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俺は暴君のまま、騎士団長を犬にした~わかりにくい暴君の恋~  作者: チュチュ


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19/20

お前と築いていく


反乱の鎮圧から、ひと月が過ぎた。


宰相――ヴァルター・グリムシュタインの身柄は、厳重な監視のもと、法廷にかけられることになった。彼が長年にわたって描いてきた筋書きの全貌は、集められた証拠と、投降した兵たちの証言によって、少しずつ明らかになっていった。先帝の代からの権力の私物化、皇位継承者たちへの謀略、そして今回の反乱の扇動。その罪状は、一人の人間が背負うには、あまりに重かった。最終的な裁きが下るまでには、まだしばらくの時間がかかるはずだった。


俺は、この一件を機に、これまで積み残されてきた過去の清算にも着手した。


疑わしい証言だけで裁かれた者たちの記録を、一つずつ洗い直させた。冤罪と判明した者には、たとえ本人がすでに世を去っていても、正式な名誉回復の詔を出した。密告によって成り立っていた監視制度は、廃止を命じた。恐怖によってではなく、信頼によって国を保つ道を、これから探っていかなければならない。宮廷の反応は様々だった。急激すぎると眉をひそめる者もいれば、ようやく息のできる国になったと、静かに安堵する者もいた。


没収していた領地も、順次、正当な所有者へと返還する手続きを進めた。レーヴェンハルト家の領地も、その一つだった。皇都に留め置かれていた一族も、ようやく元の暮らしへと戻ることが許された。


そして、何よりもまず取り掛かったのが、ケインの兄――アレク・レーヴェンハルトの件だった。


当時の記録を徹底的に洗い直させ、冤罪であったことを示す証拠を集めさせた。時間はかかったが、最終的に、正式な無罪の詔が発布された。名誉は回復され、レーヴェンハルトの家名に刻まれていた汚名は、公式に取り消された。


*


詔が発布されたその夜、俺はケインを私室に呼んだ。灯りを絞った室内には、静かな緊張が満ちていた。これまで幾度となく、この部屋で重い話をしてきた。だが今夜は、これまでとは違う種類の話をするつもりだった。


「お前の兄の件、正式に片が付いた」


「……聞いております。ありがとうございます」


ケインの声は、静かだった。喜びとも、安堵ともつかない、複雑な色をしていた。五年間、ずっと背負い続けてきた汚名が、ようやく取り除かれたのだ。簡単に言葉にできる感情ではないはずだった。


「礼を言われる筋合いはない」


俺は、そう答えた。


「本来、もっと早くにすべきことだった。お前の兄は、俺のせいで、五年もの間、汚名を着せられたままだった。お前自身も、その汚名を雪ぐために、誰よりも忠実な騎士であろうとしてきた。俺は、そのことにすら、長い間、気づいていなかった」


「……」


「許してくれ、とは言わない」


俺は、ケインをまっすぐに見た。


「詫びて済む話じゃない。お前の兄は戻らない。お前が失った五年も、戻らない。それでも、詫びる言葉だけは、口にしたくなかった。安易な言葉で、済ませたくなかった」


ケインは、しばらく黙っていた。


「では、陛下は、何を仰りたいのですか」


「許さなくていい」


俺は、はっきりとそう言った。


「許さなくていい。それでも俺は、残りの人生で返す。お前の兄に対しても、お前に対しても」


執務室に、長い沈黙が落ちた。窓の外では、夜風が静かに木々を揺らしていた。


「……それは」


ケインの声が、わずかに震えていた。


「一生かけて償う、と仰っているのですか」


「そうだ」


「陛下は、皇帝です。この国の頂点に立つ者が、たった一人の臣下のために、そこまで言い切っていいのですか」


「もう、たった一人の臣下ではない」


俺は、そう答えた。自分でも、思っていたよりずっと、率直な言葉が出た。


「お前は、俺がこの国を守るための、唯一の支えだ。政治的な意味でも、それ以外の意味でも」


ケインは、大きく目を見開いた。それから、ゆっくりと、これまで見たことのない、柔らかな表情を浮かべた。


「……随分と、素直になられましたね」


「お前のせいだ」


俺がそう返すと、ケインは小さく笑った。これまで、ほとんど見せたことのない、屈託のない笑い方だった。


「……なら」


ケインは、一歩、俺に近づいた。


「生涯かけて、返していただきます」


その一言に、俺は思わず、言葉を失った。


「……お前がそれを言うのか」


「言わせているのは、陛下ですよ」


ケインの声には、微かな笑いが滲んでいた。


俺は、その顔を見つめながら、ようやく実感していた。この男を守るために、暴君であり続けると決めた日から、ずっと張り詰めていた何かが、少しずつ緩んでいくのを感じる。処刑台の上で、この男に「今日からお前は、俺のものだ」と告げた日から、長い道のりだった。所有することでしか守れなかった男が、今、こうして自分の意志で隣に立っている。


「もう、三歩の距離はいらないな」


「……そうですね。もう、あの距離に何の意味もありません」


ケインが、さらに一歩、距離を詰めた。灯りの落ちた部屋に、二人分の影が重なる。


「陛下」


「名前で呼べ」


俺は、そう言った。かつて、誰にも許したことのない呼び方だった。役職でしか人を呼ばないと、自分自身に課してきたはずの決まりを、今この瞬間、自ら手放す。それは、恐怖政治を支えてきた最後の鎧を、自らの手で脱ぎ捨てるということでもあった。


ケインは、一瞬、息を呑んだ。それから、ゆっくりと、その名を口にした。


「……オルグレン」


その響きが、これまでのどんな言葉よりも、深く胸に染み込んだ。誰にも呼ばせたことのない名前が、この男の声で紡がれる。それだけのことが、これほどまでに胸を揺らすとは、思ってもいなかった。


「……これで、よろしいですか」


「ああ」


ケインは、そう言うと、そっと俺の頬に触れた。その手は、剣を握り続けてきた男のものとは思えないほど、優しかった。長年、戦場と宮廷の狭間で生きてきた男の、不器用で、それでいて確かな優しさだった。


「今夜だけは、陛下ではなく、オルグレンとして、そばにいてください」


「今夜だけ、とは言わせない」


俺は、それに応えるように、ケインの手を取った。


「これから先、ずっとだ」


ケインは、静かに微笑んだ。これまでのどんな表情よりも、穏やかなものだった。


長い夜が、ゆっくりと二人を包んでいった。政治も、玉座も、反乱の後処理も、その夜だけは、遠くに置き去りにされていた。ただ、互いの存在だけが、確かにそこにあった。暴君として生きると決めた男と、その暴君に人情を教え続けた男が、ようやく、対等な場所で寄り添っていた。

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