プロジェクトの進路(2)
前にセツからナオトについていこうとするのを止められたときも、そのまま黙っていればプロジェクトは崩壊したはずなのに私はそれに抵抗した。
ナオトを危なっかしくて放っておけない人だと思っていたのもあるが、なんだかこう、今はまた少し違う気持ちも混じっているような気もする。
「当初、キミは早くプロジェクトを完遂して日本に戻って来たいと考えていたはずだ」
「……そのとおりですニャ」
「だが、今は迷ったな」
「……はいニャ」
「なんと言うべきかな。率直に言うと、私はキミのその変化が嬉しいと思う」
「なんで九条専務がそう思うニャ?」
「さぁ……なんでだろうな? キミがナオトを良いように変えてくれるからじゃないか?」
九条専務ははぐらかすように鼻で笑った。
「キミから見て、ナオトはどうかね?」
少しドキリとするような質問だった。
「どう……って……?」
「長くニートをやっていて、人との信頼関係の構築にも影響が出るものだと思っていたんだがね」
「むしろ私の印象は逆ニャ。なんであんなに簡単に人を信じてしまうのかと心配になるほどニャ」
「そこには私も驚いているよ……正直言ってこんな計画、ナオトが疑ってかかれば即座に真実がバレて終了すると思っていたんだがな……」
「おかげで計画が継続できている側面もあるし、なんとも言えないけどニャ」
「ナオトの目が節穴なだけなのか、それともキミたちが作る違世界がナオトを信じさせるに足るのか……いずれにせよ、たしかなのは今ナオトが楽しそうにしているということであって、専務としてでなく、兄としての気持ちを述べるならば、この計画を明日で終わらせてしまうのは少々惜しいとも思う」
「最初に毒殺役を買って出たわりには弟思いだニャ」
「そう言わないでくれるか。私だって本心はナオトに立ち直ってほしいと思っているんだ……このままキミたちとワイワイ楽しく過ごしているうちにあるいは……と期待して何が悪い」
「まぁ、そこはわからなくもないニャ」
「ありがとうリリアン君。ただし、ここから先の話は私の思いだけでは決められないからな……こんな茶番は早々に終わらせて早く日本に帰りたい。キミにはそういう思いもあるのだろう?」
私は改めて迷った。
ナオトは良くも悪くも正直でまっすぐなところが微笑ましい。たまに変な正義感を発揮する点も、不安なところにさえ目を瞑れば彼の性根が清くあることを物語っている気もするし、総じて好感はあるのだ。
だから彼がまた現実を知って塞ぎ込んでしまうかもしれないのは嫌だし、それをもったいないと思ってしまうのだ。
もし明日、プロジェクトを完遂したとなるとその先はどうなるのだろう?
少なくともキメラのいなくなったイースでは違世界っぽく冒険者稼業を続けることは困難だ。そうなれば当然、遠からずナオトは真実にたどり着くだろうし、そこで世界中から笑われて見世物にされていたとわかって再起不能になってしまうかもしれない。
そのとき、すべての元凶たる私でよければ、せめてもの罪滅ぼしとして全力で支えてあげたい思いもあるが、わずか数日ぶんの信頼関係しかない私の言葉をナオトが受け入れてくれるだろうか。
そう考えると、早く日本に帰りたい私の気持ちだけを優先して、明日いきなりすべてを片づけてしまおうというのも憚られた。
「ま、まぁ、こうやってバカ騒ぎをしてればいいお給料がもらえるなら、お仕事よりも楽しいかなぁという思いもありますニャ」
私は少し照れながら答えた。
「はっきり答えたまえよ」
九条専務の声は少し笑っているように思えた。
「もう少しなら、ナオト様の冒険に付き合ってもいいかと思ってますニャ……いや、本当は、ちょっと楽しいとか思っちゃってますニャ」
「いいのかね? そんなことを言ってると、そのうちナオトから本当に迫られるかもしれんぞ? キミだって最初は襲われたらどうしようなどと心配していたではないか」
「そこは実際に話してみて、そんなことをする人じゃないとわかったニャ」
「ははは。ともに窮地を乗り越えたからか、とても数日間の信頼関係とは思えん言葉だ」
「そ、そこは私だって少しは不思議に思ってるニャ……もしかしたらナオト様は正直だから、こちらからも信頼しやすいのかもしれないニャ」
「兄としては嬉しい言葉だ。ナオトのほうもキミを好意的に思っているようだしな……いっそのこと本当にナオトのヒロインになってみるかね?」
「そ、そこまではまだ……っていうか、結局このプロジェクトの真実が知れたときに私はどうせ嫌われちゃうニャ」
「そうかもしれんし、そうはならんかもしれんぞ? なにせナオトは自分を毒殺したと思っている私に対してさえ、恨みを持ってないと言っていたくらいだ」
「まったく……ナオト様はどこまでまっすぐな人なのニャ……」
だからこそ、まっすぐな気持ちを折られてしまったときのダメージが大きかったのだと思った。
「とにかく状況はわかった。キミがもう少しこのプロジェクトに付き合ってもいいと言うのだ。明日以降はしばらく好きに冒険者として暮らしてみたらいい」
「現実世界で冒険者だなんて……なんだか変な気分ニャ」
「今やキミたちの冒険は世界中で面白おかしく受け入れられているのだ。頑張りたまえよ」
「善処するニャ」
「最近ではナオトとリリアンの進展を期待する声もあるので、そのあたりの演出も検討しておくように」
「たとえ本当に好きになっても、世界中に見られながらのラブコメなんて絶対に嫌ニャ」
「ふふふ。ならばつかず離れず、せいぜい上手くやるんだな」
「了解ニャ」
九条専務との通信を終えて、私はそのままベッドに身を投げた。
本当にこれでよかったのだろうか。
早ければ明日にでも終えられたはずのプロジェクトが、私の気持ち一つで簡単に先延ばしになってしまった。
金持ちの道楽というわりには大きなお金も動いているし、大勢のスタッフの生活にも影響してしまうはずだ。
なのに……。
私は寝転んだまま部屋に置かれた鏡を見る。
そこに映る黒髪の私は明日からの冒険にでも浮かれているのか、少し笑っているようにも見えた。
お読みいただきありがとうございます。
先延ばしをするなら、このあとに日常的なパートを入れることを考えましたが、現時点では完結に向けて話を動かしていきます。










