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俺は暴君のまま、騎士団長を犬にした~わかりにくい暴君の恋~  作者: チュチュ


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18/20

剣、寝返る


反乱が、ついに火蓋を切った。


夜明け前、皇都の四方から、統率の取れた部隊が一斉に動き出したという報せが届いた。これまでの散発的な襲撃とは、明らかに規模も精度も違っていた。長い時間をかけて準備されてきた、本格的な蜂起だった。街の各所で火の手が上がり、逃げ惑う民の悲鳴が、風に乗って宮殿にまで届いていた。


俺は近衛を率い、玉座の間で迎え撃つ構えを取った。宮殿の外では、すでに激しい戦闘の音が響き始めている。剣戟の音、怒号、崩れる城壁の音。この国の命運が、まさに今、決しようとしていた。


*


同じ頃、反乱軍の陣中では、別の戦いが静かに進行していた。


ケインは、寝返ったふりをして潜り込んだその内側で、指揮系統を少しずつ、だが確実に狂わせていた。偽の伝令を送り、部隊の集合場所を誤らせる。士気の低い部隊には、撤退が最善だと囁いて回る。表向きは反乱軍の一員として動きながら、その実、内側から崩壊を早める働きをしていた。この数日、片時も気を抜けない綱渡りが続いていた。誰かに正体を見抜かれれば、その場で命を落とす。それでも、ケインは退かなかった。


「おい、"新入り"。本隊への合流はまだか」


苛立った様子の指揮官が、ケインに詰め寄った。


「今、別動隊をまとめています。今しばらく」


「手際が悪いぞ。お前、本当に元騎士団長か」


ケインは、表情ひとつ変えずに頭を下げた。だが内心では、時間との勝負をしていた。宮殿への攻撃が本格化する前に、できる限り、内側から敵の力を削いでおく必要がある。周囲を見渡せば、集められた兵の多くは、思想などなく、ただ食い扶持のために駆り出された者たちばかりだった。この者たちを、これ以上無駄に死なせるわけにはいかない。


だが、その均衡は、長くは続かなかった。


「――お前、裏切ったな」


背後から、鋭い声が響いた。振り返ると、数名の兵に囲まれていた。ケインの細工に、ようやく気づいた者がいたらしい。


「言い逃れはできんぞ。伝令の内容が、こちらの動きとまるで違う」


ケインは、剣の柄に手をかけた。


「気づくのが遅い」


そのまま、囲みを突破する。数合の斬り合いの末、ケインは血路を切り開き、宮殿へと向けて走り出した。背後から追手の足音が迫る。振り切れるかどうかは、賭けだった。焼け落ちる家屋の間を縫うように駆け抜けながら、ケインは何度も追手の剣先を紙一重でかわし続けた。


道すがら見えた陣営の様子は、すでに開戦当初の勢いを失っていた。指揮系統を乱された部隊は、あちこちで統制を欠き、皇国軍の反撃に押され始めている。ケインが仕込んだ混乱は、確かに実を結びつつあった。だが、それでも安心はできない。中枢さえ落とせば、この乱れも、いずれ立て直されてしまう。もう猶予はなかった。宮殿の方角からは、すでに戦闘の喧騒が聞こえ始めている。


*


玉座の間では、俺と宰相が対峙していた。


「陛下、まだ間に合いますよ」


宰相は、穏やかな声で言った。周囲には、すでに彼の手勢と思われる兵が、剣を構えて立っていた。その数は、俺が率いてきた近衛の数を、明らかに上回っていた。


「玉座を退き、私に全てを託されれば、この国は保たれます。抵抗すれば、この宮殿ごと、灰になるだけです」


「断る」


俺は剣を抜いた。


「お前の描いた筋書きに、もう乗るつもりはない」


「往生際が悪い。陛下らしくもない」


宰相の声に、初めて明確な苛立ちが滲んだ。


「では、こうするしかありませんね」


宰相が、静かに手を上げた。合図と共に、兵たちが一斉に斬りかかってくる。俺はそれを受け、一人、また一人と退けていったが、多勢に無勢だった。近衛たちも懸命に応戦していたが、数の差はいかんともしがたい。次第に、体力も、剣を振るう腕も、限界に近づいていく。


肩に、鋭い痛みが走った。刃が浅く掠めたのだと、遅れて理解する。血が、袖を伝って滴り落ちた。視界の端が、わずかに霞み始める。それでも、剣を手放すわけにはいかなかった。ここで倒れれば、すべてが終わる。


「陛下をお守りしろ!」


近衛の隊長が叫ぶ声が、遠くに聞こえた。だが、その声にもすでに、隠しきれない焦りが滲んでいた。囲む兵の数は、減るどころか、次々と補充されていくようにさえ見えた。宰相は、玉座の少し離れた場所から、その光景を静かに眺めていた。まるで、舞台の上の芝居でも見るような、冷めた目だった。


「陛下、そろそろ諦めては」


宰相の声が、剣戟の音の合間に、やけに落ち着いて響いた。


「お前に諦めろと言われる筋合いはない」


俺は、目の前の兵を斬り伏せながら、そう返した。息が上がり、剣を持つ手も、次第に痺れ始めている。それでも、退くわけにはいかなかった。ここで退けば、この先に待つものを、俺はもう知っている。誰も守れない未来だ。


「陛下!」


その声に、俺は反射的に振り返った。血まみれになりながらも、剣を握ったケインが、玉座の間に駆け込んでくるところだった。


「間に合ったか」


「間に合わせました」


ケインは、俺を背に庇うように立ち、迫る兵の一人を斬り伏せた。二人で背中を合わせる形になると、押されていた流れが、少しずつ変わり始める。互いの動きは、これまで何度となく三歩の距離で見てきたものだった。だからこそ、言葉を交わさずとも、次にどう動くかが、自然とわかった。


「右!」


「わかっている」


短いやり取りだけで、息の合った連携が生まれる。一人ずつ確実に、兵たちを退けていく。俺たちを囲んでいた輪は、少しずつ、だが確実に狭まっていった。


「宰相――ヴァルター・グリムシュタイン」


ケインが、剣を構えたまま、声を張った。


「反乱軍の内側で、あなたの名は、末端の兵にまで知られていましたよ。あなたが、この反乱の真の首謀者だと」


宰相の表情が、初めてはっきりと歪んだ。


「小賢しい真似を」


「言っておきますが」


ケインは、俺の隣で、まっすぐに宰相を見据えた。


「あなたが何を企もうと、私と陛下の人生を、勝手に決めさせるつもりはありません」


その一言に、俺は思わず、隣に立つ男を見た。


「行くぞ」


俺はそれだけ言うと、剣を握り直した。ケインが、小さく頷く。


二人で並び立ち、残る兵たちへと斬り込んでいく。もう、一人ではなかった。互いの背を任せられる相手がいるという事実だけで、これまでとは比べ物にならない力が湧いてくる気がした。


兵たちを一人、また一人と退けていくうちに、宰相の顔から、余裕の色が消えていった。


「……馬鹿な。この程度の数で」


「数の問題じゃない」


俺は、宰相に向けて、剣先を突きつけた。


「お前は、俺たちを分断することでしか、勝てなかった。だが、もう分断はできない」


宰相は、後退りながら、周囲を見回した。頼みの兵は、次々と倒れ、あるいは逃げ出している。玉座の間に残っているのは、もはや数えるほどしかいなかった。


「……ここまで、か」


その呟きと共に、宰相は懐から小さな短剣を抜いた。自害か、あるいは最後の抵抗か――俺が動くよりも早く、ケインが踏み込み、その手首を打ち払った。短剣が、乾いた音を立てて床に転がる。


「まだ、終わっていません」


ケインの声は、静かだが、有無を言わせぬ強さを持っていた。


「陛下を、これ以上あなたの筋書き通りに動かせると思わないでください」


駆けつけた近衛たちが、宰相を取り押さえる。抵抗する力は、もう残っていないようだった。両腕を拘束されながらも、宰相はなお、こちらを睨みつけていた。


「……いつか、必ず後悔しますよ、陛下」


「後悔するかどうかは、俺が決める」


俺はそれだけ答えた。連れて行かれる宰相の背中を、俺は最後までまっすぐに見つめ続けた。


玉座の間に、ようやく静寂が戻った。外では、まだ散発的な戦闘の音が続いていたが、指揮官を失った反乱軍の勢いは、すでに衰え始めているはずだった。


俺は剣を下ろし、隣に立つケインを見た。血と汗にまみれたその横顔に、これまでのどんな瞬間よりも、安堵が滲んでいた。


「終わったか」


「……終わりました」


ケインの声には、深い疲労と、それ以上の何かが混じっていた。俺は、その肩にそっと手を置いた。


「無茶をしたな」


「陛下にだけは、言われたくありません」


その返しに、俺は思わず、小さく笑った。血まみれの玉座の間には、およそ似つかわしくない笑いだったが、それでも、自然とこぼれた。


ここまで、二人で来た。ここから先も、きっと二人でいける。そんな確信だけが、静まり返った玉座の間に、静かに満ちていた。

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