プロジェクトの進路(1)
本日の冒険を無事に終え、紫陽花亭の自室に戻ってきた私はネコ耳とピンク髪のウィッグを外してのんびりと寛いでいた。
プロジェクトが始まる前はネットもスマホもない、この違世界のようなイースで、満足な娯楽も得られずに発狂するのではないかと危惧していたものだが、いざ数日間をナオトと過ごしてみると妙な充足感を得られている自分に気づいた。
「会ってから、まだ一週間も経ってないのにな……」
色々なことがありすぎた。
主にトラブルとか、不可抗力とか、理不尽とかの、なにかと計画を狂わそうとしてくる運命みたいな存在との戦いだった……。
「なんだろう……? なんだかいっつもヒヤヒヤしてたのに、ちょっと楽しかった気もするな……」
なんとなく、ナオトの顔がぼんやりと浮かんできていた。
今日は冒険者登録を済ませたあと、街の外でサルキメラ討伐の依頼をパーティーの四人で果たした。
私とセツは実質なにもしていなかったけど、ナオトは得意げに支援魔法をロイヤに掛けたつもりになり、ロイヤもまた支援魔法が掛かる前後の演技が上達した。
「ふふっ。ぜ~んぶ演技なのに」
私は笑ってしまう。
どうしてまだナオトは気づかないんだろうか。
こんな適当でボロが出まくりの違世界なのに。
「いつまで続くんだろうなぁ……この冒険」
私がぼんやりとつぶやいたとき、机の上のネコ耳型インカムがわずかに震えた。
私はため息を一つついてから身体を起こし、机の上に置かれていたインカムを装着する。
「はい。リリアンですニャ」
定時を過ぎて自室でのんびりしているのに連絡を入れてくるなんて相手は九条専務に決まっている。
「九条だ。本日の午後はちとそちらの様子を見ていられなくてね……調子はどうかね?」
「ロイヤが仲間として自由に動けるようになったおかげで、キメラとの戦闘は安定したニャ」
「なるほど……本日の午後はエンチャンターとなったナオトとパーティー全体の試運転というわけか」
「はいニャ。午前中は勇者像を破壊したり、冒険者ギルドでトラブルばかりでしたが、午後はおだやかだったニャ」
「パーティーの連携に問題はなかったというわけだな」
「連携……というより、私たち三人はロイヤの邪魔をしないだけですけどニャ」
「それがキミたちパーティーの戦闘における最適解だからな」
九条専務の噛み殺したような笑いが聞こえてくる。
「となると、この辺りでキミとは今後の方針を話し合っておくべきだと思うが、どうかね?」
そこで、急に九条専務の声のトーンが下がった。
「今後の方針……ですニャ?」
「あぁ……キミも知ってのとおり、この現実世界には強さのレベルなんてものは存在しない」
「わかってますニャ。ナオト様に表示されるステータスの数字はあたかもレベルアップしてるけど、敵の数値も高くなっているから相対的な強さはまったく変わらないニャ」
「そうだ……つまり、今が事実上の最大レベルだということになる」
「それが……今後の方針に関わってくるニャ?」
「そうだな。キミには今、二つの選択肢が用意されている。……このまま明日にでも研究施設に向かいプロジェクトを完遂するか、それともこの街を拠点にして、もう少しナオトと違世界の冒険を積み重ねるか」
言われてみて私は即座に答えが出せなかった。このプロジェクトが始まる前であったなら、即座に日本に帰ろうとして迷うことなく前者を選んだだろう。
なのにどうしてか、今の私は返答に困ったのである。
「たしかに私の立場とすれば、一刻も早くキミには目的を達成してもらい、通常の仕事に戻ってもらうべきなのだろう。それにロイヤが負傷するリスクも考えればなおさらプロジェクトを先に進めるべきだ。……だが、今のナオトの楽しそうな顔を見る限り、兄として、必ずしもそれが正解ではないのかもしれないという思いもある」
そうだ。私が迷ったのも、おそらくきっとたぶん、ナオトの存在があってのことなんだと思う。
「我々が手を尽くしても決して開いてくれなかったナオトの心を、キミはこのわずか一週間にも満たない短い期間にこじ開けてくれた……この成果は、過程や利益その他諸々を度外視にして評価している」
褒められてるのか? それとも貶されてるのか? 九条専務の口調は抑揚があまりないから判断がしにくい。
「だからキミがもし、プロジェクトの先延ばしを望むのならば、私はそれに応えてもよいと思っているんだ」
「プロジェクトの先延ばし……?」
ナオトの人柄を知る前だったらありえない選択肢だったはずだ。
ナオトがただのクズニートだったらありえない選択肢だったはずだ。
なのにどうしてなんだろう……?










