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俺は暴君のまま、騎士団長を犬にした~わかりにくい暴君の恋~  作者: チュチュ


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未来を知る男


宰相の名前を、ケインが口にしてから数日が過ぎていた。その間、俺たちの間には、これまでとは違う種類の沈黙が続いていた。互いに何かを測り合っているような、落ち着かない距離感だった。三歩の距離は変わらず保たれていたが、その意味合いは、もう以前とは違うものになっている気がした。


その夜、執務室に現れたケインは、これまでのどんな時よりも、真剣な顔をしていた。灯りを落とした室内で、二人分の影だけが長く伸びていた。


「陛下に、お伺いしたいことがあります」


「言え」


「あなたは、何を知っているのですか」


短い問いだった。だが、その一言に込められた重みを、俺は正確に感じ取った。これまで何度も避けてきた核心に、ケインはついに真っ直ぐ踏み込んできていた。


「領地のことも、監視のことも、妹のことも。すべて、何かを知っているから動いていた。そうとしか思えません」


俺はしばらく、何も答えなかった。話すべきかどうか、最後の迷いがあった。だが、ここまで来て、まだ誤魔化し続けることの方が、もはや不誠実に思えた。


「……座れ」


ケインは黙って、椅子に腰を下ろした。俺は長い沈黙の後、ゆっくりと口を開いた。これまで誰にも語らなかったことを、初めて言葉にする。その重みが、想像していた以上に、喉の奥に絡みついた。


「お前を処刑するその間際に、思い出したんだ」


俺はそう切り出した。


「俺には、前世の記憶がある。この国の未来を、ある程度知っている」


ケインの表情は変わらなかった。信じているのか、疑っているのか、その顔からは読み取れなかった。だが、少なくとも鼻で笑うことも、席を立つこともなかった。それだけが、俺の言葉を続ける支えになった。


「馬鹿げていると思うか」


「……いいえ。これまでの陛下の行動を思えば、むしろ、腑に落ちることの方が多いです」


その答えに、俺は小さく息を吐いた。


「その記憶の中で、俺という皇帝は、ある日、一人の騎士団長を処刑する。人をかばったという、些細な罪で」


「……それは」


「お前だ」


執務室に、重い沈黙が落ちた。ケインは何も言わず、ただ拳を握りしめていた。


「だが、話はそれだけでは終わらない。お前を処刑した後、この国には反乱が起きる。民も、貴族も、誰もが牙を剥く。お前という存在が、この国を辛うじて保たせていた支えだったのだと、後になって、誰もが思い知る」


「……私が、支え」


「お前は、誰よりも人望があった。皇帝が理不尽であればあるほど、お前の存在だけが、この国の均衡を保っていた。それを殺した瞬間、この国は終わる」


ケインは、じっと俺を見つめていた。


「だから、最初は、そういう計算だった」


俺は続けた。綺麗事を言うつもりはなかった。


「処刑を止めたのは、お前を助けたかったからじゃない。俺自身が生き延びるために、お前という存在が必要だっただけだ」


「……正直な方ですね」


ケインの声に、皮肉の色はなかった。ただ、静かに事実を受け止めているようだった。


「だが」


俺は、そこで言葉を切った。ここから先を口にすることに、これまでとは違う種類の抵抗があった。


「今は、違う」


「……何が、違うのですか」


「最初は、お前を失えば国が滅ぶと、それだけを恐れていた。だが今は、それとは別の意味で、お前が死ぬ方が嫌だ」


ケインは、大きく目を見開いた。


「政治的な計算のつもりで、お前を手元に置いた。それなのに、いつの間にか、それだけでは説明できない感情に変わっていた。自分でも、いつからそうなったのか、正確にはわからない」


執務室に、長い沈黙が落ちた。ケインは何も言わず、ただ俺を見つめ続けていた。


「……信じろとは言わない」


俺はそれだけ言った。


「ですが」


ケインが、ようやく口を開いた。その声は、これまでのどんな時よりも、静かだった。


「今の言葉だけは、信じたいと思います」


その一言に、俺は自分でも驚くほど、安堵していた。


「馬鹿げた話だと、笑われても仕方がないと思っていた」


「馬鹿げているとは思います。それでも」


ケインは、俺をまっすぐに見つめた。


「陛下がこれまでしてきたことの一つひとつが、その話と繋がるのなら、信じない方が不自然です」


しばらくの間、二人とも何も言わなかった。窓の外では、夜風が微かに窓を揺らしていた。


「ひとつだけ、聞かせてください」


ケインが、静かに口を開いた。


「これから先、陛下は、何を知っていて、何を知らないのですか」


「わからない」


正直な答えだった。


「知っている範囲は、少しずつ狭くなっている気がする。お前を助けた時点で、もう物語通りには進んでいない。この先は、俺にも見えていない部分の方が多いはずだ」


「……つまり、これから先は、陛下も一人で背負う必要はない、ということですね」


その言葉に、俺は思わずケインを見た。


「今までは、ずっとお一人で、見えない未来と戦ってきたのでしょう。ですが、これからは違います」


「……そうだな」


俺はそれだけ答えた。それ以上の言葉は、うまく見つからなかった。

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