胸の感触を強制的に堪能している場合じゃない。
大人としてこれ以上、格好の悪い所は見せられない。
「ありがとう…。本当にありがとう。妙子ちゃん。そんなに俺を信じてくれて。昨日はごめんな。かなり疲れていて。いつもなら可愛いイタズラ程度だと受け止められるんだけど、あのタイミングでお酒なんて持ってこられたから。いや!責めてるワケじゃないんだ!大人気なかった俺が全面的に悪い!本当にごめんなさい!一杯目を一気に煽ってから殆ど覚えてないんだが…。俺、妙子ちゃんの嫌がる事とかしなかったか?ごめんな!本当に…。」
うつむいてプルプルと肩を震わせる妙子ちゃん。
やっぱり、俺は何かしてしまったのかも知れない…。
表情は見えないが、昨日の事を思い出して嫌な記憶が蘇ったのかも知れない…。
悪い事をしてしまった…。
* * * * *
ヤバイ!もうだめー!
油断すると大爆笑してしまいそうになる!
きっとこれは呪いのせい。
呪いの副作用よ!妙子!
ハルトさんから引き出した『何も覚えてない』と言う確定情報を知って気が緩んでしまった。
昨日の狂乱状態を思い出してしまった上に、この状態の中でアタフタするハルトさんを見て笑いそうにならない方がおかしい。
はっ!
と、言う事は私は正常だ。
正常な反応だ!
よかったー。
昨晩の出来事に気が動転しすぎて私も変なスイッチが入っていただけに違いない。
取り敢えず、昨日の事は闇に葬ってしまわないといけないけど、落ち着いたらハルトさんに優しくしてあげよう。ハルトさんも昨日は一日中リックと居たんだから変になっても仕方なかったもん!お互い様だったよね!
誰が悪かったと言うと、リックがウザイのが悪かったくらいで誰も悪くない!
はー。何だかスッキリしちゃった!よかったー!
一気に緊張から解き放たれる妙子。やっとの開放に緊張の糸が切れたのか理由の分からない涙が溢れ出た。
「妙子ちゃん。本当にごめんな。女の子を泣かせてしまうなんて。俺はなんて最低なんだ…。お詫びにはならないけど、俺が責任持って妙子ちゃんがこの世界で生きていけるように全力でサポートするから…。」
「すくん…。ハルトさん…。私とハルトさんの仲じゃないですか。それは言わない約束ですよ。私はハルトさんの事を信じていますから。昨日の事だって大丈夫です!えへへ…。」
うぅ…。何だか勘違いされて少し心苦しいけど、ここは乗っておくしかない!
時間もない事だし。ハルトさんに無実の罪は着せられない!
こんな優しいハルトさんが性犯罪者だなんて疑われるのは我慢ならない!
自分の事は横に置いておいて、取り敢えずハルトさんを助けよう!
* * * * *
なんて!なんて良い子なんだ!妙子ちゃん!
俺が泣きそうだ!泣いて良い夜もあるよな!?
妙子ちゃんの優しさが胸に染みる。
何をしたか思い出せないけどきっと酷い事をした俺を許してくれる妙子ちゃん。
それなのに俺は…。こんな年下に…。
「あのー。ハルトさん?少し気になっていたんですけど、もしかしてローズさんの腕力から抜け出せない感じですか?」
妙子ちゃんの言葉に我を取り戻す!
そうだ!こんな事と言っては妙子ちゃんに失礼だが、こんな事をしてる場合じゃなかった!
「そうなんだ!さっきから締め付けられて関節やら背骨がバキバキ言ってるんだ!こんな状態じゃ集中出来なくてテレポートもできないし…。妙子ちゃん!ローズの腕を外せないか!?」
「やっぱり!何だか変だなぁーって思ってました!まっかせて下さい!!」
サムズアップしてバチンとウィンクしてくる妙子ちゃんが凄く頼もしい。
妙子はベッドに近づくとローズの両手を掴んで外そうとする。
が、外れない…。
妙子ちゃんの怪力でも…
「あ!リミットか!妙子ちゃん!自分でリミット外せる!?昨日、ダンジョンで教えたの覚えてる?」
「あ…。リミット外す前でした…。えへへ…。ちょっと待って下さいね!」
妙子は集中して自分のステータスを呼び出す。
まだ、慣れないけど昨日は出来たんだから今日もできる!
えっと。集中してマナを感じようと意識して…。
「ステータス…。」
妙子の目の前にステータス画面が現れる。
昨日、寝る時に怪力のリミットを入れたままだ。
・・・。
昨日の夜、用心の為に入れてたチャームのリミットが解除されたままだ…。
一緒にチャームのリミットも入れておこう…。
「パワーリミットオフ。」
『(ボソボソ)チャームリミットオン』
自分以外の力が上乗せされる感じがする。
と、同時にチャームに制限がかかった感じがする。
「妙子ちゃん!力が緩んだ!今だったら簡単に外れそう!」
俺の声に妙子ちゃんが素早く反応する。
無理なくローズの腕を外せそうな位置に素早く移動。
「イエッサー!起こさないように注意して…。」
グググググ・・・・・・・・・。
俺はその隙きを逃さないようにスルっと下に体を移動させて抜け出す!
ぬぉお!急いで体の向きが、そのままでローズの胸が!胸が!気持ちいい!
・・・。
よし!抜け出した!
『『やったー!』』
思わず大きな声が出そうになるが、阿吽の呼吸で声を抑えてハイタッチする。
まだ、出会って四日だと言うのに息がピッタリだ。
本当なら俺が妙子ちゃんを手助けしてやらないといけないのに、何だか助けてもらってばかりな気がする。
あれから十年。未だに人と本気で接する事の出来なかった俺だが妙子ちゃんのお陰で少しずつ変わってきているんじゃないだろうか。
今までなら、リック達を家に上げる事なんて殆どなかった。
自分の家で一緒に酒を飲むなんて思いもしなかった。
まあ、俺は昨日の事は殆ど覚えていないワケだが…。
ありがとう。妙子ちゃん。これからもよろしくね…。
* * * * *
『ミッションコンプリーーーーート!!!!』
無事にローズさんの魔の手から抜け出し、前を歩くハルトさんの背中を見ながら、私はガッツポーズをした。
そうですよ。あれですよ。昨日は私もハルトさんもおかしかった。
うんうん。仕方なかったよねー。
実質の被害と言うと、ハルトさんがリックとグリードさんと濃厚なラブシーンを演じそうになって、それを私達が見守っていて、バッチリと脳内に記録されているくらいだから、ほぼ被害は無かったのと同じだよね!
「妙子ちゃん。井戸に水を汲みに行くから手伝ってくれない?ちょっと話もあるから。」
「はーい!」
と、素直に返事をしたけど何だろう?話って?
昨日の事は、これで解決だし…。
ローズさんとのアレは、私も関係ないワケじゃないから誰かに言うつもりも無いし…。
昨日、ハルトさんが何をしたか教えてくれって言われても、アレを教えるのは…。
「妙子ちゃん。パワーは入ったままかな?お願いして良い?」
「任せて下さい!」
と、井戸の水を汲むのはお手の物だけど。
何の話なのかが気になる…。
井戸の水を汲み終わると「はい。」と、水の入ったグラスを渡してくれた。
そう言えば、喉がカラカラ。
あんな事があった後だもん。気が抜けたら喉の渇きも戻ってくるよねー。
私たちは、ゴクゴクと水を飲み干し一息入れる。
ハルトさんの様子を見てると、そんなに大事な話とか昨日の事では無い様な気がする。
ローズさんから開放されたからか、さっきも鼻歌を歌っていた。
『セルフコントロールふふふふふふんふ~。セルフコントロールふふふふふふーんふふ。』
うん。聞いた事ない曲だ。聞いた事のない曲をノリノリ歌ってる。鼻歌で。
一息つけたのか、ハルトさんが振り返り口を開く。
* * * * *
「まあ、あんな事があった後だから覚えていないかも知れないけど。俺の本職の話。あいつらを追い返したら、その足で見てもらおうと思うんだが。どうしようか? 結構、時間が掛かるから妙子ちゃんの日用品を先に買いにマーケットに行っても良いけど。」
あぁー!と、声を出してポンと手を打つ妙子ちゃん。
やっぱり忘れてたのね…。
「それって、どれくらい時間かかりますか??」
「そうだなー。妨害は無いから早ければ三時間半ってところかな?少し目的地まで距離が有るから時間が掛かってしまうんだよ。」
どこに連れて行かれるんだろうと言う表情だが仕方がない。
まずは一から見てもらって、その上で本題を話した方が納得してもらえるんじゃないかと思う。
何のイベントも無い状態で、あそこまで歩いて行くのは大変だけど必要な工程だと思っている。
それでも理解を得られないなら…。
「まあ、良いか!」
妙子ちゃんなりに色々考えていたみたいだが、考えても仕方ないと思ったのか頭を切り替えたようだ。
「長引くなら先に日用品を買いに行きましょー!さすがに自分のベットも欲しいです!」
「了解。昨日みたいに予定が狂って、店が閉まってたじゃシャレにもならんしな。」
「そうですよー!全く!ハルトさんがみんなを家に入れるからー!」
「うん。そうだね。妙子ちゃん。ごめんね。さすがに妙子ちゃんが鍵を開けたのは覚えてるよ。」
「・・・・・・。」
「てへー☆」
何だかモヤモヤする。『てへ☆』じゃないってーのと言う話なのだが…。
他にも何か誤魔化しているんじゃないかと少し不安なる。
いやいや。今朝、必死に助けてくれたじゃないか。
妙子ちゃんの事を信じよう。
きっと、いつもみたいにおどけているだけだ。
「まあ、良いや。じゃあ、あいつら叩き起こして街まで朝飯でも食いに行くか。」
「了解です!じゃあ!シーナさんとローズさんを起こしてきます!ハルトさんはゲロゲロコンビをお願いしますね!」
と、面倒な二人を押し付けてピューっと走って行った。
まったく。ちゃっかりしているよ。
本当は昨日終わらせておくつもりだったが、やっと本題に入れる。
今日も大変になりそうだ。
絨毯だけあいつらにクリーニングへ持って行かせて買い物を済ませるか。
朝一から大変だが明日明日と先延ばしにしても良い事はない。
今日で近々の予定は消化してしまおう。




