立ち上がる
崩れ落ちていたナオトはやがて涙を拭い、弱々しい視線をカメラに向けた。
「なぁ……画面の向こうのみんな。リリアンが言ってることは本当のことなのか……?」
ナオトはとうとう私ではなく、自分を嘲笑う世界に向けて問い出した。
『ウッソでーすw』
『ホントでーすw』
『リリアンなど存在しない』
『アルミームソードを信じるのだ』
それでも世界は誰もナオトに向き合おうとはしなかった。
どこまで行っても私たちを取り巻く世界は、現実世界の人々に関係のない別世界なのだろう。
「わかった……よくわかったぜ……俺は、本当にバカだったんだな……」
ナオトは自嘲気味に笑った。
「違世界なんて信じ込んで気づかなかったのもバカだけどさ。笑ってくれよ……俺、こんなことになっても、まだみんなのことを信じようとしてるんだぜ……? 本当にバカだろ?」
乾いた笑いが漏れる。
『お前はバカじゃない。アホだ』
『そういやお前に百万円貸してたんだわ。信じてくれ』
『さすがにもう何も言えんわ』
『逆にどうして信じられんのw?』
いまだふざけたコメントが大半だったが、私はそのなかの一つに目をつけた。
どうしてまだ、彼は信じることをやめないのだろう?
私は最初からずっとそこが気になっていたのだ。
「私は最初、ナオトさんが長らく自室に閉じこもっていて、人を信じなくなったと聞いていました」
話しかけてよいものかと迷いもしたが、避けていても何も解決しない。私は意を決してナオトに声を掛けた。
「けれど、ともに過ごした数カ月の冒険者生活のなかで、そんな話こそ私には信じられなくなりました」
「俺が、簡単に人を信じ過ぎるからなんだぜ……?」
私は小さく頷く。
「簡単さ。それは俺が人を信じたいから。ただそれだけなんだぜ?」
「でも、あなたは人を信じられなくなったんじゃ……?」
「たしかにそうさ……でも、長い引きこもり生活のなかでずっと自分を責めてた。いつまでもこうしてちゃダメだって」
以前セツが言っていたとおりだった。ナオトは自分を責めているだろうと。
「俺だってもう一度人を信じられるようになりたかったさ……でも現実はなかなか思うようにはいかなかった。……そしてそうしているうちに、もはや俺の意思だけではどうにもならない状況になっていた……」
ナオトは淡々と語っていた。
「どうにもならないから、俺は心のどこかでずっとキッカケを待っていたんだ……それまでの俺を知らないまっさらな世界なら、もう一度最初から始められるかもしれない。もし本当にそうなったら、今度は絶対に人を信じられる自分に生まれ変わるんだ! って……」
目の錯覚……? 幻聴……?
今まさに絶望の底にいるはずのナオトの目に力が、声に張りが。心なしか熱が戻ってきたような気がしていた。
「そんなキッカケを待っていたときに兄さんに殺されてイースで目覚めた……あ。そうか、実は殺されたのも嘘だったのか、よかった」
『軽いw』
『強いw』
『兄に殺されても許す男w』
『世界に笑われても許す男w』
ナオトはもう、笑われてることを気にしている様子もなかった。
「とにかく。勘違いだったとしても俺にとってはリセットされた世界が始まってさ……今度こそ、今度こそ俺は信じようって思ってたんだ、徹底的に」
「だからこんなに適当なプロジェクトを簡単に信じちゃったんですね……」
「たしかにそれが嘘だって言われたらショックもデカかったんだけどさ……それは別にいいんだよ。だって俺が本当に欲しかったのは、最初の一歩を踏み出すためのキッカケだったんだから」
「キッカケ……?」
「そう。そしてそれはイースに来て最初に貰ってた。リリアン、キミに」
「でも、私はナオトさんのことを……」
ナオトは小さく首を横に降った。
「それはもういいさ……全部が嘘だって言われたけど、どうせそれも嘘なんだろ……? だってみんな、演技って言うわりには普通に楽しそうだったぜ……?」
はじめは勘違いかと思ったが、たしかに少しづつ、ナオトは笑みを取り戻しつつあった。
『あれ? 流れが変わってきてね……?』
『ざわ……ざわ……』
コメントにもその違和感を感じ取ったような反応が現れ始める。
「そ、それはたしかに少しは本音も混じってましたけど……」
ナオトは軽く笑った。
「だからいいんだ。全部が嘘じゃないなら俺たちがやってきた冒険にも意味がある。俺も楽しかったし、なにより俺の心をレベルアップさせてくれたんじゃないかな……? だから今はこうして潰れなくて済んでるんだと思う」
この状況で潰れないで済んだ、だと……!?
私は背筋を通り抜けていく痺れのようなものを感じていた。
「俺は何度だって立ち上がるぜ……ここで立ち上がるための勇気は、全部最初から貰ってたんだからな!」
さすがにそんなことを言われたら私の視界も潤んできてしまう。
「ナオトさんは、私を恨むんじゃないんですか……!?」
「恨まないさ……むしろ、俺が本当に欲しかったキッカケをくれたキミにいう言葉はこっちだぜ」
私を見るナオトの瞳は、なぜかいつもの前向きで澄んだ瞳だった。
「ありがとう」










