魔王の誘惑
これまで勇者としての自尊心を支えてきたアルミームソードを粉々に砕かれたのと同時に、魔王に対抗する唯一の武器まで失ってしまった私たち。
「ハイ。これで本当にゲームオーバー」
その冷たいひと言で、床に積もったアルミームソードの粉をなお集めようとしていたナオトの手も止まった。
再び絶望に突き落とされた彼の身体に降り積もるアルミームソードと、そんなナオトを憐憫に見下ろすセラ。
「でも安心して? 私、あなたのような人を殺すのは惜しいと思ったもの。たとえ世界を滅ぼしても、あなただけは生かしておいてあげる」
「俺は……俺は、世界を守る勇者だぜ……!」
「えぇそうね……それもいいな。二人だけの世界になっちゃったら、きっと私たちも恋に落ちちゃうもの……そうなったら、もう一度あなたを私だけの勇者にしてあげてもいい……」
甘い声で囁きながら倒れた勇者に近づく魔王。
「俺を……勇者にしてくれるんだぜ……?」
頼りなく口にしたナオトの表情にはもう、懇願の気持ちが浮かんでいた。
「ええ……。考えてみればあなたは世界から嘲笑われ、裏切られた身。私とともに世界に牙を剥く資格があるんだから」
私は彼の心を引き戻さなければならないと頭では理解していながら、最後の最後まで彼の足を引っ張ってしまった負い目から声を掛けることもできずにいた。
ただ立ち尽くして勇者と魔王のやりとりを眺めていただけである。
「ね……? だから私と一緒に、二人で生きていこうよ……」
そして動けなくなったナオトの身体を、セラは大きく広げた翼で包み込むように抱きしめたのだった。
「あぁ……そうだな……俺は、キミを信じる勇者になるぜ……」
そう言って翼の間からセラの背中に手を回すナオト。
どうやら彼は絶望の状況とセラの甘い言葉に陥落してしまったようだった。
「だ、だめニャ……ナオト様、誘惑に負けちゃだめニャ……!」
私は必死に声を絞り出したが、ナオトの耳には届かない。
勇者は倒れ、世界は終わりなのか……?
私が諦めかけたそのとき、その場に響く声があった。
「今じゃリリアン! 今こそ自壊コード装置を起動させるのじゃ……!」
それはエントランスから折れた骨をかばいながら廊下を這ってきたセツの声だった。
「ダ、ダメなのニャ! 自壊コード装置は天使の輪から妨害電波が出てて……!」
「そんなことはいいっ! ナオトを信じて、今すぐ装置を起動させよ!」
ナオトを信じて……?
私にはなんのことだかさっぱりわからなかったが、今はその何かの可能性にすがるしかなかった。
「無駄よ……何度起動ボタンを押そうとも、天使の輪を壊さない限り……」
ナオトを抱きしめながら、勝ち誇ったような笑みを私に向けたセラであったが、彼女の声を遮ったのはナオトだった。
「大丈夫だリリ! 今なら起動できる! 俺を信じるんだぜ!」
そう言うナオトの声はついさっきまで心が折られていたとは思えないほど強いものだった。
私は今、何が起きているのかさっぱりわからないままであったが、なぜか心がふるい上がっていくのを感じていた。
「わかったニャ! ナオト様を信じて、装置を起動するニャ!」
そして私は拳を叩きつけるように自壊コード装置のボタンを押した。
起動を妨害する電波がある以上、装置が起動するとは考えられない。
だがしかし、そんな私の予想に反して装置からは意外な反応が返ってきた。
「起動を確認しました……今より三十秒後に、キメラ自壊コードの照射を開始します」
起動した!? な、なんで……!?
私は驚くが、それに驚いていたのは私だけではなかった。
「な、なんで!? 私はまだ倒されてないでしょ!? 天使の輪だって壊れてない!」
理解不能とばかりに取り乱し、ナオトを振り解こうとするセラであったが、しっかりと彼女を抱きしめたままのナオトによって動けずにいた。
「ゆ、勇者ナオト……! いったい何をしたの……!?」










