↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺は暴君のまま、騎士団長を犬にした~わかりにくい暴君の恋~  作者: チュチュ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

20/20

歴史に残らなかった朝


数百年後。


帝国歴史博物館の一角に、二枚の肖像画が並んで飾られていた。一枚は、銀に近い灰色の髪をした、切れ長の瞳を持つ皇帝。顎を軽く上げ、見る者を見下ろすような、硬質な威厳を纏った構図だった。もう一枚は、その傍らに控える、屈強な体躯の騎士。左眉から頬にかけて残る古い傷跡が、画家の手によって、丁寧に描き込まれていた。


「これがオルグレン三世……通称、改革帝、だってさ」


見学に訪れていた学生の一人が、解説板を読み上げた。


「恐怖政治で名高かった若き日から一転、後半生では数々の善政を敷き、密告制度の廃止や身分を問わない登用制度を確立した、って書いてある。在位中に起きた反乱を鎮圧して以降は、大規模な戦乱も一度もなかったらしいよ」


「へえ。この隣の人は?」


「ケイン・レーヴェンハルト。皇帝の剣、と呼ばれた側近だってさ。生涯、皇帝に最も近い場所で仕え続けた人物、とだけ書いてある」


友人が、解説板にさらに顔を近づけた。


「随分あっさりした説明だね。もっと何か、逸話とかなかったのかな」


「さあ。ただ、こっちの但し書きには――『陛下は生涯、玉座の間の外で、誰も自らの内側へ入れることはなかった』って書いてあるよ」


「へえ。てことは、結構、他人嫌いだったんだね、この皇帝」


学生たちは、そう笑い合いながら、次の展示室へと歩き去っていった。歴史書は、そう記していた。多くを語らず、多くを残さず、ただ結果だけが、淡々と刻まれている。


だが、その"内側"に、当然のように入り込んでいた男がいたことを、歴史書は語らない。


*


遠い昔の、ある朝。


宮殿の一室に、柔らかな朝の光が差し込んでいた。窓の外では、庭の木々が、穏やかな風に揺れている。玉座の間の張り詰めた空気とは、まるで別世界のような静けさだった。


「オルグレン、朝です」


ケインの声が、静かに耳元で響いた。俺は、ケインの腕の中で、目を閉じたまま動かずにいた。


「あと少し」


「執務が控えております。今日は、南部からの使者との謁見もあるはずです」


「知っている」


ケインが、身を起こそうとする気配がした。俺は、とっさにその手を掴んだ。


「離してください」


「嫌だ」


俺は、その手を離さなかった。


「……オルグレンは、本当に、お変わりになりませんね」


呆れたような、それでいて、どこか嬉しそうな声だった。


「変わったところもある」


俺は、目を開けた。窓から差し込む朝の光の中で、ケインの顔が、すぐそばにあった。かつて処刑台で見た、警戒と諦めの入り混じった顔とは、もう似ても似つかなかった。


「お前を、名前で呼べるようになった」


「……それは、確かに」


ケインは、小さく笑った。以前は、ほとんど見せることのなかった、屈託のない笑みだった。


「オルグレン」


「何だ」


「今日も、良い一日にしましょう」


その一言に、俺は小さく頷いた。玉座の重みも、この国の未来も、まだ何も見えない部分は多い。原作という名の地図は、とうに役目を終えている。これから先の道は、誰にも予測できない、まっさらな未来だった。それでも、隣にこの男がいる限り、恐れることはない気がした。


歴史書には、決して残らない朝だった。誰にも知られることのない、ただ二人だけの、穏やかな時間。数百年後、この瞬間を知る者は、誰もいないだろう。肖像画の中の硬い表情だけが、後世に語り継がれていく。


それでいい、と俺は思う。玉座の外側で、誰にも見せない顔を、この男にだけは、これからもずっと、見せ続けていくのだろう。歴史に名を刻まれなくても構わない。この朝が、確かにここにあったということだけで、十分だった。


窓の外では、鳥のさえずりが、いつまでも続いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。