暴君に戻れ
その報せは、明け方に届いた。
皇都の東区で、反乱分子と見られる集団が、民間人の居住区を襲撃したという。焼け落ちた家屋、逃げ惑う人々、そして少なくない数の死傷者。これまでの、国境沿いの小競り合いとは、明らかに規模が違っていた。手際の良さ、統率の取れた動き――偶発的な暴動ではなく、明確な意図を持った襲撃だった。
俺はすぐに軍を動かし、鎮圧に当たらせた。ケインもまた、現場の指揮に加わるべく、朝早くから宮殿を出ていた。だが、事態はそれだけでは終わらなかった。
「陛下」
昼過ぎ、文官長が、蒼白な顔で執務室に現れた。
「捕らえた賊の一人が、妙な証言をしております」
「何を言っている」
「皇帝の剣――ケイン・レーヴェンハルト殿が、反乱軍と通じていたと」
執務室の空気が、一瞬にして凍りついた。
「証拠はあるのか」
「賊の証言に加え、レーヴェンハルト家の名で、反乱軍への資金提供を示す書状が発見されたとのことです」
差し出された書状に、俺は目を通した。筆跡は、確かにケインの手によく似ている。だが、どこか不自然な硬さがあった。長年、この男の報告書に目を通してきた俺には、その違和感がはっきりとわかった。まるで、本人の癖を後から真似て書いたような、そんな硬さだった。
「これは――」
「陛下。この状況では、疑いを免れません」
文官長の声は、震えていた。
「万が一にも、陛下が庇い立てなさるようなことがあれば、宮廷内の反発は避けられません。ただでさえ、皇帝の剣という前例のない地位に、快く思っていない者は多いのです」
「臣下一同、皇帝の剣の身柄を、直ちに拘束するべきだと考えております」
「陛下、いかがなさいますか」
文官長の問いに、俺はすぐには答えられなかった。原作の記憶は、もうとうに尽きている。これから先、何が起きるのか、俺には何もわからない。
*
その日の夕刻、謁見の間に、主だった貴族たちが集められた。誰もが一様に、緊張した面持ちで並んでいる。鎮圧から戻ったばかりのケインも、衛兵に囲まれる形で、謁見の間の中央に立たされていた。
「皇帝の剣――ケイン・レーヴェンハルトを、直ちに処刑すべきです」
一人の貴族が、声を張り上げた。
「反乱軍と通じていたという証言、そして書状。これ以上の証拠が、他に必要でしょうか」
同調する声が、次々と上がった。宮廷の空気は、一気に殺気立っていた。
「陛下は、以前も一度、この男を処刑から救っております。ですが今度こそ、その温情が仇となったのではありませんか」
「反乱軍と通じた者を、皇帝直属の地位に置いていたこと自体が、そもそもの間違いだったのです」
矢継ぎ早に浴びせられる糾弾の声に、俺は表情を変えないまま、それを受け止めていた。俺は玉座から、ケインを見た。衛兵に囲まれながらも、その背筋はまっすぐ伸びたままだった。かつて処刑台で見た姿と、寸分違わなかった。
その光景に、俺は既視感を覚えた。処刑台の上で、この男を初めて見た日と、あまりにも似ていた。あの日は、まだ前世の記憶があった。この先に何が起きるか、俺は知っていた。
だが、今は違う。あの日を支えていた確信は、もうどこにもなかった。
「陛下、ご決断を」
文官長の声が、静かな謁見の間に響いた。誰もが、俺の答えを待っていた。
ケインは、何も言わなかった。ただ、まっすぐに俺を見つめていた。その目には、弁明も、懇願もなかった。ただ、静かにこちらの判断を待つ、覚悟だけがあった。
俺は、拳を握りしめた。未来が見えないまま、それでも、この男を信じると言えるのか。それとも、証拠に従い、暴君としての判断に立ち返るべきなのか。
謁見の間を、重い沈黙が支配していた。誰もが息を潜め、俺の言葉を待っている。
答えは、まだ出ていなかった。




