魔王の中の人(2)
私は改めて影のほうへ意識を集中する。
「ふふっ。みんな困惑しているね、無理もないけど……。どうやらこの状況を正しく認識できているのは、このなかに一人しかいないらしい」
私たちのなかに一人? それは私のことなのだろうか……?
いや、それならこんなに困惑はしていないだろう。
だとしたら私以上に現状を理解している者がいるということになる。
誰……!?
私はハッとして仲間たちの顔を見た。
ナオトは相変わらずここをイースだと信じ込んでいるし、セツは私と同じように明らかに困惑している。
そしてロイヤはと言えば……。
「……やっぱり、やっぱり、まだ生きていたッスね……!」
いつもの明るく優しい彼からは想像もできないほど危機迫る顔つきでそんなことを口にしていた。
どういうことだ!? それではまるで、ロイヤはこの魔王の正体を知っているようではないか。いったいこの魔王とロイヤにどういう接点があると言うのか。
彼はイースに来る前、日の目を浴びない社会の裏の存在、黒子衆だったはずだ。そしてまだ生きていたのかと不穏なセリフ。この心底怒ったような表情。
もしかして、以前の彼が本業で消し損ねた人物なのか……?
なんの根拠もなしに思考を巡らせる私を置き去りにするように会話は続いていく。
「さて……いずれわかることだし、そろそろ私も名乗っておこうかな」
私たちは固唾を飲んで魔王の言葉を待った。
「私の名前は八雲セラ……キミたちが言うところの違世界とやらからやってきて、ここにキメラが溢れることになった元凶でもある天才科学者……まさに魔王と呼ぶにふさわしい人物だろう?」
八雲セラ……! そうだ、この声に聞き覚えがあるはずだ。
以前、私は彼女の研究の進捗管理をしていて、何度か電話口でやり取りをしていたのだ。そんな彼女がなぜキメラなどに手を出し始めたのかまではわからない。
ただ、彼女がこんなことをしたせいで今の私たちが苦労していると思うと、少なからず怒りを覚えるところはあった。
もしかしたらロイヤもまたこんな感じで以前のセラと関わりがあったのかもしれない。
「どうして、どうしてこんなことをしたニャ!」
私は思わず口にしていた。
「それはさっき勇者さんにも答えたでしょ? そういうことは物語のクライマックスまで取っておこうよ」
「それはあくまで研究施設で、ってことかニャ!」
「そ。そしてそこでこの件をドラマチックに解決しましょうってことさ。そのためにも、どうか必ず真の勇者だけは私の前に連れてきておくれよ?」
「望むところだっ!」
ナオトは拳を握りしめて間髪置かずに応えていた。
「ふふっ。威勢がいいことだね。でも、くれぐれも気をつけておくれよ? 私が招待するのはキミたちパーティー四人だけ……それでいいよね?」
それが暗に私たちを取り巻くスタッフの立ち入りを拒んでいることを察した。
「もし仮に、私たちがそれを無視したらどうなるニャ!」
「それはやめたほうがいい……そんなことをしたら、私も自壊コード装置を壊しちゃうかもしれないからね」
セラの声には余裕があった。
「困るよね? 例えばスライムの存在を考えてみなよ。奴らは水分を吸うと分裂して増える……だからもし海に出て増えちゃったら……? その後、なんらかの事情で毒性なんか持っちゃったら……?」
「せ、世界中が大混乱ニャ……」
「さっすがリリアンさん、理解が早い。……だからキミたちはどうしても装置を起動させたいはずなのさ……ああ、そうそう。変なことは考えちゃダメだよ? たとえ今から核爆弾を使ったって根絶やしにできる保証はないんだからね?」
私たちは反論できなかった。
「フェアに行こうよ。キミたちがフェアである限り、私もフェアにゲームをするからさ」
「わ、わかったニャ……そちらには私たち四人だけで行くニャ……」
セラは冗談で言っているわけではない。スタッフを伴って向かうほうが危険だと、私は直感的に感じていた。
「それが賢明だよ。これでも私はそっちの事情を汲んであげているわけだしね?」
セラは軽く笑っているようだった。
それが今ここでプロジェクトの真実をナオトに告げないことを言っているのだと察した。
彼女は私たちがプロジェクトのために用意したスタッフではない。だからその気になれば私たちが必死に隠している事実をナオトに告げることもできるはずだ。
私たちはセラさえここで現れなければ研究施設にたどり着いたタイミングで本当のことをナオトに話すつもりでいた。だけど、今ここですべてをぶち壊しにされるわけにはいかない。
私たちはセラの提案を聞くしかなかったのだ。
「それじゃあ私は待っているよ。魔王城……じゃなかった。研究施設でね……ふっふっふっふ、はぁーっはっはっは! ……って、こういう高笑いを一度やってみたかったんだよね~」
そしてセラとの通信は途絶え、事情を汲み取ったスタッフによってプロジェクションマッピングの魔王の影は消え去った。
こうして最後まで想定どおりにいかない展開によって、私たちの王城イベントは幕を下ろした。
その後、目覚めた大臣は正気を取り戻し、王様の体調も回復。ロイヤの裏切りも無事に解決し、ナオトの不要な疑念が解消できた点はよかったのかもしれない。
だけどここに来て降って湧いた自称魔王、八雲セラによって私たちは掻き乱され、シナリオの修正を余儀なくされていた。
迷いどころは多くある。
ただし、どういう結果になろうとも、もうその後を考える必要がない段階に計画は差し掛かっている。
今さら必要以上に遠回りをしなくてもよいのではないかとの考え方も上がり、ナオト抜きのスタッフとよく相談した結果、セラの提案に乗ることになった。
そしてそんな内容をナオト込みのパーティー内でも話したところ、明日にでも研究施設に向かい、そこで諸々のことに決着をつけようという形に落ち着いたのだった。










