狂気の愛情
「でも、ちょっと待って?」
そんななか、少しトーンを落としたセラの声が不気味に響いた。
セラの白い翼がゆらりと垂れた。
「お兄ちゃん。自壊コード装置は起動してもいいけど、その前にもう一度だけ確認させて? さっき私のこと愛してるって言ってくれたけど、もちろんそれって、私と一生、添い遂げてくれるって意味なんだよね?」
それを背中で聞き、ロイヤの足はピタリと止まる。
「もしかしてなんだけど、ただのお兄ちゃんとして、だけなんてことはないよね?」
「……ちゃんとセラのことは愛してるッスよ」
ロイヤの声は低かった。
私からは彼の表情こそ見えないが、もう数ヶ月の付き合いだ。彼が今、影を落とした真顔であることくらいは想像できる。
「ダメだよそれじゃあ……? ちゃんと言ってよ。全世界に動画配信されているこの場で、ちゃんと私だけを愛し続けて、人生をともに歩いていくって……」
こ、こいつ……もしかしてメンヘラか……!?
徐々にうつろい始めた空気に私は戦慄していた。
「じゃないとダメだよ……? 私、お兄ちゃんと結ばれるために遺伝子まで改変したんだよ……?」
「全部の問題を解決したら、ちゃんと元の身体に戻るんスよ……? それが約束できたら、オレはずっとセラの隣にいるッスから……」
「ダメ。それだけはダメ。だって元の身体に戻ったら、あなたの子は産めないもの……私、病弱だし、あなたと遺伝子も近いもの……」
「それだけが連れ添う形じゃないッスよ」
「なにそれ……? それじゃあ普通の兄妹と同じでしょ……?」
「オレとセラは、実の兄妹ッス」
「それって、それって、兄妹としてでしか私を愛してないってこと……!?」
セラのまとった雰囲気が氷のように冷たくなった気がした。
「それでも、セラが望むなら添い遂げるくらいの覚悟は決めて来たッス!」
「違うよ! 私が望んだのは、そんな普通の形じゃない!」
「だけどオレに寄り添えるのも、それが精一杯ッス……!」
「お兄ちゃんのわからず屋!」
「それはセラのほうッス!」
兄にすがるヒステリックな妹と、それを背中で拒む兄の構図だった。
「……それじゃあ私、ここまでしたのにお兄ちゃんにフラれたってこと……?」
「っ!? 違うッス! オレはそんなつもりじゃ……!」
「じゃあ私を一人の女として、ちゃんと全部受け入れてよっ!」
「それは……っ! それは……兄妹として、できないッス……! でも、オレは心からセラが大事だし、愛してるッス!」
「それは私にとって、フラれたのとおんなじなの!」
セラは叫んだあと、ゆらりと陽炎のように身体を揺らしながら私たちのほうに振り返った。
「もしかして、そこのネコ耳ヒロインが泥棒ネコってわけじゃないよね……?」
うぉい! ちげーわ!
完全に蚊帳の外でぽけぇ~っとさせておいてからのこの飛び火!
「もしそうなら……私、そこのネコ耳ヒロインさん、殺しちゃうかも……!」
酷すぎね!?
勘違いとメンヘラで私をそんなドロッドロな痴情のもつれに巻き込むんじゃねー!
「ち、ちがっ……! リリアンさんも関係ないッスよ!」
「もういい……お兄ちゃんが振り向いてくれないなら、私、やっちゃうから!」
とんでもねー話に!
そんなふうに思っているうちにセラの姿が急に消えたかと思えば、気づいたときには私の眼前に彼女の鋭い爪が迫っていた。
「ウニャー!」
殺される!
そうは思ったが、セラの爪は私の直前で止まっていた。
何が起こったのかと思えば、それはどうやら一瞬で駆けつけたロイヤが私をかばってくれているようだった。
「お兄ちゃんどいて。その泥棒ネコを殺せない……!」
「そんなことはオレがさせないッス……!」
ロイヤは剣を構えてセラの腕を止めていた。しかし力で押し負けているのか、その切っ先は弱々しく小刻みに震えている。
え……? ちょっと待って?
アルミームソードはともかく、ロイヤの剣はキメラ討伐用の本物なんだが……?
なぜ素手で剣とぶつかりあってんの……?
あれ? 硬度とか色々おかしくね?
「お兄ちゃん泥棒ネコをかばうんだ……? やっぱりその人が好きなんだ……?」
「数カ月も一緒に冒険してたらそうもなるッス……けど、オレは!」
そうなの!? この超絶イケメンのロイヤがちゃっかり私のことを!?
「いやぁ、でも重すぎる妹がいる男の人はごめんなさい」
私は丁重に辞退しておく。
「ほ、ほら! オレ、フラれちゃったんで平気ッス! リリアンさんは泥棒ネコなんかじゃないッス!」
「そんなの、私の前じゃそう言うに決まってるじゃない!」
そう言ってセラは身体をひるがえし、ロイヤを横薙ぎに蹴った。
信じられないことにロイヤの身体はまるでサイコロを振るように遠くまで転がっていき、施設の壁に激突。
そのまま地面に倒れてピクリとも動かなくなってしまった。
「「は!?」」
今まで数多くのキメラを屠ってきた私たちパーティーで唯一の戦闘要員だぞ!?
そのロイヤがこんなにもあっさり……。
「お兄ちゃんにはあとで話があるから、それまでゆっくり寝てて」
私たちは現実を前に愕然としてしまった。










