忠臣の仮面
ケインから密かに届いた報せは、短いものだった。反乱軍の内部で、資金と武器の流れを辿った結果、その出所は、宮廷の奥深くにまで繋がっていた。名指しこそされていなかったが、状況証拠は、もはや一つの名前を指し示すには十分すぎた。報せの末尾には、いつものケインらしい、簡潔な一文が添えられていた。「くれぐれも、お一人で動かれませんように」。
同じ頃、俺自身が進めていた調査も、一つの結論に達していた。
先帝の代からの人事記録、兄弟たちの死の前後に交わされた書簡、母が倒れる直前に出入りしていた者の名簿。どれもが、遠回しに、だが確実に、同じ人物へと繋がっていた。夜ごと文机に向かい、古い記録を一枚ずつ突き合わせるたび、その輪郭は、少しずつ、だが確実に濃くなっていった。
宰相――ヴァルター・グリムシュタインだった。
幼い俺に、兄を疑う理由を囁いたのも。反対する貴族を、反逆者として告発する筋書きを描いたのも。母の死後、誰よりも早く俺のそばに寄り添い、「陛下はまだお一人ではありません」と繰り返したのも。すべて、同じ手によるものだった。
*
俺は、宰相を私室に呼び出した。
「お呼びでしょうか、陛下」
いつもと変わらぬ、穏やかな声だった。その顔に浮かぶ微笑みも、幼い頃から見慣れたものと、何も変わらなかった。
「お前に、聞きたいことがある」
「何なりと」
「先帝の代から今日まで、俺の周りで起きたことの、いったいどこまでが、お前の描いた筋書きだった」
宰相の表情が、わずかに動いた。ほんの一瞬だったが、俺はそれを見逃さなかった。
「……何を、仰りたいのか」
「もう惚けなくていい」
俺は、これまで集めた証拠を、一枚ずつ机の上に並べた。書簡、記録、名簿――積み重なったそれらを、宰相は黙って見下ろしていた。長年見慣れた微笑みが、初めて、その色を変えた。
しばらくの沈黙の後、宰相は静かに息を吐いた。
「……お気づきになるのが、思ったより早かった」
否定の言葉は、なかった。それが、何よりの答えだった。
「なぜだ」
俺の声は、自分でも驚くほど静かだった。
「兄弟たちを疑わせ、殺させたのは、なぜだ」
「陛下を、強くするためです」
宰相の声には、微塵の後悔もなかった。
「誰も信じられない皇帝こそが、最も強い皇帝になれる。私はただ、その道筋を整えていただけです。兄弟を疑えと申し上げたのも、反対者を殺せと申し上げたのも、すべて、陛下のためを思ってのこと」
「殺せと、お前が言ったのは事実だ」
俺はそれを、否定しなかった。
「だが」
俺は、宰相をまっすぐに見据えた。
「殺すと決めたのは、俺だ。お前の言葉に従ったのも、それを選んだのも、俺自身の意志だ。その罪を、お前一人に押し付けるつもりはない」
宰相は、初めて、意外そうな顔をした。
「……そのように育てた覚えはありませんが」
「お前がどう育てようとしたかと、俺が何を選んだかは、別の話だ」
俺の言葉に、宰相は長い間、何も答えなかった。やがて、静かに一礼した。
「陛下は、私の思っていたよりも、ずっと厄介な人間に育ってしまわれたようです」
その言葉には、初めて、隠しきれない苛立ちが滲んでいた。俺はそれを、確かな手応えとして受け止めた。
「もう、逃げ場はない」
「さて、それはどうでしょうか」
宰相は、口元にいつもの微笑みを戻していた。だが、その目の奥には、これまで見たことのない、冷ややかな光が宿っていた。
「陛下は、まだご存知ないようだ。この国の反乱勢力は、もはや私一人の手で動かせるものではなくなっています。仮に私を捕らえたところで、事態は止まりません」
「脅しのつもりか」
「事実を申し上げているだけです」
宰相は、そう言い残し、静かに私室を後にした。その足取りに、これまでと変わらぬ余裕が見えたことに、俺は微かな不安を覚えた。
一人残った俺は、机の上に広げたままの証拠を見つめた。宰相の正体は暴いた。だが、それで終わりではない。むしろ、ここからが本当の戦いになる。ケインが今も敵の内側にいることを思うと、悠長に構えている暇はなかった。




