悪役令嬢は刹那に煌く
私たちが大臣コーヴァンのあとをついて城内を歩くことしばらく、長い廊下の対面からひときわ上品な女性が侍従を従えてこちらに向かって歩いてくるのが見えた。
豪華なドレスに身を包み、やや気の強そうな釣り目の美女。私は彼女をひと目見て、彼女こそが王女サナフィナ役の雛倉紗奈さんだと察した。
たしか駄作家が彼女に与えた設定は悪役令嬢だったはずだ。
「あら、コーヴァンさん。ご機嫌よう。本日も疲れたお顔をされてますこと。おほほ」
姫は第一声から片手を口に当てて高飛車に言い放った。
「これはサナフィナ様。民のため身を粉にして働くのは吾輩の当然の務めでありますからな。労いの言葉、ありがたく頂戴いたしますぞ」
大臣は余裕の表情で返す。
すると姫は少し勘に触ったように表情をこわばらせた。
「労う? 曲解もいいところですわ。あなたが馬車馬のように働くのは当然のこと。ご自身の立場をお忘れにならないようにと、そう言いたかっただけのことですわ?」
おやおや? なんかここで二人の小芝居でも挟むつもりなのかな?
たしかに設定では姫は悪役令嬢のように振る舞うとあるし、王に会って帰るだけの今回のイベントでは特段接触する必要はないものだが……?
私は不審に思ってセツに視線を送った。
「大丈夫じゃ。より違世界を演出するために、少しだけ接触させるだけじゃよ」
私の意図を察してか、セツはそんなことを小声で答えてきた。
また勝手に改変しやがってとは思うが、これくらいの修正なら、とやかくは言うまい。
「ははは。これは手厳しいですな……しかし、吾輩とてそれは心得ておりますとも。もちろんサナフィナ様のためにも尽力いたしますぞ?」
「ふん、わかっていればいいのよ。……ところで、そちらのお客様方は?」
そこで姫の視線が私たちに向けられた。
「王がお呼びになられた勇者ナオト様と、そのパーティーの方々です」
「勇者ナオト様!?」
サナフィナは大臣からその名を聞いて飛び上がる。
顔を赤く染め、先ほどまでの悪どい態度がまるで幻であったかのようにピュアな乙女の表情に切り替わっていた。
ああ、こんな場面でもナオトの持ち上げ演出を用意していたのかと感心しつつ、私は成りゆきを見守る。
「初めまして。勇者ナオト様。私、王女のサナフィナと申します」
姫の変わり身の早さにナオトは少し戸惑っているようだった。
「あ、あぁ。俺はナオト。九条ナオトだぜ」
「まあ、なんてりりしいお方!」
姫が感激の様子でナオトの手を取って握ると、それを遮るように大臣が大きな咳払いをする。
「サナフィナ様、お気持ちもわかりますが、今は王が待っておいでですぞ」
「わ、わかっているわよ!」
やはり姫の態度は大臣に対してだけ厳しい設定らしい。
「ナオト様、お父様のお話が済んでからで構いません。どうか私に冒険のお話など……」
「サナフィナ様」
大臣は強く言い放って姫の言葉を遮った。
「勇者どのはお忙しい身。あまりわがままを言って困らせるものではありませんぞ」
大臣の放つ重圧に押されてか、姫は言葉をつぐんだ。
「そ、そうですわね……」
姫は大人しくなり、名残惜しげにナオトの手を離した。
「ナオト様、申し訳ありませんでしたわ。とても残念ではありますが、私はここで失礼いたします……」
姫はそう言って一礼し、そそくさと去っていく。
どうやら悪役大臣と悪役令嬢であっても、力関係は大臣のほうが上の設定らしい。
「ああ、そうそう。サナフィナ様?」
完全に会話が終わったと思われるこのタイミングでわざとらしく引き止める大臣。
姫に背中を向けたまま失礼な態度であることを考えるに、ここは悪役が去りぎわに高圧的で冷たい言葉を放つシーンなのだろう。これもよくあるパターンだ。
「な、何よ……?」
姫はビクリと体を震わせ、足を止めた。
両者ともに背中合わせのまま、ピリピリした会話シーンである。
ここまでくれば王国の乗っ取りを狙う大臣と姫の仲が険悪な設定なのはわかるが、よく考えてみればたった一度の登場なのに演出が過剰ではないだろうか?
たしかにこれならば強烈にキャラは立つし、ナオトの印象にも残るだろう。
現にナオトはハラハラとした表情で二人の会話の行く末を見つめていた。
「ふっふっふ……サナフィナ様に一つ、言い忘れたことがありましてなぁ……?」
「ナ、ナオト様が聞いていらっしゃる今、言わなければならないようなことでして?」
「ええ……それはもう。とても大事なことですからなぁ……」
大臣は怪しく微笑む。
いったい、姫を嘲るどんな言葉が飛び出すのだろう?
私がそんなふうに思っていると、
「城の西側区域は立ち入り禁止ですぞ? ゆめゆめ忘れてくださるな」
ここまで緊張感で引っ張っておいて、私たちへの遠回しの注意喚起かーい!
私は拍子抜けしてしまった。
「わかってましてよ!」
怒ったふうに去っていく姫。
「くっくっく……もうすぐその身も心も我が物になるかと思うと、強がる姿さえ可愛いものよ……」
そんな姫の背中を見送りながら不敵に笑う大臣。
そして、それを聞いてナオトは強く不審げな表情を大臣に向けていた。
はたして、このあと登場予定のないキャラクターを使ってここまでの演出をする必要があったのだろうか。










