打ち捨てられたネコ耳
崩れ落ちたナオトはもう私のほうを見ることもできなくなっていた。
「あははっ! リリアンさん、きっと内心ではあなたのことを笑ってたんだよ~?」
「そんなことない!」
私もそれだけは否定する。
「え~? でも、ナオト様スキスキ~! なんて言いながら、キスの一回すらしてくれなかったんでしょ~?」
ぐっ……! それは事実だ。だがそれは全世界に見られながらって状況が嫌だってだけで……!
そうは思ったが、今の私の言葉がナオトに届くはずがないと思えてしまった。
「どうせキモヲタニートが近づくな! とか思われてたんじゃないの~?」
「違うっ!」
私をひと目見るナオトの視線は、猜疑に満ちていた。
「さぁ……ここでもう少しだけ時間をあげようかな? 二人でよ~く話し合ってごらん? 世界中がキミたちのゆく末を気にしていることだし」
余裕なのか気遣いなのか、セラはうしろ足で少し私たちから距離を取った。
『今こそ究極アクションしかない!』
『にゃふ~ん! きゅぴきゅぴ~!』
『にゃふ~ん! きゅぴきゅぴ~!』
『にゃふ~ん! きゅぴきゅぴ~!』
私たちをアップで映し出すディスプレイのコメント欄は嘲笑や無責任、悪意で溢れかえっている。
そんななか、ナオトは静かに私に言った。
「リリアン……これは現実のことなんだぜ……?」
先ほどまでの猜疑の視線も含めて、今はもうすべて生気とともに失いきった表情だった。
今さら私がどんな酷い言葉を並べても、彼は一見してこれ以上落ちようのない状態であるようにさえ見える。
どう答えるべきか迷った私ではあったが、結果として、この場で計算を働かせようとすること自体が彼から目を背ける行為であると思い至った。
「ごめんなさいナオトさん……これが真実です」
私は装備したネコ耳とウィッグを外し、床に投げ捨てた。
『リリアンが人間に戻ったったw』
『おいリリアン語尾を忘れてるニャ』
『黒髪でも可愛い!』
『ここからネコキメラ化が不可避なの胸アツw』
それでももう、ナオトの表情に驚きなどの変化はなかった。
「リリアンは獣人族じゃなかった。セツも年寄りじゃなかった。ロイヤはただの戦士じゃなかった……そして俺は、勇者じゃなかった……。いや、世界中に晒されて笑われてるのに、主役ですらなかったんだぜ……?」
嗚咽と混じった言葉が私に突き刺さる。
『主役の座すらロイヤに奪われたw』
『ステータスオープン! 状態異常、うつ!』
『何も残ってなさすぎて、さすがにかわいそうになってきた』
『もうやめて! ナオトのライフはもうゼロよ!』
ナオトがどれほど落ち込もうとも画面の向こうから飛んでくる言葉は容赦がなく、無慈悲だ。擁護に見せかけた言葉でさえ本当は彼を笑っている。
「そうだ魔法は……? 俺が放った魔法はなんだったんだぜ……?」
ナオトは希望を求めてすがるように私に問う。これまでの冒険が真実で、今ここで打ち明けられた話こそが嘘なのだと確証を得たいのだろう。
「魔法攻撃は裏方のスタッフ……影の追跡者のマフォーが撃ち出していました」
私は淡々と、真実を隠さずに告げる。
「ステータスの表示は同じくスムスが担当です。ネルクは監督でした」
「だって、だって……それだけじゃないだろ……? ほかにもたくさん……! 紫陽花亭の女将さんに、ギルドのミオラさん、ハルク、それに王様や姫、大臣だって……!」
「彼らだけではなく、街の人全員がスタッフです。街のほとんどはいまだハリボテなので、ナオトさんも建物に立ち入ろうとしたとき誰かしらに引き止められたことがあるかと思います」
『リリアンの語尾がないだけでエグすぎるw』
『薬草ひとつに至るまでウソで草! てか薬草w』
『もうナオトの情報処理が追いつかないレベル』
『にゃふ~ん! きゅぴきゅぴ!』
なんてアンバランスな世界なんだろう。
これ以上なく真剣な私の周囲数メートルの世界と、画面の向こう側の世界。
本当に別世界のようだと思った。
ねぇ……?
どうしてあなたたちはそんなふうに人をバカにできるの……?
この状況を生み出したのは私だというのに、私は画面の向こうの人たちに憤りを覚えていた。










