皇帝を作った宮殿
回復してから数日、ケインの様子がどこか違うことに、俺は気づいていた。執務の合間に姿を消すことが増え、戻ってくると、いつも何かを考え込んでいる顔をしていた。三歩の距離を保ちながらも、その視線は、以前よりもずっと注意深く俺に向けられている気がした。
「最近、どこに行っている」
ある日、ようやくそう尋ねると、ケインは少し躊躇った後、正直に答えた。
「宮廷の記録庫です。陛下の……幼少期について、調べていました」
「俺の?」
「陛下がどんな人間か、知りたかったのです。あの熱に浮かされた夜のことも、兄の一件も、どこかに繋がっているはずだと思いました」
俺は何も言わず、続きを促した。
「陛下には、四人の兄君がいらっしゃったのですね。皇位継承の順から言えば、陛下は本来、最も玉座から遠い位置にいたはずだ」
「……そうだ」
「その四人は、全員、若くして亡くなっている。病、事故、そして一人は暗殺未遂の末に。記録には、そう残されていました」
淡々とした声だったが、その奥に、隠しきれない緊張が滲んでいた。
「陛下ご自身も、幼い頃から幾度か命を狙われていたようですね」
俺はそれについて、詳しくは語らなかった。今、そこまで踏み込むつもりはない。
「ただ一つ、気になったことがあります」
ケインは、少し声を落とした。
「どの記録にも、必ず同じ名前が出てくるのです。陛下の幼少期から、片時も傍を離れなかった人物として」
俺は、その先の言葉を、なんとなく予測できていた。
「宰相だな」
「……はい」
しばらく、二人の間に沈黙が落ちた。
「もしかして、と思うことがあります。ですが、まだ確証と呼べるものは何もありません」
「何を疑っている」
「わかりません。ただ、陛下の周りで起きた不幸の、あまりに近くに、いつもあの人がいた。それだけです」
俺はその言葉に、すぐには答えなかった。宰相は、物心ついた頃から、ずっと俺のそばにいた人物だ。父帝の代からこの国を支え、俺自身が最も信頼を置いてきた臣下の一人でもある。簡単に疑えるはずがなかった。
「考えすぎだ」
「……そうかもしれません」
ケインはそれ以上、食い下がらなかった。だが、その目にはまだ、消えていない疑念の色が残っていた。
「陛下は、幼い頃、誰を頼っていたのですか」
「頼る、という感覚自体がなかった」
正直な答えだった。兄弟は次々と消え、母は毒殺され、信じられる者など、最初から誰もいなかった。強いて言うなら、宰相だけが、変わらずそこにいた。
昔の俺にとっては、それが、こころのよりどころになっていた、といえるのかもしれない。
「そうですか」
ケインはそれだけ言うと、静かに一礼し、執務室を出て行った。
一人残った俺は、宰相の顔を思い浮かべた。長年見慣れたその微笑みに、これまで一度も、疑いを向けたことはなかった。物心ついた頃から、あの人物はいつも変わらずそこにいた。俺が誰かを失うたび、静かに寄り添い、次にすべきことを囁き続けてきた。それは支えだと、ずっとそう思ってきた。
だが今、ケインの言葉が、その微笑みの裏に、薄い影を落とし始めていた。考えすぎだと、自分に言い聞かせようとする。だが一度浮かんだ違和感は、簡単には消えてくれなかった。
窓の外に目をやると、庭の向こうに、ちょうど宰相の姿が見えた。いつものように穏やかな足取りで、文官たちに何か指示を出している。その姿を眺めながら、俺は自分の中に芽生えた小さな疑念を、どう扱えばいいのか、まだわからずにいた。




